第15章

衝撃









―――会わせたい奴……?
 そう言われたところでゼロには中央に知り合いなどはほとんどいない。今会った彼でさえ、ゼロの知る人物ではないのだ。
―――まさか、な……。
 ふと脳裏に一つの想像が浮かぶ。だがあまりに突飛すぎたものだ。自分自身で否定する。だが、どこか否定し切れないのは、彼女と別れたのが一応中央の、しかもまさにこの場所だからという事実があるからだろうか。
軽く扉をノックする。反応がないため彼の方を伺うと、入れ、と彼の目が言っている気がした。命ぜられるがままに、おとなしく扉を開ける。
部屋の片隅に、ちょこんと座る少女がいた。
存在感は稀薄で、下手すると誰にも気付かれないかもしれない。それほどまでにただ居るだけだ。だが、幼いながらも大人びた雰囲気の黒髪の少女がゼロに与えた衝撃は計り知れなかった。
「ア、アノン……なのか?」
 声が震えていた。だが、一年ぶりとて見間違えるはずがない。彼女は自分の大事な戦友であり、恩人であり、そして家族なのだ。
「消えかかったところを俺が捕まえたんだが、一度も口を開かないんだ。姿も消せるはずだが、どうも何も考えちゃいないらしいな」
 ま、あとはお前に任せる、そう言って彼は部屋を出て扉を閉めた。
―――あいつ、何で……。
 何故ゼロとアノンのことを知っているのか。その疑問がわきあがり始めるのを堪え、ゼロはアノンと向き合った。だが、生気が感じられず、彼に気付く様子もない。
 とりあえず傍に寄ってみる。
「アノン」
 声をかける。だが、反応はない。
 かがんでそっと頬に手を触れる。はっきりとした感触と、温かさが伝わる。つまり、生きているのだ。
「アノン、まさかお前とまた会えるなんて夢にも思わなかったよ。だから、今此処でお前と会っていることに俺自身まだ疑いを持ってるのかもしれない。だけどさ、もしまたお前と一緒にいられるなら、俺は嬉しいよ」
 そっと彼女だけに微笑みを見せる。それは果たして懐かしの戦友へ向けたものか、血の繋がらない妹へのものか。少なくとも、レイやミュアンへ向けるものとは少し違ったように見えた。
 それでも、アノンに反応はない。
「だめか……」
 少しだけ肩を落とし、だが仕方ないことだと諦める。
 帰ろうと思い立ち上がり、彼女へ背を向ける。扉まで歩いてもう一度振り返った。
「会えただけで、嬉しかったよ」
 そう言って何かはっとする。
―――俺って、こんな性格だったかな……。
 昔は何事にも興味を示さない怠惰な少年だった。だがユフィと出会い、騎士となってから自分ひとりの身体でないことを知った。だがそれでも、こんなにも誰かとの再会に喜ぶ男じゃなかった、気がする。
「機会があれば、また来るよ」
 最後はそんなことを思った所為か、極力クールに決めた、つもりだ。
 扉に手をかけ、開けようとしたところ、勝手に扉が開いた。
「それで起こせると思ってるのか?」
 どうやら外から伺っていたらしい。自然とゼロの表情が険しくなった。
「どういうことだ?」
「いまアレは強制睡眠状態に入っているようなものだ。封印されたときと同様だな、きっかけが無ければ起きることができない状況というわけだ。だがアレにもともとセットされた覚醒のきっかけはお前の接近だ」
 何が言いたい、目がそう告げる。
「腑抜けやがって。それでもあのアリオーシュの子孫か?」
 言い返したいことがたくさんあった。だが何一つ言い返せなかった。得体の知れないプレッシャーがあった。
「アレはお前の矛だ、お前からすれば手足のようなものだろ?」
「アノンは、俺の道具じゃない。何も知らないお前にアレ呼ばわりされる筋合いはない!」
「やめよ!」
 カッとなったゼロが腰の刀に手をかけようとしたとき、ふと第三者の声が入った。はっとゼロがアノンの方へ振り返るが、やはり彼女の声ではない。
「アリオーシュ、お前に記憶がないのは魂の理だから致し方ないことだが、イシュタルに刃向かうことの愚かさはその脆弱な魂だって感じてるだろ!」
―――だ、だれだ……?
