遥統番外編1

若き英雄たちの群像







 あの壮絶な戦いのずっと前。まだ彼ら彼女らが森の中では南の中にある“貴族学校”という場所で、身分に関係なく“平等”な学生という立場で顔を合わせていた頃。
 ゼロ・アリオーシュ、14歳。卒業まであと2週間。それにも関わらず彼はまったく生活態度を変えていなかった。
 3月。寒さも大分消えて暖かさが肌で感じられるようになってきた屋上で、彼はぼぉーっと空を見上げていた。日差しが暖かくなってきたとはいえ、まだまだ頬に冷たい澄み切った空気。それが彼にとって心地よかった。
「飽きもせず、よく空ばっか見てられるもんだ」
 背後から声がして、その声の主は無遠慮にゼロの隣に腰を下ろした。
 見なくても分かる。親友と呼ぶに値する3人の内の一人、シューマ・デルトマウスだ。
「けっこう面白いもんだぞ? 不変ってわけじゃないし」
「だからって、授業サボってまで見るものじゃないと思うけどなぁ?」
 呆れたように、だがどこか笑いを含んだ声が耳に入った。
「ま、今さら学ぶこともないだろ。家長になるのはまだ先のことだろうしな」
 先の言葉がベイト、後の方がルーだ。これで、3人の親友全員が揃ったことになる。
「……こうやって4人で空を見上げてられるのも、あとちょっとなんだね。……寂しいなぁ」
 ベイトの切ない声が3人の耳に入る。
「確かに、俺とシューマは北で、お前とゼロは西だからな。国に帰れば“敵同士”か」
 落ち着いた、だがどこか不機嫌そうな声でルーが相槌を打つ。
「お前たちは、国に戻ったらまずどうする? 戦う……か?」
 シューマが声変わりを終えた声で、重苦しい雰囲気を醸し出してそう言った。
「俺はそうなるだろうな。卒業後、虎狼九騎将入りが内定してるし」
 素っ気無い、声変わり前の少し高い声のゼロの言葉。視線の先は青い空のまま。
「俺も、だな。でも、お前とだけは戦いたくねぇ。まだ死にたくないから」
 ルーがゼロを見て、笑いながらそう言った。彼も声変わりを終えたとは言い難い。
「僕も、戦うよ。虎狼騎士を目指そうと思うんだ」
 優しい声で、ベイトがそう言ったのを聞いてゼロは「お前が?」と言いたげな顔で彼の方を向いた。この中で一番武術を苦手としているのが彼だから。
「そっか……。なんか、未来で戦うって分かってんのに今仲良くしてるってのも、馬鹿みたいな話だよな」
 シューマが諦めたような顔をしてそう言う。視線を空に向けながら。
「そんなことないさ。平和な時代が来れば、また自由に顔を合わせることも出来るだろ? そん時に、初対面の相手がいっぱいで緊張しないで済む」
 ゼロの言葉は、どこまで本気でどこから冗談なのかいまいち判断がつかなかった。
「……そんなこと言ったって、お前の本心は分かってるぞ?」
 ゼロの言葉の数秒後、ニヤついた顔をしてルーがゼロの顔を覗きこんだ。
「そーそー。ユフィちゃんと出会えたんだもんなぁ」
「モテる男は羨ましいねぇ」
からかうように、笑いながらそう言うシューマとルー。その言葉に照れたゼロは、顔を赤くしたまま黙り込んだ。ベイトはというと、笑っている。
「……うっさい」
 それが、ゼロに出来る唯一の抵抗だった。青い空の下で、高らかに笑いあう親友たち。
―――神よ、出来ることならば、今この時を永遠に……。
キーンコーンカーンコーン……。
 昼休み終了のベルが響く。4人――ゼロは引っ張られてだが――は駆け足で教室へと走りだした。



