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第2章
接触
一息ついたゼロとレイの二人は、リビングで紅茶を飲んでいた。
「なぁゼロ、やっぱうちらに付かへんか?」
話しかけてきたレイの話の内容は、説得のようだ。
大きな、愛嬌のある緑色の瞳で覗き込んでくる。その様はまるで小動物だった。
ゼロはカップを口につけたまま、レイの方を見た。
一口飲み込み、呆れたように首を振った。
「やっぱりも何も、俺はまだレリムに会ってすらいないんだぞ? どうしてそっちに付くことが決めれるんだよ」
――いや、決められない。 反語表現で答えたゼロは、苦笑交じりだった。
その答えを聞き、レイはテーブルの上に自分の上半身を投げ出した。
「せやかて、お前絶対十天使の方に会いに行ったらそっちに付くって決めるやん」
「何を根拠に断言してるんだよ」
「根拠なんかない。男の勘やで」
そして彼はため息一つ。
「……どうしてお前は俺を引き込もうとする?」
逆に、今度はゼロが質問した。
「だって友達やん。しかも同じここの生まれやなくて、同い年で、この世に一握りしかおらへん“独創者”やないか……。……そう考えりゃ、自分で言うのもなんやけど、俺らってけっこう似てへんか?」
自分で言って、自分で満足したようにレイは笑顔でゼロに尋ねた。
―――“友達”……か。俺の“友達”は……。
貴族学校時代、よくつるんでいた仲間を思い出す。だが、そのうちの二人、シューマ・デルトマウスと、ルー・レドウィンはあの戦いで命を落としている。虎狼騎士に成り立ての頃できた戦友も、西王となってから支えてくれた、虎狼九騎将もほとんどいなくなってしまった。友達になれそうだった、ヴァルク・ジェネラルが死んだのも、よく考えれば今日のことだ。改めて実感する。宿命の敵、ムーンを倒してからまだ一日と経っていないのだ。
「俺はお前みたいに明るくないぞ?」
ゼロはからかうように笑って、そう言った。
一番の親友と、一番大切な人は、ベイトとユフィは死んでいない。まだちゃんと生きている。自分を分かってくれる人が二人しかいないのではない、二人もいるのだ。
「そういうことやないて! もっとこう、内面的な話のことや!」
期待していた答えが得られず、レイは反論した。
ゼロはけっこう冷めてきた紅茶をグッと飲み干し、立ち上がった。
「悪いが、俺はそろそろ寝るよ。だいぶ疲れてるんでね。それじゃ、おやすみ」
そうレイに言い、扉を開け、寝室に向かう。それを聞いたレイは慌てて紅茶を飲み下し、ゼロの後を追った。
「ちょ、ちょっと待ってや! 俺も寝るって!」
一日中騒がしい奴だな。
ゼロはそう思ったが、それと同時に。
見ていて飽きない奴だな。
とも思った。
ゼロは右側のベッドで横になり、レイは左側のベッドで横になった。
ほんのわずかな沈黙の後、ゼロが口を開いた。
「レイ」
ゼロは天井を向いたまま。レイはゼロの方に首を傾けた。
「なんや?」
その声からは、疲れや眠気を感じさせない。
「ありがと、な」
ゼロの、照れを隠した精一杯の声。今日二度目となるのお礼の言葉。
「どーいたしまして」
レイも、素直にそう答えた。
長い一日を終えて、ゼロは眠りの淵へと降りていく。
今日は色々なことがあり過ぎた。
そして今日という日は、これから始まる波乱な日々への最初の一日に過ぎないのだ。
―――ユフィ……みんな。俺、帰るまでまだかかりそうだ……。
翌朝、午前5時半。
ゼロはいつもの癖で目を覚まし、習慣通りに刀を片手に外へ出た。
外はまだうっすら暗く、肌に刺すような寒さではないが、少し肌寒い。周囲がひっそりと静まり返る中で、ゼロは刀を抜き、振り始めた。
基本に忠実な素振りを、毎朝欠かさず500本。それを終えると抜刀から流れるような連撃への技を繰り返す。そのパターンは非常に多かった。さらに、全ての振りで風を切るヒュッという音が聞こえてくる。息こそ切らしていないものの、だいぶ汗をかいたようだ。
