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nonの独り言
(6)
平成7年1月、2階で眠っていた私は、激しい揺れに飛び起きた。そのまま眠っていたら、頭に重い花瓶が落ちてきていた。隣の部屋で悲鳴を上げる家内に「落ち着け!」、子供は何が起こっているのかが解らず恐怖で泣いた。
もっとも落ち着いていないのは私だった。何故かティッシュを持ったままウロウロしていた。
1階に降りてテレビを点ける。震央に近い神戸の震度は表示されなかった。自宅に殆ど何も被害が無いことを確認して、スグに着替えて会社へと車を飛ばす。ラジオでは阪神高速が落ちたことを告げていた。
やがて会社に到着し、社屋の被害状況を調べる。エレベータが動かない程度で済んだ。他の社員はまだ出勤していないなかで余震が起こる。
君は大丈夫なのか。君からの連絡だけがない。母子家庭状態を知っているから、心配で仕方ない。気分が最悪になりかけた時、電話が鳴った。
「おはよう、無事か?」「なかなか連絡できなくてすみません、電車も止まってるの。出勤できない」と言う。
ここからは小声で「オウチは、大丈夫? 何かあったら手伝いに行くよ」「ありがとう・・・」
3日目に出勤してきた。電話では話ができたが、随分長い間会えなっかたように微笑みを交わす。仕事では神戸への救援体制のなか、私達に出来ることをした。
帰り道、お互いの家の様子を話ししていた。あまり話す機会がなかった「家の様子」には、どうしても家族が登場してしまう。君が私の家族を心配している。私は君の全てを考え始めている。
その先に見え隠れしている君の転勤。転勤したら、二人はどうなるのか。
彼女は随分前に親友に相談している。「不倫は結局傷付くのはアナタだから覚悟がいるよ~。同僚なの? 関係をヤメルのも辛いよね~」大体こんな話だったようだ。
では、同僚でなくなる3月、毎日のように逢えなくなる4月をどう過ごすのか。
元々2~4月は残業が続く程忙しい。震災による仕事も増えている。彼女の転勤が頭から離れないが、一緒に過ごせる時間は年度末が近付くに連れて少なくなって行く。別れの足音が聞こえてくる。すれ違いが多くなっていく。私が君を、君が私を探し合っても見つけられない事が重なってしまった。
彼女の転勤があるのか否か判らないが、その可能性は高い。月日だけが無情に早く流れて行く。
3月に入ると彼女は、それとなく覚悟を決めて、引き継ぎの準備に取り掛かっている。社内にジンクスがあった。「転勤の準備をしている者に限って転勤できない」転勤を希望しているなら準備はせず、希望しないなら準備をする。私は「同僚」として彼女の転勤準備を手伝う。
帰りに寄り道して、ベットに寝転ぶ。
「ねぇ、アタシの転勤って・・・あるよね。あまり逢えなくなるな~」
「君は転勤したいの?」
「別にどっちだっていいよ・・・、順番から言えばアタシが次に出ることは全員知ってること」
「転勤しても逢いに行くよ」
「うん。でも、そろそろアナタからも卒業してイイかもよ~」
「そうやなぁ~~留年重ねてきたし・・・」
笑ってじゃれ合いながら、気持ちをぶつけ合っている。
愛し合いながらも二人の将来を見つめると、どうしても答えが出せずに、闇に包まれてはいるが、せめて彼女の人生だけでも灯りを点けたい。その灯りが転勤と言う節目に点るのなら、仕方ないこと。既に結婚適齢期に達した君には、私は何も言えなかった。
この頃は残業が多くなり、一緒に帰ることが少なくなっていた。また、デートできるはずの土曜日も出勤しなければならないなど、逢うチャンスが作れない。
二人が逢うと、惜しむように肌を重ねる。その都度に沢山の会話はするが、身体だけの付き合い状態となっていく。
これは良くないと笑い合っていたが、あまり時間が取れないと尚更に二人は一つになろうとする。
異動は所長が該当者に告げる。朝から雰囲気があった。