 流石のゼロもまさかという表情で新たな人影を見た。言葉の内容が咄嗟に理解出来ず、視界に入った情報のみに対して頭が働いた。
 黄色いワンピース姿の、アノンと同じくらいの年齢に見える少女だった。輝かんばかりの銀色のウェーブがかかった髪に、ゼロの知る誰よりも完璧に整った年齢には相応しくない凛々しい顔立ち。そして小さい身体から滲み出るようなオーラがあった。
 なんだこのガキ、たぶんそんな表情がモロに出たのだろう。元々子どもがそれほど好きなわけでもないゼロだからもあるだろうが。
「なんだその目は!」
 ぎろっとゼロを睨んだ後、無遠慮に少女はゼロの足を蹴り付けた。痛みよりも驚きが彼の脳内を占めた。
「シーナ! ホントにこの腑抜けがアリオーシュなのか?!」
―――シーナ?!
 ぱっと今までずっとゼロに命令していた男に目を向ける。数少ない中央で知っている名前の中でも、シーナは別格に位置づけられている。
「シーナって、シーナ・ロード、か?」
「違う! こいつの本名はシーナ・イシュタルだ!」
「フィエル、少し黙れ」
 彼女からすれば大人である二人の間に立っても全く動じることのない少女だったが、シーナの黙れに反応して少し小さくなった。だがきっと一時的なものなのだろうが、ゼロはそう思った。
「出来れば、詳しく整理した話が聞きたいんだが……」
「いいだろう、そうだな。まず簡単なところからいくか。各派閥のリーダーの名前が本名ではないのは知っているか?」
 初耳の情報だ、だがウォーが初めて会ったときに偽名だと言っていたことを思い出して合点がいく。
―――レリムも偽名、か。そりゃたしかにイシュタルっていやあ、そうなるな……。
「俺はいまこの馬鹿がばらした所為で知られてしまったが、シーナ・ロードは覇権をかけたこの戦いにおける名だ。本名はシーナ・イシュタル、四大神の一柱イシュタルの直系だ」
 馬鹿、という言葉に反応して少女、フィエルがまた騒ぎ出す。それを片手で制して彼は続ける。唖然としているゼロの話は後でまとめて聞くようだ。
「本名を避けるのは家族などに万が一の危険が及ぶのを避けるため、だそうだ。俺には翁の戯言にしか聞こえんが、まぁ、そういうことだ。……少し話が反れたな。俺は今言った通りイシュタルの直系、お前はアリオーシュの直系だから、まぁ魂的にはお前が俺に恭順するのは自然なことってわけだ。直系は魂に刻まれた感覚が激しいからな」
「だからお前は私にも恭順するべきなんだ!」
「いいから黙ってろ」
 無造作にシーナがフィエルの頭を手で覆い潰す。また少女が黙り込む。
「まぁ、今こいつが言ったことも事実と言えば事実だ。こいつは、まぁ信じられなくても無理はないが四大神を統べる森の神、ヴォルクツォイクという種族の創造主エルフの直系、らしい。信じられなくても無理はない。俺自身普段はそんな気配を感じないからな」
「エルフの直系?!」
 さすがに信じられず声を上げてしまう。その様子に少女が胸を張って誇らしげに見せた。微笑ましい、と言っても嘘にはならないだろう。
「あぁ。フィエル、やってやれ」
「いいか、愚臣アリオーシュ、これがエルフの力だ!」
 シーナの言葉に反応してフィエルが飛び跳ねる。待ってました、と言わんばかりだ。
「おりゃあああ!」
 少女の甲高い声が狭い室内に響き渡る。
 一瞬、彼女の身体が発光した、ように見えた。
 強制的にゼロの身体が膝をつかされる。計り知れない圧迫感を感じ、逆らえない感覚が全身を支配する。
―――なんだ……これが……?!
