ごった煮底辺生活記(凍結中

ごった煮底辺生活記(凍結中

ぬくもり味のチョコ



 2月5日 くもり
 今日、昌子を泣かしてしまった。
 あまりにも勝手だと言うのだ。
 山は今の俺にとって全てなんだ。
 俺が俺である証明なんだ。
 誰になんと言われようとも俺は参加する。

 2月6日 快晴
 朝早くの出発だったのに、昌子が見送ってくれた。
 お守りと封筒。あいつがくれた。
 サークルのやつらに茶化されたが、昨日の事もあって、ノレなかった。
 まったく、昌子は心配症だ。
 なに、谷沢岳はいろんな人が登っている有名な山だから安全だよ。

 2月7日 快晴
 山開きしていない谷沢岳を登る。
 うちのサークル伝統の行事らしいが、山頂から眺める景色を見たら、納得した。
 白銀に染められた山々を見下ろす快感。
 これを見たら、後輩にも見せたくなるよな。
 だから、言ったろうすごいって。<秋林先輩が書いた。
 これ、山頂で書いてるんだぜ。
 これ位の雪で登山禁止なんて、クライマーをなめてるんだ。<青山
 僕も同感! エベレストとかなんか、年中雪つもってるしね!<中島
 わたしにだって登れてるよ! By.ゆき<相田
 みたか、民宿のじじい! 俺たちは素人じゃねえんだ!<青山
 そうそう、なめられてるよね、あたしたち。<相田
 最高だぜ! みんな! ○○大学登山サークル万歳!

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「これ、雪の染みでしょうか……」
「ええ、そうでしょうが……よく読めますね、こんなグチャグチャにしてあるのに」
「なんとか。楽しそうですね……みんなでいっぱい書いて……」

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 2月8日 霧
 最悪だ! なんでこんな事になっちまったんだ!

 2月9日 霧
 ふざけんな! 秋林の野郎! あいつのせいだ!!
 なんで、こんなバカなサークルに入っちまったんだ!
 なんで俺がこんな目にあわなけりゃならねえんだ!

 2月10日 くもり
 俺が悪かったのかもしれない。
 いや、俺は悪くない。悪いわけない。
 足がじんじんする。
 くそ、こんなの、いつもトロい中島がやる役だ!

 2月11日 くもり
 食料が心許ない。くそ!
 足がいてえ!

 2月12日 霧
 寒い。足がいたい。くそ、腹も減った。

 2月13日 霧
 やっぱり俺も悪かったのかもしれない。
 食料も尽きた。水はあとすこしある。
 山頂でビールなんか飲むんじゃなかった。

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「……この染み、ビールの染みだったのでしょうか」
「雪かもしれませんが」
「いえ……」

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 2月14日 霧
 山を降りる時、雪に足をとられ、俺は斜面をすべった。
 そのまま滑って谷に落ちてしまった。
 斜面はすべって、なんにもつかまる所がなかった。
 雪で見えなかったが、地面が凍っていたのかもしれない。
 雪山の恐ろしさをやっと理解できた。
 幸い、足を痛めただけですんだが、思うように動かない。
 じんじんと痛む。
 サークルのみんなは、無事に山を降りただろうか。
 もう、あれから一週間か。
 昌子、ごめんな。封筒の手紙読んだよ。
 お前はこんなに、俺を心配してくれてたんだな。
 ブランデー入りのチョコおいしかったよ。
 冷たいチョコだけど、お前の心であったかい。
 お守りを握り締めると、お前の笑顔を思い出すよ。
 ごめん、俺の全てはお前だったんだな。
 お前のぬくもりが恋しいよ。

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「そこで日記は終わってます。昌子さん」
 わたしは封筒に、手紙と、以前みたアニメでやっていた知識から、
ブランデーチョコを入れておいた。
 あくまで念のために。バレンタインにあげるチョコのつもりじゃなかった。
「先生……ありがとうございました」
 病室から院長先生が出ていった。ベットに彼が寝ている。
 サークルの仲間がよんだ救助隊ではなく、民宿のおじさんが彼を見つけてくれた。
 先生の話だと、死後からそんなにたっていないらしい。
「ブランデーチョコが彼を生き延びさせたんだ」
 先生はそう言ったが、わたしの前に、彼の笑顔はない。意味がない。
 彼の顔。ヒゲのかたさ。感触。
「……こんなにつめたくなっちゃって……」
 涙で彼の顔がみえない。なんで、なんで、わたしは彼を止められなかったのだろう。


 なんで、わたしもいっしょに山にいかなかったのだろう。
 わたしのバカ。
 服をぬいだ。上着も、下着も。
 彼の体からシーツをのけ、服を脱がせた。足のギプスが悲しい。
 冷たい体に肌をあわせる。
「ぬくもり、あげるよ。だから戻ってきて……」
 彼の体にわたしの体温をあげる。お願い、神様。彼をかえして!

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「昌子さん?」
 ……いつのまにか夜があけたようだ。
「……院長先生……」
 病室、院長先生。すべては昨日のまま。わたしは……彼の胸で目覚めた。
「あなたの願い、かなったようですよ?」
 え?
「ご、ごめんな、昌子」
 え?
「昌子さんのチョコとぬくもりが奇跡を呼んだのですよ」
 え?
「彼女の奇跡にみあったお返しをする必要がありますよ、あなた」
 彼の震える手が、わたしの髪をやさしくなでた。

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 3月14日 快晴
 俺は昌子と結婚した。絶対に幸せにする!

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