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雑誌社の編集を経て、今は独立しているライターの友達の家に遊びに行く。話聞いてると雑誌編集業の奥深さにすっかり圧倒された。編集のノウハウや心構えなんかがちゃあんとナレッジ化されていて驚いた。このナレッジ化って(少し前に流行ったなー)のが意外に難しい。その辺ちゃんとやっててすごいよな。5月から宣伝会議の編集会議、編集・ライター講座に行くのですが、いわゆる雑誌編集と情報誌編集って全然違う。雑誌編集のノウハウは形になっていて学べる機会があっても、情報誌編集ってのはそうそうないよな。でも、どんどん書く。練習あるのみ。何でも練習と割り切れって感じがした。今年の二月に結婚したばかりのお家は、ダンナ様が自宅でカウンセリングをしているということもあって、すごく開かれたというか気持ちのよいスペースやった。素敵でした。
April 29, 2006
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行ったのは少し前だけど、と手帳を見たら、3月だった!もうそんなになるのかー。司馬遼太郎記念館、久しぶりに行った。ここには何もなくて、ただただ本だけがある記念館。ここで、彼の本やその他資料文献に囲まれていると、ふーっとやさしい気分というか、懐かしいというか、でも胸の奥がざわざわする感じになる。彼が残そうとしたことや伝えようとしたことが、私に次々突き刺さり、切なくなって、なぜか私の使命感が駆り立てられる。そういう場所。何かが起こるのかな。
April 15, 2006
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リリーフランキーの『東京タワー』を読む。あまりに話題で少し斜に構えて読んでたけど、泣けた。去年の年末から、取引先の方に借りたままでそのままになってた。今年は年末年始を関東で過ごしたのだけど、そのときにこの『東京タワー』の前半を読んでた。異動希望を出して、東京に行く気満々だった私はこのストーリーを勘違いして期待してたわ。東京で働く感じがより具体的に喚起されるんじゃないかと勝手にわくわくしていた。でもそんなときはちゃんとその先に進まないようになっているのね。だって半分くらい読んで、しばらくずっとそのまんま。それが、倒れて救急車に運ばれて、休んだ日に何気なくまた手にとって、次の日読了した。近鉄電車で持ち合わせのティッシュがなくなるまで鼻かんだ。それは私にこの本を貸してくれた取引先の方のお父さんがなくなって、告別式の日だった。人はどんな人も、誰かの子供で、誰かの親で。一人で生きている人なんていなくって。必ず誰かと繋がっていて。
April 14, 2006
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焼肉ってほとんど食べないのですが、私の部署に異動してきた男の子のリクエストで焼肉屋で歓迎会。やめときゃいいのに、嬉しくてついつい食べ過ぎて、おなかを壊し、嘔吐⇒救急車⇒北野病院で点滴まで一気にこなした。困ったものです、この私。しかし、このことで、ここのところのすっきりしない感は、その前の週の取締役の会議での話にちっとも納得していないことから来ることに気付けた。納得していないけど、このままぶつけてもまた嫌われるだけやわ。と思ったら、言う気もうせるわ・・・、言うてもしょうがないと思っていたけど、いわなしゃあないってとこまで来た。体を言わすまで気付かない私です。しかし、まだ『登場』できていない私です。引き受ける感じが足りてません。そして、そんな私が自分で許せていないです。そうであってはならないと頭で考えています。それとは違う自分に腹が立ちます。そして、こういってみんなの心配や注意を集めようとしている私です。
April 12, 2006
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昨日の送別会で、3月までだったアルバイトの女の子が帰る際に、私にこういった。『こないだのエンティティの話ありがとうございました。あのとき、最悪に滅入ってたんですけど、あれで完全にシフトしました』。えええ!?エンティティ?シフト?もちろん全くアバターのことなんか知らない子なんだけど、そんな言葉が出てきてちょっとびっくり。そういえば、数週間前に会社の後輩と占いの話をしていて、スピリチュアルなことについてのいろいろな話が出てきたので、少し意識のモードについての話をしたのでした。モードが違うだけなんだよ、モードをあげればいいだけなんだよ、最悪のときも抜け出せない感じがするけど、ただ何か亡霊みたいなもんがとりついてるだけなんだってわかったって話だったと思うんだけど。それをそのアルバイトの子も横で聞いていて、一人密かに大シフトしていたらしい。その話を聞いて、私もうすごく嬉しくて。私のちょっとした話が知らぬ間に誰かにきづきを与えるってすごいことじゃないですか?わーい!わーい!ラララー!それにしても、『シフト』ってどこでそんな言葉覚えたんだろ?そして、その一緒に話していた後輩から薦められたのが、『あなたは絶対!運がいい』という本。彼女にとってはバイブルになっていて、本を開くとマーカーでしっかり線が引かれていた。私は先週の日曜日の夜に一人会社でその本を読んでた。これが驚くなかれ、アバターで伝えていることとほぼ同じことが書かれているではないですか?まぁこれだけを読んだ人がどう思うかは分からないけど、とにかくアバターの私が読むと、これまでのコースでのエッセンスが整理されて、しかも日常に置き換えられて書かれている感じがして、体感として理解できる部分がたくさんありました。で、この本が一歩踏み出す決心の後押しをしてくれた感じがしました。そして、この本の通りに行動してみると…、仕事中、本町で代理店の方と立ち話をしていると、そこで話題になっていたうちの後輩に会った。品川駅で2000円を拾ったり、完全に遅刻だー!!!と思って急いで駅に行ったら、ダイヤが変わっていて、すぐ電車が来たり。うわーい!って感じでしょ?これをただの偶然やんとは思わない。ウィザード中はそんなことがゴロゴロ起こってたね。
April 1, 2006
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すごい役者は、現実を創造する力が強いのだろうなと最近うすうす感じ始めていた。何にでもなれる、どんな人の感情も創り出せるということは、自身が極めて中立で、全てのものに対して中立な注意が注げる人なんだろうと思う。自分が抵抗を感じている物事や感情、人物について中立に観察することは難しい。そこに価値判断や偏見、後ろめたさ、利己的な心が存在するとき、それらが純粋にそのものを観察することの邪魔をする。だから、現実創造力のある役者はいい顔をしているのだなーと妙に納得したときがあった。何でも創り出せるのだから、もちろん自分自身も自分が望むように創りあげることができるのだと。だから女優は美しく、俳優は端正で、注意力と慈しみの心に満ちている。17日金曜日、イッセー尾形と小松政夫の二人芝居を、18日土曜日に劇団四季の『異国の丘』を観た。イッセー尾形は毎度一人芝居を観に行くのですが、彼の舞台にはいつもセットがなく、衣装と音楽だけ。緞帳もない。で、一回に5~6個の小さい芝居をやるのですが、舞台袖に全ての芝居分の衣装やカツラといった小道具が準備されていて、そこで着替えやメイクをする。彼は一旦登場すると舞台袖に引き上げることはない。彼のお色直しが進むにつれて、役が少しずつ見えてくる。衣装から次はどんな話だろうと想像してワクワクする。一人の男が、売れない地方周りの女シンガーや、ロシア劇団の座長、田舎町に女手一つで魚屋を切り盛りする主婦を演じ分ける。イッセー尾形が演っているのに(失礼)、役の登場人物が『美しい!』と言われているとそんな気になってくる。ここでもう一つ重要なのは、衣装の力。アバターではアイデンティティは『衣装』と例えられている。アイデンティティ自体は価値判断、自己限定するものとして、あまりいいものではないという考え方だが、それはそのアイデンティティに固定してしまうから。彼ら役者のように衣装一つでアイデンティティも簡単に創り変えることができるところをこうもまざまざと見せ付けられると、人間の現実創造の力に感じ入ってしまう。そして、昨日の石丸幹二。彼も現実創造力を大いに感じさせる役者だ。私は役者が『なれる役』とはその人が抵抗を感じていないものに限られると考える。感じる抵抗が少なければ少ないほど、その人の役の幅が広くなる。昨日の舞台は『異国の丘』。石丸幹二は、満州侵略、太平洋戦争さなかの日本総理大臣の息子、九重秀隆の役を演じきった。終了後、観客全員がスタンディングオベイションで、客席が明るくなっても、誰も帰らない状態。海外のコンサートや舞台などでは見たことがあるが、日本の映画や舞台でこんなのははじめて。私は見終わってから、多くの日本人は『戦争』について、注意が固定して抵抗を感じたまま生きているのではないかと感じた。見ないようにしているような、話題を避けているような、話題を口にする人を煙たがるような。実際私も見ていて、どこか居心地が悪いような、右首筋に何か痛みがあるような感じがしていた。わざわざ、こんな暗い話観なくても…とも思っていた。そう、私はネガティブな話題、例えば戦争や病気、暴力、切なさ、現実世界の厳しさ、裏社会といった、を衝動的に遠ざけていることに気がついた。今、四季では『昭和の歴史三部作』として、戦争をテーマにした舞台を連続してやっている。『異国の丘』はそのうちの一つ。浅利慶太は公演プログラムに『語り継ぐ日本の歴史』というタイトルでこう書いていた。『戦争を、左側は「侵略」として東京裁判史観に基づき、全てを悪と片付ける。右側は「止むに止まれぬ歴史の流れ」と発想する。しかし、問題は、愚かさと狂気に捉えられたその「戦争の実相」である。』と。浅利慶太も石丸幹二も何か、この歴史を受け入れているような感じがした。そうあって初めて、抵抗が処理でき、役の現実を創造することができるのでしょう。日本人にとっての習慣や通念という枠組みを超えて、領域を広げようとする彼等の源の力に敬意の念を感じました。そして、もう一つの個人的な気付きあるいは発想(ロシア文学風で※劇団二毛作のかかし笑)。中国人を不可解なものとして批判する友人もいるが、私はどこかひっかかる。私にとっては、中国は強力な四肢とパワーを持ちながらも、自分でその力を制しきれず、どこへ向かっているか分からなくなってしまいそうな危ういけれど、愛すべき隣人であると再認識した。ここに私の何かが潜んでいそうな予感がした。
