死んだら再婚してほしい。
加藤茶さんが、年の四十五歳離れた奥様にこんなこと言っとったでかんがや。
さすがは加トちゃん、粋でオシャレなこと言うじゃないの。
死んだら再婚してほしい。
この言葉の深いところはね、
間違っても、自分が死んだ途端にさっさと気持ちを切り替え、
とっとと再婚しちゃうような相手に、絶対言えねーセリフだってことね。
いつかきっと、自分のことなど忘れてしまう。
人は、そんな相手には「リメンバーミー」と伝えるものです。
僕のこと、忘れないでね。
僕のこと、思い出してね。
「リメンバーミー」とは、一聴してとても美しい響きを持つ言葉ですが、
ある意味、もの悲しい言葉でもあります。
死んだら再婚してほしい。
この加トちゃんの言葉はね、
相手が、きっと頑なにそれをしないであろう奥様だからこそ言える言葉であると、
僕なんかは思いますよ。
まあ、加トちゃんとこみたいに四十五歳も離れちゃいないけれども、
かく言う僕も、妻とは六歳年が違うから、
かつて加トちゃんと似たようなことを妻に言ったことがあります。
もし自分に万一のことがあったら、お前はまだ若いし、そもそもお前の素材は美人なはずなのだから、
僕のことなどはとっとと忘れて、タヌキが人を化かすかの如く一時的でも見てくれを磨き、
世間知らずの若い金持ちのボンボンあたりを騙くらかして、さっさと再婚して下さい、とか何とか。
ところが妻は 「アタイ、あんたと同じ墓に入ることに決めてっから!」
とか何とか抜かすので、
墓ああ? 俺は墓みたいなもんに絶対入らんぞコノヤロー!
俺の骨は一つまみ程度ティッシュにくるんで輪ゴムで縛り、
冷蔵庫の野菜室に放り込み、キムコ代わりに使ってくれってんだバカヤロー!
と言ったら、
アタイが死んで、アタイの骨が納骨される時は、
先に死んだ愛犬の骨と、あんたの骨と、そして納骨されるアタイの骨とを、
墓の中で、ぐっちゃんぐっちゃんにかき回して、どれが誰の骨だか分からなくしてもらう。
犬とあんたとアタイは、交じり合って区別が出来なくなるのよ。
その仕事を、遺言として既に長女に託してあっから。
とか何とか。
で、でもさ、僕、君が死んだら、とっとと再婚するよ?
と言ったら、
出来るもんならやってみろコノヤロー!
毎晩あんたの枕元に立ってやるからなバカヤロー!
あんたとその女が毎晩ベットで何するか、まじまじと見てやっからなコンチキショー!
とか何とか。・・・とほほ。
たとえば 僕が死んだら
そっと忘れてほしい
今は亡き、森田童子が詠った美しき、あまりにも美しき詩である。
自分のことを絶対忘れない存在にしか、こんなことは言えない。
自分のことを一生引きずって生きるであろう存在にしか、こんなことは言えないのである。
分るぅ~。
たとえば 僕が死んだら
まじで、
お願いですから、
そっと忘れてほしいっす。
いや、まじ、まじ。
まじで、僕は幸せ者かもしれない。
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