Laub🍃

Laub🍃

2012.02.03
XML
カテゴリ: .1次メモ
合歓野 ねむの は目を閉じる場所として いつき に縋っている。
 樹と出会うまで合歓野にとって現実は常に地獄だったし、物語の世界は常に強制的に現実の世界へ戻る鍵を持っていた。
 昔から依存していた美しい物語はこと思春期に至っては合歓野のコンプレックスをいたずらに刺激するばかりで、正義の物語に至っては懲らしめられる側に共感してしまった。
 そして、懲らしめられる側が不屈の精神で立ち上がる時、意地汚いだとか往生際が悪いだとか言われる行動をとるときそこには確かに綺麗ごとでない世界の鼓動を見たかのように胸が高鳴った。だがそんな自分が愚かなことも、彼らほど強くないことも賢くないことも知っていた。合歓野は悪や汚濁にさえなりきれなかった。
 だから合歓野は思考停止をできる場所が欲しかった。
 どこでも良かったし誰でも良かった。
 悪夢を見ない場所をずっと歩きつづけ探していた。

 樹はその点とても良い揺り籠だった。合歓野は追い詰められていて、樹を人間扱いする余裕はなかった。樹と一緒に居る時、合歓野はいつも樹の枝の上に上って幹に背をもたれ掛けさせている気持ちでいた。傲慢だった。優しさに甘えていた。
 樹にも限界があった。それは普通の人、普通のかかわりかたをした人なら絶対に到達しないような限界だった。それなのに合歓野は枝を折り幹を腐らせてしまった。
 合歓野はそれに気付いた時、樹に寄りかかるのをやめた。普通に話すようになっただけだ。心を許さない相手にするように接するようになっただけ。ただそれだけなのに酷く寂しい。
 けれど今までよりも普通に笑顔が出てきた。本心でない笑顔のほうがずっと人間関係を円滑にするなんて笑える。
 しかしそれまで以上に辛かったり自分の存在意義が分からない時樹の名前を心の中で呼ぶようになった。樹と実際に会うことを期待しているわけではなかった。期待する権利はないから。けれど縋る権利は、勝手にお守りや安心毛布のように思うことは、樹は許してくれると信じたいのだ。思うくらいなら自由であってほしい。
 何度も同じメールを見返す。
「頼っていいぞ」
 その言葉は夜の海の灯台のように合歓野の心を安らげてくれる。
 けしてたどり着けない場所でいい。
 見えなくても、そこにあることさえ信じられたらいい。
 なんなら目を閉じたっていい。


 幻さえ合歓野は信じられないけれど、樹の幻ならば多少噓くさくても目をつむるつもりだった。

 樹は昔送ったメールなんて覚えていないかもしれない。それでいい、いや、むしろそうであってほしい。そのメールを思い出すことで樹が嫌な気持ちになっているということもありうるのだ。
「あんな言葉言わなければよかった」
「助けようとしなければよかった」

 そう思われることが一番辛い。

 だから、樹が汚い顔を出さずに済むように弱味がばれることないように、合歓野は「守り」続ける。

 樹の本当の意思は知らない。
 けれど樹がそれを喜んでいようと嫌がっていようと合歓野は好きに理想として解釈する。
 もはや合歓野にとっての正義とは、樹の形をしているのだから。
 恋は盲目。
 故意の盲目。

 合歓野は樹という物語を信望する。

 樹だけは、悪夢を見させないでくれる。
 樹だけは、疑わせないでくれる。
 樹だけは、信じることを許してくれる。

「合歓野、おはよう」
 けれど夜見る夢の中の樹を、毎朝本当の樹がかき消してしまうのだ。
 そして、何故だか合歓野が一方的に頼っていた時よりもずっと、樹が心の中を話してきた。

 樹にも弱点あるんだ、と合歓野は思った。
 それと同時に湧き上がってきたのは失望ではなく歓喜だった。

 ーどういうことだ。自分は馬鹿なのか、汚い弱い嘘つきな人間同士として付き合うことが幸せなわけがない。
 そう何度も思う。今までの自分の気持ちと矛盾している。日本語で話せ自分。他の人とさえまともに会話できないのに自分とさえまともに言葉の整理ができなくなったらおしまいだ。
 合歓野には、理想の樹よりも樹そのものとの関係がいつのまにか大事になっていたのに合歓野自身はそれに気付けない。
 合歓野は人との遣り取りに飢えすぎてその味を判別できなくなっていた。軽蔑か信望の二択だった。対等など合歓野の辞書には載っていなかった。

 けれど、瞳を閉じた時感じるアンバランスさは、合歓野だけでなく樹までも眠りに導くものだった。それに気付いた時、合歓野は少しだけ強くなろうと思った。

 樹を一方的に守るだけじゃなくて、樹が見ていたいと思うような人間になりたいと思った。


*****

ねむの木の花言葉…「歓喜」「夢想」「安らぎ」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.12.18 11:05:42コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: