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2010.04.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類



「さて、思い起こせば50年前、安保闘争の不穏な空気が流れる中、意を決して入社した我々でしたが、爾来半世紀を経た今それぞれの立場境遇の違いはあっても将に激動の時代を乗り越えてきととの感を持つのは皆さんも同じかと思います。
 なかなか一堂に会し懇談する機会がありません。不幸にしてすでに泉下の人となられた方もおられますが、50年という区切りある時に越し方をを語り合ったり、また亡き友を偲ぶことも意義あるかと思い・・・(後略)」

昨日、舌根部に再発したホジキン病の放射線治療の効果をCTでスキャンした結果、ほぼ良好との診断を得たが、九州から会場の熱海までの長旅に耐える自信はなく、折角の機会だったが諦めることにした。

入社は昭和35年4月のことであった。
すでに泉下の人となったり、途中で退社したりしたりして、今は26名になったが、最初は全国津々浦々から集まった大学新卒の42名が、同期生として初々しい顔を揃えた。

確かに世相は騒然としていた。
入社してしばらくは、大手町の本社ビルではなく、安保闘争の渦中にあった国会議事堂前のチャペルセンターという建物の中で営業に関する教育や訓練を受けることになった。
近くにある日比谷公会堂では立会演説中の日本社会党委員長浅沼稲次郎が右翼少年に暗殺されるという物騒な事件も起きていた。


大企業と云えども、まだ福利厚生制度が完備していたわけではなく、住まいは自分で調達するのが原則だった。当時、東京24区の中では間借りは一畳千円が平均的な相場だったので、4畳半一間の家賃でも4,500円、これに食費やタバコ代を加えると、懐はいつも寂しく新宿西口の汚い飲屋街でモツの煮込みを肴に焼酎を飲む機会は、アルバイトで稼いでいた学生時代よりもグンと少なくなった。
それでもこの年、池田勇人が総理大臣になり所得倍増計画を打ち上げてくれた。
それだけで、なんだか懐が豊かになった嬉しい気持ちになったものであるが、お題目だけでは生活費の足しになるものではなく、相変わらずぴいぴいしていた。
おまけに夜遅くまで続くご指導のお陰で、それこそ恋をする暇さえなかった。

そんなある日、ついに同期連名で「人並みの生活」が出来るようにと、いくつかの要望を列記した嘆願書を提出した。
外界での安保反対の全学連や日教組などの過激な動きに較べれば、それはそれは紳士的で穏健な要望書の内容であり、偉い方を前に、この要望書を静かに丁寧に張りのある美しい声で読み上げたのは、今は癌で喉頭を摘出し声が無くなった前田君だったように記憶している。
その結果、いくつかの要望は聞き入れられ改善された。その中で特に欣喜雀躍するほど嬉しかったのは、千葉県我孫子にある独身寮へ新年度からの入寮が許されたことだった。

二年目から営業教育訓練の場は、池袋研修所と渋谷研修所に分散されることになった。
私は渋谷研修所に配属されたが、常磐線我孫子駅6時59分発の煙を吐くSLに飛び乗り、上野で地下鉄に乗り換え、終点の渋谷に着くのは始業の僅か数分前で、片道タップリ2時間を要する立ちづくめの長旅だった。
しかし、青春時代のど真ん中にあるとき、同じ仕事で涙し、 同じ釜のめしを喰い、背中を流し合い、酒を飲み語り合い、同じ屋根の下で寝泊まりしたこの期間があったればこそ、
全員3年目からは日本全国津々浦々に飛び立ち、離ればなれの半世紀を過ごしたにもかかわらず、同期の絆が朽ちることなく今日まで続いているのだと確信している。


幸せなことに、現役時代には、何度かこのブログにも登場して貰った栗チャンの存在があったし、リタイヤ後には今回の世話役をしてくれている田村君の存在がある。
田村君は北海道出身の、どちらかと云えば寡黙ではあるが、有能な実務家であったし、雑学的な私とは違って、例えば歴史に関しては専門家が裸足で逃げ出すほどの勉強家でもあった。
生来健康だった彼は、口惜しいことに入社3年目に、何かの手術で輸血によって感染しており、数十年を経てB型肝炎やC型肝炎を発症し、ついには癌に冒され、いまもその再発の恐怖に悩まされ続けている。
それでもこうやって幹事を引き受けて、みんなの再会を企画してくれているのである。

私は、すでにこの世を去った同期生を含めて、このような友人たちと同期であったことを幸せに思うと同時に心から誇りにしている。






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Last updated  2010.04.01 09:58:53 コメント(6) | コメントを書く


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