 恐怖ではない。これは、懐かしさか。
 気付くとシーナもゼロと同じ姿勢になっていた。血の因果は絶対、ということだろうか。エルフにイシュタルが仕えたという記録は存在しないが、やはりすべての親のような存在だからなのだろう。
「目覚めよ、アリオーシュの絶対なる矛」
 すっとフィエルのしなやかな指がアノンを指差す。すると突然アノンが痙攣を起こし始め、顔色に生気が戻ってきた。強制的に、彼女を覚醒させたようだ。
「エ、エルフ様!」
 目覚めた彼女も類に漏れずフィエルの前にひれ伏す。彼女の圧迫感の前に、3人は誰一人動けなかった。
「……もういいぞ」
 フィエルの声が聞こえる。少しだけ、憂いを帯びた声だった。
 部屋の中に満たされた彼女の圧力が消え、ゼロとシーナは立ち上がった。
「分かっただろう? それじゃ、とりあえずお前はソイツとの再会でも楽しんどけ。終わったら正面の部屋に来い。少し話がある」
 そういい残しシーナがフィエルを連れ部屋を出て行く。彼なりの心遣いなのだろうが、どうも展開が急すぎてゼロは慣れなかった。
「あ~、なんだ、その、久しぶりだな」
 ゼロがアノンの方を向き、声をかける。いざ相手と向かい合うと、照れてしまって仕方が無い。彼女に返事はなく、ただ黙ってゼロの胸に飛び込んできた。
 だが、少し様子がおかしい。
「ん、どうした?」
 支えてやりながら顔色を伺う。生気はあるのだが、肩で息をしている。相当疲労しているようだ。
「エルフめ……、寝起きにいきなりあんな気を当てよって……」
 恨めしそうに、想像以上に低い声でアノンが呟いたのを聞いて、ゼロは思わず苦笑した。やはり変わっていない、年相応と無縁なのは相変わらずだ。
「ったく、安心したよ」
「……何がだ」
 ゼロに身体を預けながら、無遠慮に物事を言ってくる。西王になってから自分にこうもずけずけと自分の意見を言ってきた異性は恐らくこの娘だけだろう。
「アノンがアノンで、さ」
「当然だろう」
 少し声に照れが混じる。それを聞いて少しだけゼロがにやついて笑った。懐かしい、そんな表情だ。
「また会えたことを、あの男に感謝せねばな……」
「シーナ・イシュタル、か。……本物なのか?」
「無論だ。意志とは無関係に何かを感じたであろう。それが何よりの証拠だ」
 毅然としたアノンの言葉にゼロは少し戸惑いを覚えた。それが事実だとすると、下手すれば自分がシーナに勝つ可能性がすべてなくなるかもしれないのだ。
「そう案ずるな。我が元主アリオーシュは実力だけならばイシュタル様とそう変わりはしなかったのだ」
 表情を読まれたのか、ゼロの不安を一蹴する答えが少女の口から発せられる。不敵に笑う彼女は、やはりゼロの相棒に相応しいのかもしれない。
「それに理由は分からないが、ゼロに託したはずの力が戻っている。この意味が分かるな?」
 その言葉を聞きハッとする。
「まぁ私の力がなくとも今のお前に匹敵する者などそうそういないとは思うが――」
「――これがいるんだなぁ……」
 アノンがゼロの言葉を聞き、少し驚いたように彼を見返す。
「これから俺が倒さなきゃいけない、あのシーナ含む3人は俺一人じゃたぶんまだ力不足だ。アノンの力、また借りるかもな」
「ふむ。まぁ私がゼロの矛である限り、全身全霊の力でそれに応えよう」
「その体勢で言われてもあんまり説得力ないだけどッ――」
 ゼロの言葉が途中で途切れる。アノンが彼の腹部に痛烈なパンチを繰り出したのだ。よろよろとゼロから離れて立ち上がる。生まれたての小鹿のような足取りだ。
「ったく、悪かった悪かった」
 ムキになってゼロから離れた彼女をなだめ、再び捕まえる。正面から抱きかかえる、抱っこする形で再度落ち着く。
「こ、子ども扱いするなっ!」
 顔を真っ赤にしてそう叫ぶアノンの姿には、非常に可愛らしいものがあった。
「バーカ、子どもじゃなくて妹扱いだよ」
「同じではないか!」
