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長押綴

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2012.07.12

　びっくりするほど綺麗に放物線を描いたあたしの血は地面に降りかかり、倒れ伏した彼女のほうにまで跳ねた飛沫が飛ぶ。

　でもあかんのや、まだ倒れられへん。だってあたしにはまだ、やらんといかん事があるんやから。

「…う…」
「キルト！」
　彼女ーキルトはまだ、生きとる。だからあたしも死ぬわけにはいかん。

「キルト起きい、あとちょっとで倒せるんやから！そしたら一緒に教会いこ、キルト」
「もう…無理」

　子供帰りしたみたいに、口元を体を血で汚したキルトは泣きじゃくる。気の強い彼女が。

「無理なわけあるか！なっ、一緒に帰ろ、一緒に逢わせてくれるんやろ」

「む、無理……っ」
「…ちょお、避難しよか」

　泣くにしても安全確保は最優先や。

　なにせ、魔王は待ってくれへんのやから。

「……逃げる気か？楽しませてくれると思うたのに」

　黒いちょび髭をくいくいと動かして魔王が笑う。あたしを送り出した王様が今や変わり果てた姿。

「じゃかあしい！一時撤退や、必ずまた戻る！おっさんは長く生きとるんやからそれくらい待っとってもええやろ！！」

　王様の大事なお姫さんを助け出せんかったことを、あたしらが出発する遥か前にもう喰われて亡くなってしまっとったことを伝えたら王様が邪神を呼び出して、このざまや。
　お姫さんを生き返らせるなんて、邪神が素直に訊くわけない。

　案の定人喰い姫として蘇って、怪しく思った村人が逃げ出しては殺され町に入るもんはおっても出れるもんは居のうなって。あたしらの仲間も二人殺されてしもうた。

　そして、王様は完全に邪神に乗っ取られ。邪神は面白そうにお姫さんに餌を与えていたところ、あたしらの襲撃にあったっちゅうわけや。

「わかってるよそんなこと……！」

　岩陰、氷と風に囲まれがたがた震えながら、肩を寄せ合う。
　泣き出したキルトの頭を撫で背中をぽんぽんと叩く、それでも彼女は泣き止まず。

「もうやだ、死にたくないよお……」
「…………」

「……またアンタんところの王様は趣味変えたってわけ？」
「突っ込まんといて……」

　今あたしが着とる、テカテカしたメイド服は１００％あいつの趣味や。

　あいつ……邪神は、今、どういうことかあたしの上司になっとる。

　あれからあたしは、邪神に土下座して『アンタを楽しませるためになんでもしますから命だけはっ！！！』と乞うことでなんとか事なきを得た。

　邪神の機嫌は天気より変わりやすい、怒っていたのもおもちゃを取り上げられたからというだけで、新しい玩具ーあたし含む様々な捧げものーを与えればまたにこにこと笑いだす。まるで大きな子供や。

「３０年経った今ではすっかり変人王様として定着しちゃってるもんねえ、ある意味すごいというかなんというか」

　邪神の王様は、倒されたことを契機にお姫さんを完全にモンスター化し、そうすることで生の人肉を食べなくても生きながらえられるようにした。人の姿を保つために死にたての遺体が必要だっただけで、今の状態ではただ、モンスターだろうと家畜だろうと墓の中の骨だろうと勝手に食べてしまうちょっと聞き分けのないペットと同じや。ちなみにもふもふ。

　そして、そのもふもふのブラッシングの役目はもっぱらこのあたし。

「王様、姫様のブラッシング終わりました」
「おー、お疲れ」
「もうそろそろお食事ですが」
「もうちょっとやってから」

　そして、城下町の子供たちとボール遊びをしているおっさんのストッパー役も、もっぱらこのあたしだ。

「……アンタ、ほんとうにこれでよかったわけ？」
「うーん、まあ後悔はしとるけど……」

　でも、人を殺す以外の楽しさを教えられたことはよかったことやし。

　それに、うち自身、放っておけない「家族」が、いやおうなしにできてしまったこの絆が、なぜだかとても愛おしい。

「放っておけんからな」
「……サルビアはそういうとこ、ほんとばかよねえ」
「せやなあ」

　穏やかな午後、かつて夢見たお洒落やまともな友達はほぼおらんけど、それでも――

面倒を見ていると、泣いているキルトを宥めた時のような、旅をしていた頃誰かを救った時のような、
「あたしがおらんとあかん」世界が、ここにはあるから。

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サルビアの花言葉
赤色：燃ゆる思い
紫色：尊敬・賢さ
青色：永遠にあなたのもの

esteem：尊敬／尊重
wisdom：知恵／賢さ
domestic virtue：家庭の徳
澄んだ／透明な
愛を求めて

サルビア→盗賊　キルト→賢者
のイメージ。

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