Laub🍃

Laub🍃

2012.07.19
XML
カテゴリ: .1次メモ
 私は何のために頑張ってきたんだろう?

 そうだ、昔は故郷の為に頑張るために出稼ぎに来ていたはずなんだ。たとえ奴隷扱いされようとも、日に日に白髪が増えようとも、あいつらの笑顔を思い浮かべると頑張れたんだ。

 けれどもうその面影も消えてきていて、今私が縋れるのは隣にいる同じようにやつれた兵隊たちだけで。

 それでも。

「よくやったな、××を昇進させる」
「もういやだ、俺はこの軍を抜ける」
「たすけて、たすけ、やだ、たすけ――――」

 そうやって一抜け二抜け、残るのは私だけ。きっと最後に私が残る。すべてを捨ててもこのざまだ。
もう私には何もない、何も残っていない、頑張れない。




 だから昔唯一私を生きさせてくれた昔見えた真っ白な光を追い求めて、故郷に戻った。

 ここに来れば救われると信じて。



 救われなかった。そこにあるのはただただ巨大な墓標だけだった。
 私が他のことに注力しているあいだに、私の故郷は滅びてしまった。

「たすけて」

 たすけて、たすけて、たすけてと叫ぶ声が空しくこだまする。

 膝から崩れ落ちる、私を支えるのは憎らしくて汚くて醜い私の相棒たるこの大剣だけ。
 私の隣に最後まで残るのは、私を最後まで隣に居させてくれるのは、こいつだけなのか。

 こだまする、真っ白な世界。雪に囲まれた白い墓に土にそれでも埋まりきらなかった誰のものかもわからない骨と灰。

「たすけるのは」


「じぶんしかいない」






わたしが助けられるのもわたしだけ。




 頬の涙が離れるそばから冷たくなり白い氷となる吐く息が凍り白く凍てつく、大剣を振り払うとぱりんとあっけない音。
 私の生の価値など所詮そんなものだ。

 誰にも歩み寄られないままでいい誰にも歩み寄らないままでいい誰にも尽くされなくていい誰にも尽くさなくていいとても寒いけれどなんてなんて解放された私の視界は広いのか。



 大きな私にはそぐわない立派な剣。誰かを守るためには使えなかった。


 それでもすべてを壊すのなら、きっとすべてを守ることと一緒なんだろう、それは。



 血も凍るこの決意は私の中だけでこだました。
 きっとこれからも誰にも伝えないまま、気の狂った空っぽな真っ白な私の唯一の柱となる。








「ピンイン、何を考えている?」

 あれから十数年、私はこの真っ白な城で衛兵として働いている。

 勿論主には面従腹背、自分さえよければ良いという生き方を貫いている。
 主はそれに対し何も言わない。気付いている筈なのに。

「いいえ、なにも」
「そうか。おぬしがゆうのなら、そうなんじゃろう」

 ころころと笑う主は極彩色、私とは正反対の。
 けれどたくさんのものに彩られた彼女は私と同様の空っぽに見える。

「……お暇なのですか。面白い反応が見たいのならば、他の者を呼べばよいでしょう。どうせ私には何もありませんから」
「おぬしは、もっておるよ」
「持っていませんよ」

 空っぽの空間しかありはしません。

「もっていない、ということをもっておる」
「…………?」
「ふふ、おぬしはわからんじゃろうな、いや、わからんままでいい」

 すい、と艶やかな紫の髪から金に紅の宝石のついた簪を抜き取る彼女。

「……言っておきますが、私にそれを渡そうとも無駄ですよ。私が身に着けたとたんにすべて真っ白になってしまうのですから」
「ええのじゃよ」

 そういって制止もろくに聞かず私の頭にそれを刺す。

「……ん、白い白い」

 からからと笑う彼女。…何が面白いのか、理解しかねる。

「……何がしたいのですか……」
「…おぬしは、しろくてよい。くさらぬためにこおったおぬしは、ひびくおとがまっしろ」
「……訳が分かりません。それは、主様ではありませんか」
「くさらぬためにないぞうをぬきとってからっぽになったわらわのことか?」
 頷く。そうしてちらりと目線を彼女の腰のあたりに向ける。肋骨がちらりと見え、その奥には真紅の帯。真っ白な尖りが映える。
「……余計なことを考えてしまうのよ、からっぽじゃとな。しかしてそれもすなのようなものじゃからうまれるそばからすきまからこぼれおちる。なんにもない。きがつけば、なんにも。」

 その声はどこか昔の私に似ていて。
「…じゃから、おぬしは、ずっとここにしばられておってくれよ」
「……私は自由意思でここに居ます」
「ゆきばがないのがおまえのよいところじゃ」

 ……全く、むかつくこととわけのわからないことばかり言ってくれる上司だ。

「……主様こそ、どこかへ放蕩して戻らないなんてこと、なきよう」
「このあしじゃぁどこにもいけぬて」

 ふふ、と笑う彼女を暗い目で見詰める。
 そう言っておいてどこかの兵に攫われたり部下にかどかわされたりしないか心配なのだこっちは……この場合の心配は、私の食い扶持のことだが。

「…ああ、ひまじゃひまじゃ。おぬしが、くるものみなほふってしまうからじゃぞ?」
「戦闘力ない人が偉そうに言わないでください」
「なんじゃと、おぬしこそわらわのちからがなければいきながらえられないくせに」

 はいはい、と言いながら、ふっとため息を漏らす。ばかみたいだ全くこんな日常。凍りついたように空っぽの空のようにおんなじ日常の繰り返し。昔の戦乱のさなかとは大違い。あの臨場感をもう一度味わってみたいとかいった奇妙な郷愁ににた思いがこみ上げる。その際ふっと過る故郷の記憶のせいで、すぐに回想を打ち消さねばならなかったけれど。


「あぁほらまた、ゆうしゃとかいうやつがきたぞ。たよりにしておるぞ、まおうのそっきんとやら」
「……面倒くさいですね、全く」

 はじめは退屈鎬だったはずのこれもすっかり退屈な日常業務の一つ。

「魔王!覚悟――――「さようなら」


 幸せそうな自信に満ちたこれまでたくさんの苦難をたくさんの仲間と乗り越えてきたんであろう彼らの希望を踏みにじる瞬間だけがとても楽しいのだけれど。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016.01.24 19:06:47
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: