ごった煮底辺生活記(凍結中

なんでも屋神人「殺人鬼」 2

　新田伸二は家族の葬儀を抜けて、町をさまよっていた。
　３、４階建ての小さいビルが立ち並ぶ道。
　二車線の車道を挟む白いタイルの歩道。多種多様な人間が行来する。
　その中をさまようのは、そう、犯人を捜しているのだ。家族を姉を殺した憎い
殺人鬼を。
　しかし、彼は殺人鬼の顔を見ていないし、なんの手掛かりもない。
　通りすぎる人間がみんな犯人に見えてきた。
　新田家を襲った悲劇は、一人の小学生の人生を破壊した。それを引き起こした
のもまた、一人の殺人鬼である。人間の人生は一人が起因となって変化するのか。
　新田伸二は思った。
「くそ。みんな犯人に見えるぜ。いったいどいつなんだ？　殺人鬼のくそ野郎は！」
続けて頭に浮かぶ、よくある刑事ドラマのセリフ。
「犯人は犯行現場に戻る」
犯行現場は、今葬儀が行われている家だ。

　家に戻ると、葬儀屋がセットしてくれた花やちょうちんが"葬式"という儀式
を演出しているのが見えた。
　近所のおばさん達が協力してくれている。右隣のおばさんは玄関のテーブルで
受け付け係。左隣のおばさんは中で訪れるお客様に応対してくれている。
　この協力があっての犯人捜しだ。彼の供養は犯人に復讐する事、である。
　ふと玄関の受け付けを見ると、黒いワンピースを着た、見覚えがある女がいた。

　記帳を終えた彼女は伸二に気がつくと、真っ直ぐ伸二に向かってきた。
　思わず、そっぽ向く伸二。
「伸二くん。さっきは嫌な思いさせてごめんなさいね。あたしが依頼を受けるから」
　葬式用の黒服を着ても、彼女の綺麗さ、いや、かわいさが、その主張をやめな
い。誰かしら思わず振り返ってしまう、アイドルじみたこの女はなんでも屋の女。
「ほんと！？　おねーさんが！？」
「うん。あたしが協力してあげるっ！この相沢章子におまかせなさい」
「でも、あんぱん野郎は駄目だって言ってたよ？」
「いーの！あんな人。あたしはあたし。法律が恐くてなんでも屋なんかやってら
れますか？　ってなかんじよ。うん」
　思わず歓喜の声と共に、相沢章子の胸に飛び込む新田伸二であった。まだ彼く
らいの年齢なら、こういう行為もゆるされるのか。
　どっちにしろ、葬式には相応しくない行為ではあった。

　一人、店に残された神人を電話のベルが呼ぶ。
「はい。なんでも屋です。はい、なんでもします。はい？　金くれ！？　さよう
なら」
　再びベル。
「はい。なんでも屋です。はい、子守ですか。はい。うけたまわります。ＸＸ日
の午後３時から２時間ですね。はい。かしこまりました。女性スタッフもいます
ので御安心ください。はい。しつれいします」
　またまたベル。なんでも屋はいそがしいのだ。

「はい。なんでも屋です。なんだ、十兵(ジュウベイ）くんか。
　どうかねそこのどぶさらいは？
　え、終わった？　さすがにはやいね。おつかれさん」

　十兵とは、なんでも屋三人の店員の内の一人。
　なんでも屋は、なんでもやるから、なんでも屋なのだ。
「はい、なんでも屋です。なんだ、章子くんか」
「神人さん。あたし、伸二くんの依頼、独断で受けましたからね。あたしはしば
らくこの依頼に専念しますので、子守なんかの依頼はよろしく。では」
　神人はすこし悩んだが、
「そうだ。子守は桜間十兵くんにまかそう。うん、決まった」
なんでも屋店主、霧沢神人は安心感を美形な顔に浮かべて、うまそうにあんぱん
を食うのであった。

　男は考えていた。
　どう　やったら自分の趣味に満足できるのか。
　男の趣味は殺人である。
　とくに若い女性の腹部に包丁の刃を刺すのが好きだった。
　生まれてから２４年。これ以上の快楽はない。
　本業はある。しがないセールスマンである。昼は各家庭を訪問するセールスマ
ン。夜は殺人鬼。それが男の日常だ。罪の意識など無い。
　男にとって人の命など昆虫程度のもの。
　殺人は昆虫採集程度の趣味なのだ。
　思えば、初めての昆虫採集は幼稚園の時に、なかよしのめすを包丁で解剖した
時だったか。
　しかし、男は最近のちまちました殺人に飽きていた。なにか、こう一気に殺人
できないものか。
　昨日の家族を殺した時の女くらいの奴を大量に。
　フラリと町を歩いてみた。忙しくあるく虫けら達。その時、男の横を大きな影
が通りすぎた。男は歓喜の声をあげた。
　あるぞ、あれだ。
　それは乗り合いバスであった。

　夕食の買い物に神人は来ていた。
　近所のスーパーは品物も豊富でよく買い物に来る。
　グレーのコートのすそをひるがえし、品物の値札をチェックする。
　普段は相沢章子の仕事であるはずの買い物であったが、彼女が戻らない以上、
自分でやるしかないのだ。
　とりあえず、卵１パックとキャベツとダイコン。
　これだけあれば夕食の支度は可能だ。
　エコロジーな考えを採用した強化手さげ付き再利用紙袋に品物を入れると、左
手にもって店を出た。

　薄闇がかかる空の下をひたすら店へ帰る神人であったが、その途中で思わぬ出
会いがあった。

「こんばんは」
　神人の後ろから不意に聞こえた不気味な声。同時に神人の左手から買い物袋が
落ちた。
　なんと、神人の左肩に深々と包丁が刺さっているではないか。グレーのコート
が左肩から赤く染まってゆく。
「…こんばんは、殺人鬼くん。いい天気だね」
　神人は振り向きもせずに、背後に立つ、やせすぎの男に言った。
「いえ、ちがいますよ。色男さん」
　目のくまと頬のこけが目立つ不気味なやせ男が答えを返す。
「今夜は赤い雨がこの地を濡らすのです。ああ、なんて素晴らしい天気なのでし
ょうか？」
　殺人鬼は包丁を抜くと、凄まじい速さで神人の右肩に刺した。動脈を切ったのか、
帰り血が噴水のように吹き出した。これで…。
「なるほど…まず、わしの両手を封じるわけですね」
　殺人鬼は自分の思った事を言われて、少々戸惑った。が、そんな小心者が連続
殺人をするだろうか。この殺人鬼は同種の中でもとびきり異常な男なのだ。
戸惑いなど、目の前の快楽に比べれば気になるはずがない。
「そのとうりです。次は…」
　稲妻の速さで包丁を引き抜くと、素早く手を前にまわし腹へ。
「やわらかいおなかを裂いて内臓を見せてあげましょう」
　内臓を切られた人間は、まず、間違い無く死ぬ。だから、武士は切腹を行った
のだ。
「ほう。やはり、素晴らしいおなかですね。刺した時の感触でわかります」
　神人の腹に深々と刺さる包丁。そこから止めどなくあふれる赤い血。なんでも
屋神人は死んでしまうのか？
「殺人鬼くん。君は間違いをおかしたね」
　包丁の腹への進行が止まった。なんだ？
「背中からの攻撃で満足していればよかったのに」
　見よ、この異常者中の異常者とも言うべき殺人鬼の顔に冷や汗が浮かぶのを。
「おなかは、わしの視界にあるんでね」
　悲鳴が…殺人鬼の悲鳴が空中に響いた。そして、男は闇の中へ逃げ去った。
　大量の血を吹き出しているはずの神人はどうなったのか。
　なんと、包丁で裂かれたはずの腹が…無傷なのだ。なんと服まで…刺され
た事は夢、幻覚だったのか？　いや違う。
　その証拠に背中の傷からは血が吹き出ている。
「殺人鬼くん…か。君には個人的に興味が沸いてきたよ」
　やはり、大量の出血はきついのか、少々ふらつきながら店へ帰る神人だった。

　そして、このだれもいなくなった町の一角に、買い物袋が残った。今夜の夕食
はどうするの？　と言うように。

　瓦屋根の古風な"我が店"に帰りついた神人をまっていたのは一人の男だった。
「よー神人。遅かったな、買い物。腹減ったぜ」
　黒髪をオールバックにし、その内の数本を前に垂らした髪型。がっちりとした
筋肉質の体を麻色の薄いジャンバーで隠し、色の薄れたジーパン。人のよさそう
な顔立ちに見える原因は、彼の目尻が少々たれているからであった。
「…いや、ちょっとあってねえ。桜間十兵くん」
「ん…！？　おめえ…怪我してんのか！？」

　神人の背中からは、まだ血が噴き出ていた。グレーのコートは赤と言うより黒
に近い血痕だらけである。殺人鬼の凶刃による功績だ。
「おめえ…だいじょぶなのか！？」
　神人はめずらしく…くすりと笑って、
「だいじょぶだよ。悪いけど手鏡を二枚用意してくれないか？」
　と言った。手鏡二本…それが今の傷を直す道具なのか！？
「ああ。あわせ鏡をやるんだな。まってろ」
　あわせ鏡…それが神人の傷をなおす手段なのか！？

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