Laub🍃

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2011.06.03
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*ここは底冷えする、底の底。
 ギャンブル中毒の馬鹿を、頭を冷やさせるためにぶち込んだのがここの始まりなんだとかいうが、どうなんだか。

 海底の穴倉から眺めた空には、凍った月が浮いていた。

 *

 海底炭鉱の夜は冷える。
 本物の空のないここでは、押し寄せる冷たい水の流れが膜ごしに訪れる。

 そんな所だから、人は人の温もりを求めるのかもしれない。

 居住エリアから仕事エリアへ繋がる大橋を渡る。
 天井の岩盤に空いた人三人入れそうな穴の向こうでは、膜に遮られた水の中を魚やそれに似た何かがうごめく。


 そろそろ坊ちゃんと頼の仕事が終わる。急がなくちゃな。

 橋を渡り切ったら、深部へ進む『流れ』に乗る。
 元の世界でいうエレベーターみたいなもんだ。

 ここにはちょくちょく元の世界に似たものがあって戸惑う。
 俺達と同じように、元の世界からやって来た奴らが築いたのかもしれない。

 壊すばかりの俺達とは違う。
 ギャンブル中毒だろうが行き場のない奴らだろうが、そいつらがなんとなく羨ましくなった。





「俺、ヒナを助けたい」

 坊ちゃんが、その娼婦を気に入ってるのにはなんとなく見当がついては、いたが。

「…お気持ちはなんとなく分かりますが。だからって、その為に稼ぐってどういうことです?俺達には目的があるんですよ」

「これが落ち着いていられますか!」
「……あいつ、ピイに似てるんだ」

 昔、下っ端だった頃の俺が聞いた噂を思い出す。
 坊ちゃんが分家んちの子供の小鳥を殺しちまったって。

「だから、今度こそ俺は失敗しない」



「…………そうですね。ヒナさんが頷いてくれたらの話ですが」
「頷くだろ」

 困ってるならそうするだろと臆面もなく言う坊ちゃんは考えが浅い。

 昔と同じだ。

 あの頃坊ちゃんは、ただからかって遊んでいたつもりだったんだそうだ。

 ただ、逃げた小鳥の行く先について想像できてなかった。

 熱いシチュー。熱いコーンスープ。熱い牛乳。熱い味噌汁。

 坊ちゃんは、未だにそれらを飲むことができない。
 まるで小鳥の呪いのように。

「それなのに今、まだ火遊びをしてるなんて滑稽なことだよな」

 その分家の子供の兄が、頼だ。坊ちゃんはきっとそれを知らない。

 坊ちゃんがいつも通り、相手にされない女の所に遊びに行った後だからこそ言えることだ。
 二人していつもの酒場でくだを巻く。
 主に巻いてるのは頼のほうだけど。

「おいおい、言うなよそれ坊ちゃんに」
「言わねえよ、またヒスられたらこっちが困る」

 俺だって、そう思わないようにしたいんだけどな。
 愚痴を言う奴は、言われる奴の限界を気にしていないのかな。
 俺は丈夫だから大丈夫だけど。
 俺は、言っても相手にされない辛さを知っている。
 だから余計なことは言わない。

 本当の事を言ったら気が狂ってしまう人間。
 俺の母親は、そんな人間だったから。    


  坊ちゃんに悪気はないのは重々承知です。
  だが、あまりに多くのことを見過ごしすぎています。
  もう少し考えて行動しないと、死にますよ。


 そんな言葉はきっと届かない。

「思いやって何か言葉を言ったところで、坊ちゃんには届かないし」
「それでもついていくしかないんだから、面倒だな」
「まあ落ち着けって」

 上下関係だろうと横の繋がりだろうと、気合いを入れてはじめるのがはやすぎると長続きしないし、遅すぎても駄目だ。今は遅すぎる方なんだろうな。

 遠目で見た幼い頃の坊ちゃんは、もっと無邪気に笑ってた気がするしー昔の頼はもっと、楽し気に仕事をしていたのに。
 今更家に捨てられた奴らが3人集まった所でモンジュノチエとやらは浮かんでこない。

「さあどうするよ、凍月」
「もう少し様子見ねえか?」

 煙草の代替品を渡すと、一瞬嫌そうな顔をしながらも頼は受け取る。
 あくまでも代替品だからな。

「お前は坊ちゃんに甘すぎるだけだろ。そんなこと思っているうちにもう駆け落ち間近だとかいうことになってたらどうすんだ?坊ちゃんの馬鹿なほどにある行動力舐めんなよ」
「はは」
「あんだよ」
「お前の方が余程心配してるんじゃねえの」
「違うっつーの。それはお前だろ」


 俺が何も言わないのは、相手にされないことを恐れてのものだ。
 傲慢だろうと、相手の事を真摯に考えてる頼のほうが、余程。


「俺は大変だけど、この毎日が嫌いじゃないな」
「なんだよ唐突に」
「だからお前も流れに身を任せてみたらどうだ」
「馬鹿か!お前は我慢する、坊ちゃんは暴走する、俺が踏みとどまらなくちゃ誰が踏みとどまるんだっつーの!」


 これでいいと思える日々。
 そんなのはまだ、やってきそうにない。




to be continued... ?





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最終更新日  2017.04.29 17:24:22
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