March 17, 2006
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最近、自分が少しずつでも前に進んでいる感じがする!前までは何か心に引っかかることがあっても、自分の気持ちをごまかしながらそのまま仕事が出来ていたのですが、アバターを受けてから、自分をごまかすってことができなくなってしまった。会社で資料を作っていても、一旦止まってしまうともう身動きができなくなって、処理するまで進めなかったり。だから、処理するしかない。仕事を中断してそれを取り除いてすっきりしてから仕事を再開させる。でも、心に引っかかることを持ち越す日数が少なくなったと思う。一日一日処理できていると思う。すごい成果です!前に進んでいる実感がある。
March 8, 2006
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今マーメイド&ドルフィンオラクルカードにはまっています。これ、すごいです。面白いです。占いとは違うのですが、44枚のカードを適当に引くと、出てくるカードは見事に今の自分の直観をちゃんと文章にして教えてくれます。これ、ホントにすごい!ちゃんと私は自分で正解を知ってるんだなと思います。以前、ラクロッサーで2月の誕生日会をしたときに、何人かにひいてもらったけど、みんなその人に合ったカードを引いていて、私たちってスピリチュアルな存在なんだなーと思いました。
March 8, 2006
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昨日、2年間乗らずに放置していた原付バイクを売却しました。買取業者に来てもらい、査定してもらって、引き取ってもらいました。私は、持っていってもらえるなら、お金はいくらでもいいと思っていたのですが、査定の仕方が非常に奇妙な感じがした。ノートパソコンから、買取業者が過去の買取価格データを溜め込んだデータベースにアクセスして、その中に自分のバイクのデータを入力すると査定価格がパソコンに表示されてくるのです。納得性が高いような高くないような。有無を言わさんシステムだなと。今ベストセラーの『国家の品格』を読んでいます。近代産業革命後、『論理』が全ての解決策をもたらすと思われているが、そうではないと書かれていた。論理には、論理の出発点が必要だが、出発点に何を選ぶかは直観なのです。確かにそうだな~、と感じていたところだったので、このバイク買取業者のやりかたがおかしかった。誰も文句が言えないようなシステムにしようと苦慮した上でのことなんでしょうけど、言えないというよりは、文句を言う気がおこらないシステムだよね…。そこへ、うちの母親登場。『え?そんな安いの?もっと上げてよ。あと二千円上げてくれたら、お兄さんのところでお願いするわ。』結局、そのとおりとなり、その場でバイクを引き取ってもらいました。かくして、論理に直観は勝ったのでありました。
March 4, 2006
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一時引越してましたが、やっぱりここに統合することに。アメブロ使い方がよくわからんかった。重かったし。楽天の方が簡単かな。統合にあたり、私は私、これが改めて難しい気がした。読まれる人の目を気にしたり、評価を気にすることってまだまだあるな、私、と。読む人を気にすると書けないことが出てきてしまうのよね。時々その人たちのために書いてたり、何かをアピールするために、自慢するために、哀れんでもらうために、とそれぞれいろんな目的を帯びてしまうことがある。それがなんとなくいやだったけど、まぁいっかという気になった。でも、そんなとこまだまだあるなーと気づいたのでした。
February 26, 2006
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今日、4月の人事異動の発表がありました。うちの会社は以前までは、本人に打診があるうちにみんながポロポロしゃべってしまったりして、事前に結構ばれてたのですが、最近は全くそんなことはなくなってしまいました。本人通達も発表の二日前、とちゃんとした会社のようになってきたものです。やりたい仕事をすぐにやれる人とやれない人、の差は何なのでしょう?この仕事をやりたいと手を挙げても、受け入れてもらえない人がいて、やりたくないと言っている人がそれをやる。やりたいと言っている人にやらせなくて、誰にやらせるのですか?私がみんなの注意の中心にいないと気が済まない病がまた出てきたようです。
February 24, 2006
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フロリダです。アバターのウィザードコースで1月23日からフロリダのデイトナビーチに来ております。ホテルの目の前にど、どーんと広がるアトランティックオーシャン、まさしく圧巻です。そこからの朝日を毎日拝みながら、日本ではちっとも走っていなかったのに、毎日ランニングと太極拳(先生のソンアランさんが超素敵です)をしております。コースもとうとうあと一日となりました。二週間早かった。1ヶ月くらいはいた気がします。今回もまた大きな気づきがたくさんありました。日本に帰って、プライマリーに向かうのが楽しみです。
February 4, 2006
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今日から、アメリカへ行ってきまーす!ついに来た、ウィザードコース。今月は、2週間も会社を休むので、そのプレッシャーに自分で押しつぶされそうやった。それで、それを回避するために、無理して、自分の体を犠牲にするっていうパターンがまた出てきた。またかよ。これを解明するために来い、と言ってくれてるのね、ありがとう。行ってきます。私は私の未来を創ります。
January 22, 2006
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心配性だったみたい。私。 自分がもうOK、と思っても、まだ心配だからもうちょっとだけ余分目にやっておく。それが私のパターンだったようです。 余分目に化粧品を買っておく。今のうちに食べておく。 もういいか、って思ったら、それでいいやん。 自分の感覚をもっと信じてあげましょう。 わりと優秀な感覚の持ち主でした。 信じてくれー!と体は心は叫んでました。ごめんね、無視してて。 これからは一緒に行きましょう、生きましょう。 これからもずっと、よろしくね。
January 15, 2006
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私に訪れる変化を心配する人がうっとおしかった。そういう人達は、以前の私と違うと、『まだ病んでるんだ』と結論付ける。それがとにかくうっとおしい。ほっとけやー!でも、そんな人らがうざいと感じるのは、自分も変わることを怖いと思っていて、そんな自分を許せないからなのね。変わるのが一番怖いのは結局自分。だから、早いスピードで変化が訪れると、自分で自分にブレーキをかけてしまう。自分はこんなもんじゃない。もっと慎重にならなくちゃ、とかね。誰でも新たな境地に立つのは怖いもの。過去の功績を捨てるのも怖いもの。でも、手に入れたいものはその先にある。手に入れたいものが光り輝いているとき、間のセカンダリーは簡単に撃破できる。今の自分の器でできることを考えていると、変わる必要がないから、変わりたいのに、変われない。今の自分の器では到底できないことを考えよっと。到底できないことだから、変わらないと叶わない。こんなところで、進んだり戻ったりしていることがバカらしい。
January 9, 2006
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モノにも全てエネルギー(気)があって、それがいろんなことに影響しているのね、と妙に納得することがありました。そうすると、突然部屋を片付けたくなって、冷蔵庫とか食材とか、本とか、服とか唐突に整理し始めました(笑)。もちろん、今日も思う存分やるつもり。ものすごい楽しみ(変かな?)。 昨日、内外治療院に診察に行ったら、私の様子を見て、先生に質問されました。薬を『どんなところに保存しているの』?ここで処方されている薬は、飲み薬も塗り薬も冷蔵庫で保存が必須。なので、『どんなところったって…』『普通に野菜室ですけど…』。 先生曰くは、野菜室にもしかしたら、古い食材が残っていて、それの悪い気が薬に影響しているかもしれないとのこと。『そんなぁ、まさかぁ!』とは思ったけれど、何となく反省することがあって、気になっていた。だあって、冷蔵庫の中なんか、私の管理外。全く関心がなく、母親に任せっぱなしで、自分が源でないことは自覚としてあったのです。 そして、今週お客さんとの会話の中で出てきた風水の話を思い出して、私の頭の中でこの話と結びついた。ピン!って感じで(笑)。 早速帰りに河原町のジュンク堂に寄って、風水の本を探したら、ありましたよ。私に見つけてもらうために待っていた本が。『風水流 がらくた整理法』が輝いてました。 この本、サブタイトルで内容がわかる。『気エネルギーの交通渋滞を招く散らかりの山はあなたの精神を阻む犯人!』だってさ。しかも、アメリカの本で写真も美しくて素敵だし、文字も少なくて読みやすい。 家の中で、手をつけずに昔のものををそのまま放置していたりする箇所ってありますよね?え?ない。私だけ?まぁ、我が家には多々あるのです、そういうところが。で、そういうところは悪い気が溜まって、自分が前に進むことを阻んでいるらしいのです。 昔の思い出の品やもう着なくなった服、以前読んだ本とか、過去にとらわれていることって多いですよね。私たちは、何でそれが棄てられてないのでしょう?過去を棄てると何か困ることがあるのでしょうか? ああ、この溜まったモノたちはまさに、今私がやろうと思うことを進ませてくれない、セカンダリーそのものではないですか!私が大切に大切にしてきた私の過去。これがなくなると私が私でなくなる…と心のどこかで恐れているもの。履歴や持ち物それ自体が、自分を表すとでも思っているのでしょうか? 棄ててまえ!棄ててまえ!年の瀬も近づいて、大掃除のノウハウ本とかもたくさん出ていますが、本人に片付ける気がなけりゃ何にも始まらない。私は今年中に一掃して、これからはすごいスピードで前に進もうっと。アバターを始めて、『誠実さのノルマ』の高さを感じるときがあります。この整理法も続けていくと、そのうち、片付けないと眠れないとか、片付けずにはいられないという『整頓のノルマ』みたいのも生まれてくるかもしんないなぁ。それはそれで楽しみか.…。
January 8, 2006
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突然ですが、私は自分が特別でないと気に入らないようだ。みんなが私に注意を向けてくれないとものすごく腹がたつ。昨日の事業部内の会議で、私は普通の注意しかもらえなかった。以前いた部署ではみんなが私のことをチヤホヤしてくれたのにー!こらー!私が言ってんだから、もっと注目しろー!なんと傲慢な私。なんと面白い。勝利報告。私は自分の新たなラットを見つけました。『私は誰にも相手にされない人だ』。きゃーいやだ!
January 7, 2006
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私の人生の目的って何かな?みんな自分の人生の目的に向かい始めると、容姿や能力が一気に開花して、整合するんだって。何やろー?何かな?う~ん、何かな?今は、毎日キャリアナビの新企画案を考えているのが楽しい。昨日事業本部長の工藤さんに思いっきり一蹴されたけどね。でもまた考える。人と人とか団体とかを結びつけてそこに新たな出会いがあって、それがお互いの可能性を広げて、みんなを勇気付けて・・・ってできればいいなーと漠然と思う。昔は、建築家になりたかった、私。広い素敵な家に住みたかっただけかな。でも広い素敵な家には住みたい。お金持ちになって、友達夫婦を呼んで、鍋すんの。
January 6, 2006
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血迷ってたとき、いろんな啓発本読みました。でもどれも全然頭に入んなかった。その中でも私は文房具が好きだったので、手帳の本も結構読んだけど、この人の本が一番実践しやすくて、やったら、ホント文字通り『ハッピー』になる。 やりたいことをやるってそれだけなのに、人間ハッピーになるのね。やりたいことがやれない、これが不満のもとってこと。確かに、その通り。なんだか不思議。佐々木さんがとても自然体なのがいい。嬉しいです。去年、この人の『ミリオネーゼの手帳術』読んで、実践してたら、今になってとっても楽しくなってきたよ。だから、今年この本買いました。内容かぶってんちゃう?また儲けようとして!と思ったけど、ちゃんとバージョンアップされていて、とてもよかった。これにブルーのクオヴァディスの正方形の手帳。これでハッピー生活は完璧。
January 5, 2006
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突然ですが、私は人よりできると自分で思っている。でもそれって人に優位に立つことで自分が成り立っているというかなんというか・・・。先月から、毎日キャリアナビの新企画プロジェクト会議に急に参加している。急に、そう、急に。思い立ってしまって、急に途中参戦してきて、うっとおしいやつだとみんなは思っているだろう。そんなことは知るもんか。私が出したいんだもーん。で、その中で。『東京のおやじたちはアホだから、私の企画のよさなんてわかるわけないよ!』と思ってた。でもそれってそう信じてたらそうなっちゃうよね。だからそのとおりなっていたのね、今まで。そうすれば、私の中で人より優位にい続けられるというメリットがあった。じゃあ、私はその企画を通したいのか、通したくないのか・・・。全くアンビバレントです。そう、だから、みんなを信じることにしてみた。実は私たちってすごいのよ。たまたまちょっといろんなことが重なって、不幸な創造をしちゃってるだけって。彼らの制限の多さやできないことを言い訳を考えつく巧妙さに、まさに芸術作品(!)を見せてもらっているかのように感心して、アプリシエイトしています。そうしたら、あらあら不思議。少し前に回り始めた。みんなが協力してくれるの。次にやることが何かすぐわかるの。すごいよね。実はすごい会社なんだった。うちの会社は実力を過小評価するのが大の得意なようです。こんな創造もグレートアプリシエーションをもって味わい愛でよう。
January 4, 2006
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私はアトピー持ちです。だから、肌が乾燥したり、赤くなったりする。とても不安定でそんな肌がどうしても好きになれない。肌をきれいにしたいといつも思うのですが、肌が汚いと、人に会うのが恥ずかしくて、人のためにきれいにしようとしている私に気がついてしまった。内外の三上先生に『第3チャクラ』のことを言われて、自分に源がないことを指摘されて、あれれ?と思った。あれ?私は何のためにきれいになろうとしているんだっけ?人に会わないときは、別に汚くったっていいやと思っていた、私。でも、普通本当は自分のためなんだよね?自分が気持ちよくなるため、っていづみは言ってた。まだ私はその考えには立てないな。だけど、確実にこれはわかった。自分が健康面で安定していれば、人に安心して注意を向けられる、自分が気になることがないってこと。
January 3, 2006
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もう去年のことになりますが…、ガンバ優勝しましたね。ちょっと嬉しかったです。キャプテンの宮本は、実は私と同学年で、勝手に同期意識があるのです。だから、どうしても応援したい。あとは中田英も。彼らは99年入社(現役で大学を卒業すると76~77年生まれは99年に入社するのです)の雄ですな、勝手ながらに誇り高い(全く勝手・・・)。でも、リーグの最後になって負けが込んできたときは、心配が頭をよぎった。最終戦、もう自力優勝はなくなったときに、これはもう無理かな?ってちょっと頭をよぎったのですが、それを払拭して、私は彼を信じてた!!!『ああ、そういえば今日試合だな~』と京都の内外治療院で治療を受けているときに、ふと思い出して、彼の力を信じようと思ったら、病院を出るころに優勝を知らせるメールが入ったのです。すごいね。宮本。そして、また、信じてたことが現実になった私の源に感謝します。
January 2, 2006
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人間って不思議なもんやで。本当に手に入れたいものが目の前にあって、それを手に入れそうなとき、なぜかちょっと怖くなる。私だけかいな?ちょっと遠回りしたくなるような気がする。もっと苦労せなあかんような気がする。こんなに簡単に手に入れたらあかんような気がする。おかしいよな~。それもこれも大学時代のストイックなトレーニングや考え方が染み付いたせいやろか。こないだ突然、昔のこんなことを思い出して驚いた。もう8年も前の話。大学で希望のゼミに入れずに気を落としていた友達に『あんたはトントンと来過ぎたからあかんねん!ここらで苦労せな!』そのときの信念が今の私に張り付いて、私の邪魔をしていたなんて!軽やかに変わったっていいじゃない?
November 3, 2005
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かなり久しぶりに日記に向かいます。この2ヶ月間くらい、どうも、文章を書く気になれなかったです。それは、文字で伝えられる限界や無意味さを感じたからということもあります。結局、自分で経験して、気付いたことよりも多くのことを読むことで伝えられることはできないのか、と思い知らされて、書くことが空しくなってしまったから。それと、何が自然で何が不自然かわからなくなってしまっていた。一言で言うと、私って何なの?って疑問です。ふ、深い。でもマジメです。本当の私は、自分が定義した私なのか、人からのアイデンティティという衣装を喜んで着ている私なのか、それともそれとも何なのでしょう???平井堅の歌で『言わない関係』というのがあります。彼女に自然にさりげなく接したいのに、意識しすぎで『どこまでが自然なのか、不自然なのかわからなくなってる~』っていうところがあるの。かわいくて笑えるでしょ。まるで自分を見ているよう。かわいいぜ。ちっちゃい私。
October 31, 2005
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最近、やたらと寝過ごすの、電車で。 今、大阪港へ行こうと環状線乗ってウトウトしてたら、気がついたらユニバーサルスタジオ!ガン!弁天町で乗り換えやのに。あ、これは寝過ごしじゃなくて、最初から間違えて乗ってたね。 昨日は新快速に乗ってたら、目が覚めたら、海が見えてきた。そしたら、橋も見えてきた。明石まで行った。新快速で乗り過ごすと大変ね。 朝起きて家はでてるけど、気持ちは寝てた。寝過ごしたことに気づいたとき、初めて目が覚める。
September 30, 2005
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『僕は僕だよ!』 何度も繰り返すジュードロウのセリフ。 そう、僕は僕。何でそんなこと言わせるんだ? でも何度も言ってるうちに疑問に感じてくる。 僕は僕か? 本当にそうか? 私は私だ。 これは本当に私だ。 と、言えることに幸せがある。 Are you happy to be you? I'm happy to be me.
September 25, 2005
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松本幸四郎と市川染五郎の歌舞伎。帰国後すぐに見に行く。チケット取ったことを忘れてた。幸四郎が主役の舞台かと思いきや、私にとっては染五郎の見せ場が多かったように思う。他の歌舞伎は知らんけど、アクションに近かったな。染五郎は浮くし、回るし、跳ぶし、踊るし、早変わりするし、イリュージョンだ!染五郎、見直した!はっはーん。じわじわわかってきたぞ。文化的であらねばならない私。何となくわかってたけどね。落語もおもろいけど、私なんだから、歌舞伎くらい理解していなければならない。誰が決めたんや!?そんな感じ。というわけで、一緒に行ったF氏と二人、うとうとしながら見ていた私。終わってから、パンフレットのあらすじを読んでみたら、仰天!えええー!そんなたくさんのことが描かれてたのかー!?!?半分もワカランかったわ。元々『義経千本桜』という有名な(らしい)歌舞伎の演目がモチーフになっており、その場面のちりばめれていて、それを演じている時とその舞台裏で起こっていることの心情ともリンクしているようですが、そんなことまで分かんないよー。衣装とメイクはキレイだった。それは分かった。狐の演技もすごかった。
September 19, 2005
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帰りの機内で観た。ヘッドフォンから音が聞こえなくて、壊れてるぞ!と文句を言ったら、空いてる席に移りなさいと言われて、広い非常席座席へ。ラッキー!しかも隣は台湾の大学で映画史を教えているというアメリカ人教授で、映画話も面白かった。さらにラッキー!映画は、ありえないよ~!という思いっきりコメディな内容。弱虫な男が父親に対向するために、少年サッカーチームの監督になって、父親のチームを負かすために奮闘する過程を描いたもの。この男の立てる戦略というのが、てんで間違っていて、反面教師的で、笑えて、面白かった。唯一サッカーの上手なイタリア人兄弟に必ずパスをまわせ、とか失敗は絶対にするなとか、何がなんでも勝たなければならない、とか。失敗するなとか負けるなって嫌な言葉よね。一度失敗とか負けることを連想するもんね。成功する人は失敗するイメージを持たない。成功するイメージしか持っていないよね。当然そうなるって思ってる。この映画はダメな例を、あまりにも極端に分かりやすく見せてくれたな。それも誇張されていて、私に笑い飛ばせるように。この映画に感謝しよう。
September 18, 2005
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『来たぜ!ニューヨーク!』みたいなところと言えば、このタイムズスクエア。ここはクレージーシティ。壁という壁が電飾ネオンでした。東京の街並みも異様でタイガイやけど、ここも筋金入りです。私は、こういう旅先ではいつも、スリや変な人に騙されてはいけないと思って、思いっきり身構えていました。観光客は狙われやすいでしょ。だから、できるだけ観光客と思われないようにしなければと。写真を撮るのもこっそりと、ガイドブックや地図を街で開くのなんて、ああ、恥ずかしい!だから、旅先で観光客と丸分かりな日本人を見つけると、えも言われぬいや~な思いがしていました。観光気分が害されるなんてへ理屈をつけていましたが、あれは単に、観光客であることを必死に隠している自分の愚かさを見せつけられるような感じだな。いつも通り、このユニオンスクエアもいかり肩で歩いていたのですが、50メートルもすると、スルスルと私のこの愚かしい行いに気づき始めた。何やってんだろ?私。私、私でなければならない私を一生懸命やっていた。それも、こうでなければと決めたのは私!そんなら、すぐにやめればいいのよね。そうだそうだ。これまでやってたことは全く意味ないじゃーん!というかニューヨークなんて全世界からいろんな人がやってきていて、私の髪がぼさぼさだろうが気にする人がいるわけないのにね。ここに1人観光客でいるのを、一体誰が意識しているというの?ああ、馬鹿みたい私。今まで一体何やってたんだろ?そう気づくと突然自分が軽くなった。そんでまた歩き始めた。
September 17, 2005
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正味たった一日のニューヨーク観光。この日は朝から1人で走り回ってた。その中でもどうしても行きたかったのがグランドゼロである。9月11日、私はオーランド研修の最終日で、私はまたもいろんなことに気づいてしまい、自分にショックを受けながらも、それはそれで本当にとてもいい経験をした。この研修を受けて、これまで、世の中自分さえよければいいと考えていた私が、初めて他人のことを深く考えたり、またさらには世界のこと、世界の平和のことを考えたりするようになって、そんな自分に自分が一番驚いている。私の目標を突き詰めれば、その先には世界の平和があると感じた。←私だって、恥ずかしくて自分で『何言ってんだ?』って突っ込みたいくらいなのよ!とにかく、9月11日の次の日、私はニューヨークへ来た。深い意味はなく。ただaquinhaの邪魔をしに…(笑)。しかし、グランドゼロに向かい合ったとき、そこには何もなかったけど、何かがあった。その空間は既に工事現場となっていて、かつてのワールドトレードセンターよりも高いビルの建設が決まっている。アメリカ人らしいよな。力にそれに上回る力で対向したところで一体何になるんだろう?グランドゼロの建設コンペで、日本の建築家、安藤忠雄は『何も建設しない』ことを提案した。楕円のドーム型のモニュメント、ただそれだけ。でもその案は不採用となってしまった。亡くなった大勢のアメリカ人を思って悲しんでいるのではなく、テロリストを憎んでいるのでもない。何でそうなっちゃうのかな?って。お互いの違いをGreat appriciationとadmirationをもって、楽しむことができれば、こんなことはなくなるのにね。なくなる、なくせると信じて疑わない人が世界の大半を占めるとき、それは実現するのだ。
