ごった煮底辺生活記(凍結中

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なんでも屋神人「殺人鬼」 5(完




 夜、八時。
 桜間十兵は歩道橋の上にいた。

 阿影刑事の情報により暴走バスはこの下を通る事がわかっている。
 桜間十兵の表情は冷めていた。
 殺人鬼五月に対する怒りは逆に彼の心を冷却した。
 こういう桜間は危険なのだ。


 数年前、行方不明少年探索の依頼の時、桜間が誘拐犯のアジトを発見した。
 そこは金が欲しい麻薬狂い暴走族のアジトでもあった。
 20人はいる狂った男達の中で少年は死んでいた。
 数時間後、苦鳴の響くアジトの床には気を失った男達が全員転がっていた。
 その中央に愛刀ミチザネを握り締めた桜間が一人立っていた。
 その表情は冷めていたのだった。

 冷めた怒りだった。


 同じく、歩道橋にいる新田伸二が桜間の背後の方向を指差して言った。
「桜間さん! 来たよ! あのバスだ!」
「よし。行くぞ」
 桜間十兵は背後を確認しないで、歩道橋のガードを飛びこえた。
 奇跡なのか、それとも桜間の技なのか。桜間十兵はバスの天井に舞い降りる事
に成功していた。
 暴走バスは天井に桜間を乗せて、急速で歩道橋から遠ざかってゆく。
 それを確認した伸二は右手のトランシーバーで阿影刑事に成功の報告をした。
 この先1キロに警察のバリケードが設置されている。
 桜間の使命はそこまでにバスを停止させて......チャンスがあれば、五月の処置
をする事だ。
 高速で吹き飛んでゆく背景がバスの移動速度が80キロ以上である事を桜間に伝えて
いる。
 桜間は少しも動じず、腰にさした鞘から日本刀を抜いた。なんとも見事な刃渡
りではないか。これこそ、桜間の愛刀「ミチザネ」である。
 伝説によれば、意志を持ち、その刀身が赤く光る時、岩をも切るという。
 桜間はミチザネの切っ先を静かに...バスの天井にあてた。まさか、そのまま
ストンと天井を円形に切り裂いて侵入しようとは。
 バスの中に天井から落下した桜間の前に、バスの前部に、茶色のコートを着た
五月がいた。
 両手の袖からは血を滴らせた刃が見える。
 その姿はまさに殺人鬼であった。
「ほう、いらっしゃい。また、なんの御用で?」
 五月の言葉から察するに、奴は気付いていたらしい。桜間の侵入を。
 桜間十兵は冷たい視線を五月にあびせて言った。
「地獄の主が呼んでるぜ。殺人鬼」


 街を歩く人影がいた。
 グレーのコートを着たその男の容姿は通りすぎる人々の視線を吸収している。
 その美しさは夜の幻を思わせた。
 男はデパートの入り口で待ち合わせをしている様子の若い女性の前で立ち
止まった。
「ちょっといいですか? この3枚のトランプのカードを持ってください」
 いきなり三枚のカードを渡された女性は、指示どうりに手に持った。ちょうど、
ばば抜きの格好であった。
 男はその中の一枚を抜いた。そして右手に持って...。なんだ? 男の手から
カードが消えた! 女性の手には...なんと三枚のカードがあるではないか!
「ふむ、再度の挑戦。うまくいったかな? あの、今、わしはカードを抜きまし
たか?」
 男の奇妙な質問に、女性は首を振った。否...という返事だ。
 どうゆうことだろうか? 男は今、確かにカードを抜いた。しかし、彼女は抜
いていないと言う。男はペコリと頭を下げて言って名刺を渡した。
「ありがとう。わしはの名前は霧沢神人。なんでも屋をやっています。なにかあ
ったらぜひ御依頼くださいね。では」


 暴走バスの中は生死を賭けた闘いの場と化していた。
 ムチのように複雑怪奇に飛ぶ刃2本と、それを受け止める白刃の軌跡。
 この奇妙なチャンバラは、片方の、無限長の刃を操るやせ男のほうが攻撃範囲
が広い為、日本刀の男の圧倒的不利に見えた。
 桜間十兵はあらゆる方向から飛来する刃を一本の刀でかわしていたが、やはり
限界がある。その体にいくつもの切り傷が増えてゆくのは、やはり不利な証拠で
あろうか。
 その時、桜間はバス後部へ跳躍した。
 バラバラの女学生達が浮かぶ血だまりの中へ。
「もらった!」
 五月の声と同時に、2本の刃はバス後部へ直進した。それが十兵の狙いであっ
たとは。
「まぬけ!」
 桜間は声と同時にミリの見切りで刃をかわし、一気にバス前部へ走った。
 接近できなかったのは、複雑な刃の動きの為であったが、直進してくるならば
接近もたやすい。十兵なら。
 不意をつかれた五月に防御する手段はなかった。
「あの世へ行きやがれ! 殺人鬼!」
 気合いと共に五月に接近する十兵は真横に斬撃するつもりであった。しかし。
「な! なに?」
 桜間はなぜかバランスを崩してふらついた。
 瞬間、桜間の右手が飛んだ。
 切り口から赤い血を散らして。
 一瞬の隙は新たな隙を呼んだ。
 左手、右足、左足と切断されて、ついに桜間の接近は五月の目前で停止させら
れた。まさに桜間は手も足も出せないのだ。
「僕の能力...しらなかったのかい? 切った物を操れるんだよ」
 五月はあわれな手足の無い男を見下ろし言った。
 桜間のまだ闘志を失わない両目が、自分の足だった物を見た。
 なんと、足首に...黒い女の髪の毛が巻きついているではないか! そして、そ
の髪の毛は、なんとバス後部の女学生達から伸びていたのだ!
 妖刀を操る剣士をうわまわるか、五月仁太郎、殺人鬼よ。
「殺人鬼! 俺の使命はこのバスを止める事だぜ! 後の始末はあいつがやる!
呼べ! ミチザネ! あいつを!」
 桜間十兵の最後の言葉だったが、それは五月に驚愕をあたえた。右手と共に飛
んだ妖刀ミチザネはどこに行ったか? それは桜間の執念だったのであろう...首
無し運転手の体に刺さり、見事にその両手を切断していたのだ!


 運転手を失い、横転するバス。
 バスは、車道わきの林につっこんでやっと停止した。

 月の光りは砂煙によって遮られている。
 めちゃくちゃに破壊されたバスの瓦礫から這い出でた影は両手刃の殺人鬼だ。
 激突の衝撃も、この魔人を殺すことはできなかった。
 その魔人が恐怖しているとは。
 なんだ、この殺気は。いや、妖気か? いや、違う。これは本能だ。本能が恐
怖を、恐怖そのものの接近を告げているのだ。
 そして恐怖は月の光によって、砂煙のスクリーンに人型の影となり姿を現した。
 そして影は世にも美しい美形の男となって現れた。
 グレーのコートを来た長身の男。霧沢神人である。
「こ、これはこれは...あなたでしたか」
 五月の言葉に神人は
「こんばんは」
 と返した。すると五月は、額に汗を垂らしながら、
「こ、こんばんは。いい天気だね」
 と言った。すると、
「いいえ違いますよ。殺人鬼くん」
 と言った。と同時に、殺人鬼から刃が走った。が、それは不可視の力で、神人
の目前で停止した。いや、させられた。
「今日は殺人鬼が地獄に帰る記念日なのです。あ、天気と関係ないね」
 神人が笑った。通常なら見惚れる笑い顔であったが...。
「そうそう、わしの能力の説明をしよう。人は自在眼と呼んでるよ。」
 五月は自分の体が、硬直しているのに気がついた。まるで自分の体ではないか
のようだった。
「わしの視界...見える範囲内の物、すべてを自由にできるんだ」
 五月は自分の心臓がなにかに圧迫されるのを感じていた。
「もう、その体は君の物じゃない。わしの物だ」
 蛇に睨まれた蛙。まさに、五月はその気分を味わっていた。
「その心臓を止めるのは簡単でつまらない。わしは君の為に特別な実験をしたん
 だ。なんだと思うかね? それは現世に残した出来事の痕跡を消すことなのさ。
 痕跡を消せばその出来事はおきなかったことになる」

 神人はなにを言っているのか? 痕跡?

「今のわしには君が現世に生まれた時の痕跡が見える...さようなら五月くん。せ
 めてわしくらいは君の事を忘れずにいてあげよう。わしの記憶の中でその生涯を」


 晴れていた。星が輝く夜空には雲ひとつない。遊びに夢中で、気がついたら時
計は8時をまわっていた。
 新田伸二は無我夢中で家に向かって走った。
 家の門には...待っていた。
「こら! 伸二! いつまで遊んでんのよ!」
 いた。姉ちゃんが。また怒られるんだ...けど、なんだろう? 涙が止まらない。
「姉ちゃん!」
「きゃ! なによ! 伸二ったら!」
 伸二は姉、秋子の胸に飛び込み泣いた。わけもわからずに泣いた。泣かずには
いられなかった。
 その光景を角の影から見守るグレーのコートがあった。あんぱんをうまそうに
食う、その影は、世にも美しい笑顔を見せた。それが目前の光景への物なのか、
それとも、あんぱんがうまいのか。それは彼にしかわからない。
 なんでも屋店主、霧沢神人にしか。

                    なんでも屋神人 殺人鬼   了



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