できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2026(進行中)



重さうにゆつくりゆつくり顔を出す十月六日のスーパームーン

うつすらと白き満月浮かびをり日暮れ間近の東の空に

満月の翌々日に買ひに行く七割引きの月餅(ムーンケーキ)を

感謝祭を合図のやうに始まりぬバンクーバーの冷たい雨季が

レンブランドの風景に見る暗き空バンクーバーの冬空に似る

「五センチ大の肺癌」があると聞かされて夫の入院即座に決まる

老々介護はここが入り口「今から疲れてどうする、紀子!」


コスモス2月号

入院の三日目の夜半 眠りゐし夫の呼吸がふつと途絶へる

「どこまでの治療を望んでいますか」とささやくやうにドクターが訊く

六十二年の結婚生活終はりたりたつた三日の入院の後

覚悟だけは決めゐし老々介護だが始まる前に終はりてしまふ

「亡き夫」と文字にせし時俄かにも心にせまる夫の亡きこと

子らが抜け夫も抜けたる戸籍簿に私の名前だけが残りぬ

少なくも退屈にだけはほど遠し逝きたる人との六十二年

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