September 16, 2005
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しばらく更新してませんでしたが、やっと帰ってきましたよ、アメリカから。オーランドでの9日間の研修ののち、ニューヨークへ3日間。新しい発見や気づきの連続で、とても充実でインスパイアされて帰ってきました。それはこれから徐々に書くとして…。それにしても、↓の日記、『行くぜ!アメリカ!』なんじゃこりゃ?気合い入りすぎ、気負いすぎで、帰国してから見て、自分で笑えたわ。あはは!その力の入れ過ぎなところが私の悪い癖よね(笑)。もっと気楽でええやんね~。おもろ。さてさて、2ヶ月間の休職期間は昨日で終わり。今日からまともな社会人に戻ります。前より働くのが楽しみになって、体調云々もあるけれど、今の自分について立ち止まって考えられた、最高のロングバケーションだったわ。この2ヶ月は私の人生の重要なターニングポイントとなった。これだけの休みを許してくれた会社と、それを許してもらえるだけの努力をしてきた過去の私を賞賛し、味わい愛でています。
September 15, 2005
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何なのかな、これ。自分から目をそらさないために。もっとちゃんと見るために。行くぜ、アメリカ! 生きているものともの、物体はそれを構成する原子ってほとんど変わらないんだって。でも唯一違うことは、今の状態から変わることができること。人は生まれ変わることはできないけど、少しずつは変われるってことね。 私は私自身と私の未来を創ります。
September 1, 2005
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夏休み最後の思い出(ったって休みなのは私だけなんですけどねー)は、高山サバイバルツアー。名古屋に住むぶーちゃんご両親の別荘をお借りできることになり、妙齢女性6名で決行されました。2台に分乗した車が、まずは京都桂川サービスエリアに集合して、トコトコ走ること4時間。世界遺産の合掌造りで有名な白川郷を回って、高山へ。高山ではバーベキュー、飛騨牛を食べて、飲んで、花火して寝る。炭がとにかく湿気で湿っていて、いこらない。それに1時間以上を費やす。次の日がサバイバル。舗装されていない砂利道を車で走ること1時間、上り下りの連続の山道を歩くこと1時間ののちにやっとたどり着いた先には、落差20メートルもあろうかという滝!これには圧倒された。そして温泉、蕎麦を食べて、慌てて帰阪してきました。滝への道中では、もう何でこんなしんどいことやってんのよ~!と思っていたが、そのうちこれはもう歩くしかないと腹をくくると、歩くことに集中してくる。最初はああ、日焼けするやん、とか髪がぼさぼさやわとか、思っていたけど、もうそんなことはどうでもよくなってきた。だって、一歩踏み外したら、樹海に迷い込んでしまいそうなんだもの。生死(おおげさな!)に関わる問題の前には、日常の瑣末なストレスというのは駆逐されてしまうのね、誰かさんの元彼もここ来たらええのに…などと思いながら、歩く歩く。だいたい、私は自然を舐めていた。山道歩くよ、と言われていたのに、サンダルしか持っておらず、何とかなるだろう~と思っていたが、自然はそんな甘っちょろいもんじゃない。砂利道を車で走っていると、ものすごい抵抗を感じた。そんなもので乗り込んでくるなよ!と、進入を拒んでいるような、そんな感じ。そして、肝心なところへは人間の足で歩いていくしかないのね。でも、昔の人はこうやって歩いて旅をしていたんだもんな~と、時代劇の一場面を思い出す。竜馬(また登場!)も土佐から江戸、江戸から京都、神戸まで歩きまわっとったな!こんなところに高速道路とか街灯とか作って、人間様って自然を征服したようなつもりでいるけど、それは間違い。私は都会っ子やから(ウプ)、梅田や難波、新宿が普通と思ってた。ま、そこまでじゃなくても、車で通って、電車が通ってて、住宅地があって…と。でも、考えてみたら、日本地図上でそっちの方が圧倒的に面積少ないよね。大部分はこうした森、林なんだなぁと思うと、人間様のおこがましささえ感じ、かみ締めつつ歩く。そんなん思いつつやっと到着した滝はすごい!おーーーーーー!!!!って感じでした。その滝の前でスイカ割してみたら、U田さんが一撃で割った。お見事。それにしても、いつも思うけど、一緒に行った彼等、いや彼女等は本当にすごい人たちなんですよ。ええな~、ホンマええ感じ!と思うこと続出。前日、4時まで飲んで5時に帰宅したが、ちゃあんと待ち合わせにやって来たSちゃん。さすがに登場したときの表情は二日酔いの何ものでもなかったが、あなたはすごい。私だったら、もうだめかも?明日パスしようかな?と思うが、それをやりきってしまう度胸と男気に色気さえ感じる!さらにカラオケのレパートリーも披露。仕事柄、人を楽しませるためのカラオケに徹してすごい。バーベキューで火がいこらない間に、着々とホットプレートで野菜を焼いていたUタ。夜はさっさと寝て、朝にめっぽう強いまるでおばあちゃん、いやおじいちゃんのような生活リズムは私にとっては尊敬に値する。朝も、みんなが寝ているときから活動し、また着々と朝ご飯を作ってくれた。片付けも準備も本当に、てきぱきしていて、迷いや無駄のない動きは美しいのだと感じる。私、無駄な動きだらけやから。そして、この旅行で二人にプロポーズされていた。いい奥さんになるぞ、Uタ。奥様だっていうのに、全くこんな私たちの苦行旅行に参加してくれたA。結婚して、環境が変わっても、変わらず付き合ってくれるのは私の理想です。だからバーベキュー検定は重要だー!色白でかわいい顔して毒舌の彼女は、ものすごく気のつく奥様で、別荘の掃除、片付けで必要なことにすぐ気づいて、一番にやっていた。そして虫をよく引き寄せていた(笑)。そうそう、大自然の中で生きるって虫と共存するってことなのねと分かった。私は虫が大嫌い。部屋の中に虫が入ってきたら、1時間くらい対峙して、出て行ってくれるまで何もしないということがよくある。でも高山の森と来たら、部屋のいたるところに蛾がいて、もう慣れっこになってしまった。あはは。M子は唯一大学のクラブのチームメイトではないのですが、よくぞ参加したくれた。普通来ないだろー!?こんなしんどそうな旅(!?)。そもそもは私が無理無理誘ったのです。最近、友達の友達が友達になるのが意味なく楽しい。彼女はまっっったく何の違和感も感じさせず、私以外のみんなとも、普通に思いっきり楽しんでくれて、その器の大きさ!スゴイです!簡単なことのようだけど、私が逆の立場だったら、そう簡単には行かない、しんどいことだと分かるだけに、スゴイ。一番のMVPはぶーちゃん。ぶーちゃんのすごさを思い知った旅と言っても過言ではない。なんで、前の日26時に寝て、朝、みんなの弁当作れるの?何で、みんな長袖なのに、1人半そでで寒くないの?何で、最後に寝て、最初に起きてるの?何で、山道をすいかを背負って歩いて一番速いの?いつもみんなに必要なことを先回りして考えてるから、誰もついていけない。そこにみんな追いついたときには、もうすでに解決されている。不幸続きと言われていても、全く意に介さずに笑い飛ばしてしまうそのパワーはさすがです。人間離れしています。いやもう人間ではない。とにかく、みんなみんなもうすごいのです。次に必要なことがすぐにわかって、すぐに行動に移している。得意なことを得意な人がやっている。みんな自分のやりたいことがはっきりしている。みんな心配してすぐに気づかってくれる。そして、おもろい!しんどいことをしんどいと感じさせない。うー、なんか私が文字にすると、友達のすごさが減るので、このくらいで辞めときます。でも、とにかくそう、表現に困るような人たちなのだー!!!
