出生前診断





赤ちゃんがお腹の中にいるうちに先天性の異常が無いかどうかを調べる出生前診断。
私が通うクリニックもこちらが希望を出せば、ダウン症の確立を調べることが出来るクアトロテストというものをしてくれるとの事だった。
このテストで高い確率が出た場合、お腹に針を刺して羊水を取り、お腹の子が本当にダウン症かどうかを調べることが出来るのだそうだ。





このクアトロテストをめぐって旦那との意見が食い違い、私達は何日にも渡って話し合いをすることになる。





たとえどんな子供が生まれてきたとしても中絶することなど出来ないという私に対して、この先一生苦労するかもしれない子供を産むよりは・・・という旦那。
つわりの時期でホルモンのバランスも崩れていてかなり情緒不安定だったその時の私。
なんてひどいことを言う人なんだろうとその時は旦那に対して嫌悪感さえおぼえた。







お腹に宿る命を日々体で感じていた私は、
中絶という選択肢を持つことを前提にテストを受けるということはお腹の子に対して裏切りの行為だと感じ、
たとえ生まれてきた子供が私がそのようなテストをしたということを覚えていないとは言え私の中でどうしても納得できず、
最終的には旦那を説得しテストは受けなかった。





もしも障害のある子供が生まれてきてしまったら、この決断をした事で私は旦那の人生を大きく変えてしまうことになる。
そう思うとすごく怖かった。
でも、それでもどうしても私はテストを受けるという決断をすることは出来なかった。






このことは過去の日記にも書き、読者の方からもたくさんの意見をいただいた。
実際にテストを受け子供を諦めた方、障害を持つお子さんを持つ方、障害を持つ子供を身近に見てきた方、私の旦那の考え方を非難する方などさまざまな意見だった。







妊娠する前だったら私自身、もし他人からこのクアトロテストに関して意見を求められたら、

“そんな都合の良いテスト絶対に反対!どんな子供であろうと命には変わらないのだから責任を持って育てるべきだ!!”

と声高に叫んだだろう。





しかし、日記を書いた後いただいた様々な意見を聞き、いろいろと考えさせられた。





実際にテストを受け、中絶したお母さんの苦しみ。
これは一生続くだろう。
望まない妊娠の上の中絶でさえつらく悲しいものなのに、望んで出来た子供を諦める選択。
障害を持つ子を育てる大変さを手放した代わりに背負う一生の罪悪感。
相当に苦しいものだと思う。






実際に障害を持つ子を持つお母さんからの意見は綺麗事じゃない一面を私に気付かせてくれた。
どんな子供でも命は命。
言うのはとても簡単、でも実際にそれを実行するのはとても大変なことであろう。






私の知り合いで親戚に障害を持ったお子さんがいる方が私にメールをくれた。
その障害を持った方は現在20歳を超えているのに親のヘルプがないと生活できないのだと言う。
現在の自分の年を考えて、20歳の子供といったら自分はもう60半ばだ。
旦那にいたってはもう70近い年齢になる。






この話を聞いたときゾッとしてしまった。
20年間子供の世話をし続けなくてはいけないという大変さもそうだけれど、普通に考えて子供より先に親は死んでしまう。
自立していない我が子を心配しながら老いていくというのはとても切ないことだろう(旦那はこのことを一番言っていた)





私自身、次に子供がまた出来たとしてもやっぱり出生前診断はしたくないという意見は変わらないのだが、テストを受けるという選択をするお母さんの気持ちに関しては“絶対反対!”とは思えなくなった。





無事に生まれてきてくれた我が子に感謝しつつ、これからは世の中の障害を持つ人たちに対して以前とは違った目で見ることが出来そうだ。





Next







© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: