Laub🍃

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2017.03.15
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カテゴリ: .1次小
兄貴は所持金10000円を境に人格が切り替わる。
 財布に心を握られているといってもいい。

 10000円以上持っていると剛毅でおおらかで優しくて小さな事は気にしないのに、所持金が10000円未満になると途端に臆病で心が狭く、せせっこましく必死で神経質になる。
 因みに貯金通帳なんて兄貴にとっては数字だけのものらしく、財布に入って初めて今自分が幾ら持っているのかを自覚するのだそう。

 10000円のー元気で馬鹿な兄貴の方が好きだから、俺はいつも兄貴に貯金もお年玉も渡してきた。いつもそうすると嬉しそうな顔で笑うのだから。

「今の俺の方が好き?」

 たまに兄貴がそうきくから、いつも俺は笑ってうんうん頷く。
 だってこっちのほうが気が合うし、楽しい。喧嘩だって強い、一緒に悪戯だってできる。俺の全然知らない所にも連れて行ってくれる。俺は自分で金の使い方を決められないから、必要最低限のものだけ買って、あとは兄貴に渡す。俳優やアイドル、オタク趣味に金を費やす奴ってこんな気分なんじゃないかな。自分が認めた大好きな相手が喜ぶ顔が見たいっていう。
 俺の場合、相手は身内だから自由に行動出来ない相手、本心では何を想ってるか分からない相手、次元の違う相手よりもずっと帰って来るものが大きい。


 だけど、俺以外の家族はそんな俺も、そんな兄貴も、好きじゃないみたいだ。

 そして俺が目を離すとすぐ、兄貴の財布から金をとっていく。貯金箱に入れているみたいだけれど、それだっていつ取り出しているか分かったものではない。

 それに憤る俺を、9999円の兄貴は困った顔で見る。膨大な1円や10円貯金に囲まれながら。所持金が10000円を超えたり、超えそうになると今の兄貴は財布を削る。
 俺にもそれを渡そうとするけど、俺はいつも拒むから諦めたようだ。

「ごめんな、俺はこのままで居たいんだ。

 それに、母さんたちはちゃんと取っておいてくれているよ。俺がこんな風になった時、相談してからの決め事だ。お前も心配してくれるのは嬉しいけど」
「今の兄貴なんて別に心配してない」

 心配なのは、10000円の兄貴のほうだ。
 前回は1カ月も会えなかった。今度はいつになるだろう。

 俺の心、兄知らず。全部分からなくても受け容れてわしゃわしゃと頭を撫でてくれるのは10000円の兄貴だけだ。9999円の兄貴は撫でてくれない。遠慮ばかり、流されてばかりだ。
 自信たっぷりなポジティブな10000円の兄貴よりも、自嘲とネガティブ発言の多い9999円の兄貴の方が会社では受け入れられるそうだ。会社での仕事では主に営業や企画の部門だと前に聞いた。10000円の兄貴はそこで「俺の自由なアイディアは重宝されるんだぜ」と嬉し気に語っていたのに。それを言うと9999円の兄貴は、「それだけじゃダメなんだよ。…今回はいつもより時間がかかっちゃったけど、取り戻せてよかった」という。


 俺は今の兄貴、つまんなくてあまり好きじゃないのに、社会って不思議だ。

 10000円の兄貴は、出来るだけ戻らないようにしたいと言う。それは9999円の兄貴も同じ。どうしても10000円以上の買い物をする時は、封筒に入れて。あるいはクレジットカードで。
 無駄遣いは絶対にしないし、寄り道もなし。楽しい事なんてやるだけ無駄だって思っている。

 だけど、暫くぶりに入れ替わると

「また戻ってきちゃったか」


 俺にその気持ちは分からない。こればかりは10000円の兄貴もちゃんとは教えてくれない。

「本当は、豊か故の大変さも、貧しい故の苦労も、一つの人格で克服すべきなんだろうな。俺達は結局どちらも中途半端だ」

 おかしなことを言う。だって兄貴は自分で稼いでいる。まだ働ける年じゃない俺が言うならともかく、働いている当の人間が自分のそういった部分を自分で管理できないことが不思議でならなかった。

 首を傾げていると10000円の兄貴は、何故か今の兄貴らしくない…俺の苦手なあの笑みを浮かべた。






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最終更新日  2017.03.22 18:08:47
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