





人の相を観、星の相を観て、天地あまねくに通ずるものたち。
彼らこそ、人を平安の闇から陽へと導きし、陰陽師と呼ばれる者たちであった・・・・
陰陽師とは実際どのような仕事をしていたのでしょうか?
暦、天文、魑魅魍魎退治、厄祓い、etc.今で言う、風水を駆使した占い師であったし、悪霊退治の霊能力者でもあったんですね。
そんな陰陽師の仕事を見てみましょう♪
〔陰陽師、いろいろ〕
一言で陰陽師と言っても、種類はいろいろです。
宮廷の「中務省 (なかつかさしょう)
」に属する「陰陽寮 (おんみょうりょう)
」の陰陽師たち。
内裏の陰陽師以外の民間陰陽師。晴明の永遠のライバル蘆屋道満は、民間陰陽師と言われています。
「陰陽師」とは本当は陰陽寮に属する者だけを指していたのが、いつの間にか陰陽の術を使いこなす者の総称となって行きました。
〔陰陽寮のしくみ〕
晴明が属していた陰陽寮の組織はどのようになっていたのでしょうか?
上の表以外に 「守辰丁 (しゅしんちょう)
20名」 「使部 (しぶ)
20名」 「直丁 (じきちょう)
3名」の合計89人で陰陽寮は組織されてました。
この内、実際に、宮廷陰陽師として仕事をしていたのは長官を入れて22名とされています。
陰陽師になるのは、非常に狭き門である事がうかがえます。
技術があっても、陰陽師になれず、民間陰陽師になった学生もいるかもしれません。
結構、コネの効いた時代ですから必ずしも、力あるものが陰陽師の地位に就いたとは言えないのです。
モチロン、晴明サマは方術の力が絶大だったのと、後ろ盾がシッカリしていたから「天文博士」になったのですけど。
詳しい事は 「安倍晴明」
のページに記載してますので、そちらを読んでくださいね。
〔陰陽師の仕事〕
では実際に陰陽師達はどんな仕事をしていたのでしょう?
妖怪や鬼退治ばっかりやってるように、思われがちですが、結構地味~な仕事もあったんですよ。
『易』
まずは (*)「暦占 (れきせん)
」
を使い、天皇や高級官僚の吉凶や方角の良し悪しを、占って奏上していました。
具体的な吉凶は (*)十干 (じっかん)
、十二支(干支)、六十干支あるいは、 (*)陰陽五行の相克、相生
に元づいて行われていました。
大吉祥日とされる「天恩日」(天の恩恵を受ける日)には、元服や婚礼が行われ、「母倉日」(母性愛のように天恵を受ける) 「天赦日」(天があらゆる罪を赦す)は吉日とされていました。
その一方で、「受死日」 「十死日」 「五墓日 (ごむび)
」 は字の通り凶日なので、 (*)
物忌 (ものいみ)
をして屋敷に篭ったりしていたのです。
この他にも、日の吉凶を占う「十二直」や、年の吉凶を占う「九曜占」などがありました。
(*)暦占…陰陽道占術の中心となるもの。正確な暦を起こし、対象人物や事柄の生年を照らして、吉凶禍福、方角を算出する。
(*)十干…木・火・土・金・水の五行が兄(え)と弟(と)に分化されるもの。甲(木の兄:きのえ)、乙(木の弟:きのと)、丙(火の兄:ひのえ)、丁(火の弟:ひのと)、戊(土の兄:つちのえ)、己(土の弟:つちのと)、庚(火の兄:かのえ)、辛(火の弟:かのと)、壬(水の兄:みずのえ)、癸(水の弟:みずのと)と呼ばれている。
(*)相克、相生… こちらを参照して下さい
(*)物忌…暦により、凶事が示されると外出、飲酒等を控え屋敷に篭って、凶意が去るのを待つ事。
『相地』
今で言う「風水術」の事で、遷都などの大事行は陰陽師により下検分が行われ、 (*)「四神相応の地 (ししんそうおうのち)
」
が理想とされた。