 アノンがゼロの腕の中で暴れる。危うく落としそうになるのをなんとか支えた。一年たっても、彼女の感情は変わらない、むしろ久々の再会で昂ぶっているかもしれなかった。
「はいはい分かった分かった――」
 突然の出来事にゼロの思考が数秒停止した。目の前には誇らしげに勝ち誇ったアノンの顔がある。
「どうだ? これが子どものすることか?」
 少し頬を赤くでもさせていればまだ色々言うことができたのだろうが、あいにくアノンはそんな様子を微塵も見せない。唇を触れさせるだけの、数秒間の長いキスだった。
 ゼロがしてやられた、というような表情をしてみせる。
「参った参った、お前は立派なレディだよ」
 勝利の確信にアノンが満足げな表情を見せる。
「とりあえず、これからまた一緒にいられるのだ。積もる話はおいおい聞かせてもらおう。まず、あの男と小娘のところに」
 アノンの言葉に、ゼロは頷いた。

「いつまで待たせる気だ!」
「お前が喋ると簡単に済む話がややこしくなる。必要最低限以外喋るな」
「う~……」
 シーナに命令され、フィエルが頬を膨らませて黙り込む。血縁的には逆の立場のはずなのだが、年の差の所為なのだろうか。
「すまないな」
―――敵同士にしては、仲良く話せるな。
―――まぁ、いいだろ。
 アノンの突っ込みをさらりと流す。シーナの目には二人に対しての興味がないようだから、特にどうなることもないだろう。
「まぁいい。お前に言いたいことがあってな。先ほどソレの覚醒条件がお前の接近、って言っただろう? 俺はてっきりお前が腑抜けだからソレが覚醒しなかったんだと思ったんだがな」
 露骨な言い方にゼロがむっとする。その様子をなんとなく子どもっぽいな、とアノンが思う。少し先ほどのことをまだ根に持っているのだろうか。
「どうも違うようだ。……試しに憑依してみせろ」
「試しにって言われてもな……」
 正直な所、憑依をしろと言われてもゼロ自身具体的な方法をよく知らない。助けを求めるようにアノンの方を見ると、何故だか彼女が妙に険しい表情をしていた。
「出来ぬ」
「やはり、そうか」
 アノンだけではなく、シーナとフィエルも若干表情が暗くなっている。ゼロは一人だけ置いていかれているような、そんな錯覚を覚えた。
「イシュタルの施した術式は完璧だったはずだろ? 魔法の祖ナターシャだって、秩序と平穏の神ミカヅキだって、頷いたじゃねえか!」
「ああ、だからこそ、我が主アリオーシュも了承してくれたのだ……」
「だが現にイシュタルの術式が解かれたのは事実だ。おそらくはムーンを倒したことによりその任務を果たした、故にムーン打倒を課せられただけの術は解けた、と考えるのが妥当じゃないか?」
 ゼロを置き去りにして、繰り広げられる会話は続く。
「つまり今いるコレは、そいつがいなきゃ、行く当ても無く彷徨う自律型半永久稼動兵器、ってことか」
「契約者がいなければ害はないと思うがな」
「私は、ゼロがその天命を全うしこの世を去るとき、共にその役目を終えるつもりだ」
「あ~残念だけど」
「それは分からん」
フィエルとシーナが声を合わせてそう言う。どうやら複雑な事情が絡んでいるようだ。
「すまんな、俺の所為だ」
「どういうことだ?」
 ゼロが口を挟む。なんとなくしか話は見えないものの、何かアノンによくない話をしているように聞こえる。
「既に役目を終えたコレを現世に引き止めたのは俺だ。だから、その無理の所為でコレの機能に少々狂いがでたのかもしれん」
―――こいつ、わざとコレとか言いやがる……。
 説明を受けながらも、ゼロの目つきは穏やかではなかった。敵意が、滲み出ているかもしれない。
「だから下手するとコレは未来永劫その機能を眠らせることなく、不死の存在となるのかもしれん。本来ならば契約を交わした者の死により連動して強制消去されるように設定されているのだが、この分だとその機能も無事ではないだろうな」
