ビオトープの怪


先日 広報が回ってきた その中に地元の小学校に
ビオトープを作るとあった。

ふむ ふむ いいことだ 来年はその小学校に通うしね
などと思っていた。

話によると夏休みの暑い頃に親さん達が出て 慣れぬ仕事をしたそうです

先日 近くへ行ったのでどんなんだか覗いてみた

山のような所から水が流れ 池が作ってあった なるほど

ちょうど担当の生物?の先生と生徒さんが作業をしていた

ブラ「ここはやっぱり メダカとかを離すんですか?」
先生「いや 水が冷たいぃんで(井戸水らしい) メダカやフナは住めない アマゴの予定です 水産試験場に聞いたらアマゴしか住めないそううです??」

ブラ「あーーそうですか アマゴね??」

 それ以上言葉が出なくなってしまった。

こちらは関係者じゃないんで何も言えないけど それじゃビオトープじゃなくて野外の水槽じゃん
生徒がアマゴのためにエサをやるなんて養魚場と一緒だよ 先生

じゃ ビオトープって なんだ

自分なりの解釈ですが 大方合っているとおもいますが

生物(生命)の住みかを人の手によって作ってやり そのことにより より豊かな生物の多様性を維持し 人間の開発から失われつつある生き物たち少しでも守ってやることだと思う。

そして ビオトープはあくまでの自然の状態で推移していかないとと思っている

だから 井戸を掘って水を流したり ビオトープで買っている魚類にエサをやったりというのは 完全に間違っている

学校の一角をなにもしないで雑草畑にしておくのもビオトープだろうけどそれでは景観状 防犯上よろしくない

やはりよりたくさんの生命を宿すにはなんらかの水域も必要だろうし 虫たちの住みかや隠れるところも必要だ

砂漠に住む生命が少ないように ある程度人が手を加え(在来の環境を再現するような草を植えたり、近くに住む魚類を移入したり)
より 積極的に自然に呼びかけ生き物を引き寄せること(広告のようなもの)も必要でしょう。

そして そこで自然の営みが行われ 新しい生命が育って行く
ビオトープは自然のサイクルを作り出さねば意味がないと思います。

一言で言えば ”持続可能な生き物の住みか”なんだろう

その姿を見て(観察して) 生徒達はなに考えるだろうか

私たち人間が直面している環境問題 一番の近道は”教育”だと
言われている

ビオトープが果たす役割は生き物の住みかを提供するだけでなく
生き物により身近に接することにより 生き物を見る目を持ってほしいと思う。

先生や生徒 親さん達が汗水たらして作った池がよりいい方向に
向かうことを望みます。




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