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もえうぉっち
桜絵巻怪異譚 6天照 完
「われも走りまする」
桜神丸の言葉に種平はにっこりと微笑み、身体をおろした。
「ゆきましょう」
ふたりは手に手をとって、広い洛中を駆け抜けてゆく。
ついに鬼の棲むという羅生門を越えた。
「羅生門の鬼も、お仲間には手を出さぬとみゆる」
桜神丸は自嘲気味に言った。
そんな横顔を見ながら種平はやさしく答える。
「されば、わたしも鬼です。この美しい鬼を攫うのだから」
散々走った挙句、村外れまできた。
峠の方にお堂が見える。
裏手には、それは見事な桜の大木が、今を盛りと咲き誇っていた。
「さくらの君、お疲れでしょう。あのお堂で休みましょうか」
徒歩で出歩くことなどめったになかった桜神丸である。
追っ手は気になるが、そうすることにした。限界だ。
ぎぎぎぎぎぎぃー
戸がきしむ。
中にはご本尊があった。
「これはめずらしい。天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀ってある」
種平は天照の像をしげしげと眺めながら、興味深そうに言う。
「天照大神というと、現世(うつせ)を統べる神ですね」
「そうですよ、さくらの君」
「とても美しい神様なのですね」
「像を見るのははじめてですか?」
「はい。書物でしか知りませぬ」
―あぁ、本当にこの美しい少年は、世間知らずなのだ―
種平は古事記などの伝承モノも好んで読んだので、話して聞かせた。
「現世を統べる天照は、月読命(ツクヨミノミコト)と姉弟であり、恋人なのですよ」
「しかし、月読といえば常世(とこよ)を統べる神ではございませぬか。逢瀬はかなわぬでしょうに」
「もとは共に暮らしていたのですが、二人に嫉妬した父神がひきさいたのです」
「父神は、まさか・・」
「そう。父神もまた天照を愛していたのです」
「なんということ」
桜神丸は、決意を含んだ目で種平に告げた。
「種平さま。われを抱いてはくれますまいか」
「しかし、牢につながれ、徒歩で逃げ、お疲れでしょう」
「これから、あなたと添えるという確信がほしいのです。今、すぐに」
種平は桜神丸の手をとった。
「わたしたちは、少々離れすぎていたようです」
「種平様」
種平がいたわるように桜神丸の小袖の襟を開く。
「かわいそうに。すっかり冷えてしまって」
「暖めてくださいませ」
言葉が終わるか終わらぬうちに種平の腕は桜神丸をかき抱く。
種平もいたわっておられたのは最初のうちだけで、行為はどんどん激しさを増した。
何度か果てた後、まだ手を休めずに種平はささやいた。
「さくらの君よ。もう、止まらぬよ。離れていた間は長かった」
「その間、誰とも?」
「歌にもしたためたでしょう。冠下はあなた以外には見せておらぬと」
一瞬、桜神丸はためらったが、その言葉を口にした。
「仙童丸は・・・・?」
「・・・あの方には文を託していただけです」
「・・・・!!!!」
「何通もお出ししたのに返事もなく。もう飽きられたのかと・・・まさか・・・」
桜神丸の痛々しい面持ちに種平はすべてを理解した。
「あなた、一通も受け取っておらぬのでは」
「・・・・・・」
「そうでしょう。そうなのですね」
―仙童丸の懸想していた相手とは、桜神丸だったのだ―
種平は激しく後悔した。
「わたしは、なんと罪なことを」
その途端、腕の中の桜神丸が苦しみだした。
胸をかきむしり、顔はあおざめ、喉から振り絞るような叫び声があがる。
「ど、どうしたのです!さくらの君!」
「離れてください!」
「な、何を・・・」
「離れて!!!」
種平をドンと突き放すと、桜神丸は裸身で天照の像にすがった。
―からだが!からだのすべてが止まる!止まってしまう!―
家長の邸では常青不衰の術が施されていたのである。
道仁は霊力の強い術者であり、密法にもたけていた。
座敷牢の桜神丸が逃げ出したとは知らずに呪をかけているのだ。
もちろん、そこに桜神丸のかわりに仙童丸の骸が転がっていることなど知る由もない。
桜神丸の体からは青白い光が放たれ、種平は近寄ることもできない。
