つららの戯言

つららの戯言

見てみたら 髑髏城in東京厚生



 捨乃助はそういって背中を向けます。帯につけた蘭の花を捨て、肩の上で手のひらをはためかせ、沙霧に背を向けて歩き出します。
 取り残されたのは、私だ。沙霧は家康からせしめた千両箱と大きな仕込傘を抱えて捨乃助の後をついていけるのだもの。
 私は25日間の儚くも、楽しい夢をみせてもらっていた。7年前に終わったはずの、幻を。

 大阪公演からの新演出のお陰で、蘭兵衛の女としての業が色濃くなりました。言葉の端々に、果ては振り下ろす刀の先にさえ、天と地の二人の信長登場で揺れ動く、女心が伝わります。
 自分のことを新しい名前で呼ぶ男、懐かしい人の顔で昔の名で呼ぶ男。傷ついた心のまま、殻に閉じこもっていた女は「俺が帰るまで動くな」という言葉より「私ともに天を目指そう」と強く導かれることを心のどこかで待っていたのではなかったのかと思います。あの大殿のように、力強く、己が力で切り進むそんな言葉を。
 東京公演から加わった、最後の天魔王の仮面と白い1輪の蘭の花にあたる赤々と燃え上がる炎の照明。確か、大阪ではただの白いピンスポだったはず(記憶違いならごめんなさい)
 3日の日、初めてその照明を見たときには、とても違和感がありました。
「やっと一緒になれたのだから、そんな燃え上がる炎じゃなくてもいいのではないか」と。それぞれの戦いが終わり、あちら側でゆっくりと二人だけの時間が過ごしているのだろうから。
 でも私は舞台を見ていて気づきました。天魔に見入られ無界の女や関八を殺している蘭丸はうっすら笑みを浮かべています。戦場が自分の生きる場所であるかのように。「夢見酒」に酔わされているだけの所業ではないかのように。
 仮面と蘭にあたる燃え上がる炎。戦乱の世に、女を捨ててまで愛する男のそばにいたいと思った女、戦うことでしか、その存在を示すことができなかった女ならば、その照明は間違いはないのです。
 きっと地獄で大殿とめぐり合い、天魔王でもぶん殴りにいっているでしょうよ。それが彼女の幸せ。それゆえのあの炎。

 そしてわが愛しの捨乃助(笑) 1幕と2幕では顔つきが違います。1幕の無界屋では、飄々とツライ縁でさえも笑顔で隠し、蘭兵衛との再会を楽しんでいます。そして2幕目はその笑顔さえもかき消してしまうほどの、怒りと哀しみに胸が締め付けられる。
 蘭兵衛の業が強く、鮮やかになったお陰で、天魔王の強欲、冷酷さがはっきりと浮き上がります。大殿亡霊と言い放つ自信に溢れた顔と「夢見酒」で墜ちた蘭丸に冷たい笑みを浮かべたその顔、己が欲のためならば人の血が流れようと構わない。そういったまなざし。
 天魔王が蘭丸を欲した理由、それは大殿の仮面を欲したのと同じではないのか。蘭丸の腕や知恵そういったものではなく、ただ、大殿寵愛を一身に受け、片時もあの方から離れなかった蘭丸という存在を自分のそばに置くことでより、大殿に近づける、いや織田信長になれると思ったのではないか。

 極楽に撃たれ、玉座の前に死に絶える蘭兵衛。そこに駆け寄る、捨之助。あの時と同じ。本能寺の大殿の時と。「いつも俺は遅すぎる」そうつぶやく捨之助。女が苦しむ顔、悲しむ顔は見たくない、例え女を捨てた蘭兵衛さえ守って、助けてやりたいと思っていたのに。捨之助の怒りは頂点です。
 玉座の壇上で振り向く捨之助は鬼の顔。無界屋の女たちに笑いかけていた顔とはまったく違うその顔。
 同じ役者が演じているのに、その鬼の形相はまったく違います。天魔王での冷酷無比の鬼と捨之助の赤い炎が見える鬼の顔。同じ役者が同時に悪と善を演じ分ける面白さ、それが「髑髏城の七人」の面白さに繋がります。エッジの効いた二つの違いを見せることが要。その点でいったら7年前よりも今回の方が断然上のような気がします。

