第5章

後悔は先にはこない









「実際にゼロが戦うのを見るのは久しぶりだな」
これはグレイの言葉。
「そうだね。負けないといいけど」
これはベイト。
「ゼロさんは負けないですよ。絶対♪」
リエル。
「そうそう♪アニキ強いもん♪」
言うまでもなくセシリア。
「でも、フィールディアもなかなか強いよ?」
シスカ。
「そうそう。お兄ちゃんと同じ南三騎鋭の一人だからね♪」
ユフィ。
「ユフィ王妃は、ゼロを信じないのですか?」
ミリエラ。
「でも、兄上の負けなど見たことありませんよ?」
リフェクト。
「確かに、ゼロくんの敗北は想像も付かないな」
ナフト。
「魔法を使えば……フィールディア殿にも光明が差すのでは?」
セティ。
「私はゼロ国王陛下の敗北の話は聞いたことがありませぬな」
ジョバン。
「ゼロ兄様は勝ちますよ」
アノン。
「ゼロ国王陛下の敗北も見てみたい気もしますが……」
ミーシャ。
「ごたごた言ってもしょうがないだろう。それに、皆の発言はフィールディア殿に失礼だ」
最後にローファサニ。
フィールディアはため息をついて、うんざりした表情を見せた。
「ったく……。いくよ!ゼロ!!」
問答無用にフィールディアが動いた。ゼロはまだ構えていなかったが余裕にその剣を避けた。彼女の切っ先には、殺気も含まれている。
―――やれやれ、余興だと思っていたが、死合いとはな……。フィーのやつ、めんどくさいことを……。しかし、相変わらずこの服は……!
彼女は紅いローブが戦闘服なのだろうから動きが綺麗で優雅だが、ゼロは普段まず着ない礼服を怨んだ。
それでも彼女の剣がゼロに当たることはない。彼女の動きをゼロは読んでいるのだ。
右に左に、フィールディアが動くたび彼女の美しい紅い髪が揺れ動く。さながら、鬣をたなびかせる猛禽類だ。
―――……そうか……。こいつ、シューマと似ているんだ……。だから、放っておけなかったのか……。
ゼロはさらに避け続ける。フィールディアの表情に怒りと焦りが見えてきた。
「この勝負、ゼロだな」
「そうですね。ゼロの勝ち♪」
「これが“死神”と呼ばれる実力者……。お見事だ」
グレイ、ユフィ、セティは早々にフィールディアの表情の変化を見抜いた。パッと見では分からない変化だが、かなりの強さを持つ彼らならば、ということだろう。
―――兄上も凄いけど、この三人も凄い……。
リフェクトは驚いた。そして自分にも才があればと唇を噛んだ。
ゼロが避ける度に、どんどん彼女の剣先は鈍り、荒れていく。
「ゼロ!少しは攻撃してきたらどうだい?!逃げるだけがあんたの戦いなのかっ?!」
フィールディアは間合いを取った。
ゼロは彼女を黙って見た。
「どうしてフィールディアさんは魔法使わないのかな?」
セシリアがふと疑問に思った。
「えとね、色々危ないから、私が魔法使えないように結界を張っているのよ。空間系の応用魔法でね、私より強い魔力がないときちんと魔法は発動しないようにしているの。彼女も一回強化するタイプの魔法を唱えようとしたんだけど、途中で気付いたみたいだから。魔法って体力を使うのよ。それに、最後まで唱えて発動しないときって、実際に発動させるよりも疲れるの。正確には、発動するしないで消費する体力は一緒だけど、精神的に負荷が大きくなるからなんだけどね」
セシリアはチンプンカンプンのようだ。
―――それに、魔法使うとフィーちゃんハイになるんだもん……。
 それはユフィの心の中だけの呟き。
セティはその話を聞き、魔法を唱えようとしたが、極々僅かにしか、煙草に火を付ける程度にしか発動しなかった。
―――結界魔法はかなりの集中力を使うというのに、あの微笑んでいるような余裕の表情……。単純な魔力ではユフィ王妃の方が数段上か……。
セティは主立って悔しがる素振りは見せなかったが、密かに拳を堅く握り締めた。
北一の魔法使いとしてのプライド、というものがあるのだろう。
「……本気を出して欲しいか?剣技ではお前は俺には到底及ばないのに。悔しかったら意地を見せてみろ」
ゼロは剣を軽く振った。フィールディアはそれだけでも剣圧で少し身体が押された。
「その態度、その表情、その台詞!いちいち勘に触るんだよ!!絶対に私に屈服させてやる!あんたを私の足元に跪かせてやる!!私の奴隷にしてやる!!!」
フィールディアはさっきまでとは断然違う速さでゼロに迫った。
キィィィィィン!!
