かりん御殿

かりん御殿

November 2, 2005
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前々ブログ「インター英語」に
jujubeさんから頂戴したTB へのコメントが
長すぎたので、こちらに載せます。
サイト「SAHERNET」 そして
ブログTENERE お勧めです!是非ご覧ください!!

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(前略)

さっそくですが
まず、前半について...

注目点とは異なります。
(おそらくLailaさんの注目点も、ここでは無いのでは?)

【「インター英語」ブログ】での軸となっているのは
あくまでも、言語そのものではなく
一般的な状況であれば「家庭」「学校」「地域」の
3つにより育てられる子供の母語(或は後の第一言語)と
「学校」のみによって育てられる言語との違いです。

「母語」が長い人生のうちで第一言語となるとは限らず
また、母語の定義も広汎で時として曖昧な為
ここでは「第一言語」を使わさせていただきますが
「第一言語」は「学校」だけで、果たして

一連の「インター英語」への感慨の基盤になっているのです。

つまり、使われている言語そのものよりも
その言語の背景、そして
その言語に対する違和感そのものよりも
その違和感の根差すところである上記の疑問が


それは
「家庭・学校・地域」の3つが揃わない状況で
子供達の第一言語を育てている私の様な家庭での
若干の危惧を伴う試行錯誤状態での苦悩
とも言えると思います。

同様に、後半部分の「立派な言語」ですが
この「立派」は、単なる、慣用句的な「立派」で
あくまでも、優劣を意図するつもりはありません。
実は、この「立派」が出てくる背景に
Lailaさんや私が時々見ている某バイリンガル掲示板での
以下の一連の投稿があります。

きっかけになったのは、
英語が流暢ではないものの幼児を英語で育てている
日本語話者のお母さんの投稿でした。

その投稿の中で
いくつかの幼児に対する英語が掲げられていたのですが、
その一つで「手を洗いなさい」と言うつもりが
「Wash your hand*」と、意図せずに
「片手を洗いなさい」とでもいう様な英語になってしまっていたのです。
さっそく、それに対し
英語人ならば「手を洗うの手」は自然に「hands」で意識する所を
日本語の発想で間違った英語を教える事への警鐘を発した投稿が上がったのですが、
さらに、その警鐘投稿に対し、数件の以下の様な投稿が続きました。

それは
現在、世界各地で多種多様な英語が話される様になり
「いわゆる正しい英語」とは若干異なる英語を
話している地域・人口は莫大に広がっており
例えば、広東語の影響を受けた香港の英語話者の英語は
「Wash your hands」が「Wash your hand」に聞こえたり
実際に、訛りで「hand」になっている事もあるし
正しいか否かよりも、コミュニケーションとして
通用するか否かの方が重要なのではないか...
といった主旨の投稿(及び、その賛同投稿)でした。

これらの一連の投稿を読んだ時、私自身は、
「それと、これとは別の話だな」とも思ったのですが(^^;)
ともかく、この、
「正しいか否かよりも通用するか否か」に注目しました。

正しいか否かよりも通用するか否かが重要。
私にとって、この二つは、
第一言語習得の状態では比較される性質のものでは無いのです。

第二言語以降については、全く
「正しいか否かよりも通用するか否かが重要」に
心の底から賛同します。

しかし、第一言語である言語が
「正しいか否かよりも通用するか否か」の
レベルに留まる状態を、私は非常に残念に思います。

そして、これらの
「【いわゆる正統英語】じゃない英語も立派な英語」
との主張を読みながら
明らかに英語的発想では無い間違った英語と
地域的な差に過ぎない「半英語圏の英語」を
いっしょくたに混ぜている印象を受け
大いなる違和感を抱いたと記憶が未だに強く
拙ブログを書いた際にも、「立派」という文字が、
自然と頭に浮かんだわけです。

話を元に戻しますと
インドの英語やアルジェリアのフランス語は
「通用するか否かのレベルの言語」では決してありません。
jujubeさんのおっしゃる通り「生きた」「根太い」言語です。
インドの英語も、インドの各言語の影響を受け
アルジェリアのフランス語もアラビア語やバルバラ語の影響を受け
さらにシンガポールの英語は中国語の影響を多かれ少なかれ
受けているでしょう。
地域的な表現や単語もあります。

これらの言語は、強いていえば、
「混血」的言語と言えるかもしれません。

ただ、アルジェリアのフランス語はわかりませんが
インド・シンガポール出身で「英語が母語」
或は英語で教育を受けた方の英語は、
たとえ発音に、若干、癖が残っていたとしても
書く分には、「正しい英語」と違いは殆ど無いという印象を
私は持っており、あるのは、英語と米語の差程度の
方言レベルの地域的多様性に過ぎ無い様に感じています。

また、同時に
「混血的言語」を話す人口の殆どは二ヶ国語以上を話し、
その中には、親や地域から受け継ぐ言語が含まれているはずです。
いや、「混血的言語」そのものが、既に長い歴史とともに
その地域に根をはり、親からも地域からも受け継がれる
存在として確立しているわけです。

これらの言語は、もちろん、記号では、ありません。
デジタルではなく、アナログです。

==追記==

英語について述べてみれば
「半英語圏」の地域的特色を持つ英語も
「英語」という言語グループの一つです。
英国の英語と、どちらが上か下かという優劣はつけられません。
しかし、どちらが「本家本元」かと言えば
英国の英語が、本家本元なのは明らかな事実です。

私は、上記の掲示板での一連の投稿や
(「いわゆる正統な英語じゃない英語も立派な英語」)そのリンク先等で
現在は「正統的な英語」よりも「非正統的な英語」を話す人口の方が多く
優勢になりつつある、という様な主旨の意見を読み
非常な違和感を覚えました。
その優勢という言葉に、上下の位置づけを感じたからです。

しかし、複数の言語の間には、上下は、ありません。
「インド英語」の本家本元はインドでしょう。
でも、英語という言語の本家本元は、英国です。
インドの英語も、アメリカの英語にしても英国の英語の分家なのです。
もちろん実際の本家や分家にある様な上下・優劣関係はありませんが
一連の投稿の「優勢」説に、私は、むしろ
あたかも「優勢」なほうが本家なのだ、と言わんばかりの勢いを感じ
それが違和感につながったのです。

=====

「非英語圏のインターの英語」も
一つのコミュニティで確立とまでは行かずとも
通用している言語ではあるでしょう。
使用人口は非常に少なく
使用範囲も非常に狭い言語ではありますが
一つの言語とは言えると思います。

けれども、私が「インターの英語」ブログで
問題にしていたのは
【「インターの英語」が言語としてどうであるか】では
無いのです。

問題にしていたのは
【意図的に子供の第一言語を学校のみに育てさせる事】です。

厳密に言えば「学校のみ」では無いのですが
大まかに言って「学校に第一言語を任せる」といった状態の事です。

さらに、
「学校・家庭・地域」の言語が一致しない状況で育った第一言語と
その3つの全て或は一部が一致しない状況で育った第一言語との
習得過程と、結果の違い(の有無)についてです。

近年、信念・理想その他によって
両親とも日本語を第一言語とし日本に住みながらも
日本語以外の言語を子供の第一言語として選択し
その習得を学校に任せる家庭や
家庭内でも親の第一言語ではなく第二言語以降の言語を
使用する家庭が増えて来ている様ですが
私には、それらの家庭を批判する気持ちは全くありません。


英語は英国が生み出した最強の武器です。
同時に、英語は、一つの言語でもあります。

私が
「英語ほどなめられている言語は無い」
と言ったのは
英語の武器の面にのみ注目し
英語の言葉としての本来の姿(一種の人柄の様なもの?^^:)を
見ない様な意見(や風潮?)に時として遭遇する事に対してなのです。


我が家は、学校と地域の言語は一致していますが
その言語と家庭の言語が違うのみならず
家庭内の言語さえも違います。(幸い、どの言語も通じますが)
その為、子供達の言語発達に対して
苦悩とまでは行きませんが
強迫観念にならない程度に押さえながらも(^^;)
「地道に」留意し、試行錯誤しています。

ですから、
「家庭・学校・地域」の言語が一致した環境で
第一言語を習得できる状態は、非情に羨ましくもあります。

もちろん、家庭内での言語が違う我が家にとって
「学校」と「地域」の言語だけでも一致し
両親の双方にとって公平である現在の状態は
我が家なりの最良であると私は考えているので
この選択に後悔はありません。
子供に苦労をかけさせてしまっているなぁ...とも思いますが
他に選択の余地は無いのだから
できるかぎり後から支えて行くしかありません。

...と、書くと、悲壮感が漂っていますが
実際には
「言語よりも人格だ」等とふきながら
開き直っています。


児童の第二言語の習得には様々な方法があるでしょう。
容易ではありません。
しかし、第一言語の習得も容易ではないのです。

第二言語の習得に苦労した親のどれほどが
第一言語の習得の苦労を覚えているでしょう?
自覚が無くても苦労は存在するのです。

私が、拙ブログのコメントで
「残念だ」と評したのは
第一言語習得の苦労を自覚せず
本来、子供の第二言語とするのが、より適切である言語を
第一言語として選択する事です。

もっとも、こんな選択をする親が、世界的規模で
どれだけ、いるかは、全く、わかりませんが......

====

余談ですが
夫の故郷、上海の言語は「上海語」です。
これは、一応、中国語の方言(呉方言系)ですが
「方言」というよりも、欧州の言語間(例えばスペイン語とイタリア語)
くらいの感覚の差があります。
もっとも、中国の面積自体が、欧州と大差無いわけですから
当然と言えば当然ですが.....

現在、上海では、人々の共通語は上海語ですが、学校では
「普通話(中国標準語)」を使います。
ところが、近年、学校の勉強に差し支えないために
家庭でも「普通話」を使用するという家庭が増え
その結果、上海に住む上海人家庭の上海っ子でありながら
上海語は聞いてわかるし、喋れる事は喋れるのだが
上海語だけで会話を続けられなかったり
さらには、日常的な上海語的表現や単語でさえ
よく意味がわかっていない児童が増えているのだそうです。

夫の周囲にも、こうやって嘆く大人が少なくなく
また、先日は、上海のテレビ雑誌でも
同じ事が問題視されていました。
その反動もあるのかどうかは疑問ですが、少しずつ
上海語を使用したテレビ番組が人気を取り戻しているとの事です。

言語は
使っていなければ、どんどん弱って行きます。
そして、親から子へと伝えられて行かなければ死んでしまうのです。





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Last updated  November 3, 2005 01:53:56 AM
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