August 28, 2005
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ゲ…!ゲゲ…!ゲゲゲのゲ!これってば、あっはっは!と笑い飛ばす小説のはずなのに…。患者に共感してしまった…。私も病気か?う~ん、ま、病気みたいなものか。松尾スズキファンの友人U氏の薦めで奥田英朗の『イン・ザ・プール』読む。松尾スズキ主演で映画化されたものの原作がこれ。やる気のない精神科医、伊地知の元を訪れる現代病におかされた患者たち。彼等の症状がなんともバカバカしくて笑える。ストレス解消に水泳を始めたら、水泳をしていないとイライラしてしまう水泳依存症?の男。常に勃ちっぱなしの男。自意識過剰で常に誰かに見られているという被害妄想の美人モデル。携帯を手放すと1分と持たない携帯依存症の男子高校生など。人間、悩みを逆手にとってしまうくらいじゃないと。深刻に考えたら、損をするね。友達もいなけりゃいないでいいさ。私は友達いませんよ!私はブスです!と言えれば上等。自分はこういう人だと自分で決め付けて、その服を無理やり着ようとするから、苦しいのね。自分はキレイだ、キレイでなければならない。自分は友達が多い、いつもちやほやされてなければならない。なあんて、それぞれ全部自分で決めたこと。だから、いつでもその服は脱げます。アイデンティティを脱ごう。
August 23, 2005
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何の因果か長崎へ。長崎は三方を山に囲まれた港町。だから、限られた陸地に密集して街が広がる。そして、それは山の斜面へも。江戸時代から貿易が盛んだったから、外国人の出入りも多く、レンガ造りの瀟洒な建物も目立つ。中華街もある。さしずめ神戸か元町かといったところ。いや神戸は、山は北、海は南と決まっているが、長崎は違うな。どこを向いても山がある。そこんところは東洋の香港か。江戸時代、長崎は出島(懐かしい、社会の時間に習ったわ)での貿易で莫大な利益を手にすることができたので、幕府直轄の天領だったのですね。だから、常に幕府からサポートを受けていて、大きな反乱などは起きなかった。何か問題があれば、常に幕府がヤミ米を長崎だけには開放していたからとか。その代わり、長崎出身の明主も生まれにくく、日本を代表するような企業もないのか。だからこそ、長崎の人はどことなく穏やかで、優しい気質なのかもしれない。私にとっては長崎といえば、坂本竜馬。竜馬が、初めて新婚旅行をしたところ、そして日本で最初の株式会社、亀山社中(かめやましゃちゅう)を長崎に設立したところ。というわけでグラバー園もオランダ坂も大浦天主堂もそっちのけで、亀ちゃん跡に向かう。道中はとにかくすごい坂。すごい階段。ほとんど登山に近い状態なのだが、民家や墓地が密集しているその間の細い石畳の階段を上がり、下がりするので、登山といった感じではない。ここに住んでいる人はどうやって家に帰るんだ?と疑問を感じずにはいられない。私なら外出しなくなりそうなくらいのところだ。ほっそいほっそい道を進んでやっと見つけた亀ちゃんはなんと閉館中。ガン!もう土日しか空けてないんだって。残念。観光客あんまりこないのかな?そうだよね。でも街を見下ろし、海を見下ろすその景色こそ変わっているが、地形はそうは変わらないでしょう。大きく深呼吸して、すぐ下山したのであった。
August 22, 2005
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大阪では美術館の前まで行って、踵を返して帰ってきたゴッホ展。だって、あまりの人なんですもの。美術館って空いているのがいいところなのに、混んでいたら何の意味もないじゃあない?というわけで、名古屋でゴッホ展見てきた。混んでたけど、大阪ほどではない。この人、単にうまいな~!とは思わないけど、絵に鬼気迫るものがある。それがあの輪郭の力強い線のせいなのか、どうなのか。とにかくものすごくエネルギーを内包した人だったんだろう。全力でぶつかってる感じ。でも、絵はなんとなく少し悲しげ。若い頃のモチーフは労働者や農夫が多かったようですが、寡黙に力強く働くエネルギーは美しいけど、どこか諦めたような悲しい感じがした。絵がうまくなりたい!と強く思っていたんだろうな。いろんな人の絵を見ては、取り入れてみていた(普通か…?)。その中で私が面白かったのは、やっぱり浮世絵。北斎とか歌麿の絵は、印象派だいや写実だと言っていたヨーロッパの絵画界にとって、かなりショックだったのではないか。頭をガーン!と殴られたような思いがしたのではないか。だって、べた塗り。人間も大きくデフォルメされている。目が細い(日本人が細いだけ?)。文字はおかしい(漢字自体が珍しいと思うけど、それにしてもあの勘亭流)。ゴッホにも影響を与えた日本文化。ちょっと誇りに思う瞬間。
August 20, 2005
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『感じる』ことがマイブーム。この人の小説は感じる小説やわと改めて感じる。ストーリーや展開がさほど際立ってないので、去年の秋に友人に熱烈に薦められたときは、正直よくわからんかった。でも何となくその友人の世界観が好きで少しずつ読んでたのね。一時中断していたけど、思い出して北村薫のターンを読む。何の因果か、時の流れに挟まれ、たった一人夏の一日においてけぼりになる版画家の主人公。彼女の世界には誰もおらず、彼女1人。そして、毎日同じ時間に前日のその時間に舞い戻ってしまう。唯一の救いは正常な世界と繋がった一本の電話。夏、いつまでも夏。100日以上の夏を過ごす。それでも、前向きに冷静に日常を過ごす主人公の強さと聡明さが際立っている。こんなストーリーやけど、SF小説ではない。彼はSF作家ではない。この世に誰もいないけど、彼女は買い物するときにちゃんとお金を払うのです。私だったら払うかな?ま、そういう状況はまずないか。『ドラえもん』の「独裁スイッチ」で、のび太がこの世の人を全部消したとき、漫画も読み放題、アイスも食べ放題、お金なんか払わなくていいもんね~と喜んでいたな、最初だけ。私はのび太に近いわ。
August 18, 2005
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クライアントの新卒採用向けの会社説明会に行くと、よく出る質問がこれ。『産休・育休ありますか?』最近は『取得の実績はどれくらいありますか?』に変わってきたか。うちみたいな雇用に関わる会社はもちろんある。でも、簡単にとれるものではなさそう。最近の社内の出来事を受けて、部長、支社長が激怒しているらしい。う~ん。社会のシビアさを知ったわ。入社1年半の女性社員がご懐妊の情報が。彼女の旦那様は同じく社内の人間なんですが、どうやら彼等に対する会社の風当たりは非常にキツイようです。その理由は、まず入社1年半の働きで、1年半近くも無償で給料を出すほどの価値があるかわからないというもの。その上、そういう彼女の立場を全く考えずに、利用できる権利は全て行使してやろうとするその夫婦の態度。実績がないなら、せめて育休後に、子供を育てながらでも、いかに会社に貢献できるかを嘘でもアピールしてくれ!と思うのだが、それもない。彼女のやりたい仕事を聞いたときの返答は『サラリーマンでいたい』。これで、上司、責任者は激怒。こ、これは仕方がないのか…。制度があるのと利用するのはまた別の問題らしい。「お前はいつでも産んでいいぞ。」「あ、ありがとうございます(イヤミか!?おのれ!)。」
August 16, 2005
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『感じる』ことがマイブーム。一流の気分屋の方々からのコメントもいただいたりして、直感って意外にパワフルなのかもと思い始めた。『感じる』ことがこんなに苦手な私でも、買い物に限って言えば、かなり直感使ってるぞ。私、外食するときにメニューをすぐに決めれる。決めてから店員呼ぶな。まず呼べ。で、来てから決める。あとは、服とか身につけるもの。自分の買ったものには後悔しない。今度から履歴書の特技の欄に『衝動買い』って書こう。それから、本。これには驚かされる。本が本を呼ぶ。私に今必要な本が私の前に現れてくる。私が『チェーンリーディング』と勝手に名づけている現象。何気なく手に取った全く関係のない本がそれぞれつながっているような気がする。直感って意外にパワフル。私の場合、モノとの出会いはこんなにも劇的なのに、人との出会い(特に男!)には全く使えてないと感じる日々…(泣)!
August 15, 2005
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んー、見えてきた。私ったら、気分屋。そして行ったら行きっぱなしで、自分で止まれないー!だから、調子のいいときの私はサイコー。私って天才?やっぱり私ってすごいよね?みんな私の言うことに従えばいいのよ!とまで思う。本気で。だけど、ダメなときは最悪。負のスパイラルにはまりこんで、当分上がってこれなくなる。誰だって、何でも調子のいいときと悪いときがある。そのことは別に問題はない。大事なのは、ダメなときに自分でちゃんと帰ってこれること、ちゃんと自分で立て直せるか。私はこの力、まっっったくなかったわ~(泣)!人生流されっぱなし~!流されて流されてこれから一体私はどこへ行くって言うのさ?
