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2012.10.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類

台風17号が過ぎ去りました。そして10月1日を迎えました。

平家にあらずんば人にあらずと豪語して

奢れれる平家久しからずとなりました。

此処嵐山にも「女性の哀話」が平家物語で語られています。

【嵐山】


京都観光の「嵯峨野巡り」は、最も女性に人気が有ります。その入り

口が【渡月橋】を含む此処「嵐山」です。「山紫水明の景勝地」として

訪れる人々の心を遺憾なく癒してくれます。

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嵐山・渡月橋

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 大堰

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保津川 

渡月橋より上流の景色

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保津川下りの船

「角倉了以」が「保津峡」を開削、豊かな渓谷は、JR「亀岡駅」からの

「保津川下り」でも、スリル満点で、此処嵐山が「終着船着場」となっ

ています。その船着場から、少し川上に、丘に登る階段が有り、少し

上ったところに中国の「周恩来総理記念詩碑」が建っていますが、

有名な【雨中嵐山】の詩の表現は、嵐山の表現を遍く伝えて下さって

います。

 中国の要人が来日の際は、どんなに忙しい日程でも、此処を

表敬訪問されます。

最近では、「温家宝首相」が訪れられました。

現在、折角「日中国交化40周年」の節目の年に両国の間で紛争が

不幸にも起こり残念なことです。

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 周恩来の碑

「雨中嵐山」の詩 が書かれています。

更に「亀山公園」を

登りますと、「角倉了以」そして「津崎村岡局」の銅像あります。

特に村岡局は、嵯峨野「直指庵の創設者」で、幕末の影の立役者

でNHK大河ドラマ「篤姫」の味方・理解者でも有りました。

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角倉了以の銅像

保津川の開拓者 

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津崎村岡の銅像


 戻って、「渡月橋」は南北に架かっています。見所はブロの写真家

が佇む、京都市内から訪れた、渡月橋の手前から嵐山を背景に、

シャツターチャンスです。そして渡月橋を南に渡った所から、川べり

に降りて、堰を含めて背景に、お饅頭の様に、丸く構えている

「小倉山」(小倉山百人一首)そのバックに「「愛宕山」が見える場所も

一服の絵に成ります。

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 真ん中丸い山「小倉山」


此処から更に、南へそして石段を登りますと、「虚空蔵菩薩」

(こくうぞうぼさつ)(知恵の仏)を祀る、【法輪寺】があります。

地元での言い伝えですが、子供さんたちの「七五三」のお祝いで、

智恵を授かる為に、法輪寺で祈祷して、渡月橋を南から北へ、

「振り向かないで、渡り切ると、その子に智恵が授かる」ということで

、子供たちは真剣な様子で前を見つめて渡る姿は、とても微笑

ましいです。

川の名が渡月橋の上流・下流で堰と堰とで変わります。上から

「保津川」「大堰川」そして「桂川」と

嵐山の景勝を求めて、多くの観光客がお見えですが、その殆どの

方が、目にとまらないのが、渡月橋の北東詰に在る【琴きき橋跡碑】

です。

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渡月橋の北詰に碑が建って今す。

此処で源仲国が小督の琴の音を聴いたと偲ばれます。

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小督寓居跡

渡月橋から直ぐの所にあります。

此処には、嵯峨野の女性悲話の一つが静かに潜んでいます。

あの有名な「黒田節」の二節に

  「 峰の嵐か松風か、尋ぬるひとの琴の音か、

  駒引き止めて立ち寄れば、爪(つま)音高き【想夫恋】(そうふれん)」

宮中一の美人でお琴の名手であった【小督局】(こごうのつぼね )は、

高倉天皇の寵愛を受けていましたが、中宮であった【徳子】

(建礼門院)の父である「平清盛」は「わが娘をおいて何ごとぞ」と

烈火のごとく怒り、小督を宮中から追い出してしまいました。

高倉天皇は、愛しさのあまり部下の【源仲国】に命じて嵯峨野に

身を隠していました小督局を探しに行かせました。嵯峨野の

此処嵐山を訪れたころ、高倉天皇を恋い慕う想いを込めた

【想夫恋】の琴の激しい曲が聞えてきました。そして出会って事情を

話し、宮中へ連れ戻されました。今でも「国道1号線東山トンネル」

西出口のそばにある、高倉天皇の御陵の側に天皇の遺言により

、眠っています。

小督局の屋敷跡が、渡月橋の少し川上の「局茶屋」の北側に碑が

建てられています。馬を止めて琴の音を聴き入る仲国の姿が

まぶたに浮かびそうです。 

平家物語の一つです。














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Last updated  2012.10.01 09:02:12
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