陰陽寮い属する者達は亀甲を焼き(亀卜占 きぼくせん
)、また易をたてて吉凶を判断した。
(*)四神相応の地…四神とは青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)、玄武(北)の事で、これが当てはまる土地が都に向いているとされた。平安京は四神相応の理想の地と言われている。
『式占 (ちょくせん)
』
式占とは式盤 (ちょくばん)
と呼ばれるものを駆使して、占術を施すもの。
陰陽師の必需品
中でも、六壬式盤、遁甲式盤は民間にも使用され、広まった。
六壬式盤は、「與 (よ)
」と呼ばれる「地」を象徴する台座に、「天」をあらわす「湛 (たん)」
と呼ばれる円形の天板からなりたっている。
陰陽師達はこの式盤を使い、天変地異を察知したり、吉凶を判断していました。
『方忌み (かたいみ)
・方違え (かたがえ)
』
凶方を避けたりする事。凶方とは、凶星が住まう場所で、金星の精の「大将軍」「太白神」「金神」と呼ばれる。
もし、誤って金神の方向を犯せば、本人を含め近しい人が7人死ぬといわれている。
これを「金神の七殺」という。
こうして示された凶事を避けようと、一旦、違う方向に出かけ、暫らく留まったあと、再度行きたい所に出発するのが「方違え」というものです。
『身固 (みがため)
の呪法』
呪にかかった人や衣に対して、魔や穢れを祓い、呪的な守護を行う事。
「宇治拾遺物語」には、晴明が式神を放たれた若き少将の身を抱き、身固めの呪法を行うと、式神を放った陰陽師に呪が跳ね返った。との記述があります。
『反閉 (へんばい)
』
反閉とは、その場の邪気を祓い、気を鎮め整える呪術的な作法全般をさす。
歩行法そのものを反閉と呼んだりする。「禹歩 (うほ)
」とも呼ばれ、相撲の四股や神道の所作にも通づる。
禹歩には様々なバリエーションがあるが、共通している事は三、七、九などの北斗七星や日月の運行、易の八卦などと関わりの深い歩順で行われる。
『泰山府君 (たいざんふくん)
祭』
泰山府君とは中国の泰山の山神の事で、人の寿命や福禄を司る神とされる。
閻魔大王の書記とも言われている。
泰山府君祭は穢れを祓い、人の命を司る泰山府君神に延命を願うものとされています。
安倍晴明が泰山府君を陰陽道の主神としました。祭りは土御門家(安倍家)の陰陽師が行い、天皇は自らの衣裳、手鏡、金属、木、紙などで出来た人形 (ひとかた)
に息を吹きかけて体を撫でて穢れを移しました。
陰陽師は泰山府君に祈りを捧げ、人形を天皇に返し、撫で物は宮中内に埋められたり、河川に流されたのです。
天皇によっては生涯に数回、この祭りを行ったようです。長生きがしたかったのねぇ。
『天曹地府祭 (てんちゅうちふさい)
』
基本的には泰山府君と変わりなきものですが、この祭りは天皇践祚 (てんのうせんそ)
の一代に一度だけ執り行うものです。
「天曹地府」とは、天帝をはじめとする神々の役所のことを指しています。
陰陽師は新しく即位した天皇を天界の神々に引き合わせ、「黒簿」という寿命などが書かれた書類を書き換えさせる。
この「黒簿」から天皇の名前を削除し、生者の名簿に書き写し、災いを除き、天子の延命と国政の安泰を祈願しました。
『御霊会 (ごりょうえ)
』
鬼神祭などでは祓えきれない大きな怨霊が平安時代には存在していました。
謀反の罪を着せられ処刑された者。あるいは無念な思いを抱きつつ、失意のうちに生涯を閉じた者。
世に飢饉や天変地異が起こると、怨霊の仕業だと信じられていました。
その怨霊の怒りを鎮める為に天皇は遷都したり、怨霊を神として崇めたりしたのです。