August 9, 2005
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私の根底にある全ての動機は、他の人より優れていたいってことに気付いた、今日。それって、自分はなんなんだって感じよね。他がないと自分を規定できないなんておかしい。遅れをとったって、いいじゃないの。できていなかったっていいじゃないの。その感じをそのまんま感じておこう。今日、他との比較の人生を終わるぞ。
August 8, 2005
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私にとって、感じることは考えることより難しいことになってしまっているのだと気づく。考える脳は鍛えてきたが、感じる脳は相当鈍っているようだ。イヤだな~と思うことも、それから逃げず、じっくり味わうことが大切なのですね。感じる脳に忠実なこと、それが精神的に健康を保つ秘訣なのかもしれません。生まれて初めて心療内科に行く。精神安定剤をもらう。誰か別の人の話みたい。
August 6, 2005
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前から観たかった『さらば、わが愛/覇王別姫』見る。これは、京劇スター俳優二人の同性愛の愛憎劇。チェーンカイコーの出世作。女形、程蝶衣をレスリーチャンが、男役の主役、段小樓をチャン・フォンイーが、そして、その妻菊仙をコンリーが演じる。京劇って分かりますかね?派手なメイクと衣装で、浪曲のような歌を歌いながら舞う中国の伝統芸能。テーマは歴史ものが多いようです。しかし、私が上海と香港行ったときは、観光ガイドや歩き方でも目にしなかったな~。私が見なかっただけかしら?海外観光客にはウケナイからやってないのでしょうかね?ベトナムハノイで見たような気がする・・・。この映画、舞台は中国北京。物語は1924年から始まり、日本軍の占領、抗日統一戦、国民軍と共産軍の争い、文化大革命と半世紀に及ぶ激動の時代で、二人は最後は結局、時代に裏切られてしまう。『宗家の三姉妹』観たときも思ったけど、中国の歴史はやはり壮絶。京劇スターの育成には孤児同然の子供たちが、今なら児童虐待というくらいの超厳しい稽古を経て、京劇スターを目指すのです。その辛い稽古が、主役二人の伝統を重んじる役者魂を形成しているのですが、中国の歴史の中で、その信念は悪とされてしまうのです。それまでの正義が一切覆されてしまう世の中というのは恐ろしい。ついさっきまで先生と言われていた袁世凱が処刑の対象となったり、スターともてはやされていた二人も自分たちが育てた少年に裏切られ、拷問される。日本の戦中戦後も同じだったとは言え、中国ではそれが二転三転するのだから、日本の比ではない。歴史認識について言及すると、難しくなってくるので、ここらでやめときますが。最後に。レスリーの女形はさすが(?)でした。
August 5, 2005
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『僕たちは編集しながら生きている』を読む。これは東京青山で開かれていた編集・写真・デザインのワークショップスクールのテキストを元にした本。主催者はアートディレクターの後藤繁雄さん。新しい時代の編集の形を模索するというコンセプトで始められており、かなり画期的な参加型のワークショップだったようです。これを読み始めたのは少し前だったのですが、しばらくとまっていた。―読んでる途中で中断することは私においてはよくある話なのですが。それが『海馬』の池谷さんのあとがきに、脳みそは結局、膨大にある情報から必要なものを選び取って、組み立てている、一種の編集作業だ、というようなことが書いてあって、この本を思い出したのですよ。そして、また読み始めた。少し意味合いは違うかも知れないけど、私はこの本のタイトルが好き。『僕たちは編集しながら生きている ~この時代をサヴァイヴァルするための、「生活編集術」と「編集生活術」』。編集って、今の私たちの生活の一歩先の価値を見出して、体系化した形で世論に見せてあげる作業だと思うんです。それと同時に、私たちは普段から膨大な情報の中から必要な情報を選び取って知らない間に生活自体を編集しているのではないかと。最近、特に商業雑誌の分野においては、ターゲティングが難しくなっているそうです。みんなの興味が年代によって、主婦向けとか、30代前半の男性向けと最大公約数的なものを作っていればよかった。それが今は違ってきていて、株のネットトレーディングに興味を持っている人は、OLもいれば引退後のおじぃちゃんもいるというように、関心事によって細分化されてきている。だからこそ、次の価値を見出すことが重要なのだろうなぁと感じる。しかし、そうなると一つ一つの発行部数は伸びないから、企画にお金かけられないのか?本屋も出版社も取次ぎ会社も先細り?そうするとやはりネットになっていくのでしょうか?しかし、個人的には紙であるよさも捨てがたい。
August 4, 2005
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前から興味があったヨガ、やっと行ってみた。私は元祖冷え性。冷え切っていると人から言われる。真夏でも靴下が欠かせない。そのくせものすごい汗かきだ。固体が液体になる融点が通常の人よりも低いみたいなイメージ持ってます。もちろん、それを解消したくて、入浴剤も使ってる、岩盤浴も行ってみた、マッサージもしてもらってる。でもさ~、人の力を借りて何とかするのではなく、自分でどうにかできるようになりたい、これが私の根底にありまして。で、最近何かと話題のヨガ、行ってみました。話題だと始めやすいね、教室も多いし。大学時代にスポーツをしていた私としては、ヨガはゆっくり、座ってもしくは寝っ転がって身体を動かすラクチンなモノ。もうあのときみたいなしんどい思いとかしないで、簡単に体のバランスを整えられると思っていました。も、も、申し訳ありましぇーん!ヨガをなめてました、私。これは結構しんどいスポーツなのですね…。いろんなポーズがあるようですが、その一つ一つをきちんとキープするのにかなり筋力がいる。バランスなんかは内臓やその他の細かい筋肉のバランスと関係しているらしい。必死にやればやるほど、息とめちゃうのよね。これじゃだめ~。呼吸も大切みたいですけど、それどころじゃなかったわ。効果を感じるには3ヶ月くらいはかかるとのこと。はぁ~、もう少し頑張ってみます…。
August 3, 2005
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出張に行く前に、新大阪駅の本屋さんの店頭においてあったテレビの予告編に釘付けになってしまった。面白そう!しかも!これってば、私好みの男前俳優、堤真一と岡田准一の夢の共演じゃな~い?というわけで、ごめんなさい!『フライダディフライ』映画レディースデイに一足先に見てきてしまいました。脚本は単純でちょっと強引。おいおい…というところもあるが、全体としてはすご~くいい映画でした。結構泣いてました。ストーリーはというと、大切な娘の復讐のため、ボクシングチャンピオンに闘いを挑むサラリーマン鈴木一(堤真一)。しかし、戦い方なんてまるで知らない鈴木は、高校生の朴舜臣(岡田准一)に指導を頼む。すぐリタイヤすると思われていた鈴木だったが、娘と自分の意地のために奮起。その間に二人の間に友情が生まれて…。高校生とサラリーマンの友情ってありそうで、ない。しかも二人のキャラクターが立っていてすごくいい。高校生の舜臣はものすごくぶっきらぼう。一方、サラリーマン鈴木は腰の低い気のいいやつ、舜臣には頭が上がらないのだが、信頼しているのがよくわかる。立場が違うと、価値観って全く違いますよね。その二人がこうやって、分かりあうことってとてもステキだな~と思いました。サラリーマンにとっては、出世してマイホームを得ることが大切。でも、高校生にとっては、喧嘩に強いか強くないか、それが全て。部長だとかそんなことは何の価値もないもんね。映画の中で鈴木は、次期部長と言われていたり、郊外だがマイホームを持っていたりして、まぁ成功している。そんな彼がプライドを捨て、自分の土俵と全く違う価値観で一から始めて勝負してやろうという姿勢が、見る人の心を打ち、また高校生との関係も築くことができたのだろうな、とジーンと来た。一番よかったのは、最後のトレーニングの日に鈴木がやっと登れた木の上で、二人が語りあうシーン。トレーニング中は年下の舜臣が先生で、サラリーマン鈴木は生徒。しかし、舜臣の過去を知り、鈴木が人生の先輩として舜臣をなぐさめるとき、その立場は変わる。別の価値観でも二人が結びついた瞬間。まぁ、難しいこと抜きにしても楽しめますよ!だってこの男前二人。堤のちんちくりんのジャージ姿だけでも、岡田のタンクトップから伸びる美しい腕だけでも、十分楽しめますので、お薦めです。
