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15年前の今日、阪神淡路大震災がありました。
私達は、隣の市の社宅扱いで借りていた2DKのハイツに住んでいました。
娘が2歳2ヶ月で、息子が生後3ヶ月のあかちゃんでした。
夫と娘、ベビーベッドの上の息子とわたしが2部屋に別れて寝ていました。
あの日夫は早朝勤務で、発生時刻には天理街道を北上している車中でした。
「道路が波打ったみたいに蛇行して見えた。恐ろしかった。」と、
後から聞きました。
わたしは、夫を送り出してホッと一息してウツラウツラと息子の
ベビーベッドの隣で横になっていました。
グラっときて大きく揺れ出したので、すぐに襖を開けて娘の名前を 大声で呼び、息子のベビーベッドに覆い被さりました。 声に出して念仏を唱えていました。
娘と息子が危ないと、本能的に感じていました。
幸い、娘の寝ている近くには何も置いていなかったので大丈夫でした。
でも息子のベビーベッドは、大きな洋服ダンスの真横だったので、
とっさに、わたしの身体で息子に覆い被さって守ろうとしていました。
そんなに揺れていても、子ども2人は目を覚ましませんでした。
揺れが一旦おさまったので、息子を抱き上げて娘の布団に移動して、
テレビのスイッチを入れました。その後も何度も余震は続きました。
一日中何もできず大地震発生のニュースを観続けて、 時間が過ぎていきました。
夜に夫が帰宅して、ベビーベッドを片付けたのを覚えています。
その理由は、震源地に近い地域でベビーベッドに家具が倒れて、
多くの乳幼児が亡くなったとのニュースを見たからです。
昨夜、阪神淡路大震災の神戸新聞のドラマを観ながら、 その話を娘にしました。
息子には、昨夜遅く塾のお迎えに行った時に話しました。
「毎年聞くけど、お母さんの言いたいことは解っているよ。」
って、2人とも言います。
来年も、同じ話をするだろうと思うわたしです。
娘や息子と同じ年齢の子どもたちも、大変多く亡くなりました。
手を合わせて、ご冥福をお祈りします。
大雪警報24年ぶり!! 2014年02月14日
奈良のお雑煮はきなこと一緒に 2014年01月03日 コメント(2)