お気楽・極楽

お気楽・極楽

四季-four seasons-



 その昔、女流文学華やかなりし頃、清少納言という女房(=宮中で皇后様に使えていた女性のこと)が、こんな書き出しで始まる随筆を書きました。

 春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは。・・・

 後に国文学者達に「をかしの文学」と称される、「枕草子」の冒頭です。徒然草の冒頭以上に、枕草子の第1章は、中学・高校の間に暗唱だけでなく、授業で一度は取り扱われる古典作品です。

 別に、こんな事を言いたいわけではないんです。
 この第1章。作者の清少納言が、春夏秋冬に「をかし(趣がある)」と思う物を挙げ連ねているんです。

 春は、あけぼの。「あけぼの」とは、朝日が昇り始めて明るくなってきている頃の早朝を指します。
 夏は、夜。夜は夜です。そこに月が出ているのも良ければ雨が降っていて月が出ていないのもまた「をかし」なのです。
 秋は、夕暮れ。遠く野山に日が沈んでいく頃に、空を鳥が巣に戻ろうといくつかの群に分かれて飛んでいるのが「をかし」なのです。
 冬は、つとめて。「つとめて」も「あけぼの」と同じく早朝なんですけど、違うのは、夜明け直前のまだ暗い時間を指すと言うことです。

 きっと、次の入試でもこの組み合わせを答える問題が、どこかの入試問題に出ることでしょう。

 ふとしたことで、四季を感じませんか?
 春には桜の木を見るたびに、一歩ずつ四季が移ろいゆくのを感じます。夜桜見物でも暖かい日なんかあると、もう春だねぇ、なんて思うんです。あちらこちらで香る花の香り、太陽の日差しに「春」を感じます。

 やがて、鯉のぼりがたなびき緑が鮮やかに。それからまもなく梅雨入り。
 そして、小学校や中学校が夏休みに入る頃、待ってましたと一気に梅雨が明け、連日の猛暑。これぞ夏、という暑さに肌を焦がしながら「夏」を実感します。

 9月に入って、「学祭」「文化祭」の声を聞くと、暑くても気持ちは既に秋の入り口へ。ふと気づくと、それまでは夜も蒸し暑くて寝苦しかったのが、虫の音(むしのね)とともに夜は涼しくなってすやすやと寝付ける頃。いよいよ秋の夜長に突入し、読書の秋、食欲の秋、芸術の秋に、「秋」を実感します。

 10月1日。みんな日本人らしくそろって長袖の制服に。まだ暑いだろうに。でもそれもつかの間。もう今年も残すところ・・・、なんて言葉をテレビやラジオから聞くようになります。周りを見ても半袖の人もいなくなっています。それどころか、カイロを手にしての通勤通学。もうそんな時期に冬の入り口を。
 「師走」「クリスマス」という言葉とともに、いよいよ寒さも本格的になる頃に、「冬」を実感します。このころには、もう夜が早く訪れてきますね。朝晩、寝起きするだけで季節を実感できる季節でもあります。

 こんな風に、日本では目・耳・鼻・皮膚など様々な触覚で「四季」というものを感じ取ることができるのです。それも、清少納言の生きていた今から1000年も昔から。その人が感じる「をかし」が誰にも感じることのできない「をかし」なんです。僕は僕なりに、清少納言は清少納言なりに。
 こんなお金のかからない、些細なことでも四季を感じ、それを「幸せだなぁ」「生きてるんだぁ」って実感できる土地に暮らしていること、再認識してみませんか。今日も、晴れてて、初夏の日差し、いっぱいですよ。

2004年5月8日


 ちょっと、推敲してないんで、これから気になるところ推敲していくんで、たまに見ると、ちょっと変わってるかもしれませんのでσ(^◇^;)

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