August 2, 2005
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『ニート フリーターでもなく失業者でもなく』を読む。先日、うちの会社が講演を依頼した玄田先生の本。随分前に上司に借りたのだが、つい読まずにそのままになっていた。それを何故かこのタイミングで手にした。やはりチェーンリーディング。昨日読んだ『海馬』とも、今日読んだもう一冊の『僕たちは編集しながら生きている』ともリンクするところがあるな~と思いながら読む。ニートとはNot in Education Employment,or Trainingの頭文字を取ったもの。「学生でもなく、働いてもおらず、職業訓練も受けていない人」ってとこか。失業者っていうのは、仕事を探している人のことだから、このニートっていうのは就職活動もしていない人を指す。人材系ビジネスの会社に勤めているので、休業中でもどうしてもこういう話題、気になってしまうのです。最近特に。というのも、以前は企業の大卒の正社員採用を中心に動いていたのですが、ここのところは中途採用のことがメインになったから。中途採用が中心だとどうしても、クライアントの企業規模が小さくなるし、求められる人材のスペックの幅も広がる。この場合、たいてい上には広がらない。下に広がるのです。自然、フリーターや第二新卒でもOKという企業の人事と話すことも増えてきた。でもね、言われましたよ「今、就職難だし、よくニュースでも若年層の失業率高いって言ってるから、人余ってるんでしょ?15人くらいすぐ採用できるよね?」って。特におじさん人事。もしくはそれを上司に持つ不人気業界やサービス系企業の人事の人が上に言われている。あのね~、数字上は余っているけど、必死に仕事を探して焦っている40万人じゃないですから。特に御社の仕事を希望するかどうか…とは、言いたいけど言わない。っっと、話それてましたが、というように仕事の本という位置づけで後回しにしていたのですが、読んでみたら、そうでもない。あら、これってば結構身近に起こっている問題に近いのかも。『相談する人がいない』って、現役大学生の後輩から聞いたことにも似ているような。『自分のやりたいことが見つからない』って少し前に相談を受けた知り合いの話にも似ているような。『人付き合いが下手』なんて、休業中の私のことを言われているような。経済学者の玄田先生と、フリーライターの共著のため、決して上からの視点ではなく、嘆いてもおらず、真摯な姿勢で書かれた本。おぼろげながら、現状が伝わってきた気がします。しかし、ニートの本人もわかっていないようなことですから、簡単に「わかった」と言ってはいけないと書いた先生の気持ちわかるような気がします。
August 1, 2005
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河内長野のラブリーホールへ、大学時代の友人U氏とその同僚M氏と行く。二人、落語は初めて。市民会館ラブリーホールなんて言うから、ホールをイメージしていたら、違いますがな。会場はホールの『和室』。畳16畳ほどの部屋に、座卓を積み上げた高座と、お座布団が適当に置いてあるだけの会場に、まずは落語の庶民的な感覚は理解いただけたようです。この日、前座はすずめ家こごめの『子ほめ』。彼はちょっと林屋いっ平に似てるかな?と思って聞いてました。ただ、少し声が小さかったかも。残念。元々、そんなエキサイティングな話ではないのですが、随分淡々とやっていたように思う。続いて、こごめさんの師匠さん、すずめ家ちゅん助さんの『皿屋敷』。盛夏にふさわしいネタです。聞いていると涼しくなってきた。皿屋敷とはあの「いちまぁい、にぃまぁいの番町皿屋敷」。これって姫路の話だったのですね。初めて知りました。井戸に身を投げたお菊さんの亡霊があまりに美人なので、見物しに行く男たちの話。着物姿のちゅん助さんはまるで檀家のお坊さんのような風貌でしたが、私服はパチパチパンチの島木ジョージみたいやった。その凄みのある演技と音響効果も手伝って、恐怖感が伝わってくる話となりました。それから、桂紅雀さんの『七度狐』。彼の落語は初めて聞きましたが、若いのに表情豊かで上手くて驚いた!今日一番の収穫でした。一度嫌な目に合わされると、人間を七度化かさないと気がすまない狐の話。川をフンドシ一つで渡る場面や、気味の悪いお寺の留守番役を引き受けているうちに恐くなってくる場面など、とっても面白く、愉しかったり、怖かったりという雰囲気が伝わってきた。仲入りはなく、そのまま桂雀々さんの『蛇含草(じゃがんそう)』。引っ込みがつかなくなって、大量の餅を一人で食べきらなくてはならなくなってしまった男の話。熱い熱い焼きたての餅を一口で平らげるその食べっぷりはさすが、名演技!早口で一気にまくし立てるのと、その繰り返しが雀々さんの演技の特徴。力づくで強引に笑いに持っていくのが、師匠の枝雀さんの芸を受け継いでいるなと実感。最後は、桂雀松さんの『佐々木裁き』。以前に、笑福亭三喬さんで聞いたことがある演目。西町奉行の佐々木信濃守が、お奉行ごっこをしていた子供、四郎吉に一本取られる話。当時の裁判の様子や習慣、街の様子などがよく分かる。長堀橋や松屋町など、大阪の現在の地名や出てきて身近に感じられる。また、北区にある与力、同心という地名は役職名からつけられたのだと改めて実感。雀松さんはくせのない、人当たりのよい感じで、話を進めていく。雀々さんの後だったので、少し落ち着いて見ることができたかな。
July 31, 2005
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『海馬 脳は疲れない』を読む。糸井重里と池谷裕也という脳医学者の対談集。糸井重里の好奇心を脳医学的見地から分析しようという本。副題にあるように、脳みそは疲れないらしいですよ。疲れていると思っているのは脳ではなくて、目らしい。子供のときに頭を叩かれると、「脳細胞死ぬやんけ~」と言っていたやつがいたけど、それも大丈夫。死んでるそばからどんどん生まれているらしいから。それよか人間には一生使われない脳細胞の方が圧倒的に多いとのこと。あのとき「つこてない細胞ちゃんと使えや~」と反論しとけばよかった。
July 30, 2005
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江戸落語にはあるのに、上方落語にはない。落語の定席のことです。年中落語をやっている落語専用のホールのこと。戦前まではあったらしいのですが、戦後になってなくなってしまいました。最近、東京では、春風亭小朝が銀座大落語祭を仕掛けたり、六人会という新しい落語を模索するグループを作ったりと盛んになりつつあるそうです。それに比べると上方落語はそうでもない。で、若手がもっと活躍できる場を作ろうということで、この落語の定席建設に向けて三枝らが働きかけているのです。詳しくはこちら!その建設資金を集めるためのチャリティ寄席でした。顔ぶれはかなり豪華。お得で充実した落語会となりました。まずは、桂三若。創作の『カルシウム不足夫婦』をやる。関西人の行儀の悪さ、ずうずうしさから、イライラした人というマクラで本題に入る。このタイトルを目にしていたから、ここからが本題だったのだと途中からわかったのだが、それまでは長いマクラだな~なんて思ってた。結婚5年目にして、思いやりのない夫婦間のやりとりが面白い。勢いがあって面白かった。それから、私の好きな桂小春團冶の『ちりとてちん』。初めて聞きました、有名なこの演目。さすが師匠、やっぱり面白いな。知ったかぶりをする近所の男を騙すために、腐った豆腐に『長崎名物 ちりとてちん』と書いた熨斗を貼って、その男に食わす話。続いて、桂ざこば。骨折してると聞いていたから、出るのかな?と話していたら、案の定、スーツにギブス、松葉杖という格好で登場。怪我のいきさつから、過去の腎臓結石、うつ病で苦しんだときの『闘病日記』とも言える話を面白おかしく語る。それにしても、うつ病で5年以上も大阪から松山の病院に通っていたとは。そして、それを枝雀にいさんに相談していたなんて。仲入り後は、笑福亭鶴瓶の『青木先生』。鶴瓶の私落語の十八番ねた。これは大好き。私は一度聞いたことがありましたが、また聞く機会に恵まれた。とりは三枝の創作落語。演目はわからんかった。この日の落語会はりそな銀行の講堂でやったのだが、まずは三枝のお父さんが旧野村銀行の行員だった話から、銀行の話へ。続いて暑くてやってられないよ、というぼやきから、ぼやきつながりで、居酒屋でぼやく男の話の本題へ。でもその男も居酒屋なのでした。三枝はやはり花がありまんな。出てきただけで、拍手喝采、なんとのう笑いがこぼれる雰囲気に。三枝はん!天満・天神繁昌亭ちゃあんと成功させてぇな
July 29, 2005
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