Laub🍃

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2012.05.26
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カテゴリ: .1次メモ
 やさしい目を見た。

 全てを包み込む柔らかさでその眼はあった。






 僕が眠りにつくと、いつもきれいな目がこっちを見ている夢を見る。

 木陰より夜空より黒い瞳。


 巨大な片方だけの目が真っ白な空間に浮かんでいる。


 僕はそれにそろりと近寄る。

 黒くて下向きで、長くも短くもない睫毛。
 複雑な線を描き吊り目と垂れ目両方の性質を持つ目の端。
 目が小さいのか黒目が大きいのか、相当頑張らないと三白眼にならないだろう黒目。



 綺麗な目。触ってみたいけれど、触るのは怖いから、僕はいつもその隣に腰かける。


 そうして嫌なことを話す。今日の嫌なこと明日ある嫌なこと毎日のように続く逃げられない地獄を。


 その度に目は横目でこちらを見たり、あさっての方向を見たり、
瞼をしかめたり、下して眠そうにしたりする。

 反応と言えばそれくらいのものだけれど、僕にはそんな単純な目が愛おしかった。

 横目で頑張ってこちらを見ようとする時いじらしさを感じ、
 何かを思い出すように遠い目をする目に「思い出すことなんてあるのかな」とわずかに嫉妬し、
 吊りあがる眦に、今まで自分が話していたことを忘れるくらいに興奮し、
 つまんない話に眠そうにぴくぴくと瞼を動かす目にキスをしたら即座に目覚めたのを見てつい笑ってしまった。

赤い眦の艶は目を覚ましても暫く僕の目に焼き付いていた。







 そんなある日、僕達のクラスの担任が変わった。


「どんな先生なんだろう」

どうでもいい。

 彼らにとって僕はどうでもいい存在だろうし、僕にとっても彼らはどうでもいい存在だ。
 そんな名前を覚える気もない灰色のもやもやが一体入れ替わるだけのことだ。



 毎日のように繰り返すその言葉をまた頭の中で言い聞かせる。




 不意に懐かしい感覚が襲ってくるまでは。


 目を覚ましたように顔をあげる。


 正面、教壇のある位置。灰色のもやもやの中に一つだけくっきりと見えるものがあった。

「……目……」


 前の席の灰色がびくっとして振り向いた。それを僕は意識から排し、真っ直ぐにあの黒い目を見る。

 そしてそれは僕の視線に気づいてにこりと微笑みかけた。

 現実にはいつもどうでもいいものしかなかったというのに。
何で君がここに来てしまうんだ。


 僕のものにしたい。僕の部屋で、僕の世界の唯一の色になってくれ。




 僕は目に付随する他の物を知らぬままに、目から灰色のもやもやを削り落とした。




 けれど、その直後目は灰色になった。びくりとした僕の手からはねたそれは、床に散らばる沢山のもやもやと混ざって見えなくなってしまった。



 次の日から毎日悪夢を見た。
 そこには目はない。灰色の景色でたまにちかちかと光るものがあるけれど、それを拾い上げると全てくすんで灰色になってしまう。

 灰色は重たい。関心の色と無関心の色。日常の色。鏡を見た時の僕の色も段々と染まっていく。

 小さい頃は、もっと色が沢山あったのに。

 刺激的な色に耐えられなくて「どうでもいい」を連呼しているうちに、
全てが灰色になってしまった。

 あれは唯一のどうでもよくないものだったのに、それも僕が縋るあまり潰してしまった。


僕は、何の為に生きてきたんだろう。

















眦の赤と白目の水色が光の中に見えたのは、僕の目の断末魔だったのかもしれない。





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最終更新日  2015.05.05 17:58:51
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