ゼロは汗を流すべく、浴室へと向かった。
「こういう風呂ってのは、初めてだな……」
一般家庭で用いられる浴室を見て、ゼロはそう呟いた。簡素な浴槽に、簡易式のシャワーがあるだけの、小さなもの。いや、これが実際はふつうなのだろう。
彼は簡易式のシャワーの蛇口を捻り、水を出した。けっこうに冷たかったが、汗をかいた肌には心地よい。心なしか、大分気持ちも落ち着いてきたようだ。昨日あったことを、頭の中できちんと整理する。逃げ出すのではなく、立ち向かわなくてはならないのだ。
シャワーを終え、浴室に出て身体を拭く。髪は強く拭くだけで、特に手入れなどしない。まだ水分が残っているため、肌に張り付くように下がっていた。
―――しまった……。
ここでゼロはあることに気付いた。人に言えるようなことではないが、大事なことだ。
「おつかれさんやな、サッパリしたか?」
どこかからか、レイの声が聞こえる。
「貸したろか? ないんやろ? 着るもん」
気付くと、ドアの方に男性用の下着を持ってレイがニコッと笑っていた。
「……すまない……」
ゼロは気恥ずかしそうに顔を赤くしてそれを借りるのだった。
まだ恥ずかしがっているのか、ゼロは浴室から出ても若干顔を上気させているようだった。
「サイズとか、問題ないやろ?」
何事もなかったかのように、レイはそう尋ねてくる。
「あぁ、体型が似てて助かったよ」
昨日の答えではないが、体型では確かに似ている。
「ちょっと今日、ゼロの分の生活必要品買うてくるな」
レイの言葉に、ゼロは素直に感謝した。
「すまないな、何から何まで。お前に頼りっぱなしで」
「気にすんなて。俺ら、寝食を共にする友達やないか」
ゼロは改めて、このレイという男に感謝した。
朝食を終えて、食器類の片付けをしているゼロにレイが話しかけた。
「ゼロは、十天使のところに行くんやろ? だから、俺はさっき言うたように、ちょっと中央広場の方に行ってくるわ」
彼から聞いた話で、中央広場はその名の通りここの中心部にある広場で、戦闘はご法度の安全地帯で、戦いに関与しない者たちが暮らし、各派閥が必要な物資を調達するための、言わば中央の命綱のことだ。
「あぁ。悪いが頼むよ」
「なぁ、ゼロ? いちいち『すまない~』とか『わるい~』とか言わへんでええねん! だって俺ら……」
「友達だから、か」
次に言う台詞を取られはしたものの、レイはその言葉に感激しているようだった。顔を見なくても、彼がいつも以上に笑顔なのは分かる。
「そや!」
ゼロは自覚できるほどの速度で、同居人であるレイに惹かれていくように感じた。
ゼロはレイより少し先に家を出た。太陽も大分昇った、昼の少し前だ。
木々の合間から差し込んでくる木漏れ日が、肌に心地よかった。
―――“森”と“太陽”は、どこでも、誰にでも等しく俺たちに恩恵を与えてくれるな……。
柄にもなくそんなことを考える。
うろ覚えで“エルフ十天使”の砦へと足を運ぶ。実際、内部に入ったのは初めてなので、いまいち道は把握できていなかった。
「あれ? もしかして……」
ふと、背後からどこかで聞いたことがあるような声がした。とりあえず振り返ってみると、そこには見知った少女がいた。運動神経が良さそうで、活発そうな美少女だ。以前は胸の辺りまで伸ばしていた髪は切ったのだろうか、肩の少し上くらいまで、バッサリと切られていた。
「ミュアンか?」
ゼロが声をかけると、少女は嬉しそうな表情をした。少女、と言ってもたしかゼロと同い年の、17歳のはずだ。
「うん♪ ひっさしぶりだね!」
会った当初はつっけんどんな態度だった彼女も、前に会ってからなんだかだいぶ柔らかくなった。いや、むしろ懐かれているような感じだ。
「髪、切ったのか?」
立ち止まって、彼女に話しかける。
「あ、うん……変……かな?」
オドオドした様子で、上目遣いにゼロに尋ねる。恥を忍ぶようなかなり可愛らしいポーズだった。
「いや、俺は今の方が好きかな」
無意識の内の、殺し文句である。