君のデスクの電話が鳴る。「ハイ、分かりました」私に目配せをして微笑みながら、席を立って応接室に君が入っていく。私は落ち着いていられず、周りをウロウロと歩き回る。君が戻ってきた。真直ぐに私のところに来て「本社!」と告げた。「おめでとう。長い間、ご苦労様!」と一応お決まりの挨拶。
転勤を告げられて、寂しさから泣き出す女性もいるが、彼女は希望に満ち溢れた瞳と笑顔。私も嬉しい顔を作る。
あと5日程で彼女は別の職場の人になる。私の目の前のデスクに君がいなくなる。君を見つめると目が合って「どうしたの?」と小声で聞いてくれた。「ううん、別に・・・」
仕事仲間は私の気持ちを察して何も言わない。一番仲のイイ女性が転勤するから寂しいとの解釈で、まさか恋人であるとは知らないが。
彼女の私物をダンボール箱に詰める。お揃いのコースターやクリスマスに贈った大きい膝掛があった。私の車に載せる。
挨拶回りに付き合って、この日だけは堂々と花束抱えた彼女を助手席に乗せて、仲間に見送られて会社を出発した。
暫くして「新婚旅行の出発みたいだった」君は照れながら笑った。「じゃ~、らしくしよう」抱えた花の中でキスした。
荷物も花束もあるので、あまり遅くならない時間に帰る。車からいつもしているように君が降りる。「送ってくれて、ありがとう」珍しく君が言うのは、このように会社帰りに送ることが最終回であることを意味する。「またね~連絡するから」「うん。お気をつけて」涙はなかった。涙はその日までに随分と流した。彼女の旅立ちを祝う笑顔を交わした。
次の日、正午前には新しい女性が座ることとなる席を見つめている。ひととき空席になっている。君が確かに目の前で、しかめっ面で電卓を叩き、上司の文句を呟き、ゴミを投げ、珈琲を飲み、頬杖で微笑みながら私を見つめていた。
私は寂しさに耐えられず、ただ溜息を繰り返していた。
彼女のいなくなった職場。君が座っていた場所に来る、私より年配の女性のために事務用品を揃え、机に入れる。私にとっては最終点検でもある。何か残していないだろうか・・・。私の空虚とは対象的に職場は慌しい。年間で最も忙しい時期に、来られる方も迎えるこちらも大変である。
彼女も新職場で苦労するに違いない。気になって仕方ないが、連絡する術もなく気持ちを仕事に集中させる。
仕事からの帰り、私の車の助手席も空いている。真直ぐに帰れない。いつもより3~4時間程早くなってしまう。何処かで無駄に時間を潰す日々はこの後暫く続いた。
会社では電話をし難い。お互いの職場で、外線は仕事仲間の誰が受けるか分からない。もっとも、私から彼女の部署に電話を掛ける業務上の理由がない。彼女もこちらの様子が分からないから、私を狙い打ちの電話はできない。
自宅には彼女は電話を掛けない。残された連絡方法は、私が彼女が居る時を想像して、彼女の家に電話するしかなかった。
私が電話を掛けるとき、大抵最初に登場されるのは彼女の母か姉。彼女の家族内での私は「仕事上の先輩」だけだったから、転勤したあとの立場はない。彼女も電話後の辻褄合わせに困るだろう。
また、夜も電話を掛け難い。私は煙草を買いに行くと自宅を出て、公衆電話を使った。「今お風呂に入ってますので、15分後くらいに掛けなおしてください」と言われた。タイミングが合わない。私は15分間、電話の前で待つしかなかった。私の他にも同じ境遇の人々がいるらしく、街の公衆電話は夜になると順番を待つ列ができた。
そうして漸く逢う土曜日。お互いの近況を話合いながら近所をドライブし、食事を摂って肌を重ねる。これは素敵な恋をしているとは最早言えなかった。何処か虚しいのを、二人とも感じていた。君が私から本当に卒業していく日が近いのは、十分過ぎる程解っていた。
7月になると、仕事は安定していた。彼女は新職場に漸く慣れた頃。お互いの用事が重なり、3週間ぶりに逢えるかも知れない土曜日。口実を作り車で自宅を出て、昼前に彼女の家に電話を入れてみる。「逢えないか?」に少しだけ考えて「うん、待ってる」と返事した。
