し・ば・ん

何げなく視線をその物体に移すと虫だった。「またコイツかっ」

とため息が出た。

このマンションに入居して７年、今まで年間に２～３匹

この虫を見た。その時はどこからか入って来たのだろうと

別段気にも留めていなかった。

そう、迷い込めそうな程小さいく、体長１㎜程度茶色い体はまるで

かなぶんの様。

梅雨が明けるころになり、５日程前からこの虫を日に１０匹

程見るようになり、２、３日前からは２０～３０匹

家のいたる所で見るようになってしまった。

始めはテッシュで捕まえていたが、限がないのでガムテープを

出してきて、捕獲に精を出していた。

夜、一つ飛ばしの隣に住む仲良しＭちゃんの所を訪問した。

サンプル用にセロテープで捕獲した虫を手土産に・・。

Ｍちゃんはその手土産を見るなり「あっ！」っと言った。

実は一週間程前から家の中を縦横無尽に飛び回るこの虫に

大変悩んでいたということだった。

翌日、朝からまたあの虫が我が物顔で飛び回るんじゃないかとキョロキョロ

していたが一匹も出ないのである。安心した私は午後になり

少し昼寝をした。

暑さで目が覚めると外はうす暗くなっていた。

半分寝ぼけた状態で部屋の電気を付け、明るくなった

部屋を見て私はびっくりして息を飲んでしまった。

部屋の壁という壁にびっちりとあの虫がへばり付いている

ではないか！昼過ぎまでは一匹もいなかったあの虫が

まさに何処からか「わいてくる」である。

ガムテープでは間にあわない！慌てて掃除機を出してきた。

５０数匹までは数えてたがあとはわからないぐらい吸い

取った。小さくて大人しい虫だがこう数が多いと威圧的で

気味が悪い。それにこんなに沢山いたと言う事は何処かに

わいてくる所があるはずだ・・・・・。ふと目線を壁に

戻した。１、２、３・・・・８匹、また・・居る。いや

９、１０・・・１６匹だ！今吸い取ったばかりなのに!

まるでイタチごっこ。こんなに薄気味悪い思いは初めてだった。

わいているのなら、何処からわいているのかその場所を

特定しなければ私は掃除機を持ったままで、夕飯の支度も

おちおち出来ない。早く見つけなければ・・・

掃除機で吸い取った後、注意深く見てると虫は本棚を中心

に再び現れるのがわかった。

本棚に近づきガラス扉越しに恐る恐る中をうかがった。

「あっ！！」

と言って息を飲み込んでしまった。ラベンダーのポプリ

に虫がいっぱいいる。いや、虫の中にポプリが見える

と表現した方が正しいかもしれない。凄まじい数だ

次に思ったのは「どうしよう」だった。虫嫌いの私に

とってこれはかなり難易度のたかい問題だった。

ちょうどそこへ主人が帰宅して来た。迷う事なくポプリの

処分を頼んでしまった。彼はブツブツ言いながらポプリ

より一回り大きい袋にそれを入れてゴミ箱に捨ててくれた。

虫の発生源の発見、確認、処分をしたことにより今までの

疑問の点と点が一つの線になりつつあった、が、まずは一安心。

夕食後Ｍちゃんの所へ。夕方の出来事を話したら彼女は口に手を

当てて「うっそ～！」と絶句していた。何故ならＭちゃんの

家にもラベンダーのポプリがあるそうだ。慌ててＭちゃんは

そのポプリを見に行ってた。が虫はいなかった。

ここで一本になりかけた疑問の線は元の点、点に戻って

しまった。Ｍちゃんの家も今日１日で３０匹近く発見して

昨日は味噌汁の鍋の中、今日は炊飯器のご飯の上にと虫達は

小さいながらもきっちり存在をアピールしている。

そんな環境のせいかＭちゃんは、たぶん２～３匹は食べてると

思うねん（知らないうちに）とまで言い出した。

Ｍちゃんは数週間後に初出産を控えている妊婦だった。

生まれてくる赤ちゃんの口や耳に虫が入らへんか心配だ

とも言っていた。その時は口や耳に？まさか！と思っていた。

翌日、朝から私はインターネットであの虫の正体を知るべく調べていた。

そしてやっと分かった。名前はシバン虫。その中でも

私とＭちゃんの家に大発生したのはタバコシバン虫だ。

漢字で書くと死番虫（死の番）でこの虫が家にわくと不幸があるとか

なんとか書いていた。そんな不名誉な名前の虫に私達の家は

占拠され、我が物顔に振る舞われていた。

好きな食べ物はタバコの葉、素麺、乾物（干しいたけ、パスタ、

高野豆腐）など、どこの家庭でも必ずある物ばかりだった。

不思議なことにポプリは書いていなかった。

夏に発生して、行動は夕方からの夜行性とあった。まさに

その通りだった。

すぐさまＭちゃんの家に行き、今見て来た内容を伝えた。

Ｍちゃんは大きなお腹でその日、半日かけて乾物や貰いものの

タバコなどを全部処分し、バルサンを焚いた。

我家もこの日を境にシバン虫の数はぐんと少なくなった。

８月も終わろうとしていたある日の昼、Ｍちゃんが来た。私は彼女が明日

出産による入院だったため、その挨拶に来たのかと思った。

ところがそうではなかった。

今朝の早く（３時頃）に突然

ガサッガサッガサッ

と凄まじい騒音で飛び起きてしまった。隣で旦那はスヤスヤ

寝ているし、この音はなんだ？と思っていたら右耳の奥で

何かがこちょこちょ動いてる！そしてそれはどんどん奥へ

奥へと移動して行く。「ぎゃ～～～っ！！何かが脳に行く！！」

Ｍちゃんはパニック状態になったそうだ。慌てて飛び起きた

旦那さんが夜間診療病院に電話して、事情を話しアドバイスを

受けた通りにしてみたが何も出てこなかったということだった。

その間もガサゴソ動くのでＭちゃんは朝まで一睡も出来なかった。

朝になって明日からお世話になる病院の耳鼻科にまごおじして

行った。診察が始まるとさっきまで動いていたのが嘘のように

ぴったり止まってしまった。そして先生の肉眼ではそれは

見つけられなかった。取りあえず右耳を上にして消毒液を

入れて１０分待つことにした。もし虫が入っていたなら、

苦しくなって上に出てくるだろうということだった。

しかし耳からは何も出てこなかった。先生は虫じゃないと

思うけど・・・と言ったそうだ。Ｍちゃんは釈然としないまま

家に帰って来て、その足で私の家のインターホンを鳴らした

ということだった。しかしそれから今のところ動いてない

というところまでを一通り報告をしてくれた。

１２月のある天気のいい日の朝、インターホンが鳴った。Ｍちゃんだった。

腕の中で赤ちゃんはおくるみに包れてすやすやと眠っていた。

ドアを開けるやいなや「あんなぁ～・・・」と言ってきた。

「どうしたん？」と言うと、「今朝綿棒で耳掃除しててんやん

んで、右耳掃除した綿棒みたらなんか黒いもんが付いてて

ビックリしてんやん。何やろと思ってじっとみたら・・・・

シバン虫やってん。」「うっそ－・・・」「四ヶ月間もこれが

耳に入ったままやったって思っただけでもぞっとしたわ。

あん時シバン虫入っててんやっぱり！。これでやっと納得やわ」

そう。これでこの日私達の本当のシバン虫騒動記が終わった。

ひと夏の出来事だった。

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