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2012年06月07日
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近況(笑)

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最近、年のせいか(笑)物を好く捨てる。
本にビデオにその他もろもろ取って置いたけど結局要らないよねぇというもんをドンドン捨ててしまう。元々物持ちだからそれでもモノは多いのだけど、かなりすっきり。

気分は有名な「鉄道模型を捨ててから夫の様子がおかしい」
(知らなければ、ググってください、これはちょっとしたホラー)

人間にとって生きるために本当に必要なものはそんなにたくさんない。映画も本も必要なときに借りるか買うかすればいい。昔熱中して集めたものも今醒めていれば必要ない。

写真とか個人的記録とか二度と手に入らないものは残しているけれど、結局それすら必要なものかわからない。自分が自分であるために本当に必要だと思えなくなってくる。

生きること自体への執着が少しずつ衰えてきている。それはなんだか、人間の老いた生体反応のように思える。若いときにあれだけ恐れていた死が、だんだん、「しかたないかー」というものに近づいてくる。

まー、ブログやらツイッターやらでは物欲の塊のように未だ表現型が花咲いている私がそう思うんだから、たいがいだ(笑)



そして、家族やらこの世界全体とのつながりやら連帯やらを感じる。求める。私にとってカミュの異邦人は、まるで自分自身と同じに親和性を感じていたが、最後の「観衆が自分に向かって憎悪の言葉を投げかけるときに感じる連帯」(あやふや)の一節だけが意味不明で理解できなかったけれど、それがわかるような気がしてくる。



けれど世界は生き残る

---

OMD40730-4-1.jpg
寸又峡 E-M5 Zuiko14-150


(蛇足で書かれた追伸)

まー現実には相当に未だに生臭く生きておりまして、そうとうに言うをはばかる悪いの限りも尽くしているのですが、まー、南無阿弥陀仏・・・






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最終更新日  2012年06月07日 13時15分34秒
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Re:【】どっかあてに書かれたメールより抜粋【】(06/07)  
Fパン  さん
ご無沙汰していますー。ブログは更新していませんが、なんとかそれとなくそれなりに生きています(笑

ツイッターのほうは拝見しています。OM-Dを買われたんですね。でも、優等生過ぎて、楽だけど面白みが足りないとか。なるほどー、な感じです。こちらでは最近のD800品薄のニュースの直前に、注文したカメラ屋から、「流通状況が改善してきました」というメールが来ましたが、なんだかこれ、どうも周回遅れの感がありますねぇ。入手はいつになることやら。できれば夏までには欲しいのですけどねぇ。

ようやく中年になった私ですが、最近、物事へのこだわりが薄れていく自分に気が付いたりします。ニュースを聞いても、会議で妙なことを主張する奴がいても、私の意見が誤解されて伝わっていたり、それによる批判を耳にしても、怒りや喜びの閾値が下がり、「あー、そうですか」的な感情が反応として湧き上がってきます。
これをストレス耐性あるいは自己防衛能力の向上と呼ぶか、諦観と呼ぶかは微妙ではありますが、明らかに若き血潮が枯れ始めていることは間違いなさそうです。

反面、芸術作品であったりパフォーマンスであったり、表現の裏側にあるであろうそのひとの生き様や努力、泣き、笑いへの感受性は徐々に高まってきているようでもあります。色々と味わえるものが増えて、それはそれで豊かになったような気がします。
もしかしたら、そういった感受性がゆえに、上で書いたところの他者の言動に対してもその背景に思いをめぐらせ、「あー、そうですか」になるのかも知れず、私の中でおこる変化は一連の流れとなっているのかもしれません。

もっと独善的で、反対意見も意に介せずの生き方のほうが、サラリーマン的には大成するような気がしますがね。

ま、そんなこんなな今日この頃です。

(2012年06月10日 09時51分17秒)

Re[1]:【】どっかあてに書かれたメールより抜粋【】(06/07)  
Fパン  さん
訂正

>怒りや喜びの閾値が下がり、

閾値は上がり・・・ですね。閾値が上がり、感受性が下がるです。
元サイエンティストも今は昔ですか・・・

(2012年06月10日 14時14分49秒)

Re[1]:【】どっかあてに書かれたメールより抜粋【】(06/07)  
nipponites  さん
Fパンさん

ブログを書くという行為は多少なりともエネルギーがいるわけですが、その源泉はというと、何かへの不満であったり怒りであったり、とにかく充足していない
何かへの代償行為であることが多い(私の場合)

で、最近は生活に満足してるかどうかは?ですが、とりあえず、これで、ま、いいかー、とか思える寛容さがでてきて、ちょっとした文句はツイッターで垂れ流して完結してしまう。

私はかねがね、圧倒的に「独善的で、反対意見も意に介せずの生き方」であったつもりで、今もそうのつもりなのですが、現在のポジションはというと、「気配りと理解のある経営幹部」なのでありまして、おひおひ、お前がねーと自分でも感心してしまうのであります。

まーブログやらツイッターではそんなにヒヨルつもりは毛頭ないというか、できるはずもないので、あんまり変わってませんがね。

それにしてもねー、年をとるというのは怖い事・・・ (2012年06月12日 20時01分31秒)

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