”名も知れぬ人たちへ”・・・【承3】

・・・今まで見たことのない顔・・・嫌な予感が私の脳裏をよぎる。

前の日の格好そのまま,私は妻の腕をとり自分の肩に回した。

妻は辛そうにお腹あたりをさすっていた。辛くて痛くてフラフラでご飯も食べることが出来ていなかった。

すぐに市立病院へ駆けつけたが,すぐには見てもらえず順番を待った。

妻が「死ぬんだな・・・」と私の腕に寄りかかりながらポツリと言った。

「何言ってんだ,まずは見てもらわないとな,大丈夫だ」と,妻を励ますと同時に自分にも言い聞かせた。

待っている間,妻は私に寄りかかっていた。今までこんな状況は一度もなかった。寄りかかっているのに妻の重みが感じられない。ここ数日間でやせたことがすぐにわかる。

単身赴任していた私だが,妻の状況を知らなかった・・・悔やむ。
今は携帯電話という情報機器が普及している,にもかかわらずメールのやり取りだけだった。感情がなかなか伝わらない,声を聞けばすぐにでもわかるはずなのに。

妻の名前が呼ばれた。私は力ない妻を抱きかかえながら診察控室に連れて行った。

もちろん女性ばかりの産婦人科だった。まわりは私と妻をじろじろ見ていた。最初は恥ずかしかったが,妻のことを考えればそんなことはすぐに吹っ飛んだ。


・・・診察室から男の声がした,妻の名を呼んだ・・・

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