遥統番外編23

断ち切れぬ想い










「ん……」
 朝の目覚めはいつも通り。何だか心にのぽっかり穴が空いたような、そんな気持ち。慣れてしまった自分が少し悲しいけど、それよりもいつまでも穴が空いたような気持ちになる自分が情けない。
 伸びをした後、ふと自分の隣を見る。当然、誰かがいるわけでもない。
――朝起きて、あの人がいたら。
 そう思ったことなど、何度目だろうか。
「何やってんだろ、私……」
 もはや苦笑すら浮かばない。
 分かっている、分かっているのだ。所詮叶わぬことだと。いつまでも引きずっていてはいけないことだと。
 自分の容姿に自信がないわけではない。自分で言うのは気が引けるが、知り合った人の大半から、綺麗、可愛いと言われてきた。肩くらいまで伸ばした自慢の髪の手入れを欠かすことはないし、お肌の手入れも欠かすことはない。貴族である以上、見られることも役目だと思うし、こんな自分に言い寄ってくる相手への気遣いでもある。言い寄ってこられても私がなびくことはないけれども。
 自分の好きな人に、好きになってもらうって、難しい。
おそらくあの人に「私のこと好き?」って聞いたら「好きだよ」と言ってくれるだろう。あくまで、二者択一の、好きか嫌いかの選択しか考えないだろうから。
恋愛感情として、他の誰よりも好きかと聞いたら……考えるだけむなしくなる。
「ゼロ、今頃何してるのかな……?」



 貴族学校時代は楽しいことも、辛いこともあった。第2学年で武術を専攻したことにより、彼と同じクラスになれたことが全ての始まりだと思う。
 最初はただただカッコイイと思っていた。他の子たちから、シアラが武術専攻で一番可愛い、って言われていたこともあり、自分だったら隣にいても恥ずかしくないかな、とかも思ったりした。
 毎日学校に行って、彼に会えるのが、彼と話せるのが幸せだった。クラスの他の子、ミリエラもゼロのことが好きだな、とは分かったけど、譲ったり気を遣ったりは出来なかったのは、今思えば若さだったのかな。黙って見つめるんじゃなくて、積極的に話しかけられた自分の性格は今でも褒めてあげたい。
 そんな片思いがずっと続いて、第5学年の終わり頃、この想いをぶつけてみた。
「ゼロくん、私と付き合わない?」
 今思えばものすごい直球だったと思う。
 放課後の教室で、二人きりになれたのも、今思えば運命だったのかな。
「いいよ、付き合う」
 淡々とした様子で、だけど軽く微笑みを浮かべて、彼がそう答えてくれた時、私の心は爆発寸前だった。
 それからの学校生活は楽しくてしょうがなかった。
 二人で授業をサボって屋上に行ったり、ゼロが私の家にお泊まりに来たり、南の雑貨屋を巡ったり。二人だけの秘密も作ったり。
 楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、痛いことも、たくさんの思い出を二人で作った。
 懐かしいな、授業をさぼって、屋上で二人っきりの時間を過ごしたこと。



「良い天気だねぇ」
 屋上に置かれたベンチに座って、ゼロの肩に寄りかかる。拒むことなく受け止めてくれる彼から、愛を感じてたって言ったら、ちょっと言い過ぎかな。
「珍しいね、シアラが授業サボろうなんて」
 ゼロが授業をサボるのはいつものことだけど、確かに私が授業をサボるのはあんまりなかったかな。女の子って男の子より真面目なんだもん。それに、女の子同士の嫌味ってしつこいし、友達だと思ってる子たちに気を遣ってるって段階で、友達って言い切りにくいかも。
「いいじゃない別に。ゼロ、私と一緒に居れて嬉しくないわけ~?」
 今思えばよくあんなことを恥ずかしげもなく言えてたものだ。自信、あったのかな。
 そんな私に、ゼロは言葉で答えず、頭を撫でて答えてくれた。好きな人だから、声が聞けると嬉しいし、姿を見れると嬉しいし、触られると嬉しい。恋する乙女ってすごい。
「ねぇゼロ」
「ん?」
 甘えるように、少し高い声で呼びかける。
「キスして?」
 そう言って彼の方を見つめると、彼は期待に応えてくれる。それだけで幸せなのに。
「……もっとぉ」
 あの頃の私、欲張りだったなぁ。
 だけど、ゼロは手を握って、私にきちんと応えてくれてた。
 好き合ってるって、信じてた。



 だけど、第6学年が終わる頃。幸せは終わりへと近づいていたんだよね。
 私は何も変わったつもりはない。変わったのは彼の方だったと思う。
 日に日に感じる、彼が見ているのは私でないような感覚。
 言葉を交わしても、口づけを交わしても、何をしても、何かが足りなく感じていった。
 理由は遠からず分かったけど、今でもあの時のことを思うとムッとせざるを得ない。彼へ不満を言うとしたらそこだけ。でも、決定的な不満。
 私に気を遣っていたのかもしれないけど、気を遣って付き合われる方が失礼だよね。
 だから言ってやったの。今思うと、言わなかったらどうなってたのかとも思うけど。



「言いたいことあるなら言ってよ……」
 彼の目を見つめて、彼に言葉をぶつける。
「ゼロはズルイ。いつも自分からは動かないんだもん」
 もしゼロが自分はモテるから、って思ってての行動だとしたら、一発殴ってやりたいかも。
「私の一番はゼロ。でも、ゼロの一番、もう私じゃないんでしょ?」
 沈黙が、何よりの答えだった。私の視線を避けるように、目線を下げる申し訳なさそうな彼の表情を見ては、何も言えなかった。その表情からは彼の優しさが見えた。だけど、その優しさは本当の優しさじゃないの。
「……もう、終わりにしよっか」
 言ってしまうには、すっごい勇気が必要だった。
 でも、言えてしまった。
「ごめん……」
ただ一言そう答えたゼロの表情が、あまりにも綺麗で、あまりにも悲しそうで。あの表情は、今でも忘れられないな。



その数ヶ月後、ゼロと一つ下のユフィちゃんが付き合い始めたって聞いて、むかつくってよりも「ああ、そっか」って思うのが強かった。彼の隣に寄り添う彼女が、あまりに自然体で、似合っていたから。
彼女を見つめる彼の表情が、私が見たことないくらいに穏やかで優しかったから。
別れた後も、積極的に話しかけてたのは、ちょっとした意地だったかも。



朝食を済ませ、軽く身支度を整え、また部屋に戻る。
「……はぁ」
 思い出すだけ思い出して、またため息とつく。
 なんでこんなに好きなんだろう。
 なんでゼロじゃないと駄目なんだろう。
 ……なんでゼロは私を選んでくれなかったんだろう。
「会いたい、な」
 こう思わない日はない。いつでも会いたい。いつでも声を聞きたい。いつでも傍にいたい。
 叶わないことって分かってる。分かってるけど思っちゃうのは、どうしたらいいのかな。
「お嬢様」
 突然部屋がノックされた。
「西王様がお見えですが、お会いになられますか?」
 我が家のメイドたちは、もうウェフォール家に仕えて長い人ばっかりだから、貴族学校時代私とゼロが付き合ってたことを知らない人なんていない。だからこそ、少し気を遣ってくれたんだろう。
 私が今会いたいって思ってたことなど微塵も感じさせないように、こう答えるの。
「用件は? って聞いてきて」
 簡単に尻尾は振ってやらない。つまらない意地かもしれないけど、安い女だとは思われたくないもの。
 内心は、会いたくてしょうがないんだけどね。
 数分後、またメイドがノックしてくれた。
「たまたま北へ用事があったついでで、特に用はない、そうでございます」
「ついで、ね……。でも折角の西王様のご足労を、無碍にするわけにもいかないか」
 扉を開け、ゼロを待たせているであろう応接室へと向かう。
 どういうつもりで会いに来てるのか分からないけど、これで嬉しくなる自分が情けなく、彼の術中にはまっているような気になってくる。
 でも、やっぱり会いたいものはしょうがない。



「久しぶり♪」
 今の今までゼロとの思い出を思い返していたことなど、億尾にも出さず彼の前に姿を現して見せる。
「元気そうだな」
 ちょっとした笑顔を見せてくれるゼロに、胸が高鳴る。
 昔よりも今のゼロはかなり社交的になったし、口数も増えた。大人になった、って言ってもいいのかな。
「元気じゃなさそうだったら、心配してくれた?」
「もちろん」
「もう、調子いいんだから!」
 私の冗談に軽く乗ってくれるなんて、昔はなかった。だけど、今のゼロの方が話しやすさはあると思う。
「王様って大変?」
「ん、まぁそれなりにはな。学生だった頃が懐かしいよ」
 それって、何学年の時? って聞きたいけど、怖くて聞けないよね。
「ユフィちゃんとは上手くいってる~?」
 なんで、こんなこと聞いちゃうんだろうと自分でも思うんだけど、聞かずにはいられなかった。
「まぁ、ぼちぼちとな」
 表情で分かる。上手くいってる、か。残念とは思わないけど、ちょっと悔しいと言えば悔しい。
「子ども出来たら、教えてね」
「おいおい、まだ先だよ」
 他愛ない会話を続ける。でも、他愛ない会話が出来るだけで嬉しかった。



 ゼロが帰ったあと、彼の余韻に浸るようにまた思い出と向き合ってしまった。
 このままじゃいけないとは分かっている。
 だけど、このままを脱出しようとしない自分がいるのも否定できない。
 どうして、好きなんだろう。
 どうして、好きでいてくれないんだろう。
 進むべき道は分かってる。
 いつか、彼じゃない誰かと寄り添える日を思いつつも、彼を思わない日はまだない。
「頑張れよ」最後に彼はそう言って帰って行った。
頑張る、か。頑張られたら迷惑なくせに。
引き摺る想いと、変えようとする思いと、この2つの「おもい」と、もう少し向き合っていかなければならないな。
そうやって、私の今日が過ぎていく。


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