 水野さんの突然の成長に影響されてか、極楽太夫の坂井さんもとても愛らしく見えます。
 蘭兵衛のように自分の気持ちに素直になることもできず、愛する人に守り、守られることさえできずにいる不自由な女と対照的に、感情を縛ることなく奔放に、命を懸けて守り守られる相手にたどり着いた太夫。少し「守られる」という度合いが強いように感じますが、でもそこらへんが今回の太夫の愛らしさ。そう感じれるようになりました。

 東京厚生年金を見ていて感じたのは、仮面の天魔王の声の演技が断然よくなったこと。演劇なので仮面をはずしたときの天魔王は二役の古ちゃんが演じていますが、仮面をして捨乃助と対峙する場面では勿論誰かが代役として天魔王を演じているわけです。川原正嗣というアクションクラブの方が演じているらしいですが、
その声の演技が格段によくなっています。新国立の時には「古ちゃんの声にエフェクトかけて録音しておけばいいんじゃない?」と思うような、天魔王の古田とのギャップがありありとしていました。しかし東京に帰ってきて見た仮面の天魔王の声に私は驚きました。声だけで感情の起伏、他を寄せ付けないような高圧的な力を感じることができます。ちょっとエフェクトの状態によって聞き取りにくいということもありましたが、それでも今回の仮面の天魔王の声の演技には魅入られるものがあります。

 殺陣はどんどんやせていく古ちゃんの体格と反比例するかのようにスピードが上がっていきます。百人切りから始まる怒涛の3連発 私は、百人切りは心配で不安で実際あまり楽しめないので好きではありません(笑)毎回呼吸困難になりそうになりながら見ているので。どちらかというと2発目の巍岩との一騎打ちの方が楽しめる。最近気づいた、自分の長物好き(笑)怒り心頭の捨乃助にとっては巍岩など目の前を飛び交うただのハエ同然。一本目の刀を巍岩の左わき腹に刺し、疎ましそうにつばを吐く。腹を刺され、感情の赴くままに振り回す鉾を虫をよけるかのように簡単に裁くその姿。「てめえなんて相手にしてる暇はねえ!」といった風。好きです、好きすぎです(笑)
 そうそう百人切りの最後の刀投げ。ちゃんとみねじゃないほうに刀を回して切っているんだよね。そんなの舞台なんだからよっぽど目を凝らしている客じゃなかったらどっちだったかなんてわからないのに。そこまでの配慮に頭が下がる。

 なんだか書けば書くほど、脳裏に書きたいシーンが蘇り、なんだか文章が収集つかなくなってくる。
 それは印象的な、愛すべき場面が多くなっていったという証拠か。

 涙こらえて、無界の女たちの遺髪に声をかけるリンドウの姿
 男気守るため、切られてもなお立ち上がろうとする関八4人の心意気
 牢から出てきた捨之助に飛びつく沙霧の愛らしさ
 「死に場所ぐれえ自分で決めら!」とやさしい笑みで振り返った兵庫
 自分で敵を倒せた嬉しそうな三五の顔
 切り捨てられて巍岩に「はい、さよおなら」と手のひら、ひらひらと小憎たらしい贋鉄斎
 敵討ちに向かおうとする沙霧を止める、蘭兵衛、兵庫のそれぞれの思い
 かまいたちを避けるため、捨之助をかばう蘭兵衛
 髑髏党のはじめての襲来にも軽口叩き合う、兵庫と捨之助
 その間を割って入る蘭兵衛 と三人三様の構える姿

 そして・・・
 「浮世の義理も昔の縁も 三途の川に捨之助だ!」と大傘構え、見栄を切る 捨之助の愛しい顔

 「この天魔王がつくる関東地獄絵図、じっくりと味わうがいい」と刀振り上げ、無界屋を火にかける極悪非道は天魔王の顔

 もう二度とこの二つの顔に会うことはできないだろうけれど、それでも私は幸せだ。また巡り合えたこと、見届けられたこと。感謝の言葉しか出てこない。

 本当に、ほんとうに幸せものだ。 この劇団の、この役者のファンで本当によかった。

 また作ってくださいね、こういうの。私がいても立ってもいられないような、そんな芝居を。いっくらでも待ってますから。

  得点 10点満点です。そりゃそうでしょ。それ以外ないです。

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