遥統番外編18

あのことこねこ










「にゃ~」
 少女の足元に1匹の子猫が近寄った。
 人慣れしているためか、生まれて間もないためか、逃げることなく子猫の方から近寄って来た。
「にゃ?」
 可愛らしい鳴き声に、彼女の足が止まる。その場にしゃがみ込んで、子猫の頭を撫でてみる。
「にゃ~」
 気持ち良さそうな鳴き声を上げたので、のどをくすぐってあげると、また気持ち良さそうな鳴き声を聞かせてくれた。
「ボクはどこから来たのかにゃ~?」
 ちょっと男の子か女の子か迷ったが、なんとなく男の子だと決めつけ話しかける。
「にゃ~にゃ」
「ふむふむ……。お姉ちゃんこれからお昼寝しようと思うんだけど、ボクはどうするかな?」
 一人で会話を展開し、最後に一撫でして様子を見る。
「にゃ!」
「わっ?!」
 子猫が目いっぱいジャンプして、少女の腰まで飛び、肩まで駆け上がった。
「わんぱくだぞボク~」
 両手で持ち、にらめっこするように子猫の顔を見る。
「にゃ~」
 しかし子猫は悪気なくくすぐったそうな表情を見せる。
「ふふ、可愛いなぁ♪ 一緒にお休みしようね」
 子猫を胸に抱いたまま、少女は歩を進めた。



 貴族学校の校庭の外れには、ひっそりとした森があり、その中にはゆったりとしても50人は休めるほどのベンチが置いてある。
 校舎から歩いて7、8分かかるため、ほとんどの生徒が寄り付かないその場所は、彼女にとってある種の隠れ家的存在だった。無論、いつも誰もいないわけではないが。
 のんびりと柔らかい日差しを浴びながら道なりに歩く。友達とおしゃべりしながら過ごすお昼休みも捨てがたいが、午後の授業返上でお昼寝するのも悪くない。
 両手で抱えた子猫と一緒に、少女はベンチへと座った。
 気温は暖かいと感じる程度だが、木々の葉が直射日光を遮ってくれるため、ちょうど良い塩梅なのがここの魅力の一つだった。
 横になれるくらい大きめに作られたベンチの中でも、お気に入りの青いベンチに寝そべる。
「にゃぁ~」
 子猫もくすぐったそうな、眠たげな鳴き声をあげる。早くもウトウトしてきた。
「ん? 先客か?」
 夢か現かどちらなのか、少女の耳に透き抜けてしまいそうなさわやかな男声が届いた。声変わりは終えたのだろうが、まだ幼さの残る声だった。
「んっと……」
 身体を起こすと、声の主らしき存在はすぐ目の前に立っていた。
 少女の猫目っぽい碧眼と、少年のやや切れ長の黒瞳が見つめ合う。
「は、はじめまして……?」
 人見知りするかしないかと言えば、少女は人見知りする方だ。金髪碧眼でお姫様然とした美少女であるため、よく知らない人から声をかけられたりはするが、やはり慣れるものではない。
 しかし今回のケースは人見知りするからという理由だけではなかった。目の前に立つ少年、絶世の美少年と称しても構わないような整った顔立ちで、華奢だが頼もしく見える身体、何より気だるげな野良猫を思わせる雰囲気の中に秘められた気品や得体のしれないオーラのようなものが、絶対的な存在感として訴えてくるのだ。
 初めて会ったはずなのに、いつかこの人の下で働くことになる気がする、そんな気持ちがした。
「はじめまして、子猫ちゃん」
「ふぇ?」
 しどろもどろの少女を見て、少年が笑う。その笑顔がとても純粋で綺麗で、魅力的だと思った。だが、ナンパだとしたら下手過ぎる。
「何か君猫みたいだなぁと思ってね?」
 少女の隣に腰を下ろし、少年は少女の傍らに居座る子猫を持ち上げた。慣れた手つきで子猫をあやすと、子猫は気持ち良さそうな鳴き声をあげた。
 その様子をぼーっと見ていると、少年の目が少女へ向けられた。
「君もしてほしいの?」
 冗談っぽく笑いながら、少年が少女に尋ねる。
「ち、違いますよ!」
 顔を赤くしながら否定する少女を見て、少年はまたクスクス笑った。
「君面白いね。どこの出身?」
 常に主導権を握られつつも、何故か嫌な気はしない。おそらくクラスメートの誰と話しても、こんな気持ちにはならないだろう。
「ふぇ? え、えと、西、ですけど……」
「お、西かぁ。じゃあ西四家で言ったらどこの地方?」
 こんなことを聞いてくる辺り彼も西の出身なのだろうかと思いつつ、少女は次の質問に答える。
「アリオーシュ家の領地です」
「お!」
 若干少年の瞳が輝く。そんな変な答えはしていない、はずだ。
「今何年?」
 急に趣旨が変わったことに疑問を抱きつつも、楽しそうな少年の表情を見ると自分も楽しい、そんな気持ちになる。
「今は第4学年です」
「ふむ……てことは……」
 少年が数秒黙考した。少女には彼が何を考えているのかなど皆目見当もつかないのだが。
「マリナ・アルウェイか、アーファ・リトゥルムのどっちか、ってことになるけど……」
 少女には信じられなかった。西のアリオーシュ家領出身で第4学年というだけで、自分の名前を割り出せる人がいるなんて。
「金髪碧眼って辺りでグレイ先輩には似ても似つかないし、そもそもあの人の妹がこんな子猫ちゃんなはずがないから、アーファ・リトゥルムで正解かな?」
「は、はい」
 こんなことが出来る人を、アーファは今まで知らなかった。
「良かった♪ 一応自分とこの領内の生徒は把握してるつもりなんでね」
「自分とこの、領内……?」
 一瞬理解出来ない表現だったが、理解したらしたですぐにまたオドオドしてしまった。
「ゼ、ゼロ・アリオーシュ様ですか?!」
 ゼロ・アリオーシュと言えば、この学校で知らぬ者のいない有名人だ。剣術では右に出る者なく、その容姿も学校一と称され、今は1つ学年が下の、第6学年で一番の美少女と誉れ高いユフィ・ナターシャと交際しているという噂の絶えない人物なのである。
「正解。俺もそれなりに有名みたいだね」
「そ、それなり所じゃないですよ!」
 こうしてすぐ側で彼を見るのすら初めてなのに、会話しているなんて、そう思うと余計にアーファの頭は混乱してきた。この展開は友達に自慢出来るレベルの出来事である。
「あはは。アーファ、専攻は? 武術だったり?」
 名前を呼ばれて、ドキッとする自分がいた。
「え、そ、そこまで把握してるんですか?」
「お、正解か。流石にそこまでは把握してないさ。ただ剣術部に入らないかなと思ってね」
 スカウト、なのだろうか? 自分にそこまで才能があるとは思っていないが、悪い気はしない。
「アリオーシュ家領内なんだろ? 鍛えておいて損はない」
 ニコっと笑いながらも、内容は既に自分が家長になったときを想定しているような発言に、アーファはまた心惹かれる思いを感じた。
「それに、今第4学年の子少ないんだよね」
 肩を竦めた姿が何ともいえず滑稽で、そのギャップからアーファも思わず笑みがこぼれた。おそらく今のが本音なのだろう。部員不足は、部長の責任なのだろうか。
「いいですよ♪」
「お?」
「剣術嫌いじゃありませんし、ゼロ様から直接エルフ剣術を教われるというのなら、こんな機会はめったにありませんし」
 アーファのしゃべり方に、ゼロは素直に好感を覚えた。見た目はオドオドしているが、声は物おじせず発言してくる。強くなれる、そんな潜在能力を感じた。
「ありがとね」
 ゼロは自分のそんな思いなど何一つ言わず、にこっとほほ笑んだ。



 アーファ・リトゥルムとゼロ・アリオーシュの出会いは偶然だったのか。
 彼女が未来においてゼロの片腕まで成長することなど、誰にも予想は出来ないことであっただろう。
 気まぐれな子猫だけが、引きつけたのかもしれないが。

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