甲高い音が室内に響く。ゼロとフィールディアの剣がぶつかり合っていた。二人の顔も鼻先が触れるほどに接近している。フィールディアはゼロを鋭く睨んだ表情で、脂汗を浮かべている。対してゼロは冷静に、無感情に彼女を見ていた。いや、哀れみも含まれているかもしれない。
「あ、ゼロさんが剣を使った」
リエルは珍しいものを見たようだった。
「確かに、ゼロが剣を使うのは95%くらい攻撃の時だからね。ほとんど避ける彼の戦いらしくない」
ベイトも同様に驚いたようだ。
「彼女の剣が速かった、それだけだ。ゼロが剣を使わないのは相手が剣で止めなければならないような攻撃をしてこないからだ。避けられなければ、防げばいい。防げなければ避ければいい。基本だろうが、ベイト、リエル」
グレイがさながら二人の師匠のように言った。
確かに、その通りである。
「きっと、彼女の実力は私以上でしょうね……。南のフィートフォト家の魔力に私じゃ対抗できないだろうし、あの剣の鋭さは私以上ね」
ミリエラが独り言のように呟く。少し、悔しそうだ。
「あんたの剣は確かに凄い、エルフでも一番だろうさ!でも……でも……!その態度に、その余裕の態度に負ける奴の気持ちが分かるかい?!手加減してる相手に一太刀も入れられない奴の気持ちが分かるかい?!」
フィールディアの眼に涙が浮かんでいた。
ゼロは何か心打たれるものがあった。
―――……“騎士道精神”に対する……怠慢だったな……。
ゼロは、後ろに飛び退いた。そしてやっと本来のゼロの構えを、左腰の後ろに刀を回し、軽く左手を添える型を構えた。本来、といっても型の一つに過ぎないのだが。
「悪かったな……手加減してて。気付かせてもらったよ。“騎士道精神”のなんたるかを、な」
 ゼロの目つきが変わった。先ほどまでの面倒くささは微塵もなく、真剣な目だ。その視線の真っ直ぐ先に、フィールディアの目。
「……いくぞ、フィー。……白虎……雷帝……訊け!虎狼の……雄叫びを!」
ゼロの身体が一瞬輝いたように見え、次の瞬間にはフィールディアの後ろに立っていた。今の技は、虎狼騎士のみが会得することのできる、エルフ剣術の最強奥義の一種である。特殊な呼吸法で身体能力を飛躍的に高め、目にも留まらぬ恐るべき、神速の一撃を繰り出す。
「ベイト、リエル、ミリエラ、あれが“本来”のエルフ剣術だ」
グレイが、ぼそっと呟いた。
「ち……くしょ……」
フィールディアが苦しそうに表情を歪めた。
カラン
乾いた音とともに、彼女の剣が床に落ちる。そして意識を失い、倒れかけた彼女をゼロは支えた。
「マリメル。気絶しているだけだから、客室のベッドに寝かせてやってくれ」
「かしこまりました」
刀を鞘に収め、彼は軽く額を拭った。汗など、まったく掻いていなかったが。
―――カ……カッコイイ……。
その場にいた女性陣のほとんどがそう思った。ゼロの強さ、凡人では手の届かないような域を、神に近い存在を見たような気分であった。
「アニキアニキ♪今のでどれくらいの力なの?!」
セシリアが好奇心旺盛に聞いた。一同が気になる質問である。
ゼロはゆっくり自分の席に着くと、そうだな、と言い、考えた。
「最後は、40%くらいかな?本気で手加減をしたんだ。普段は適当にやっているんだけど、さっきのは本気の技を本気で手加減した。ん~……分かりにくいだろうな。俺自身何て言えばいいか分からん」
一同は息を飲み込んだ。
―――本当に……強い……。
「さて、開始時刻が遅くなってしまったな……。会議しながら昼食の予定だったんだが、まずは会食にしましょうか。用意は出来ています。移動しますので、着いてきてください」
ゼロは立ち上がり、皆を先導した。そして部屋を出る間際に、戻ってきたマリメルに刀を渡した。

廊下を、シスカ、ゼロ、ローファサニと並んで歩いている。その光景は非情に貴重であった。西南北の若き三王が談話をして、少し笑いながら歩いている。
リフェクトは、その光景を羨望の眼差しで見ていた。
「しかしゼロ、君は強いな。自分も剣術を扱うものとして尊敬する」
「たしかに、すごい強かったね♪ボクはそっちの才能がないから羨ましいよ」
「ハハハ……恐縮だな。俺だってシスカみたいな政治能力が羨ましいし、ローファサニさんみたいに一丸となれる臣民を持っていることが羨ましいですよ。しかしシスカ、フィーなんだが、あの口調は少し無礼じゃないか?俺だから穏便にいったけど」
