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コロッセオ
今度は『コロッセオ』に移動。安価なツアーの多くは外側観光で済ますが、例によって「このツアーはちょっと高級なので」((C)ガイドY氏)、僕らはコロッセオの中まで入って見学する。

ここの入口は一列で入らなければならない。と、ガイドY氏が現地の小学生を引率した女の先生とイタリア後で何やらもめ始めた。何事かと思ったら、ガイドY氏曰く、「一列でしか入れないんだよと言ったら、そんなことは聞きたくない!と逆ギレしてきた」んだそうだ。確かに小学生集団は少しごちゃごちゃして、管理ができていない感じではあった。どこの国でも同じだ。..
「32年いて、イタリアが好きですが、はっきり言わせて頂きます。これがイタリア人なんです! やつらはほんとに自分勝手で、他人のことなんかまるで考えようとしないんです!」と、Y氏はかなりご立腹だ。
で、ひとしきり喋った後「でも、歴史と文化はこのようにすばらしい。」と、まさに取って付けたようにコロッセオに向かって手を広げた。(笑)

実際、コロッセオにはビックリだ。ここの石材があらかた運び出されて一部はサン・ピエトロ大聖堂に使われたりしているが、残された部分を見ただけでも、元の様子がどんなだったか容易に想像できる。入り口からの外通路の感じも、階段を上がって観客席に出た感じも、まるで東京ドームだ。(形状は有明コロシアムだけど。)ここに古代ローマの人々がぎっしりつ座って、"競技"に熱狂していたわけだ。
床は板張りで、地下通路もあり、エレベータで猛獣を上げ下げしていたと聞いている。観客席最上部には日除けの天蓋もあって、まさにドームスタジアムだった。
写真や図版では何度も見たことがあるが、実物の迫力はやはり言葉で表しにくい。これを日本が縄文時代でうろちょろしている時に造ったのか?!

短い自由時間ではあるが、せっかくだから上まで登ってみることにした。コロッセオが実際に使われていた当時、アリーナや一階席は貴族の席、中段は一般市民、そして最上階は貧民の席だった。ということは、僕らは当然最上階である。(こらこら)
階段で上っても良かったが、せっかくエレベータが目の前にあるので乗ることにした。
ところが、このエレベータがどうにもこうにも閉まらない。先に乗っていた外人達(客観的には、こっちが外人だけど^^;)が「(重量が多すぎるからだろうから)降りろ、降りろ」と言いだし、我々のツアーは結局降ろされた。で、みんな諦めて隣のエレベータに向かったが、僕ら夫婦は再び「(お前達くらいなら大丈夫だろうから)乗れ」と呼び戻された。確かにイタリア人は身勝手だな、と感じた瞬間だった。
しかし、神は時に心憎い。(笑) 僕らが戻ったエレベータはやっぱり閉まらず、隣のエレベータがみんなを乗せてさっさに上がっていったのだ。(^^) うひょひょひょ、脳裏にさっきのミケランジェロ「最後の審判」が浮かんで、妙に笑える..って、待てよ、僕らはとばっちりかよ?(^^;)
僕らの乗ったエレベータはその後もう一人の外人客を乗せてから扉が閉まり、ようやく上がってくれた。また人種ロックかよ。(苦笑)
...それにしても、ホテルのエレベータといい、ここのエレベータといい、ハリウッドのルーズベルトホテルのエレベータといい(8年前くらいの嫌な思い出をついでに書くな>自分)、イタリアのテクノロジーってやつは実に頼りない。第二次世界大戦で日独をおいて真っ先に降伏するわけだ。(いいがかり)

ガイドY氏は、時間が足りないので、上がったらパッと見てすぐ降りろと言っていたが、半周向こうの集合場所側にも階段くらいありそうだったので、てくてく歩いて回ってみた。これが、ローマ人が熱狂したコロセウムの光景か!...なんだか感動する。脳裏に「ベンハー」(ちゃんと観てないけど)と「グラディエーター」の一場面がリフレイン。(笑) 凄かったんだろうなあ!...今の我々と全く変わらない文化生活だったんだろうなあ...この当時の日本と言えばまだ縄文時代で石器を..って、いちいちそれを連想してしまって哀しい。

しかし見とれている暇もあまりなく、集合場所に急ぐ。こういうところこそ、土産物屋に寄りたいのに。この種の全部入りツアーはどうしても忙しい。「イタリアの休日」略して「イタ休」、またの名を「 イタ急 」と言われる所以だ。

コロッセオを出て、付近にある凱旋門(パリの元になったオリジナル)や名前はわからないけれど発掘中の大きな建物を眺めながら歩く。どこを見ても古代ローマを思い起こさせるものばかりだ。
(風情があるが、この種の店は品物が悪いから買わない方がいいそうな。)
なかなか来ないなあ..とガイドY氏が連絡を取っていたが、やがて道の向こうからバスが現れた。
何とかうまく入り込んだぜっ!と、運転手がガッツポーズを取っている。こらこら、手放し運転じゃ。(笑)
トレビの泉
再びバスで移動して『トレビの泉』へ移動。商店街を歩いて抜けると道が開け、TVで何度か見たことがあるトレビの泉が現れた。泉の前には人がわらわら(←気持ち悪い表現)いる。なんだよ、メッカの巡礼か?!..


ここでは後ろを向いてコインを投げるわけだが、僕は普段お賽銭を「111円」投げるのがパターン。が、ここで111円投げると、それは"コイン3枚"で離婚を願うことになってしまうので、今回は残念ながら2人とも100円ずつにしておいた。(イタリア政府の外貨獲得にプチ貢献。)
投げ終わると、妻を含めた女性陣ほぼ全員が人気のジェラート屋へダッシュ。ガイドからレクチャーを受けて買っていた。こんな調子だから、店が繁盛するわけだ。このお店、昔「るるぶ」で紹介されたのがきっかけになって、今では3軒に増えちゃったそうだ。
それにしても、もうすぐ夕飯だが大丈夫なのか?
僕はジェラートは当然妻が持ってくるであろうと思って自分では買わず、トレビの泉をいろんな角度でデジカメで撮って回った。何しろ、今後の仕事で使えるように素材写真を撮るというミッションも抱えているのだ。(謎)
さてさて、強烈なキャラクターでツアー一行を魅了したガイドY氏のお仕事はここまで。この後ローマ三越まで我々を案内して説明した後、風のように去っていったのだった。
< つづきはこちら >
2013ドイツ・イギリス旅行記[13]帰国 2013/11/12 コメント(2)
2013ドイツ・イギリス旅行記[12]ウィン… 2013/11/12
2013ドイツ・イギリス旅行記[11]ウィン… 2013/11/11
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