 ゼロはヴァルクとユンティのことを思い出した。ムーンとの最終決戦において、その命を平和のために散らした勇猛な戦士と、その相棒たるアシモフより選ばれし運命の楔。確かに、ヴァルクがムーンに殺された時、共にユンティも消滅していた。やはり彼女もアノンと同じ機能を備え付けられていたからなのだろう。
 室内が、やけに暗く感じられた。
「再契約が出来れば最期を迎えられる可能性もあるだろうが、再契約をするにしても契約方法が分からない。術式は悪用を避けるためにイシュタルは書き残していないらしい」
「打つ手なしかよ~」
「一つだけ私が死する方法はある」
 すっと、アノンの声が割ってはいる。どこか切なげな、無表情の声だ。
「無理だな」
 だが、アノンがその方法を言う前にシーナが首を振る。ゼロはもちろんのこと、フィエルも驚いていた。
「〈終焉の引き金〉は既にほとんどが残されていない。東にあるという引き金、スピリットフォールはナターシャの子孫が受け継いだそうだが、あれではお前を消去できない。ヘルエンパイアか、ターゲットデリート、イグジスタンスルインくらいの高位魔法でなければ、無理だろうな」
 聞き覚えのない単語が列挙される。ナターシャの子孫というのがユフィであることと、それらの魔法が禁忌の魔法と呼ばれるものとしか想像がつかなかった。ゼロが先日調べた結果から知ったことなのだが、魔法には基本的に名前がない。だからこそ、魔法発動の引き金が使ったと思い込むことなのだ。思い込みをするには発声するのが一番だと言われ、その発声内容は魔法使いの性格のみによって左右されるのが基本だ。師弟関係によって代々引き継がれているものもあるようだが。
「さらに言えば、お前のために魔力の全てを消費して死んでくれる奴がいるか?」
 アノンが黙り込む。確かに、エルフの森で彼女の存在を知るのは極小数だ。
「……イシュタル様の血を継ぎし者と思い黙って聞いておれば……貴様の祖先が作り出した命だぞ! 責任を感じはしないのか?!」
 どうやら黙り込んだのではなく、怒りを抑えていたようだ。この場において彼女の身分は4人の中で一番下に属する。
「勝手に試作した上、実験を兼ねて我が主アリオーシュに押し付け、成果を上げたら上げたで姉妹機を大量生産し、未来に対する切り札として一番性能の良かった私を封印だと……。我らはイシュタルに生み出されし矛とて、自我を持ち、主を持っておる! 命無き単なる道具ではない!」
 アノンの叫びが狭い室内に反響し、耳の中で木霊する。シーナというよりも、彼の背後にいるようなイシュタルに言っているようだ。
 歴史を辿れば、アノンを初めとする“矛”と呼ばれる神々の支援戦士たちは、イシュタルが設計し生み出した最高傑作の戦士なのだ。ユンティのみアシモフにより生み出されたものの、アノンがアリオーシュの矛として多大な戦果を上げたため、戦争中期より総勢16名がイシュタルにより作り出され、神々の矛として戦っていたのだ。アノンを除くその全てが戦闘中に主の戦死により消滅したが、試作機でありながらも最後までアノンは生き残ったという。
「そのことについて、子孫たる俺が謝って済むのなら謝ってやる。確かにイシュタルは命を軽視しすぎた傾向があるが、一つ言わせてもらえばな、お前だけは無より生み出されし命ではないぞ」
 シーナの次の言葉に、全員に戦慄が走った。
「お前のベースとなったエルフは存在する。公正と慈愛の神ジャスティの妹であったアノンというエルフは実在したのだ。戦いに敗れ半死半生の身となった彼女を救うために、イシュタルがジャスティに無断で行った処置の結果がお前だ。ジャスティには彼女は死んだと告げアリオーシュに預けたようだが、どうやらお前は記憶を失っていたかららしい」
 彼の話を聞いていると、西が信仰している創造と繁栄の神イシュタルはどうもろくでもない奴のように思えてくる。エルフの下にいる四柱の中で、最も神たりぬ存在に思えてくる。
「……シーナ、この子可哀想だよ」
 突然聞きなれない口調が現れる。話しているのはフィエルだ。それは間違いない。だが、様子がおかしい。