京都の北野天満宮は、今では学問の神様として有名ですが、本来は大宰府に左遷され失意の内に亡くなり怨霊と化した菅原道真公を鎮め、神として崇める為に建立されたのです。
『追儺 (ついな)
』
天皇の私的な穢れ祓いの儀式で、大晦日に宮中で行われました。
今の「節分」がこれにあたります。
追儺は金面に四眼の面をつけた方相氏が、矛や盾を持って、宮中にいる邪鬼を祓う所作をしながら回ります。
陰陽師が卜占で、どの場所がどういう鬼神で穢れているのか、それをどう祓うのかを占い、施行したのです。
〔陰陽師の道具〕
陰陽師は術を施したり、占ったりする時にいろんな道具を使っていました。
主な必需品を紹介しましょう。
『六壬式盤 (りくじんちょくばん)
』
「地」を表す四角い方盤に「天」を現す天盤がついているもので、これを利用し、様々な吉凶判断を行いました。
初回作の映画にも登場しました。道尊がアジトで式盤を回して占っている場面があります。
天盤が勝手に回ってるのを観て「おおぅ!」と声を上げそうになりましたわ。
『天球儀 (てんきゅうぎ)
』
天文上の天変地異を察知する為に、天文観測に用いた。
この時代に箒星 (ほうきほし
:流れ星の事)が夜空に流れたら、災いが起こると見なされていました。
今は一生懸命、願い事をするのですけれど・・・ どちらかといえばラッキーな現象ですよね。
『呪符:護符 (じゅふ:ごふ)
』
目的に応じて、様々な呪符が使われました。中には、相手を呪殺に掛ける呪符なども・・・
護符は身を守るものです。
この呪符や護符も映画では数多く出てきます
初回作で言うと、晴明が瓜にかかった呪を解く時に使ったり、敦平親王の呪を解く時は、直接体にキーリクなどを書き付けています。
反対に道尊は、祐姫に「博雅呪殺」の符を貼り付けて、博雅を殺そうと画策するのです。
『人形 (ひとかた)
』
人の形をした紙や木型。撫物といって、身の穢れを人形に移し、祓うのに使われるが、その他にも呪いたい相手の名前を書いたり、人形を傷つけたりして、相手に災いを起こすことも出来る。
映画の中に帝とその子、敦平に見せかけた藁人形が出てきます。それに符を貼っておくと、本人に見える訳です。それを使っておびき寄せ、解決しようと試みるんですね。結果は映画をご覧になってね♪
つい、最近もどこかの遺跡で木型の人形が二体出土し、どうもそれが「男」と「女」の人形のようで、浮気をされた女が二人が呪われるように、土中に埋めたみたいでした。木型の人形には名前も書いてあったとか・・・ 怖い話です!マジで見つかったんだからね~。
『埋鎮の皿 (まいちんのさら)
』
二枚の皿に神名や呪文を書いて、神的パワーを封じ込め、皿を土中に埋めて神鎮めを行い、また、邪気を封じたりするのに用いました。
『式神 (しきがみ)
』
人形に切った紙にかりそめの命を宿らせたり、鬼神を召還したりする。
晴明は式神を駆使し、陰陽師の仕事に役立てました。晴明は十二神将を操ったと言われています。
そして、晴明の妻が家の中に式神がいるのを嫌がった為、一条戻り橋の袂に式神を隠していたとの説もあります。
以外と恐妻家だったのかもね。それとも優しかったのか。
映画の中では「蜜虫」という名の蝶の式神が登場します。その場の状況に合わせて蝶に変化したりします。というか晴明サマが変化させてるのでしょうけれど
岡野玲子さんの漫画では、「蚊」の式神もいたりなんかして、博正クンが血を吸われそうになったりして面白いです。




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