・9章


嗤い続ける。
漆黒なるヤミの中で。
待ち受けるトキの中で・・・。



突然の魔術師の登場に沸く観衆の中。
大柄な男は隅の方で小さな機械をいじっていた。
やがて、男は小さく、本当にわずかに身じろぎをした。
ザ、ザザ、ザーッ・・・ピッ。
電子音と共に、通信が開始される。
「・・・コード00001、応答を。」
コードからどのクライアントかを判別する。
「・・・・・・あぁ、君か。どうした、邪魔っけなのはいなくなったか?」
「――私の知りえる範囲ならば。」
「フフ。君が知りえる範囲でいないのならば、いる可能性は0%だろう。」
「0%?いや、世の中に――」
「確実と言えるモノは死と時の流れだけである、だろ?何回君に聞かされたことか。」
クライアントと思わしき人物は、むぅ・・・と唸った後、気を取り直したように言葉を繋ぐ。
「・・・それで、彼はどうだい?」
「あぁ、彼かい?・・・なかなか興味深い人物だよ。なかなかにアツいし、私好みでもある。・・・おっと、違う方向に取らないでくれよ?それに、彼は・・・アイツによく似ている。」
「そう、か。君に気に入ってもらって何よりだよ。」
「いやいや。君こそ、だいぶお気に入りのようじゃあないか。」
「・・・それだけ、彼は人を惹きつける才能がある。君も、最初は任務に渋っていたが・・・会えて良かったろう?」
「ああ、その通りだ。感謝・・・」
「すまん、切る。」
ブツッ、ザー・・・
「・・・する、ぞ・・・」
強引に通信を切るクライアントに呆れつつ、彼は呟いた。
「まったく・・・強引なのは相変わらずだな。・・・それにしても・・・」
男はスクリーンに目を移し、そこに映っている少年を見据える。
「本当に、良ぉく、似ているよ。彼は・・・アルウェン=アームシュライト君は。」



バシュ、バチッ、ビィン、ドシュッ!
立て続けに発射される弾丸を回避する。
相手もそこまで射撃技術が低い訳ではないようで、一応俺の身体があるところを弾が通過する。
ただ、やはり肉体強化の魔術というのは強力なようで、どのコースを弾が通過するかまで読めてしまう。
後は、そのコース上に身体を置かないようにしながら避けるだけなのだが・・・
(いまいち、つまんねぇんだよなぁ、それじゃあ・・・)
ただ避けているだけの戦闘というのは、両者にとっても観客にとってもつまらないものである。
(とはいってもなぁ・・・)
聞く話によれば、痛みはかなりリアルに伝わるモノらしい。
痛いのはぶっちゃけ嫌いだ。
というより、痛いのが好きというのは、人間としてかなりマズい気がする。
・・・とりあえず、あまりギリギリなことはしたくない。
しかし、できれば、相手に精神的ダメージと、観客を沸かせるような・・・そんなパフォーマンスがしたい。
・・・実を言うと俺は、この戦闘においてはかなり余裕だった。
弾を避ける訓練ぐらい学園では日常茶飯事であったし、あまつさえ相手は人間。
人間であるからこそのイレギュラーなどはあるが、それはあくまで熟練した人間、あるいは未熟な人間が扱うからこそ起こるのである。
現在の敵のように、中堅・・・とでも言うのだろうか。
その程度の人間が扱えば、十中八九基本に忠実、かつ読みやすいコースの弾を撃ってくるものである。
バシュ、バシュッ、ビィン・・・!
右、左、正面ときた弾を、首の左右運動と横転で回避する。
(やっぱりつまらねえよなぁ・・・)
もっとこう・・・こう・・・
・・・・・・あぁ、そうすりゃいいか。


・・・さて、ここでちょっとした補足をしよう。
魔力による物理的な関渉は可能なのだろうか?という点についてだ。
例えば、マスクウェルは魔力の塊であるが、彼は物理的な関渉を他者に対してできないし、されない。
しかし反例として、俺などは、魔力による盾で物理的な攻撃を防ぎ、魔力による剣で物理的な関渉をしている。
・・・この違いはどこにあるのか?
ズバリ解答から言うと、それは魔力の密度の差である。

例えとして、囲いに入っている小さな球体を考えてみよう。
数個の球体が入っている囲いがあるとして、そして、その囲いの中心に、物体を落とす。
すると、数個の球体は弾け、物体は囲いの底面と接触する。
しかし、囲いの中に球体がぎっしりとつまっていたらどうなるだろう?
球体は弾け飛ぶことなく、物体をしっかり支えるのである。

・・・つまりはそういうことだ。
魔力の密度が高ければ高いほど、相手に物理的関渉ができる。
お分かりいただけただろうか?
では、ここで補足を終わる。


俺は、相手が発射の構えをした直前、両手の双剣の魔力結合を解いた。
同時に、拳銃、弾倉のタイプ、銃口の向き、腕の向きなどからコースを予測し、コース上に魔力による光弾を形成し始める。
そして、相手の発射と同時に少し形成位置を微調整し・・・
放つ。
弾丸と光弾が衝突し、相殺し、どことなく幻想的な爆発を起こし・・・観客が沸いている声の中。
「はっ・・・!」
俺は身体を沈め、完全に惚けている敵に肉薄した。
「・・・Luse-due-stile-di-spada・・・」
軽く呟くと、両手には再び形成された双剣。
「・・・ヒッ!」
ようやく気がつき、銃を構えようとして、それすらも無駄だと一瞬で悟った相手の絶望の表情。
だが、もう遅い。
それを、多少の優越感を込め見た・・・刹那。

トクン・・・

視界が揺れ。

・・・ドグン!

脳が揺さぶられ。

ドグン、ドグン、ドグン!

「ぁ・・・――」
意識が。

・・・ケケケ・・・

飛ぶ・・・――

・・・・・・ケケ、クケケケケケ・・・・・・

身体が軽やかに舞う。
キレ。
それはまるで俺じゃないみたいに。
バラバラニ。
相手を切り刻む。
ソウダ。
ザクザク。
イイゾ。
ザクザクザクザクザクザクザク・・・!

アア・・・ナントイウカイラクダロウ。

モットキレ、キレ、キリキザンデバラバラニシテコロシテシマエ・・・!

・・・クハハハハ、ケケケ、グケゲゲギャギェギェギャギェギャギェギェギェギャギェ!!



気がつけば一人。
虚空に立っていた。
そこには何かがあって。
ただ、目の前から消え去っていくモノがあって。
俺はただ、光り輝く双剣を持って突っ立ち、それを眺めているだけだった。
「っ、ぁ・・・」
ココハ・・・?
『勝者はぁぁぁ!ネロ=フルーレだぁぁぁぁぁ!』
・・・。
レフェリーの声で我に返る。
そう、だったっけ。
俺は、そう、か。
変な闘技場にいたんだっけ。
それで戦って・・・戦って?
肉薄して・・・?

オボエテイルンダロウ?

「・・・ぇ。」

バラバラニシタジャアナイカ。

「・・・ぁ。」

タノシカッタロウ?アル。

「お前は・・・誰、だ?・・・ぐぁ、はっ!」
壮絶な頭痛。

記憶が消される、いや、引き出しに入れられて鍵がかけられていく感じ。
バタン、ガチャ。

頭痛に耐え切れなくなり、膝をついた瞬間。
俺はヴァーチャル空間から引っ張り出された。


・・・プシュー・・・
俺を入れたカプセルの蓋が開く。
それと同時に、周りの喧騒がボリュームを格段に上げた。
鼓膜を破る勢いで流れ込む、歓声罵声賞賛罵詈賛辞雑言。
あまりの大音響に、条件反射的に耳を塞ごうとした瞬間。
その腕が両方ともレフェリーにつかまれ、引っ張り上げられた。
『今の試合の勝利者はぁぁぁぁ、ネロ=フルーレだぁぁぁっ!』
ワーッ、と歓声が沸く。
『初戦初勝利だからなぁ、いつもはやらねぇがこれぐらいしても異論はねぇだろぉぉぉぉ!?』
再び、歓声。
そして、俺の腕が片方、上に突き出される。
『ネロ=フルーレに盛大な拍手をぉぉぉぉ!』
ドデカい拍手と歓声を浴び、ファイトマネーを受け取る。
未だ夢見心地な俺は、こういうのもありかな、と。
はっきりとしない意識の中で、思った。


さて。
さっきまでのウキウキした気分はどこへやら。
俺は恐る恐る、学園の寮へと戻ってきた。
そう、学園に入るまではまだ気分が高揚していたのだが、途中で会ったクレアの、
「あー・・・フィーナものすごぉく怒ってたけど・・・」
という言葉で、身も心も絶対零度のように冷え切ってしまったのだ。
ちなみに、絶対零度とは0℃のことではなく、-278.15℃のことである。
この状態に近づくことは可能だが、到達することは理論的に不可能という温度であるが・・・
・・・まぁどうでもいい。
重要なのはフィーナさんの御機嫌である。
寮の玄関を通り、階段を上がっていく。
・・・とりあえず、自分の部屋へ行って態勢を整えてから敵地へと乗り込むか・・・
自室のドアの前に立ち、何の迷いもなくドアを開け、同時に中へと入る。

瞬間。

目の前にドアが飛び込んできた。

バキッ!ドンッ!
俺を華麗に吹っ飛ばしてくれやがったドアは、轟音と共に勢いよく閉まった。
「あいたたたた・・・、やられた・・・」
まさか、自分の部屋にフィーナさんが張ってるとは思わなかった。
多分、だが。
今のはフィーナが、俺がドアを開けた瞬間、そのドアを思いっきり蹴っ飛ばしたのだろう。
・・・哀れドア、よくよく見てみれば木にヒビが入っている。
流石にこれはやりすぎだろう、多分。
・・・多分っ!

ということで、俺はすっくと立ち上がり、勢いよく部屋に入ろうとして・・・
「ぐほぉ!」
再びドアのカウンターパンチを額に喰らい、ダウンした。
倒れる俺の横にレフェリーが立ち、カウントを取る。
「ワン!ツー!スリー!フ・・・」
「やかましいわっ!」
倒れた状態から裏拳で足を払い、転倒させると、
「あ、アル選手立ち上がりました・・・」
とか謎なことを呟いているダンの鳩尾に蹴りを入れた。
さて、レフェリーをKOしたら、今度こそこのドアをノックアウトしなければならない。
しかし、俺が魔術行使をしたところで、反対にそれ以上の魔術をかけられて終わりだ。
「・・・。」
とりあえず開け・・・
バタン!
鼻先でドアが閉まった。
・・・なんていうかこう、イライラしてきた。
ドアを大きく開ける。
そして、閉まりきる直前にもう一度、肩から体当たりをする・・・!
すると、
「きゃっ!」
とかいう可愛らしい悲鳴と共に、ドアが開いた。
・・・とりあえず言うべきことは一つだろう。
これだけ痛めつけられたのだ。
とりあえず、
「ごめんなさ・・・!」
い、と言おうとしたところで、それを超える大音声で、
「遅いっっっ!!」
と叫ばれた。
もうこうなってしまっては成す術は無い。
俺は延々と一時間、フィーナの小言をところどころ謝りながら聞いていた。
内容を要約するとこうだ。

遅い。
遅すぎる。
さらに通信まで切りやがってなにやってんだこのバカ。
どこをどうすればそんな思考回路になるのかちょっと脳をいまから切り開いて見てみたいねまったく。
とりあえずお詫びとして、高級レストランとか高級料理亭とかに連れて行って、満足するまで食べさせないと承知しないんだから。

そう、こんな内容の小言を延々と一時間。
【今日の教訓:フィーナさんを決して待たせてはいけない。さもなくば財布が空になる。】


小粋なジャズが流れ、少し暗めな店内には、人々の陽気な話し声と食器の触れ合う音が響く。
暖炉には炎のホログラムが映り、高い天井ではプロペラのようなもの・・・正式名称は知らないが・・・が回っている。
そう、俺は今、高級”そうな”レストランの内部にいる。
一人ではない、フィーナを連れて、だ。
もちろんながらデートではない。
怒れるアク・・・いや、女神様を美味なる供物によってその怒りを鎮めるため、食事に来ているのである。
・・・このシチュエーションは朝にも無かっただろうか。
まぁ気にしないことにしよう。
さて、ここで重要なのは高級”そうな”というところだ。
彼女は超高級レストラン・・・それこそ一人一食100$を余裕で超えるようなところを希望したわけだが、流石にそれは無理だ。
だから、この店で妥協してもらったのだが・・・
・・・そうでもしなければ、俺はサイフばかりでなく銀行の預金まで無くなってしまっていただろう。
・・・魔術で金を作ればいいじゃないか、って?
君々、そんなことができたら苦労はしない。
現在流通している紙幣には、魔術ではどうにもならないような技術が施されているのだ。
・・・その詳細は極秘事項であるらしく知らされていないが。
まさにこれぞ、魔法とも呼ぶべき技術だろう・・・多分。
魔術では成しえない領域。
・・・原理さえ解明できれば成しえるかもしれないが、とにかく。
俺のサイフは今ピンチか・・・というとそうでもなかった。
どちらかといえば厳しいが、不法行為に走るほどではない。
何故なら実はこの店、高級そうに見えて実はお値段は一食一人10$前後なのだ。
この店のマスターと俺は、昔・・・叔父さんにたびたび連れてきてもらったということもあり、なかなかに親しい。
だから、一食ぐらいは実はオマケしてもらえちゃったりする。
そんな裏事情もあり、俺は一応の経済危機の回避が可能となったのである。
そして、かなり重要だが・・・ここの店の料理の味は最高だ。
申し分も無く最高である。
そのため、フィーナは本当に満足しているようだった。
・・・と、いうことで。
俺は経済的なピンチを招かずに、フィーナさまのお怒りを鎮めることができたのである。


・・・余談であるが。
やはりここでも、フィーナは俺の妹と見間違えられた。
マスターにさえ、
「あれ?アルは一人っ子じゃなかったっけ?」
と言われてしまったくらいである。


「アル。」
帰り道。
フィーナは心なしか俺の方に近づき、俺の名を呼んだ。
「・・・どうした?」
「・・・えっと・・・その・・・」
何か、重要なことを言おうとしている。
それは理解できた。
しかし、彼女はそこで口ごもってしまう。
「おーい・・・?」
・・・なんというか。
これが青い春というか春というか要するにときめいちゃったりしているわけか!?
フィーナはこちらを向き。
妙に神妙な顔で言った。
「・・・アルは。」
「あぁ。」
「・・・私のことが、さ。」
「・・・。」
フィーナの目が潤んでいる。
あ、甘き青春の日々よ・・・来たれっっ!!


「中学生ぐらいに見えると思っているわけ?」


・・・はい?
えっと、何?
もの凄く予想外の言葉に戸惑いを隠せない。
そんな俺を見てフィーナが口を尖らしていく。
「ふぅん・・・やっぱりそうなのか・・・」
「ちょ、おま、ち、ちが・・・アイダダダダ!」
俺のデリケェトで繊細できめ細やかな頬が、悪魔の爪がついている如きフィーナの手によって、ダイナミックかつ強力に引っ張られる!
「ア~ル~・・・!」
「うぎゃあぁぁぁぁ・・・!」

その日から数日。
俺の頬から悪魔の爪痕が消えることは無かった。




・・・次第に部屋は闇を増す。
陽は傾き、影を増す。
それは自然の摂理。
止めることは許されぬ。
早くお帰り・・・陽のあるうちに。


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