不登校・ひきこもり・ニートを考える

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巨椋修(おぐらおさむ)

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カテゴリ: 総合



「ひきこもりは甘えである」


という論の根幹に何があるかというと


「ひきこもりは悪いことである」


という 考えであるように思えます。






たまに、「ひきこもりやニートが増えると、税金が入らないので悪である」みたいな言い方をする人がいます。


あるいは、「ひきこもりやニートのために我々の血税を使わないで欲しい」という人も居ます。


そのように言う人たちは、まずひきこもりやニートの人たちがいかに苦しんでいるのかを知らない。


知らないから、そういったことが言えるのです。


つまり、『不登校・ひきこもり・ニート』の人たちが、毎日とても苦しんでいるという事実を知らない。





そして、ひきこもりやニートも自身も、自分が苦しい理由もよくわかっていない。


だから、ひきこもりやニート系の人は、自分たちと同じように苦しんでいる人を責めたりするのです。


家族もよくわかっていない。わかっていないから家族に、『不登校・ひきこもり・ニート』になる人が出ると「甘えている」「怠けている」と攻撃してしまったりします。


そして悪循環が起こる。


家族や周囲の人に責められたら、本人は悪いことをしていると思います。


周囲の人に申し訳ないと思います。


攻撃されたら、自分の心と体を守るために、反撃に出ざるを得ないこともあります。


自分でも、悪いと思っていますから、自分で自分を責め、自傷行為や、自殺行為をしたりすることもあります。


そういうことをしてしまった後に、そのことを後悔し、また落ちこみます。


そしてまた、社会復帰しにくくなり、周囲の人も当人を「困った人」という評価をしてしまいます。


この悪循環の原因は何か?


そう、『不登校・ひきこもり・ニート』が悪であるという思いです。



はじめに「ひきこもりにせよニートにせよ、それ自体は“ただの現象”であって、善でも悪でもない」と書きました。






そして、行政はひきこもりやニートのための税金は、それほど使っておらず、せいぜい公共サービスか、生活保護、支援施設くらいです。


そして、そもそも税金とはそういった公共サービスや社会保障のためにあるのであって、決して公務員や政治家、行政にぶら下がっている業者を裕福にするためにあるのではありません。


よって、「ひきこもりやニートのために我々の血税を使わないで欲しい」とう論理が、いかに空虚なものかがわかります。


ひきこもりにせよニートにせよ、それ自体は“ただの現象”であって、善でも悪でもありません。善悪のつかないものを、善や悪と決めるのは、それぞれの状況や心理です。


それよりも、我々が気にしなくてはならないのは、『不登校・ひきこもり・ニート』などで、困っている当人やその家族のことです。





困っている人、苦しんでいる人を攻撃することでしょうか?


わたしは、出来る範囲で手を差し伸べるべきであると思っています。


わたしの考えは間違っているのでしょうか?


わたしは間違っていないと確信しています。





(つづく)









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Last updated  2008年07月31日 13時18分39秒
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