その言葉を真に受け、ミュアンは頬を赤く染めた。誰の目にも分かるだろう、彼女が、ゼロのことを好いていることくらい。気付かないのは当のゼロ本人だけで、気付かれていないと思っているのはミュアンだけ、それくらい彼女は感情を隠せていない。
「あ、と、ところで、どこへ行くの?」
まだ照れているのか、ミュアンははにかみながらそう言った。
「お前らんとこ」
ゼロは首を少しひねり、横目で彼女を見て言った。
「あ、じゃぁあたしもこれから行くとこだから、一緒に行こ!」
ミュアンは無意識の内にゼロの手を取り、引っ張った。引かれるままにゼロは足を運ぶ。
「……なんていうかお前、女の子らしくなったな」
ゼロは、そう何気なく言った。
「……ダメ? あたしが、女の子っぽくしちゃ」
少し、落ち込んだような声だった。
「いや、そんなことないさ」
彼女は彼の手を離し、下を向いて歩いた。
「お前は元々が可愛いから、周りの男が寄ってくるんじゃないか?」
茶化すように言ったゼロの言葉だったが、その言葉に彼女は耳まで赤くさせた。
「お、お世辞はいいよ……!」
声が裏返っている。頭の上で、お湯が沸かせそうだ。さっきから彼女は調子を狂わされっぱなしだ。
ゼロは軽く微笑んで彼女の横に並んだ。
「話は変わるんだが」
ゼロの声のトーンが変わった。少し冷たい風が、二人の頬を撫でた。
「俺はここで戦うつもりはないんだ。もう、誰も殺したくない」
唐突な切り出しだった。ミュアンは何のことか分からず、キョトンとした表情だ。
「まぁ、自己防衛くらいはするかもしれないが、基本的に、誰とも戦うつもりはない」
ゼロの語りに、ミュアンは胸が苦しくなるように感じられた。今、彼女の隣を歩いている男は、東西南北での戦いで数え切れないほどの命を奪い、傷つけてきたのだ。大儀のため、平和のため、守りたいもののためとはいえ、それは償おうとしても、そう簡単に償えるものではないのだろう。
「そんな俺でも、“エルフ十天使”は引き入れてくれるか?」
ゼロが切り出した話の中で、彼は初めて彼女の方を向いた。真剣な表情だった。
「あたしはぜんぜん構わない、むしろ嬉しいくらいだけど、天師様が何ていうかな……。ゴメンね、あたしじゃ答えられないよ」
彼女は真剣にそう答えてくれた。実際、戦う気のない者が味方に来るというのはどういうものだろうか。味方から責められるのは回避できない気がする。
ゼロはミュアンに対して優しく微笑んだ。
「ま、そのためにこれから会いに行くんだけどな」
ゼロはそう言って、空を見上げた。雲ひとつない快晴。こんなによく晴れたのはいつ以来だろうか。そう簡単には思い出せなかった。
「そだ、ゼロゼロ」
天気以外の何かを思い出したように、ミュアンはゼロの腕をつついた。
「コレあげるよ。護身用にね、きっと役に立つよ。なんたって、まだエルフにはほとんど出回ってない代物だからね!」
手渡された無骨な重い物は、L字型の物だった。
「ほぉ……。なかなか面白い物を持ってるな」
それは、比較的小型の“拳銃”だった。妹のセシリアが、護身用にと訓練していたのを見たことがあるくらいで、実際に持つのは初めてだった。6発まで弾を込めることができる、120mm口径の、人間たちにすれば古い型のものだった。
「この前中央広場で、面白そうだったから買っちゃったんだけど、あたしからすれば、重いし、使いにくし、それ使うぐらいならレイピアのほうが断然役に立つからね。ゼロにあげるよ♪」
ゼロはそれをひとしきり眺めて見た。撃鉄を起こして、引き金を引くだけ。それだけで、当たり所次第では人を瞬殺することのできる、近代兵器。威力は申し分なさそうだが、女性の腕には少々堪えそうな重さだ。
「いらない物を人にやるのか」
ゼロは苦笑しながら答えた。
「い、いらないなら返してよ!」
「いや、ありがたく頂くよ」
ゼロは銃を撃つ構えをして見せた。妹の、見よう見まねだ。
「何かこれを入れる物はないのか? 流石に始終手に持ってるわけにもいかないだろ」