「どこが穏便だよ。でも、確かにちょっと注意しなきゃね」
「まぁ、彼女の性格は自分たちがもう知ったから大丈夫なんじゃないか?東に謁見するわけでもないだろうし。……そうだ、ゼロ。今度シューマの墓参りに来ないか?そうすれば彼も浮かばれることだろう」
「いいんですか?俺が、そんなことして」
「勿論だ。北の国民で君を嫌っている者など誰一人いない。むしろ、ムーンを倒す救世主として期待感を持たれているよ」
「さっすが♪ゼロってばすごいね♪」
「ははは……参ったな」
三人は朗らかに会話し、そして食場へと着いた。
立派な、パーティー会場のようである。
「最初から、ここで食事するつもりだったんじゃないのか?お前」
「この予算の出所は……?」
ローファサニは少し驚いた感じに指摘した。ぼそりとベイトも疑問を呟く。
皆も、感嘆の声を上げた。
「まぁ、今はゆっくりしてください」
こうして、会食が始まった。

「それで、用件って何だったんですか?」
ゼロがローファサニの隣に行き、尋ねた。リフェクトもくっ付いている。少しでも兄の役に立とう、ということだろう。
「あぁ、我ら西南北は、完全な対東同盟を結ぶべきだと俺は考えている。すでに北の国民全員に知らせている。これに不満を持った、以前君のところにいたクウェイラート・ウェブモートや、ルーファス・コースティル、そしてレドウィン家は東へと出奔したよ。一枚岩だと思っていて、不満などないと思っていたのだが、淡い期待だったようだ。お恥ずかしい」
ローファサニは苦笑した。だが、ゼロは気が気ではなかった。
「同盟は、俺も賛成ですよ……。それよりも、その……レドウィン家ってのは、ルーや、ジェシカのいる……?」
ローファサニは静かに肯いた。
「そうだ。……そうか、彼らは君と同い年の双子の兄妹だったな……。レドウィン家は、絶対当主制。グレイト殿の決定だったのだろう」
ルー・レドウィンと、ジェシカ・レドウィン。ルーとは大して仲がよかったわけではないが、彼とシューマの交流が深かったため、ゼロ、シューマ、ベイト、ルーの4人でいつもいた記憶がある。それに、彼の妹のジェシカには告白された記憶がある。その頃にはユフィとの交際があったため、有耶無耶に断ったのだが。
「そんな……」
「そんなぁ……。あのジェシカ先輩が、ですか?」
気付くとユフィが立っていた。ジェシカは、ユフィにとっての魔術クラブの先輩であった。大して強い魔力があるわけではなかったが、ルーもジェシカも、魔法が好きな二人だった。そしてユフィは二人の人柄が好きだった。
「すまない、自分にもっと統率能力があれば……」
「あっ、いっ、いえ。お気になさらずにください。悪いのは、グレイト卿ですから」
ゼロは、久しぶりにユフィが慌てるのを見た。安心させるために肩でも抱いてやろうかと思ったが、一考した後、やめた。第一、やはり気恥ずかしい。
「ま、まぁ湿っぽい話はあとにして、今は会食を楽しみましょう?ローファサニさん、話の続きはまた後で」
そうゼロが言ったので、ローファサニは目で“すまない”と告げ、シスカのほうに行った。
正直ゼロも言いたいことはあったが、それは心の内で片付けてしまうことにした。



午後2時半、会食も終わり一同はまた会議室に戻ってきた。マリメルの話だとフィールディアはまだ眠っているらしい。
真剣な表情で、ゼロが全員を一度見回した。
「では今日の話を、ローファサニ殿」
ローファサニがゆっくりと立ち上がった。別に立たなくてもいいのが普通だが、何となく身体が動いたのであろう。
「本日、我が北よりの提案とは、西南北の同盟である。東のムーンは禁忌の魔法さえも平然と行使し、臣民を誑かせ、戦力を日増しに増やしている。我々は確かに一対一では勝てないだろう。だが三国でぶつかればどうだろうか。きっと、いや必ず、正義の神ジャスティは我らに勝利の二文字を授けてくれるであろう。どうだろう?シスカ、ゼロ、両国王」
ゼロはリフェクトに少し尋ねた。
「不服や、疑問はあるか?」
「そう……ですね……。勝った場合、どこが最終的に森全体を統治するのか、それが疑問です」
「ん……そう……だな。リフェクト、流石に切れるな」
ゼロは弟をそれとなく褒めた。彼が褒められれば褒められるほど実力を発揮することをゼロは知っていた。
「ボクは、同盟自体には不服はないし、むしろ賛成だよ。でも、結局どこが森全体を統治するんだい?戦いの際、どこが全軍の指揮をとるんだい?」
やはりシスカもリフェクトと同じ疑問を抱いたようである。彼はローファサニを真っ直ぐに見ながら発案した。
「最終的統治というのは、形式上の王を置いて、結局はこのままの東西南北別々の統治体制でよろしいのではありませんか?形式上の王、一応エルフ最高権力者は、ムーンを討ち取ったところが、ということで。それと、戦いの際の指揮は、我らが西にお任せください。歴史と伝統ある虎狼騎士に、敵などございません」
アノンが、ニコっと笑ってそう言った。この場で最年少の彼女の発言は、非情に興味深いものだった。彼女の独断のように皆は考えゼロを見たのが、彼は平然としていた。アノンが話す前にゼロに思念で伝えた内容であった。
「それでは平等の平和は訪れないのではないでしょうか?」
 ナフトが質問する。
「東は?誰が統治するんだい?」
シスカが尋ねた。
「それに関しては、“ライト・クールフォルト”でよろしいのでは?彼に大した行動力があるとは思えません。ただの、優しさが取り柄の男ですから」
セティが言った。
「そうですね……。彼なら、“統治能力だけ”には問題がない」
グレイも言った。
―――そうか、二人はライト殿の同級生か。
ゼロはふっと気付いた。
「ムーンを倒すなら、ムーンだけを倒すなら少数精鋭で斬り込んだほうが良いと思います。各国から、5人前後の精鋭を集めて」
ユフィが提案した。話に花が咲いてきたようだ。
そんな時であった。
「各国の代表の方々が束になってお集まりになって、私だけ仲間外れなのん?しかもゼロちゃんのところが主催なんて、ヒドイわん♪」
「き、貴様!ムーン・クールフォルト!どこからやってきた!!」
 忘れもしない。彼女こそが彼の目の前で父を消し去った、文字通り、“消した”張本人なのだ。ローファサニは、一瞬にして頭に血が上るのを感じた。
その場にいた者が皆立ち上がり、武器を構えた。ゼロもすでにマリメルから愛刀を渡されていた。
そう、突然の来訪者は、今話題となっていたムーンだったのだ。
美しい肢体に、美しい身体のラインが透けて見えるような薄手のドレスに、この世のものではなく、精巧に作られた人形のような顔、常時ならば誰もが息を飲み込むだろう。
セティがユフィを見た。彼女は悔しそうな、こうなってしまったことを悔やむような表情をしていた。
―――くぅッ!こういうことを想定して、90%くらいで結界を張っていたのに……!私の魔力じゃ、ムーンに及ばない……!!
セティがそっとユフィに近付いた。
「彼女の魔力は、単純に換算しても私たち二人の5倍はある。仕方がなかったのでしょう」
ユフィが愕然とした。ここまでハッキリと魔力の格差を見せ付けられたのは生まれて始めてで、悔しくて泣きそうになる。
「何用だ?ムーン」
ゼロが睨んでそう言った。声こそ感情を押し殺しているが、内なる怒りが表情からうかがえた。
「別に、ヒマだったのよん♪ゼロちゃんのことをサーチしたらそこにたくさんの有名な固体反応があってねん♪ついつい来ちゃったのん♪」
ムーンは、16人対1人だというのに動じる気配もなかった。余裕の表情で笑っている。
「ん?あら……貴方は……なるほど……フフフ♪エイッ♪」
ムーンはアノンを見ると面白そうに、何かを思ったように笑い、手を上げ、振り下ろした。氷のナイフがアノンに伸びる。
―――ここで力を発揮するわけにはいかないが……そうも言っていられないか……。
アノンは覚悟を決め、身構えたが、そのナイフはアノンには届かず、眼前の黒いものが防いでいた。氷のナイフが落ち、消滅した。ゼロの剣が護ってくれたようである。
「グレイ!!回り込め!!ミリエラ!!グレイに補助魔法を!!リエル!!アノンとリフェクトとセシリアを守ってやってくれ!!マリメル!ベイト!シスカとローファサニさんを守ってくれ!!」
ゼロが一瞬のうちに判断して自分の部下たちに指示を出す。驚くべき頭脳回転。
西の者達は、ゼロの指示通りに動いた。ゼロは正面から斬り込んだ。だが、ムーンの手にしていた宝飾品のようなナイフに止められた。
―――何ッ?!
だが、驚愕を押し殺しゼロは飛び退いた。ユフィの直線系の雷の槍が無数にムーンを狙い、セティの炎の矢もムーンを狙っていた。無声詠唱(サイレントキャスト)、かなりの高位魔法使いにしか使えない高等技術である。
「壁よっ♪」
気楽な声でムーンが歌うように魔法を発動させる。同時に二つの攻撃は霧散。その直後彼女はすぐさまジャンプした。ゆうに3メートルは跳んだだろう。
それで、背後から狙ったグレイの一撃は避けられた。
「どうしたのかしらん?勢いはそれだけ?フフッ♪魔法っていうのは、こうやって使うのよん♪」
魔力で生み出された光の剣が多数現れ、その場の全員を襲った。その数は、一人当たり10本はあっただろう。リエルは自分とアノンに向かう剣を防いだ。ミリエラも、グレイも、ユフィも、それぞれに不意打ちだったが一本も自分に届かせることなく防いだ。ミーシャがローファサニを守ったが、自分自身は数本受けたらしく、右足と左腕から血が流れている。マリメルとベイトでなんとかシスカを守ったのだが、マリメルのこめかみから血が流れていた。流石の彼女も避け切れなかったようだ。セティは魔法壁を発生させ、自分とナフトを守った。だが、ジョバンを助けることは誰も出来なかった。そして本人も戦闘能力をほとんど持たないことから、ほぼ全ての直撃を受けたようだ。頭部、胸部、腹部から派手に出血している。きっと、即死だろう。そしてゼロは、自分のを防ぎ、リフェクトの急所を狙う数本を防いだ。だが、セシリアに向かう全てを防ぐことが出来なかった。彼女は死を思ったが、無意識に手で頭を覆って下を向いた。だが、光の剣がセシリアに届くことはなかった。
恐る恐る顔を上げると、そこには大量に出血しているリフェクトの姿があった。
「リ、リフェ兄!!!」
「リフェクト!!!」
「リフェクト兄様!!!」
セシリアと、ゼロと、アノンが悲痛に叫んだ。三人はすぐさまリフェクトの下に駆け寄った。腹部からの出血が酷い。おそらく、内臓をやられたのだろう。
「……はぁ……はぁ……セシ……リア……無事……かい?」
リフェクトが息も切れ切れに妹に向けてそう言った。その表情は、妹を護ったという満足感に満ちた笑顔。
「リフェ兄!!喋んないで!!血が、血がでちゃうよ!!!」
「アノンも……怪我はないかい……?」
「ハッ、ハイ!!リフェクト兄様……お気をたしかに……!」
二人は涙してリフェクトの横で崩れた。
「あに……うえ……すいません……もう……手伝うこと……かなわぬようです……」
「リフェクト……」
ゼロはリフェクトの身体を抱きしめた。
「はぁ……はぁ……“最期”の言葉ですけど……必ず、統一……果たして……くださいね……?」
「あぁ……約束する……」
温もりが、急速に失われていく。
それはリフェクトの死を意味した。
ゼロは、泣いていた。
「ムーン……貴様……絶対に……絶対に許さん!」
ゼロの神速の剣がムーンを襲った、先程の、ゼロの剣をも防いだ短剣も今度は流石に折れ、彼女のドレスの裾が切り裂けた。
ムーンはゼロの一撃を受けた部位を一瞥した。僅かに皮膚も裂けたようだ。赤くにじんできている。
「……今日はこのぐらいにしておいてあげるわん♪あっ、それからね、シスカちゃん。東の軍勢が今南に向かっているから、早く戻ったほうがいいわよん♪」
そう言い、ムーンは消えた。シスカは最初のその言葉の意味を理解できなかったが、落ち着き、冷静に考え理解すると、無言のまま足早に部屋を出て行った。フィールディアを起こし、戻るようである。ユフィは、一緒に行かなかった。
沈黙が流れた。
「ミーシャ、無事か?セティ、ナフト……ジョバンを丁重に北に送ってやってくれ」
ローファサニが哀しそうに、静かに言った。こんなこと、戦場では日常茶飯事。そう割り切らねば生きてはいけないのだ。
「ゼロ、同盟については後日だ。また密使を送る。……弟くんに、お悔やみ申し上げる」
