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カテゴリ: ドラマ
数年前から名前を聞くようになった「白洲次郎」
どんな人なのか知らずに、NHKのドラマを見ていたら、次郎の家の所在地が”伊丹”との字幕が・・・
え~!伊丹の人だったの??
伊丹出身の私ですが、全く知らなかったです。

調べてみると、白洲家は元々兵庫県三田藩の武士で、次郎が生まれたのは芦屋のようです。
次郎の父文平がおかかえの大工までもつ建築道楽で、阪神間のあちこちに別荘を建築、その最後にして最大の屋敷が伊丹(現在の伊丹市春日丘4丁目50番地付近)の白洲屋敷だったらしい。敷地は約4万坪もあり、その中には美術館(モネ、マティスの洋画をはじめ、雪舟、狩野派、土佐派の日本画、彫金細工や清朝の壷など何百点を収蔵)や牡丹畑もあり、レンガ造りの給水塔がそびえ、贅を尽くした大豪邸だったらしい。文平の破産に伴い、切り売りされたので今では見る影も無いが・・・
ちなみに次郎の婚姻届は伊丹の役所に出されているそうです。

伊丹にいた頃の文平は羽振りが良かったので、当時新設された女学校(のちに県立伊丹中学と合併して県立伊丹高校)の設立資金として地元の造り酒屋の面々と並んで多額の寄付をしていますが、そこは私の父や弟の出身校でした・・・

ドラマの中で生意気な次郎に英語を教えていた外人の女性家庭教師が出てきました。

そうかあ、女学院の先生だったのか!!
そこは私の出身校でした。
神戸女学院の前身は神戸ホームというのですが、もともと三田藩士の私邸で開かれた私塾で、白洲退蔵の私邸で開かれていた時期もあったとか・・・

こんなに白洲次郎が身近な人だとは全く知りませんでした。
ドラマの続きが楽しみです。



白洲次郎占領を背負った男(上)
白洲次郎占領を背負った男(下)
白洲正子自伝





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最終更新日  2009.04.02 14:00:56
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