そのゼロの問いに、ミュアンは思い出したように答えた。
「あぁはいはい、これだよ、これこれ。これを腰に下げて、入れとくんだって」
それは専用の、もしくは付属品のホルスターのようだ。ゼロは右側の腰の位置にそれを装着し、銃を収めた。
「右手に剣を、左手に銃を……。近代的な死神がいたもんだ」
ゼロがそう笑って言うと、ミュアンも合わせて笑った。
「死神だったら、鎌くらい持てばいいのに~」
「あんな重い物で戦えるかよ」
「ゼロ華奢だもんね♪」
「お前に言われたくないわ」
二人は、和やかに会話しながら、“エルフ十天使”の砦へと進んだ。
その間ミュアンは、始終幸せそうな表情を見せていた。
ゼロの出発より遅れること数十分後、レイは中央広場に向けて出発した。だいたい徒歩で二十分程度の距離だが、広場までは何が起こるかわからない。愛剣は持っていくようだ。
「さぁて、何買うべきやろか……」
レイは歩きながらゼロに似合いそうな服を考えていた。
「死神とか、黒い服着てたりとか、黒い刀とか、黒いイメージばっかやから、黒いのは無しやな……」
腕組みをしながら、下を向いて考えながら歩いている様は、見ている方が何かにぶつからないだろうかと不安に思うようだった。
「ま、実際に物見て考えればええか!」
ゼロがいればこう言っただろう。「つくづくお気楽な奴だな……」と。
中央広場の面積は中央の約6割を占める大規模なもので、エルフの全人口3億人のうちの2千万人が住んでいて、覇権を賭けた戦いに身を置かない者たちが住んでいるところでもある。
一度足を踏み入れ、黙って見て回るだけで軽く3時間以上の時間を潰すことが出来るだろう。
武器屋、食料品屋、服屋、飲食店、酒場、娯楽場、本屋、装飾品屋、雑貨屋……等など、生きていく上に必要な物の全てが手に入るといっても過言ではないのだ。そしてその商品の量も尋常ではない。
「でも友達は買えへんってな……」
誰に言うわけでもなく、独り言のようにそう呟いた。
レイは最初に服屋へと足を運んだ。やるべきことはさっさと片付けるタイプのようだ。
必要不可欠な下着をとりあえず適当にカゴに入れる。サイズは自分と同じなのだからといっても、他人のものを選んでいる風にはとてもじゃないが見えないが。
そして次は今日の重要項目、普段着選びにかかった。
「必須なのは……“白”やな……」
何が必須なのか、理由はサッパリ分からないが、レイは腕組みをして悩み始めた。
まだしばらくかかりそうな雰囲気である……。
レイが悩んでいることなど露も知らないゼロは、ミュアンの案内で迷うことなく“エルフ十天使”の砦へとたどり着いた。
門をくぐると、“森の守護者”の砦で見た内装とほとんど変わらない、簡素な内部を露わに除くことができた。
―――やっぱり、ここの空気はあそことは違うな……。いい感じだ。
改めて空気の大切さを知るゼロ。ここの空気は、中心部に比べ薄く感じられる。
「天師様、呼んでくるね。ちょっと待ってて」
彼が内部を見回し、空気に対して色々思っている間に、彼女はそう言いどこかへ行ってしまった。
とりあえずゼロはミュアンが戻ってくるのを待った。
「ゼロ、こっちに」
数分後に戻ってきたミュアンに案内され、ゼロは内部を進んだ。“森の守護者”の所と似ている物の雰囲気は別物に感じられる。こちらはなんと言うか、“温かい”。
「中へ。天師様が待ってるよ」
彼女は彼を案内し終えると、そこで彼を見送った。用の無い者は、原則として天師への謁見を禁じているらしい。
―――仲間じゃなく、他人みたいじゃねぇか……。
ゼロがそう思うのも、当然のことだろう。同じ目的を持って戦っているのだから、もっと馴れ合っても良さそうに思うのだが。
「失礼」
ゼロは扉を軽くノックし、中へと入った。丁度5,6メートル先に、立派な椅子に腰掛けた美しい女性が座っていた。金髪碧眼の、周囲の景色を霞ませるような美女だった。胸辺りまで伸ばしている髪が、開いた窓から入ってくるそよ風を受けて、舞うようになびいた。その隣には、岩のような男が直立不動の姿勢立っている。2メートルを越えているかもしれない、巨人だった。彫りの深い顔からは、歴戦の強者という風格が滲み出ている。
