家族5人で主人の実家・三重県鈴鹿市に帰省した。
わずか1泊。主人の99歳になる祖母に会いに行くのが目的の帰省。
体調が悪く、車いすではなくベット寝たきりになってしまったと聞いて、卒業旅行で大阪に行く・ディズニーランドに行くと言っていた次女が、三重の大きなおばあちゃんのところに行くと言ってくれた。他の二人もディズニーランドで遊ぶよりも三重に行きたいと賛成してくれた。
手前味噌かもしれないけれど、優しい心に育ってくれて本当にうれしいし、そんな子どもたちを誇りに思う。思えば私の札幌の母が目が見えなく不自由だった時も、その母が晩年脳こうそくで寝たきりになってしまった時も、札幌に帰省し病院へお見舞に通う毎日でも文句も言わず、待合室や面会室で折り紙をおったりお絵かきをしておばあちゃんにプレゼントといって、小さい三人が協力しながら遊んでくれて、私も心おきなく、病室の母を見舞うことができた。
お年寄りの多い病院のため、札幌でも三重でも、遠い所をよく来たねと病院のスタッフの方々や入院患者さんにいつも声をかけてもらい、嬉しそうにしていた三人。大きくなってもお見舞いが苦になることなく育ってくれた。
特に三女の氣歩は、妙に好かれ、知らないおばあちゃんに可愛い可愛いと言われ、手を握られ、一向に手を握って離してくれない状態の時があった。たぶん認知症の方だったのだと思う。お正月もお盆も、自分の家に帰ることなく施設で過ごすお年寄り。さまざまな事情があり、様々な人生がある。氣歩の手を握り「可愛いなあ可愛いなあ」という姿に私は泣けてきた。同じ言葉を繰り返し、童女のような澄んだ瞳で氣歩を見つめる。
氣歩は嫌がることなく、見ず知らずのおばあちゃんに自分の手を預け、ニコニコしている。ああ優しい子に育ってくれた、幸せだと心底思った。学校の勉強は苦手だし、部屋は散らかし放題でいつも私のカミナリが落ちる氣歩だけど、この子はこの優しさがあればいいのかなと思う瞬間だった。
施設のスタッフの方が二人の様子に気づき、上手にそのおばあちゃんの手を離させ、「お姉ちゃん有難う」と声をかけて下さった。氣歩は照れくさそうに笑っていた。
大きなおばあちゃんは99歳。100歳まで生きてほしいとつい思ってしまうけど、来年の2月のお誕生日まで命のともしびが続くのか、私たちには分からない。
今回お見舞いに行き、静かに自分の命と向き合う姿に、なにか神々しいオーラを感じた。話しながらスーッと目を閉じ眠りにつき、またゆっくりと目を開け、私たちの声にうなずく。おばあちゃんの時間は私たちの時間とはまったく違うスピードで進んでいるようだ。
よく人は「ぽっくり死にたい」という。朝家族が気がついたら、布団で冷たくなっていたというような死に方を希望する人も多くいるだろう。
家族に迷惑かけたくないというけれど、私はおばあちゃんや札幌の母が、周りの者がゆっくりと死を受け入れるような時間を入院と言う形で作ってくれた事に感謝している。
夏休みに帰省した時におばあちゃんに会えるかどうか分からない。でもそれは今生きている私たちにも当てはまる事であり、人生の終わりがどのような形になるか予測不可能。
今生きていることに感謝。そして今生きているかけがえのない時間を大切に。
そんなことを考えさせられる二日間だった。
おばあちゃんありがとう。私たちは貴方の生きざまに触れることができて幸せです。
新しい自分を探す旅 ~一年の始まりに~ 2018.02.16
エネルギーを整える ~輝くオーラのその… 2017.12.18
養生 ~自分のからだとココロを守るため… 2017.12.13
Calendar
New!
さそい水さんComments