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京都観光に欠かせない足利家の菩提寺です
金閣寺 銀閣寺そして天龍寺
朝廷が南北朝に分かれた真意は、判りませんが、朝廷に何がしかで
足利尊氏がお諌めしても聞き入れられなかった。止むを得ず戦に成り
後醍醐天皇は吉野で崩御。然しその御霊の菩提を天皇の幼少お育ち
になった嵐山に立派な 天龍寺 を夢想国師に命じて造りました。
【等持院】 (とうじいん)【北区】
臨済宗 天龍寺派 開基 夢窓疎石
歴史上に登場する人物で、時代に応じて、イメージで印象の悪い
と考えられていた者が、理由が有って善良な人物とも取れる事が
よく。出てきます 【足利尊氏】 がそのひとりです。戦前歴史で
朝廷に背いた国賊と教えられました。事実その通りだと思い込んで
いました。
然し現代に残されている遺跡寺院からは、そうとも思えない足跡が
観光によって感じられました。
玄関口門前に大きく 「等持院」 と書かれた門標がありました。
足利尊氏の戒名「等持院仁山妙義」から付けられたとされます。
寺院の格式から 「寺・院・坊・庵・軒」 とされています。
戒名は 残った人がその人の遺徳を偲んで贈名とするとすれば、
「等持」 の漢字に寺が二字含まれて居ます。慕われ尊敬された方
と思えます。そして寧ろ何か原因があったのでしょう。敵であった、
「後醍醐天皇」の菩提の為に、建設費を「天龍寺船」での貿易で
立派な「天龍寺」を建て、その立役者の足利家は等持院で、
一歩下がって礼を尽くしているように思えて成りません。
庫裏の入口
蟇股に「二引きの家紋」
【順路】
•1. 表門に等持院の額が掛っています。
•2. 玄関口の瓦及び蟇股(かえるまた)には
二引きの足利の 紋が見られます。
達磨の絵
•3. 廊下の突き当たりにダルマの絵が目立ちます。天龍寺
の管長さんが描かれたそうです。座禅を続けていますと足が立
たず、それがダルマさんの姿に成られた、「ダルマ禅師」の絵です。
•4. 方丈前の廊下は、「うぐいす張り」できゅっ・きゅっと歩くと
音がします。
方丈庭園
•5. 方丈(本堂)には、釈迦三尊が祀られて居ます。
霊光殿
•6. 【霊光殿】 正面に尊氏の母堂が大切に振興つき
「地蔵菩薩」を尊氏のの仏の庇護のため賜った尊氏の念持仏
両脇に禅宗の祖師「達磨大師」と「夢窓疎石」が、
足利将軍15代の像(5・10は除く)何故か徳川家康の像有り。
足利尊氏の墓
頭の部分が欠けています
7.. 【足利尊氏の墓】 上部の宝塔が欠けています。何でも
三條大橋東詰で御所に向かって、平伏している像、
「高山彦九郎」が朝敵として刀で切り付けたと言う伝説が有ります。
江戸時代の右翼。
バック立命館キャンパス
手前に茶室
【清蓮亭茶室】
8.【池泉回遊式庭園】夢窓疎石作庭「芙蓉の池」と称し、
蓮の形 した「亀島」書院正面の這い松の「鶴島」「石橋」
「滝の石組み」天龍寺の庭園形式になぞらえています。
9.【清蓮亭茶室】八代足利義政が建てた武家床の貴人席が
あります。等持院型灯篭と自然石で出来た司馬温公型
手水鉢が有り、茶席からの庭園の眺めもやや高台からとなり
素晴しいです。
借景に、衣笠山が近年まで、眺められたのですが、時代の
波に逆らえず、「立命館キャンバス」の校舎で、遮られてしまい
致し方がないとは言え残念です。
石組みの池泉回遊式庭園
奥の池
奥の池
天龍寺・金閣・銀閣と足利将軍の関係する「菩提寺」として
ひっそり佇んでいます。
次回は龍安寺世界文化遺産に参ります