―奪われる。痛い。痛い。急速に奪われる―
散々七転八倒した挙句、少年は動かなくなった。
種平がようやく近寄り抱き起こすと、骸のように冷たく力ない。
「なにがおこったのだ。さくらの君。目を開けてください。お願いだ!目を!」
泣き叫ぶ種平の肩に、何者かの手がかかった・・・・ような気がした。
顔をあげると、まばゆい光に包まれた天照の像であった。
『美しき童のまことにあわれなり。忌まわしき呪法にて鬼と化せり。
しかしながら、助くるには斎を汚し、人を殺めしこと、甚だ遺憾なり。
捨て置けば鬼となる童であるが、定めに翻弄された我と月読に重ね、
あわれと思い、責めを課した後、助けん。
そなたの心に偽りなくば、七百年の後、そなたの魂魄が転生し
再びこの童にまみえるまで、鬼として現世に残しおかん。
その験(しるし)として、これをつかわす』
「天照大神・・・」
まばゆい光は失われ、天照の像もただの木像となった。
種平の手には水晶の勾玉。光を透かすと、ほのかに桜色になる。
種平は泣きながら冷たくなった桜神丸のからだを抱き上げ、裏手の桜の木へと向かった。
「さくらの君。天照にかけて、次の生にお迎えに参ります。そのときまで、しばし、しばしお待ちを」
水晶を握り締め、桜の根元に冷たいカラダを置く。
すると、不思議なことに、すぅっと桜神丸のカラダはさくらの樹に吸い込まれた。
種平はさくらに身を寄せ、口付ける。
「さくらの君。鬼と思うたら負けでございます。あなたは桜の精なのだ」
しばらくしてやっと種平はその場を離れた。
このことは種平と桜神丸しか知らない。
「――という話だ」
少年が話し終えると、実平はまじめな顔をして問うた。
「では、その稚児がそなたというのか」
「・・・・・」
「それで合点がいった」
普通はただの御伽噺と笑うだろう話に男はしたり顔でうなづいた。
「それで、じじぃはその後に呪法や陰陽道に傾いたのだな」
「・・・・」
「すべては転生した時のために。そなたを忘れぬように」
「ばかな。御伽噺だ。信じたのか」
実平は誤魔化されなかった。
「血が、告げるのだよ。水晶が教えてくれるのだ」
少年は胸元の衣をうちあわせた。おしゃべりが過ぎた。
「掻っ攫ってでもそなたを連れ帰りたいところだが、どうやら相手はオレではないらしい。
まだじじぃが転生するまで、六百年近く間があるしの」
「・・・・そうじゃな」
身なりを整えると、少年は立ち上がった。
「そなたとオレが出会ったのもさだめだとは思わぬか。じじぃの苦肉の策じゃ」
「?」
「子孫を絶やさぬように。転生できぬからな」
種平さま・・・・・。
「狩野の家にはじじぃの決めた定めがあるのだ。
一つ、男子は二人以上こさえること
一つ、次男には必ず種平と名づけること
一つ、家紋を桜にすること
この御伽噺を知らなんだら、すべて反故にするつもりだったが、そうもいかなくなった。
じじぃの策略どおり、オレはそれを守るよ。子孫にも守らせよう」
―また、来世で会えるように・・・・―
「われはゆくぞ」
桜神丸はお堂を出て裏の桜の樹に向かって去って行った。
後に残った実平はひとりごつ。
「できれば、オレに転生してくれればよかったのにのぅ。気の利かぬじじぃだ」
さ、オレもゆくか。
実平もでてゆく。
あとに残るのは、ひっそりとたたずんだ、天照大神の像ばかり。
それから約六百年の後、時は元禄。
再び、お堂は開かれる・・・
ぎぎぎぎぎぎぃーー。
<了>
エロく切なく、怪しく、黒くをモットーに時代物を書いてみました。
図書館なんかで資料を探すのは楽しかったです。
自分なりに世界観なんかも構築したりしました。(遠い目)
この桜神丸さんになんか肩入れしちゃってまして、今後も続編を書くつもりです。
そのときは、また桜神丸くんを可愛がってあげてください。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございましたっ!
感謝カンゲキ火がボーボーでありますっ!
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