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nonの独り言
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私達の1か月前に縁故入社した先輩が3人いて、研修室の後ろの席で居眠ったり、しゃべったりしている。聞くとそのような日々が、初日から延々と続いているらしい。大学も卒業した24~25歳の「博学」、20~21歳頃のサーファー、高卒で1年間はプーだった19歳の3人。皆、父親が国鉄職員で就職先に困ったために別段鉄道が好きでもないが、入社したとのこと。
とりあえず私達が加わって10人程になって、やっと本格的に研修になることを期待しているのだが・・・と言う。
自習時間ばかりではあるが、適当に機関区内を探検することはできる。ただ、探検するだけではなく、一応研修の一環として施設を見て覚えなければならない。構内には、宿泊場や小型の銭湯並みの浴場、食堂や売店、卓球場や理髪店まである。小さな町の風情だ。
普通の社会とは違うのは、どの施設にも蒸気管が通じていて、風呂や暖房器具はこの蒸気を利用する。また、各部屋にある電話機は普通の家庭用の黒電話だが、国鉄の内線電話で社外には通じないが、局内通話だけでも4桁もある。24時間営業の現場での挨拶は「おやす(お早うございます)」。
当時は完全な男だけの職場。女性は労組関係の事務を手伝っている方や、食堂や売店のおばあさんだけ。風呂から出た職員は素裸のまま検車庫に向かって歩いている。本線を走る電車からは見えないが、大胆。
自習時間は多い。が、時折は助役達の時間が漸く空いて私達の相手をしてくれる。講話は助役達も苦手らしいし、私達も聞き飽きている。従って実習。
運転関係の助役は転轍機(ポイントレール)の掃除と給油、検査検修関係の助役は片手ハンマーの使い方を教えてくれる。万力に鉄筋を挟んで、タガネを当ててハンマーで叩いて削る実習。左手に持つタガネの刃先を見て、右手のハンマーを打つ。慣れないうちは空振りして、左手を叩いてしまう痛さ。握力を使い果たした右手の筋肉痛。
そのような研修・実習の日々が2週間程続いた。ここで、私達は3つの職種グループに分けられることになる。機関車の修理を担当する「検修掛」、構内で機関車の誘導を行う「運転掛」、そして「事務掛」。「検修」と「運転」は6か月程で入れ替わるが、「事務」は生涯事務職となる。
「検修」は日勤で、8時30分~17時15分。「運転」は終日勤務が殆どで8時30分~翌朝の8時30分。夜勤明けは非番となる。「事務」は日勤で日・祝日は修理用物品担当以外は休み。
私は過酷だが格好良いと思った「運転掛」を希望した。機関車の一番前のステップに乗って、旗を振る先輩職員を見て格好良いと思ったのだが、この選択は間違いだった・・・。
給料を貰って働くのは辛いことだと思い知らされるのには十分に過酷な日々が始まってしまう。
「運転掛」とは名前だけで、機関車をこの手で動かすのではなく、構内を走る機関車の誘導をする旗振りである。
誘導する前に進路の転轍機(ポイントレール)を切り替えて、線路を確保する。構内の転轍機は全て手動式であり、レバーを用いて切り替えるのには結構な力がいる。そして切り替えた後はレールの動く部分が完全に線路に密着していなければならない。「密着良し」と指差歓呼する。万一中途半端に切り替え部分が止まっていると脱線の危険がある。ただし「密着良し」などと唱えていたのは最初だけで、ホントのところそのような悠長なことはしていられない。密着部分をサッと睨みつけて確認すると次の転轍機の切り替えに向かう(本当はこのような「慣れ」が一番怖いのだ)。
そうして作った進路に機関車を迎えて、機関区から本線に出て行く「出区」と帰還してくる「入区」の交通整理をするのだ。また、検査場や洗車場に機関車を導く「入替え」も同時に行う。
竜華機関区は阪和線・紀勢線用の電気機関車と関西線等用のディーゼル機関車、吹田機関区や亀山機関区所属のディーゼル機関車が出入りする忙しい現場だった。当時はまだ貨物が多い時代で、朝夕のラッシュ時間帯だけは通勤電車に占領されているが、日中も深夜も機関車の出入りは頻繁に行われていた。
8時30分に点呼が行われて、9時前に本格的に仕事が始まり、翌朝の最後の誘導までの時間が途轍もなく長く感じられた。
5人が一日のチームであり、うち一人は日勤で17時半に終業し、他の4人は夜勤。
私達新米は、最初の1か月程は「見習い」として先輩職員に付いて仕事を覚えなければならない。そのような新米向きにカンニング・ペーパーがちゃんと用意されていて、○時○分○○列車の機関車が来るから○○線に誘導することなどが記されていた。それを見て「入出区」の時刻や構内の複雑に入り組んだ線路と転轍機を全部覚えなければ仕事にならない。
見習い期間を終えてひとり立ちすると、間違えた~は最早許されない。例えば出区時刻がミスで遅れると、それは即ち列車組成が遅れて出発も遅れる。そうなると本線を走る通勤電車も止めてしまう結果になってしまうのだ。若干18歳新入社員には重過ぎる責任に潰されそうな気分だ。
大変なのは事故等で本線に遅れや運休が発生した時で、機関車がカンペーの順序通りに帰ってこない場合だ。「下り」と「上り」を一人で捌いているときに、片方のみに遅れ等が出てしまうと慌ててしまう。遅れた「下り」の入区を処理している間に、「上り」から機関車が入区して誘導を催促する汽笛を五月蝿い程に鳴らしている。私は深夜の広い機関区内を全力疾走して機関車に飛び乗って誘導しなければならない。
機関区には転車台があって、それを動かすのも誘導の仕事である。その運転台には普通の電車と同じように速度を調整するコントローラーとブレーキが付いていて、運転士を夢見ていた私は転車台の運転を楽しみにしていたものだが、現実は相当に難しいものだった。ピタリと転車台のレールを合わさなければ当然に機関車の出入りが出来ない。強面の機関士が睨みつけるが、上手く合わせることが出来ずに行ったり来たり。僅かな仕事の手待ち時間を利用して練習したものだ。もっとも、空の転車台と、重い機関車を載せた転車台とは全然条件が違うのだが・・・。
機関車の誘導をしていると、乗務員の格好良さばかりが目に付く。接客用の背広・帽子、サングラスをして手袋は純白。
特に天候の厳しい時などは、黒い蝙蝠傘を差して颯爽と機関車に乗り込むのだ。私は胸一文字に蛍光色のテープが付けられた超ダサの合羽を着ている。そして機関車の一番前のステップで、顔面に雨粒を受けながら旗を振らねばならない。ステップから落ちたら即死。命懸けなのだ。
冬の深夜も凍て付くなかでの旗振り。寒さで涙が出る。乗務員は暖房が効いた場所で容赦なく速度を上げる。ただし、多分夏は彼等の方が暑いのだろう。大きいエンジンを背負っているから。
下積み仕事、ゆめの実現はまだまだ遠い。鉄道員の最初はダイヤを守ることと、夜勤の辛さや怖さを痛いほどに経験させられた。
格好イイを誤解していた。機関区構内の誘導は慣れた頃が最も危ない。
慣れた頃と言うのは、見習い期間を卒業して暫く経って漸く仕事のコツを掴んで要領を得た、思い込みだけの自身が出来上がった時だ。仕事がスムーズにこなせる程に中途半端に成長した時だ。
誘導する機関車の先頭部分にある小さなデッキに上手に飛び乗り、結構高速の移動中でもその機関車から飛び降りることができるようになる。
なぜ飛び降りる必要があるのか。転轍機を切り替えるためで、走行中に転轍機付近で降車して、切り替え操作をして、機関車をバックで車庫に入れる目的がある。
勿論規定上は禁止されている行為。乗り降りは完全に停止している状態でなければならないが、若手先輩やベテランのお爺様職員まで上手く走る機関車の乗り降りをしている。それは機関車の全長分(1両分は大きくても20mだが)の無駄な距離を歩かずに済む効率的な方法であって、規定上から見ると横着なのだ。機関士の方もその方法が当然の如く行われていたために、イチイチ停車などしたがらない。年配の機関士などは、逆に相当に気を遣ってくれる方もいるが。
ある雨の夜、DD51というディーゼル機関車の入区誘導だった。デッキに飛び乗ってカンテラの青を振って進行を示す。スピードを上げ、すぐに転轍機に近付いた。減速合図を出したが、ブレーキを掛けた雰囲気はない。高速のまま転轍機に差し掛かったとき、私は飛び降りて転んでしまったのだ。転んだ私の頭のすぐ傍をDD51の巨体が掠めて通り過ぎる。すぐに制動音をたてて、随分な距離を行過ぎて停止した。起き上がって転轍機を切り替えて、機関士のいる運転席に進行の指示をだすと、汽笛を一つ吹いて何事もなかったようにバックして私の前を通り過ぎて、機関区の奥に入区して行った。車庫では先輩の誘導員がいて、機関士と何か言い争いをしている。
危なかった。文字通りの間一髪(黄色のヘルメットは被っていたが)。
マニュアル通りの打ち合わせは行ったつもりだったが、エンジン音で分からなかったことや、他の機関区所属の機関車と機関士。雨と夜で見通しが悪かったなどの要因が重なってのトラブル。私も飛び降りるなど無謀だった。先輩から大層怒りを買った。
危機一髪は他にもある。
こちらは昼の晴れ。相手は構内専門の機関士だから、完全に私のミスで落命寸前までいったこと。
検車場までDD13というディーゼル機関車の誘導を行っていた。機関車の前頭左側のデッキで緑旗を振っていたが、進行方向の転轍機が検車場方向に切り替わっていないことを見つけた。転轍機の操作レバーは進行方向の右側にある。減速合図を出して幾分スピードが落ちたとき、私は飛び降りて駆け出し、何と走行中の機関車の前を斜めに横切った。背後で非常ブレーキの音が聞こえた。
慌てる必要など、全くなかったのだ。仮に転轍機を行き過ぎたとしても、少し逆進してやり直せば済むこと。もし線路を横切る際に転んだりしていたら、身体が千切れていた。それに転轍機を操作中に機関車が差し掛かると、脱線していたのだ。
無茶な私の行動を激怒したのは機関士だ。殴られそうになった。
これらの出来事は、今でも私の大きな財産となっている。現在は生命の危機とまで物事が悪化してしまうことは皆無。しかし何事も慌てず、例えばちょっとした危機でも、一応手落ち無いよう考えることが出来るようになった。無茶はせずに、基本に忠実な初心を思い出す癖となった。
他人様からは「年齢より落ち着いて見える」、悪く言えば「トロい」とよく言われる私、それは振り返れば若い頃のオッチョコチョイの反動だと思える。
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