波のマニマニ

波のマニマニ

波家がひっくりかえった日(1)


やはりその事だけで行くのは躊躇され、「いつもの湿疹の薬くださ~い」と明るく言ってから
「それと先生、なんかおちんちんのまわりに毛みたいなものが生えてるんですけど・・・」
と本題に持っていった。

先生からでた病名は『思春期早発症』お腹をさわると何かあるようだとも言われ、即、大学病院に行くように言われた。

テキパキと病院に連絡し、紹介状を書く先生の横で、私はもう何がなんだか判らなかった・・・
ただ、「多分、大丈夫だと思うよ」という先生の言葉だけが支えだった。

小児科を出ると、すぐ夫に事の次第を電話で告げ、初めて行く病院に向かった。
動転していたのか、一度自宅に戻った時、小児科でもらった病院の地図を忘れてしまい、半信半疑のまま、車を走らせた。病院の案内の看板を見つけた時はしんそこホッとした。


診療時間は終わっていたが、待ち合いには何組かの親子が待っていた。

一時間程たってやっと呼ばれた。
小児科の先生に診てもらった結果、やはり『思春期早発症』と言われた。
ただのホルモン異常なら普通に2次性徴が来る年齢まで成長ホルモンの分泌をおさえる薬を投与する事になると。
けれど、他の原因からかもしれず、即検査入院をすすめられた。

今まで、私も家族も入院なんてした事ないので、なんとか入院せず検査だけなら外来でしてほしいと言ったが、入院した方が早くすむと言われ、入院する事にした。
病棟は完全看護で付き添いはできないが、五歳以下の子供は申請すれば付き添えるという事で、私も波次に付き添い、病院で寝泊まりする事にした。

主治医は小児科のE先生。
病棟に案内されるとすぐ、点滴につながれ、採血、CT等の検査をうけました。
検査で眠らされている間、私は波一が学校から帰ってくるし、荷物のこともあり、一度自宅に戻りました。


自宅に戻ると、義母も波夫からの連絡でパート先から戻っていました。
夫も波一も帰っていました。
これから、どうなるか全然わからないけど、波次が退院するまで家族で頑張ることに決めました。
家のことは、義母がパートをやめて、してくれる事になりました。

けれど私の一番の心配事は波一の事でした。
当時、夫も義母も、波一の病気をほんとには理解してくれておらず
私も、もうわかってくれなくてもいい
波一の事は私が一人で頑張ればいいんだと一人で抱えこんでいました。
そのうえ順調にきていた小学校も、4年になり担任が変わった事で、ひどくなりました。
病気=クラスのお荷物という考えの担任は、波一の病気を理解する気もなく、他の子と同じようにできないと体罰をくわえ、やめてくれと訴えても聞き入れてくれませんでした。
学校をかわる事も考えましたが、環境の変化にとても敏感なので、新しい学校でうまくやっていけるか?という
不安もあるし、波一自身にも転校の意志がないため、とりあえず通い続けていました。
二人とも、大事な子供です、体が二つあれば・・・と思いました。
離れていても、波一にできるだけの事をしてあげようと思いました。

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