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昭和では日常にあるものほとんどが、天然木で作られていました。学校では昭和37年スチール製に変わる以前は上のような椅子を用いていたのです。 そして 授業で先生に指名されて立って教科書を読むとき肘をまっすぐ伸ばし まるで老眼の方が文字を見るような姿勢で読むのが基本だったのです。 1960年頃から日曜大工という趣味を持つ方が沢山現れました。 真っ先に製作したのが 上のような椅子 だったのではないでしようか。 木製スツールです。ナラや松の木などで出来ていたようです。 ちょっと滑って、椅子取りゲームをして遊ぶには打って付けの椅子だったのですね。 この椅子取りゲームなる遊び ゲームをしている本人たちより観戦している人が楽しむ遊びなのです。 最終的に座れなかった者の困惑や狼狽を見て楽しむという・・・ あまり深く考えず遊びたいですね。 実用的ではないけれど、各家庭に一つくらいあった背もたれ椅子です。 座面はビロードで鋲打ちされていて 見事に膨らんでいるのでさぞかしフカフカと思いきやカチカチです。 中には稲藁や芝草が目一杯詰まっていたのです。 結婚式の日、花嫁さんが部屋で撮影するとき腰掛けました。 そのような儀式の際に役立つので、常備していたのかとも思われます。 その当時はダイニングチェアとしては使わなかったはずですものね。
2021.01.27
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初めて見ると、誰もが「こどものカバ?」「成長が止まったカバ?」いえ カバとは別の コビトカバ 体長はカバの半分150cmから170cmくらい体重は十分の一160㌔から240㌔カバは水辺に住み、コビトカバは森の中(西アフリカの密林)に住みます。名前って森の小人さんから引用したのでしょうか。初めて見ると誰もが「馬とシマウマのミックス種?」茶色のニットにボーダー柄のハイソックスをルーズに穿いているよう。鮮明な配色の毛皮で、警戒心も強いことから森の貴婦人 と呼ばれていますね。キリン科に属する絶滅危惧種の オカピ です。このカジュアルな美貌、絶対守っていきたいですね。ジャイアントパンダです。初めて見たとき、「突然変異の熊か?」と日本人は思いました。日中友好で1972年中国から2頭贈られたのですね。当時の首相の田中角栄さん、中国でパンダ(熊猫)という字を見て「熊と猫の合いの子ですか?」と質問したそうです。それは冗句のつもりで言われたのと思いますけれど・・・パンダの尻尾は、配色的に黒と思いますけれど白なのですね。目は垂れ目ではありません。毛皮のカラーは、雪と森の両方の環境に溶け込むためのカムフラージュなのだそうです。 ジャイアントパンダは熊科です。 愛くるしい容貌ですが危害を与えれば反撃してくるそうです。 だけれども かわいらしい に尽きますね。
2021.01.17
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イメージでしか描書き出来ないですけれど一万円札が聖徳太子で、取引はほとんど現金だった昭和札びらを切る人はけっこう在て強制的に目下の者に何かを強要するときびらびらと、煽いだものでした。それはだけど露骨すぎたのでした。お札を渡すときは、そおーっと気付かれないよう無造作な紙袋などに入れて 渡すのが一番ということで賄賂は紙袋で何気なく・・・という風潮が昭和では出来ていたのでした。贈答品など頂戴するときは、精一杯の拒否のパフォーマンスを体全体で表現し贈る人に満足感を堪能させてあげるのがマナーだったのです。上のようにスムーズな対応などしたものならそれは大変です!贈る側は絶交の準備に入ろうとするのでした。送呈などの物品を遠慮するそれも習慣としてありますが日本の遠慮の文化は思いやりに繋がりますね。たとえば初対面の人に、年令や独身か既婚など訊かない相手を傷付けないというのが本当の遠慮なのですね。
2021.01.09
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