陽土からの砲撃第2楽章アレグロモデラート@雅没徒 D-Dur B-moll B-Dur

陽土からの砲撃第2楽章アレグロモデラート@雅没徒 D-Dur B-moll B-Dur

2024.02.29
XML
カテゴリ: 日本の古典

この比の歌は、一ふしをかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、
古き歌どものやうに、いかにぞや、
ことばの外に、あはれに、けしき覚ゆるはなし。
貫之が、「糸による物ならなくに」といへるは、
古今集の中の歌屑とかや言ひ伝へたれど、
今の世の人の詠みぬべきことがらとは見えず。
その世の歌には、姿・ことば、このたぐひのみ多し。
この歌に限りてかく言いたてられたるも、知り難し。
源氏物語には、「物とはなしに」とぞ書ける。
新古今には、「残る松さへ峰にさびしき」といへる歌をぞいふなるは、
まことに、少しくだけたる姿にもや見ゆらん。
されど、この歌も、衆議判の時、よろしきよし沙汰ありて、
後にも、ことさらに感じ、仰せ下されけるよし、家長が日記には書けり。

要するに 

​​ ​昔のものは良かったけど 今のものはダメだ  ​

と言っているわけで
​年寄りがこういうことをいうのは古今東西同じらしい​​

たぶん 
あることに熱中していた若いころ 
というのは 
そのことに多くの時間を使っている


音楽とかならいろんな曲を熱心に聴いていたはずである

しかし歳をとってくると
他にもいろいろやることができてくるから

相対的に費やす時間も少なくなり
熱意も薄れてくる
そうなると ついていけない 状態になり

今の・・はダメだ 
などと言い始めるんじゃないかしらん



鎌倉時代も21世紀もそういうところは同じ 
おそらく欧米でも似たようなもんだろう

ai0014 15年前





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2024.02.29 11:11:26
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: