友達に壁はない



少しして友人も出来始めたけど、その友人も別の友人と行動しているためか、俺の周りにはだれもいなかった。昼ごはんもひとり黙々と食べる日々。それが当たり前に感じるようになっても、寂しさだけはずっと残り続けた。そして、長い、つらい1年も過ぎ、2年目に入った。

2年目になると、それまで話せなかった留学生の中国人の人とも普通に話せるようになり、友達関係になっていった。けれど、やっぱり言葉が完全に通じないからなのか、ほかに用事があるからなのか、昼ごはんを一緒に食べることも、以前とくらべて大幅に減り、気づけばまた一人になっていた。
そして、一人がなれて、寂しさも無視できるようになったころ、一人の”女子大生”が「一緒にご飯食べない?」と誘ってきた。しかし俺は「いえ、いいです」と断った。別に意地張っていたわけではない。それというのもその
”女子大生”、俺よりもふた回り以上も年の離れた、いわゆる、オバ、、、いや、やめとこぅ。なのである。心のどこかでおばさんと食べても楽しくないし、話も合わないし、と勝手なステレオタイプを持っていたし、恥ずかしくもあった。
周囲の目を知らず知らず意識している自分がいたのだ。

しかし、その、オバ,,,,ぃや、”女子大生”は日を追うごとに友人を増やしていき、ついには下は19歳、上は50歳からなる、大集団をつくってしまった。そして彼女らがワイワイ楽しく笑いながら、話しながら食事をするのをみて、、、
うらやましかった。一緒に食べたかったけど、一度断っている手前、なかなか自分から言い出せずにいた。

そんなことが続き、そして今日の昼休みに食堂にいき、テーブルに座ってると、偶然にそのひとが隣のテーブルに来て、俺に同じテーブルに来て一緒に食べよう、と誘ってくれた。しかし、前回の時とは違い、今回はほかに一緒に食べる人がいたので、丁重に断った。でも一緒に食べる予定の人は別に予定が入って一人になった。そのとき隣のテーブルでは
”オバ様”の友人5人と中国人学生とで、かなり賑やかになっていた。かなりうらやましかった。するとオバさまが、


「こっちにおいで~、”関谷くん”」

素直にお邪魔することにした。ちなみに俺は関谷助教授に似ているため、嫌だと言うのに勝手に親子にされてしまい、そうよばれてしまっているのだ。

テーブルを移って、5人で楽しいランチタイムのスタート。年齢をぶっちゃけると、下から19、21、34(自称24)、55、である。もう家族だ。そこに中国人学生とアメリカ人の講師も加わって、日本語と中国語と英語が飛び交う賑やかなランチタイムになった。賑やか、楽しい、そしてなにより、嬉しい。


「ああ、これがほしかったんだよ、この空気がほしかった」


自然にそう思えた。
この数十分の間、俺にはストレスも、無理もなかった。
自然で、素顔で、笑顔だった。
ずっと俺が求めてきた友人関係だった。まだ友人には至ってないかもしれないけれど、もう二度と同じ失敗で、孤独になりたくない。今日があらたなスタートなのだ。



友達には世代の壁も、男女の壁もない
壁があるとしたら、それは自分が無意識に作ってしまった
勝手なステレオタイプと恥ずかしさの壁だ

今日、その壁も消えた
本当の”人間交流”はこれからはじまるんだ








Last updated June 1, 2004 20:53:54

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