ゼロは部屋の中心まで歩み出て、足を止めた。真っ直ぐに椅子に座った女性を見る。
「久しぶりだな、レリム、ダイフォルガー」
明らかにゼロの方が年下だが、彼は臆面もなく話しかけた。巨人、ダイフォルガーと呼ばれた方がわずかに苦い顔をした。
「ええ、お久しぶりですね。ゼロ・アリオーシュ」
透き通るような女声が、ゼロの耳に届いた。
「既に知っていることだろうが、約束は果たしたよ」
「その件については一通り聞いている。ご苦労だったな」
今度耳に入ってきたのは、男らしいテノールだった。この男の前では、ゼロに男らしさを発揮することなど早々出来はしないだろう。
「本当に、“森の意志”に代わって感謝します」
―――“森の意志”……か。
昨日から頻繁に耳にしている言葉だが、ゼロはいまいち好きな言葉ではなかった。
「なぁ、あいつは……ムーンは“独創者”だったのか?」
ゼロの言葉に、二人は驚きを隠せなかった。
「あ、貴方、どこでその言葉?」
立ち上がってもよさそうな程驚いたレリムだったが、そこは抑えて、出来る限り冷静な声で彼女はゼロに問い返した。
「昨日。“森の守護者”のウォーって人から一通りの話は聞いたよ」
そうですか、とレリムは少し顔を暗くした。
「ではだいたいのことは知っているのですね。それでしたら話は早い、彼女は“独創者”ではありません」
その答えにゼロは顔をしかめた。
「じゃあ何であいつは、全てを壊そうとしたんだ? “森の意志”が、そんなことさせる筈がないんじゃないか?」
質問するゼロの挑戦的な瞳を、レリムは真っ直ぐに見つめ返した。
「そうしたい、と思うことはあります。“森の意志”に、人の思想にまで介入できるほどの力はないはずです。ですが、そういう思想が感知されれば必ず“抑止力”となる存在を“森の意志”は用意するのです。そして彼女に関する一件の“抑止力”が、貴方だったというわけです」
また難しい話になりそうだと、踏み入るのを少し躊躇ったゼロだったが、彼自身にも関係のある話だと自分に言い聞かせ、ゼロはさらに質問した。
「俺は“独創者”だったんじゃないのか?」
「彼女がああいった思想を持ち始めたのは、貴方の“独創者”として目覚める前のこと。だから“森の意志”は貴方を“抑止力”とすべく干渉し始めたのです」
「なるほどな……。じゃあもしかしたら、俺の“独創者”が目覚めた後なら、その運命から外れることも出来たのか?」
聞けば聞くほど疑問が浮かぶ。ゼロは思ったことを次々と聞いていった。
「出来ないことはありませんでしたが、貴方だけでなく、貴方の周囲にも貴方を“抑止力”とするための干渉が行われていたはず。優しい貴方ならば、それらの人々の期待に応えないわけがない、そこを利用されたのでしょう」
「じゃあ、あんたにもその干渉は働いてたのか?」
「ええ、おそらくは」
―――聞けば聞くほど、“森の意志”ってのはえげつないな……。
「たしかに“森”護れそうだが、“エルフ”という種族には案外ないがしろなんだな」
皮肉を込めて、ゼロはそう言った。言葉の矛先は、レリムではないのだが。
「長い森の歴史から見れば、私たちの寿命など取るに足らないものでしょうからね」
ゼロの皮肉を、レリムは軽く避わした。
「俺はまだ干渉されてるのか?」
ゼロは急に話を変えた。
「分かりません。ですが、ムーンを倒した時点で“抑止力”の役目は果たされたはずですので、干渉は終わっている可能性が高いと思います」
その答えだけ、その答えにだけゼロは満足することができた。
「そうか……。じゃあそろそろ本題に入るとしようか」
ゼロは一度レリムとダイフォルガーを見回した。
二人は、静かに、ほんのわずかに肯いた。
「単刀直入に言おうか…………」
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