未空番外編1

ただ仕えたいの







 大戦が終わって、彼女は近衛騎士として城勤めの身となった。元より放任気味だった父親の許可は簡単に出たため、実力さえあれば、という状況だったのだ。
大戦が終わって、騎士になって家族を養おうと考える者は激減した。王妃と宰相による軍部の改革を経て、騎士の需要は一気に減少したのだ。騎士になることが国のため、そんな時代に終わりが告げられた瞬間だったのかもしれない。
だからこそ、統一前はいつも高倍率だった近衛騎士の入団試験もかなり易化した。騎士団長のエキュア・コールグレイ自身も騎士団の存在価値の低下を感じていたのか、実技よりも志望動機の方を優先しているようであった。
 彼女は志望動機でこう述べた。
「陛下のために仕えたいんです」
 彼女の経歴は事前に知られていたのだろう。あの時エキュアは軽く笑みを浮かべ、頷いた。
 当時はまだその件の陛下、ゼロ・アリオーシュは失踪中で、生死すら不明だったというのに、彼女がはっきりと陛下のためと答えたのが功を奏したのだろう。その年に入団を認められたのは彼女を含め3人だった。

近衛騎士になってからの生活は別段厳しいものではなかった。普段通りに出勤し、担当で警備を行う。空いた時間は訓練に当てられた。元々実力が高かったわけではない彼女はけっこうな時間を訓練に当てていた。
過去の思い出を振り返れば、何にも苦ではなかった。
王妃がいるということも、不思議と気にならなかった。
そして運命の日がやってくる。
陛下、西王、大戦の英雄、ゼロ・アリオーシュ凱旋。空白の2年間を経て、彼女の仕えるべき主が帰って来たのだ。
 さらに奇跡は続く。彼の凱旋の日、玉座に戻った彼と目が合った。たまたま王の間の警護担当だったのも、今考えれば必然だったのかもしれない。
 彼は彼女にこう言ったのだ。
「久しぶりだな! ……よし、今日から俺の侍女になれ」
 彼は覚えてくれていたのだ。彼と知り合って、接する機会があったのは1年にも満たなかった。彼が学校を卒業してから約6年間、一度も会うこともなかった。だが彼は彼女のことを覚えてい、信頼し、侍女に任命したのだ。彼の傍らにいた王妃は微笑みのまま何も言わなかったが、近衛騎士団長のエキュアが若干苦笑いを浮かべていたのも覚えている。
 ゼロ・アリオーシュの突発性は読めないのだ。
 そこから、彼女の日々は変わっていく。
 どこに行くにも、何をするにも彼女は彼に付いていった。隣にいて当然、それが彼女の信念だった。彼のことが好き、そんな雰囲気を隠しもせず、彼女は彼に仕えた。きっと彼もそれに気づいていただろう。王妃という存在がありながらも、時折甘えさせてくれる彼にずるいと思いながらも、思惑どおりにしてしまう自分が情けない時もあった。
 職務に私情を挟まないようにしようと思ってはいても、やはり出来なかった。
『私のこと、どう思ってるんですか?』
 聞きたいけど、聞いたらツライような気もして、言えなかった。一番になれないのは分かりきっている。損な、ただただツライだけの役職のような気もした。
 でも、それでも側にいれるのは嬉しかった。忙しさに余裕が見つけられたときは、冗談を言ったり気にかけてくれる彼が好きという気持ちは、何よりも大きかった。 
 公務で外出した際、同室で眠りたいとワガママを言ったら、笑いながら「バカ」と返されたのも懐かしい。
 仕えてるのか、甘えてるのか、自分でも曖昧だった。周囲からはよく飼い犬の仔犬みたいと言われたが、否定は出来ない。自分が仔だとしたら、彼は親だ、そう思うとくすぐったい気持になる。
「だって好きなんだもの」
 直接口に出したわけではないが、それが何よりも真意だ。
 おそらくユフィ王妃も気づいているだろう。それでも彼女のことをゼロともども可愛がってくれている。それが王妃の余裕なのかもしれないが、嫉妬心は不思議とわかなかった。勝てない、自分でも分かっているのは大きいだろう。
 純粋な好意、それを抱えたまま彼女は今日も西王の側にいた。



「陛下、少しお休みしましょうよ」
「何だ、もう疲れたのかよ」
 いつものように彼の公務(なのかどうか分からないが)に付き添い、今日は西にある4か所の国立病院の設備検査に訪れていた。こんなの内務大臣に任せればいいと思うのだが、民の健康・安全と直結することだから、自分の目で見ておきたいと言ってきかないのだ。
 既に2件を見終わり、既に午後の3時を回ったころだ。ティータイムにしてもいいだろう。病院の近くにはいくつかの喫茶店などもあるし、病院独特の匂いを一旦リセットしたい気持ちもある。
「しょうがないな、アーファ、入りたい店選んで来い」
「はい♪」
 アーファ、ゼロ・アリオーシュの侍女であるアーファ・リトゥルムは満面の笑みで答えた。



「先輩♪ あそこにしましょー」
 探しに行く時の元気があれば休む必要もなかった気がしたが、それは気にしないでおくことにした。
「はいはい」
 手をひかれるままに付いて行く。彼女が選んだ店は予想通りの女の子向けの喫茶店であった。
「ここのパンケーキ美味しいんですよ」
 今でもたまに料理を自分ですることのあるゼロだ、多少なりとも興味は湧いた。お菓子は専門ではないが、作るのは嫌いではない。
 店内に入ると、何組かの客がいた。女同士とカップルしかいないようだったが、雰囲気からして人気なのは間違いないだろう。
「いらっしゃいま――!」
 ウェイターの女性が言葉を詰まらせる。新しく店内に入ってきた者をちらっとみてしまった客たちも同じように驚きの表情を見せていた。
「二人ですー」
「は、はい! ありがとうございます!」
 ウェイターは完全に動揺しているようだった。席を通される頃には店内が完全にどよめき始める。
 中央から帰ってきてから、こうやって一般人も入るような店に来るのは初めてだった。まさかここまで動揺させてしまうとは予想していなかったゼロも、何だか少し恥ずかしくなってきた。
「この度はお越しいただき、まことにありがとうございます」
 店長なのだろうか、エプロンを着た初老の男がゼロたちの前まで来て挨拶をしにくる。
「いえいえ、お騒がせしてしまい申し訳ありません。でも、良い店ですね。お客さんたちの顔を見れば伝わってきます」
「そ、そんな。もったいないお言葉です」
 終始ペコペコしたまま去っていく店長へ、ゼロも終始笑顔で対応していた。
「……そういう対応久々にみました」
「ん?」
 アーファが何とも言えない表情だったため、彼女の言葉の真意は測れなかった。
「先輩も大人になったんですね」
「殴られたいのか?」
 真顔で言ってきたアーファに、呆れた表情を見せるゼロ。彼女からすれば褒めたつもりだったのだが。
「学校時代の先輩が、先生に対して今みたいに話してるとこを見た記憶がありません」
「あのなぁ……」
 ため息をつきながら自分でも思い返す。はっきり言って、教師たちと話をした記憶すらほとんどないのが現状だ。
「お前が城勤めになる2年も前から国王って仕事やってんだぞ?」
 ふーん、と返すアーファの表情の意味は読めなかったが、とりあえずそれで満足してくれたらしい。侍女、と言うとお世話をするイメージだが、自分のそれは他のとことは多少違うのだ、そう自分に言い聞かせる。
「私これにしよーっと」
 気づけば目先の興味は目の前のメニューへと移っている。この純粋さが売りなのだ。親心にも似た思いで、ゼロはアーファを眺めていた。
「む、どうしました?」
 その視線に気づいたアーファが首をかしげる。
「若いってなぁいいねぇ」
 アーファの首はますます傾くばかりであった。



「実際の所、医療制度は他国よりも安定してますよ。王立病院数4は他国の中でも一番ですし、福祉面は安定していると思います」
 料理が届いて、すぐに食べ始めるのかと思いきや、アーファの話し出した内容は仕事の話だった。
「確かに福祉の安定は、民の安定に直結しますが、それが必ずしも豊かさへ繋がるとは思いません。物理的な豊かさのためなら、まず見るべきは産業の方じゃないんですか?」
 そこまで言ってからやっとパンケーキに手を付ける。
「見たからって、すぐ俺に指示出来ることなんてないよ。その点においては専門の大臣の方が詳しいだろうし。あらゆる発展は、国が安定しているからこそだろ? 生活が第一だよ」
 コーヒーに口を付けながらゼロが答える。冷静を装ってはいるが、予想以上にアーファが政治に対する考えを持っていたことに内心驚いていた。
「ま、次に見るつもりだったのは農業だったんだけどな」
「先輩って、商品作物の栽培よりも、主食系作物を重視してそうですね」
「有事の際の貯蓄が整ったら、視点も変えるさ」
 アーファの予想以上にゼロは堅実な考えを持っているようだった。国民たちからしたら良い王だろう。貴族よりも、民を大事にしている政治だ。おそらく分治時代の父を見たせいもあるのだろう。
「まぁ先輩がやることに私はついてくだけですけどね」
 パンケーキを頬張りつつそこで無邪気に笑ってみせる。
「ったく、お前は考えてんだか考えてないんだか分かんないやつだな」
 苦笑するゼロだが、彼女はそれでいいとも思う。彼女まで政治にあれこれ口出ししてきたら、休まるところがない。



「美味しかったですねー♪」
 結局1時間近く休んでしまった。どうしてこうも女の子はあれこれ喋りたがるのか、不思議でしょうがない。
「予定より休んじまったし、早いとこ次いくぞ」
「はーい」
 パタパタとゼロの後ろに付いて行く。公務、というよりデートのように見えなくもない光景だった。

「えーと、次はケールメイラ病院ですね」
 ケールメイラ病院、城勤めの医師、ヨーゼ・ケールメイラが院長であり、代々医学の神の直系であるケールメイラ家が院長を世襲する大病院だ。旧グレムディア家領にある大病院だが、実際ゼロが入るのは初めてだった。院長であるヨーゼとは何回か話したことがあるのだが。
「ここは信頼と実績があるから、さらっと見るだけでよさそうだな」
 院長であるヨーゼは元虎狼九騎将でありながら、医師を掛け持ちしていた男であり、ゼロの父ウォービルや母ゼリレアとは戦友だった間柄だ。病気で亡くなったゼリレアを診てくれていたのもヨーゼだったため、ゼロの信頼も厚い。
「しかし、人いっぱい。忙しそうですね」
 信頼と実績がもたらすのは、患者数のようだ。誰しもが信頼できる医師に診てもらいたいのは当然の心理か。
「だな。後日正式に視察のスケジュール組んで、また来よう。迷惑はかけたくないしな」
 自分が訪れるのを迷惑だとは言われないだろうが、実務に支障が出るのは必定だ。それを避け、今回は視察見送りとすることにした。
「さっさとあと一つ見に行くか」





 そして、二人が最後の病院の視察を終えた頃にはすっかり日も暮れる時間となっていた。曇っていて月は見えないが、雲間に見える星がきれいだった。
「今日は御苦労さん」
「いえいえ」
 労をねぎらってかゼロがアーファの頭を撫ででやった。くすぐったそうにしながらも、嬉しそうな表情にゼロの気持ちもやわらぐ。
「今日は楽しかったです」
「仕事だったんだけどな」
 王城に向かう馬車に揺られながら、アーファの感想にゼロは少しだけ呆れた。
「ちょっと休んでもいいですか?」
 右肩に重みを感じるのと、アーファの言葉は同時だった。朝からずっと仕事だったのだ。流石に疲れてしまったか。
「先輩が私を側においてくれて、本当に良かった」
 眠たそうな、甘い声でアーファが喋り出す。別段反応を見せるでもなく、ゼロは彼女の言葉を聞いていた。
「帰ってくるの、待ってたんですよ? 2年間も。だからその分、もっと構って……」
 言葉の中身だけ聞いていたら、不倫の現場とも思われかねない内容をアーファはさらさらと言ってのけた。実際彼女と会ったのは貴族学校以来、6年ぶりだったのだが、それでも自分を待っていたとなると、ある意味ストーカーに近いレベルだ。
 彼女を可愛いと思うときは多々ある。たまにだが、理性が負けそうになる時もある。わざとなのか素なのか分からないが、彼女が誘ってるのかと思う時もある。色々あるが、それでも彼女を侍女にしてよかったと思う。
 彼女はユフィとは違った1つの癒しだ。だから大事にしたいと思う。これが本音だ。
「先輩の側、落ち着くなぁ」
 彼女の気持ちには応えてやれない。それを申し訳なく思う時もある。それでも仕えてくれる彼女には感謝してもし尽くせない。
「これからも、側にいさせてくださいね……」
 寝息を立て始めたアーファを確認し、ゼロは小さく微笑みを浮かべながらまた彼女の頭を撫でてやった。
――ありがと、な。
 西王になって、多くの人に支えられていると実感する機会が多くなった。それだけ、人へ感謝することも多くなる。
 これからも彼女へは何度も感謝していくのだろう。していく。感謝の分だけ、彼女を側においておく。
 改めてゼロはそう決めたのであった。

――先輩、ずっと好きですよ♪


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