彼女を乗せて関西空港方面にドライブ。予感がある。無口で遠くを見る目。
「今日はねぇ、お母さんが親子丼を作って待ってるの。あまり遅くにはなれないなぁ~」「じゃあ~早く帰らないとね」
などと話ながら、夕方の高速を彼女の家に向かって走る。
左腕に抱き付いている。「ねぇ・・話がしたいの・・あそこに寄って」「でも親子丼は?」「帰ってから食べる」と笑った。
ベッドに入ってお互いの感触を忘れない程抱き合う。君が話したい内容は口に出さなくても分かっている。もう長い付き合い、目が喋ってくれている。敢えて話など聞かなかった。
君を送る。いつもと違って、また左腕に抱き付いてる。手前の信号待ち、初めてキスした日に君が真っ赤な顔で降りた場所。「元気でな」「アナタもね」少し目を潤ませた。君が抱き付いていた左腕から、少しづつ離れた。
君が車から降りる。ゆっくり歩き出す後ろ姿。振り返らなかった。君が見えなくなるまで見ていた。
自宅に向かう車中で、運転しながら泣いた。
彼女との恋が終わったのだと確信していた。私の心は彷徨う。気付けばいつも君が傍にいてくれた。私は虚無に沈む。会社からの帰りに、君とドライブしたコースを辿る。車内で抱き合ってた場所で泣く。
数週間後、社内の業務連絡便に一通の手紙が入っていた。精一杯の私への気遣いが沢山記されていた。ただ、寂しいとあった。
彼女の好きなドリカムの曲の詩にあるように「会いたいときに会いたい」と言える恋ではなかった。
そして「4年間、いっぱい愛してくれて、ありがとう・・・」と。
最後に「今度は元恋人としてではなく、元同僚として合いましょう!」と呼びかけていた。
私は寂しさの中にも、彼女の未来が開かれたような嬉しさまでも混在する複雑な気分になる。
元同僚として恋心を封印しながら仲良く会うのは、8歳年上の私の仕事。今度会う時は、偶然でも、そうでなくても笑ってあげよう。
私も身の回りを整理する。職場、車、自室に隠した様々なもの。君の写真は僅か3枚程度、会社の集合写真の下に忍ばせた。ペアの腕時計、よく仕事仲間にバレなくて不思議。君が転勤した日に車に忘れた膝掛。夏の今に見つけて、密かにクリーニング店に持ち込んだ。
暫くして、久々に君の家に電話を入れると、案外快く応じてくれる。「入院することになった」と言う。「大した病気じゃないから、心配しないで」と話すが心配になる。ストレスから病気になったらしく、責任の一端はやはり私だと思った。だが「お見舞いに行きたい」は笑いながら却下された。
彼女が退院して数日後、出張時に立ち寄ってみることにした。秋までに返したい膝掛と、こちらも最初で最後のラブレターを添えて大きな紙袋に入れた。手紙に君への感謝の気持ちを記す。
仕事している君に合図し、廊下に出てもらう。自然に笑い合えた。「びっくりしたわ~」「これ、膝掛・・・手紙も入れたよ」「うん。膝掛、気になってたの。ありがとう。あー、クリーニングしてる~」「店では格好悪かったよ。元気になった?」「おかげさまで。アタシはいつも元気ッス!」・・・
数年後、私は出張で君がいるビルの下を通り掛かった。前の銀行から、こちらに向かって来る君を見つけた。手を振ると気付いて駆け寄って来る。見覚えのある赤い傘。「久しぶりやね~」少し佇む。左手を隠すがリングをしている。「おめでとう、赤ちゃんは?」と聞くと「ううん、まだ・・・」
「幸せやね、よかった・・・」君は照れながら笑った。
君へ もし君が読んだなら、すぐに判ると思います。笑って許してください。「え~、それ違うよ~」って叫びたい時は、そっと指摘してくださいね。
とても、いいときに出会えました。ありがとう。
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