 午後の授業は、最も退屈――とゼロは思っている――な“政治”の授業だった。
 ゼロは窓際の席に陣取り、いつも通り授業を受ける、ではなく相変わらず空を見上げていた。
 実際のところ、この時期にマジメに授業を受けている者のほうが少ない現状だ。その事は、教師たちも重々承知している。
「ねぇねぇゼロくんゼロくん」
 空を見上げるゼロの肩を突っつき、隣の席のシアラ・ウェフォールが話しかけてきた。クラスの中ではけっこうな綺麗どころで、明るい性格と合い重なってクラスの人気者だ。ゼロも、女子の間では絶大な人気を誇っているのだが。
「ん?」
 3人の親友たちのときとは違い、顔をちゃんと向ける。失礼がないように、という意図らしい。つっけんどんなゼロだが、やはり親友たちにはどこか心許すところがあるようだ。
「あのさ、今度の日曜日にクラスの卒業前祝いで打ち上げを予定してるんだけど、来てくれる?」
 彼女もこの授業が暇なのだろう。何も今話さなくてもいいような話題を吹っ掛けてきた。
「ふむ……。まぁ、構わない」
 一考し、簡単に答える。だが、彼女はその声で十分だったようだ。
「やったぁ♪ ありがとうゼロくん。これで女子の参加者も増えるはずダヨ♪」
 無邪気な笑顔を見せた彼女を見て、ゼロは合わせてお得意の“見た目はいい感じの美少年だけど実際本心とか中身は呆れている笑顔”を見せた。これが以外とやたらに女子のウケがいい。
「どーいたしまして」
 そしてまた空を見上げる。彼女は予定を練っているのだろう、何かをメモに書き込んでいた。
―――ま、こんなことが出来るのは今だけか……。
 どこか遠い目で、ゼロはそんな風に考える。
 やたらと大きい雲が、ゆったりと流れていった。



 そして、その日はやってきた。
 会場は、南の上流貴族であるジーン・ヴェーフィルの家で行われることになった。ゼロのいるクラスは武術を重点的に学んでいるため、高確率で近い将来お互い兵士として戦場で刃を交えることになるかもしれない。それ故に下手に思い出を作りたくないと考えている者もいるため、全員参加は叶わなかった。
 クラスメート18名中、男子の参加者5名、女子の参加者7名。男子10名女子8名のクラスであるから、女子の欠席はたった一人のようだ。
「やっぱフィーは参加しなかったか」
 ヴェーフィル家のパーティ会場に集まったクラスメートたちを見て、シューマはそう漏らした。
「彼女の性格上、仕方ないんじゃないかな……?」
 どこかホッとしたようなベイト。やはり彼はフィールディア・フィートフォトを怖がっていた。
「ようこそ、ヴェーフィル家へ。えーっと、とりあえず今日は不安なことなんか考えないで、“今”を楽しんでくれたらと思います」
 会場の提供者としてジーンがそう挨拶する。当たり障りもない挨拶だと思ったが、女子たちは拍手をする。すでにハイテンションだ。
「ルーがいないのはアレだけど、せっかくだから楽しみますか」
 どこか呆れた声でそう言ったゼロ。ちなみに何故ルーがいないのかと言うと、彼は他クラス、武術ではなく魔法を重点的に学ぶクラスにいるからである。
「そうそう! 楽しまなきゃ損だよ♪」
 クラス委員長のクラリスと、彼女の親友のミューがゼロたちの側に寄ってきた。
「ゼロくんとベイトくんは、何着ても似合うねぇ~」
 クラリスがゼロとベイトをまじまじと見つめる。立派な、超がついてもよさそうなほど高価そうな貴族服に身を包んだ二人は、どこかの国の王子のような風貌だった。普段の制服姿でも十分に魅力的な二人が、さらに映える格好をしているのだから、当然視線を集めるというものだろう。
「俺は……?」
 冗談っぽく、情けない声を出すシューマ。
「お似合いですよ」
 明らかにお世辞の口調なミュー。シューマは愛想笑いを浮かべ――心では泣いて――て「ありがとう」と言った。
「お二人も綺麗ですよ」
 ニコニコして一礼してみせるベイト。彼の作法は型にはまり、お手本のようだ。
「ですよ」
 ゼロもベイトの真似をしてやってみたが、しっくりいかなかった。むしろ、普段の彼から考えると滑稽極まりない。クラリスとミューはそれを見て笑っていた。
改めて見ると、美男美女揃いのメンバーがそれぞれ華やかな姿で集まっているこの光景は、“卒業前祝い打ち上げ”よりも“舞踏会”に近いイメージがあった。いきなり交響曲が流れてきても違和感ないだろう。最も、上流貴族の家で庶民が行うのと同じような打ち上げをすることが難しいのかもしれない。金持ちと天才の感覚はやはりどこかずれているものというのが相場だ。
軽く挨拶をしてクラリスとミューが去って行く。それを見送ると今度は剣術部の仲間であるゼリオとシェリルが声をかけてきた。
「やぁ……」
「コンニチハ♪」
 二人も今はドレスを身に纏っている。めったに見られないその格好は、恐ろしいほどに似合っていた。ミステリアスなイメージのゼリオは黒のドレス。明るいシェリルは薄い赤のドレス。今剣を持たせれば、剣の舞だ。
「ひゅぅ♪ お二人さん予想外にお似合いじゃねぇか」
 シューマがはやし立てた。二人ともまんざらではなさそうに照れた笑みを浮かべる。
「へへへ♪ アリガト」
「たまには……こういうのもいいものだ……」
 ゼロは、二人をまじまじと見つめていた。その視線に気付き、シェリルが頬を赤く染めた。
「ゼ、ゼロくん? な、何か顔についてるのカナ……?」
 そこでゼロはやっと自分が彼女らを見ていることに気付いた。
「え?」
 思わず声が上ずった。その様子を見てベイトが笑う。
「あ、いや……。なんでもないよ」
 軽く首は振ってごまかすゼロ。その様子は、慌てているのがバレバレだ。
―――初めてこいつらを女子として見た気がする……。
 剣術部部長として、仲間にして同じ剣士と彼女らを見てきたゼロだが、今こうしてこの二人を見ると素直に可愛いと思った。純粋に、綺麗なのだ。
「剣術部の引退打ち上げも、こんな感じにしよっか」
 ベイトがそう提案したのに、みんなが賛同した。
「いいねぇ。もちろん場所は」
「ライダーの家だよネ♪」
 シューマとシェリルがそろってゼロの反応を見た。その反応は、予想通り。
「思いっきり顔に出したなお前」
 シューマがゼロの頭をポンと叩いた。
 ゼロは、ライダー、ライダー・コールグレイを剣術部の中で最も苦手としている。どこまでも我を通す彼は、ゼロの言葉には微塵も耳を傾けないのだ。
「まぁ……いいけどさ」
 拗ねた。
「ゼロくん可愛い♪」
 その様子を見てさらに突っつくシェリル。
「まぁまぁ。それはその時考えよう。今は、今を楽しまなきゃね」
 流石にゼロに悪いと思ってか、ベイトは話題を変えた。流石ゼロの一番の親友、とでも言うべきか。
―――今を楽しむ……か……。
 ゼロは今この時を楽しんだ。
―――確かに、未来は見えない。どんな悲劇が待ってるとも知れない……。
 多くの友と言葉を交わした。
―――でも、今は今しかないんだ……。
 ともに笑いあった。
―――だったら、後悔しないように生きてやりゃぁいい、か……。

 “今”という時が“今”しかないらば
 “未来”という時も“未来”にしかないはずだ
 先に待つのは
 “喜劇”か“悲劇”か
 それを知る術は誰も持たない
 俺たちはそんな中を生きているのだ……







「逃げるな! 最後まで騎士の誇りを貫け!!」

「お前とだけは……戦いたくなかったよ……!」

「死んでも、恨みっこなしだぜ!!」

「アイツの仇を取りたいんだ……!」

「どうしても戦わなくちゃいけないのかい?!」

「悪いが、俺も負けるわけにはいかないんだ!!」

「お前に……夢を託すよ……」

「悪い……俺は……ここまでだ……」

「何で……何でこんなことに……!」

「すまない……すまない……!」

「お前の無念、俺が必ず晴らしてやるからな……!」

「約束は……守ったぜ……」

「もう……誰も哀しまなくていいだろ……」





少年少女たちは
    時代を駆け抜ける
        どんな不幸が来ようとも
            決してくじけないで
                未来をひたすらに信じて
                    どこまでもひた走る……

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