ローファサニたちが部屋から出て行こうとした、そのときだった。ゼロが、彼の前に歩み寄り、彼の胸倉を掴んだ。
「……んで……なんでそんな冷静なんだよ……。っくしょ……俺が……馬鹿みてぇじゃねぇか……」
ローファサニは、俯くゼロを見下すように見つめた。
「お前は、今まで何人の命を奪ってきたか分かってそんなことを言っているのか?今お前が何人の命を預かっているか分かった上でなお落ち着けないのか?……確かにお前は強い。だが、自分一人で自分を支えているわけじゃないだろ。お前の弟くんは、お前の涙が欲しくて死んだんじゃない。妹を護って、勇敢に戦って死んだんだ。その弟くんにお前が出来ることといったら、しっかり生きて、弟くんの分も生き抜くこと。そして、弟くんを忘れないでいてやることだ。ジョバンは死んだ。たしかに哀しいが、これから何人の命が失われると思う?今も、ムーンの話が本当ならば南でも死者が出るはずだ。同盟国なんだろう?行ってやれよ。俺はこれから戻って、東との戦いの準備をする。生憎北から南は遠いからな、援軍にも向かえない。……しっかりしろ、西王ゼロ・アリオーシュ」
ローファサニは、泣き崩れたゼロの頭をポンと叩き、部屋を後にした。
ゼロはしばらく崩れ落ちた格好のまま、泣いていた。
「ゼロ、俺が南に援軍として向かう。軍を使わせてもらうぞ。……お前は……リフェクトに出来る最大限のことをしてやれ。ミリエラ、ベイト、リエル、準備をしてくれ。早々に出陣する」
グレイがそう言い出て行った。
「ゼロ……ゴメン。僕も行くよ。君は強い。大丈夫だよ。君なら、大丈夫」
ベイトは悲しみをこらえ、優しくゼロの肩を抱いてそう言い、出て行った。
「ゼロさん、リフェクトくんの死は無駄じゃありません。セシリアちゃんが、生きているじゃないですか?彼は、セシリアちゃんの命を紡いだんです。顔を上げて、彼の分も頑張りましょう?」
ベイトとリエルの優しい言葉を耳にし、ゼロはゆっくり立ち上がり涙を拭った。
「すまない……。マリメル、君は自分の傷の手当てをするんだ。それと、誰か呼んで来てくれ。俺には、リフェクトを弔ってやることはできない……」
リエルとマリメル部屋を出て行く。ミリエラも何か言おうとしたようだが、結局何も言わず口を閉じて、走ってリエルの後を追った。
ゼロの姿は、捨てられた雨の中の子猫のように脆弱に見えた。
「セシリア、アノン、ちょっと来てくれ。ユフィは……俺の家で、待っていてくれ」
ゼロは、部屋を出て行った。三人もそれを追って出て行く。
哀しみを背って、出て行ったのだ。





その後リフェクトは丁重に埋葬され、その惨劇の間へと続く扉が開くことは、二度となかったという。





ゼロは別室の、客室の一室へと足を運んだ。空気が重い。
リフェクトは、いい弟であり、いい兄であった。
“であった”、もう過去形でしかないリフェクトの存在。
セシリアはずっと、自分の身を自分で守れていれば……、と悔やんだ。アノンも己単体の能力を嘆いた。アノンがアリオーシュ家にきて以来、彼女はリフェクトといることが一番多かった。本当の家族でもなく、ましてやエルフでもないというのに。
彼女は久しぶりに“哀しい”という感情を味わった。
「リフェクトは、いい奴だった。俺たちにしてやれることは、生きること。あいつを忘れないことだ。思い出としてでもいい、絶対に忘れるな。それが、俺たちに出来る、精一杯の手向けだ」
二人はまだ涙の伝っている顔をコクッと下げ、力強く頷いた。





―――リフェクト……本当にすまない…………。





ゼロは、途方も無い哀しみを感じていた。
 大事な弟の死。
生ける者は、死した者の思いを胸に、生きねばならないのだ……。



















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