ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

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紀章の腕の中でアヤがうとうとしています。
「警戒心が無いですね」
「おなかすいたんだよ、それだけ」
しかし力の無い声です。
「お茶でも飲みますか? 随分と汗をかいて。喉が渇いたでしょう」
アヤの髪がしっとりしています。
香水をかけたわけでもないのに、アヤからはいい匂いがするようです。
腕の中にいるのをいいことに、思わず嗅いでしまいます。
「うざい」
アヤが顔をぱちんと叩きました。
「子供ですね、本当に」
紀章が苦笑しながらソファに座らせます。
「色気も何も無い」
「あなたにそんな気はないからね」
アヤがちらっと紀章を見て口角を上げました。
頬づえをついている仕草がけだるそうですが、どこか少年らしくない。

抗争寸前で大叔父を追いかけたときは鉄砲玉のようにまっすぐで、捕まえようとした自分を蹴るほどのやんちゃもの。
そのくせ、惹かれそうな笑顔を見せる。

「あなたを護る役目にあずかりたいものです」
「俺を?」
「次期組長と組の大紋、そしてあなたのことを命をはって護りますよ」
そっと頬に手を触れました。
アヤが紀章を見上げます。
「あなたの成長を、一番近い場所で見ていたいのです」
微笑んで、すぐに紀章は離れました。

アヤは自分が子供扱いされているな、と感じます。

「何か飲みましょうか。コーヒーでもいいですか? お砂糖はいくつ」
「砂糖は入れない」
「入れないと苦いですよ?」
完全に子供扱いです。

「…あのさあ」
「おなかがすいているのでしょう?胃によろしくないですから、ミルクを入れますよ」
「…紀章さんってさあ、」
「なんですか?」
「なんでもないよ」
ちょっとむくれたようで、アヤがソファの上で膝を抱えています。
「そういう顔はあまり見せないでくださいよ」
「子供みたいだから?」
あ、かなり怒っていますね。

「あなたに興味を持ってしまいそうで困ります」
「は?」
「同性には興味が無いはずなのですが、あなたを見ているとどこかが外れそうになる。
ちゃんと見張っていないと走り出してしまうし、手がつけられない子供だと思っても、その表情をもっと見たくなる。
これからあなたがどう成長されるのかが気になって仕方ありませんし。
まあ、親というか兄のような気分かもしれませんね」

「兄か。ふうん」
アヤは自分の膝にあごをちょんとのせて紀章を見ました。
「兄弟はいなかったから。不思議な感じ。
 で、親は大叔父になるのかな。本当の親は、また別で」
「そうですね。あなたも極西会の血筋になるのですよ。
本当の親御さんは娑婆にいても、あなたが親とするのはオヤジサンです。
家族よりもオヤジサン、志信さんを優先してください。
極道に入るとは、今までの家族を捨てるということです。
しかし、志信さんはまた違う。家族を持つ可能性があるのです。
極道は決して自分の子に継がせるしきたりではありませんが、志信さんのお考え次第です。
お覚悟なさってください。
志信さんがこの先、もしかすると後継者を得るために妾を持つかもしれませんが、あなたが姐なのは変わらない」

穏やかな口調の中に、厳しい現実がありました。
「あのひとが妾を?」
思い起こせばあまり大事にされた覚えがありません。
志信さんといると怪我はするし、ときには泣いたし。
「別に、いいんじゃない?」
その言葉とは裏腹に、どこか怒っているようですよ!
「あのですね、アヤさん」
紀章が言い過ぎたかな~と渋い顔をしますが、
「あのひとは俺を捨てられないからね」
自信に満ちた笑顔は子供のそれではありません。

「全く。もっと知りたくなりますよ、あなたのことを」
ため息をつきながら紀章はその笑顔に負けそうです。
「姐は組長を支えて、しかも舎弟をひきつける力が必須です。
あなたにはそれがある。
アヤさんが盃を受けるその日までは子供の面倒を見るのかと思いましたが、どうやら違いますね。
その強さがあれば、あなたは折れない。
今日からあなたとともに行動します」

「は?今日からって」

廊下をバタバタ歩く音が聞えます。
「なに?」
アヤがドアを開けるとクロネコの箱が運び込まれていました!!
どかどかと舎弟たちが運んでいますよ!!
「アヤさんの荷物は丁重に扱え!聞いたことのないブランドものばかりらしいぞ!」
「アヤさんの匂いがしそうだ!」
変態も混じっていますよ!

「こらあ!俺の部屋にいつ侵入したんだよ!」
怒鳴ったら、またへなへなと座り込んでしまいます。
「限界、」
お腹がすいていますからね。

「では、参りましょうか。オヤジサンの元に。
あなたは今日から極道のものです。
挨拶をちゃんとして、家族になってくださいね」
その割りに手をひこうとしますね。
「立てるから、」
アヤがぺしっと払います。
でもその腕を掴んで立たせてしまいました。
「志信さんが不在の間くらい、誰かに甘えてもいいんじゃないですか?」

「不在?!」
極西会での新生活強行、いわゆるスタートなのに?
「あのひと、どこに行った?」




押すと3話です


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