 先ほどまでの勝気でやんちゃな感じはなく、年相応の少女のようだ。
「なんとかしてあげようよ」
「エ、エルフ……?」
 アノンが口をぱくぱくさせている。
先ほどと違い、シーナに意見も出来るようだ。
「どうしたってんだ……?」
 ゼロの問いに、シーナがため息をついた。
「フィエルは、二重人格なんだ」
 まるでその容貌と相まってどこかの王女様だ。それ以前に彼女はエルフ族の最高神エルフの直系なのだから、国王よりも偉いのだろうが。
「シーナ! イシュタルの記憶を引き継いでいないとはいえ、このままでじゃシーナの魂の罪は永遠に消えないよ。調べなさい。これは命令」
「ち……わかりました」
 明らかに舌打ちした後、シーナが渋々了解する。
―――舌打ちって……。
 はっきり言って嫌悪感しかなかったシーナに対し、ゼロは一種の親近感を覚えた。
「アノン」
 フィエルの顔がアノンへ向けられる。先ほどまでの性格のときにはなかった緊張感が生まれる。アノンの表情は、緊張しているようだ。
「今すぐ死ねとは絶対に言わない。でも、人々が知ることの出来ない歴史を知る貴女をずっと生かしておくのは貴女にとっても、人々にとっても功は奏さないと思うから。歴史という重荷を背負うのは翁とエルフの血を継ぐ私の二人で十分だから。貴女は、ゼロと共に生きなさい」
「分かりました」
 素直にアノンが頷く。彼女の言葉には、言い表せない圧力があった。
―――歴史を背負う重荷、か……。
 その言葉がゼロの心を衝いた。知りすぎることの罪。知らなさ過ぎることの罪。自分は何も知らなさ過ぎている、そんな気がしてきた。
「ゼロ。何か発展すれば、貴方の所を伺うから。ごめんなさい、待っていてね」
「あ、ああ」
 アノンの反応を見ていて思いはしたが、まさか自分も彼女の重圧を感じているのだろうか。言葉がでなかった。
「では、これにて……」
 すっとフィエルが目を閉じる。
「っくそー!! また乗っ取られたー!!」
 突然先ほどまでのフィエルの雰囲気が消え、絶叫する。どうやら戻ったようだ。
「どっちが本物なんだ?」
 思わずゼロがシーナに問いかける。
「さっきまでのがエルフに近いようだな。だが記憶は共有していた、表に出てこないほうは夢を見ている感じらしい。俺としては今の状態の方が扱いやすいんだがな」
「ははは……」
 なかなかに腹黒い男だ。だが、何を話している時にも一瞬の隙もない。やはり彼が中央最強という話は嘘じゃないのだろう。

「また遊びにこいよ!」
 神殿跡地を出る時にフィエルが見送ってくれた。彼女の存在は非公認らしく、外には出られないらしい。あの性格で閉じ込められっぱなしでは、少々酷な気がする。
「縁があればな」
 後ろ向きに手を振りながらゼロがそう言い、アノンが何も言わず一礼し、二人は去っていった。

「しかしゼロ。私はどうすればいいだろう?」
 神殿を出たところでアノンがゼロの裾を引っ張り尋ねてくる。今さら何を、という感じに思えたのだが、上目遣いに見上げてくるアノンを前にゼロは言葉を失った。
―――どこでそんなこと覚えやがったんだ……。
 元が可愛いのだ。どことなく妹のセシリアを彷彿とさせる彼女の瞳が訴えてくる。何か困ったことがあるようだ。
「主を失った状態だからなのだと思うのだが、ふつうの人と変わらないことしかできなくなっているようだ。どこにいればいいのだろう?」
「マジか……」
 ここで彼女を見捨てる選択肢などないのだ。どう考えたってレイとの家に連れて行くことになるだろう。
―――なんて言われるか……。仕方ない、ミュアンは分かってるだろうからいいけど、妹で押し通すか……。
「まぁ、お前は俺の妹だからな。なんとかしてやるよ」
「ありがとうございます兄様!」
 ゼロの言葉に満足そうにアノンが抱きついてくる。呆れて何もいえなかった。
―――こいつ、楽しんでる?





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