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■2020.6*六月やマスクの内にこもる熱*世界中コロナウイルス夏きざす■2021.3*春風や流行(はやり)病を連れてゆけ*(2020年 コロナ禍)春風や豪華客船留め置かれ■2022.1*口紅をひくこともなし去年今年■2021.7*梅雨寒むやワクチンの跡しかと見る*ワクチンが体内に入り夏来る*抗体を得て七月の風吹きぬ*七月やワクチン注射跡重し長かったマスク生活が、終わった。もちろん、まったくマスクなしというわけではないけれど、ジムでもマスクなし。ジムではかけている人とマスクなしが半々くらい。このところの暑さが、一気にマスクなしを増やした感じだ。■7月に見た映画■*大名倒産*君は放課後インソムニア*小説家の映画*キャロル・オブ・ザ・ベル*THE FIRST SLAM DUNK■書き残したネタ■*旅行ネタ*長堀川と橋*うさぎネタ*八幡大菩薩について*アフリカで日本の古着が環境破壊!?*トグサ(研ぐさ)*「篩(ふるい)」と「とおし」*レッドオーシャン、ブルーオーシャン*丁寧語*高師浜*読書ネタ*丁寧すぎる言葉◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■8分でアールヌーボー:このスタイルの何がそんなに新しいのか?■■9分でアールデコ:なぜそれが最も人気のある建築様式なのか?■■Simple Dwelling ■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.31
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■2019年7月■夏休み*窓辺よりさす日まぶしく夏は来ぬ*夏休みひねもすのたりのたりかな*始まりてすぐ終わりくる夏休み*急に来てあたふた終る夏休み*ピーマンの緑濃くみゆ白き皿 ■2020年7月■ハンカチ*別れとてハンカチを振る人もなし*思い出のハンカチ白く輝けり*目印にハンカチ結ぶ旅鞄*七月や藤井七段一敗す*夏草や地名に残る川の跡■2021年7月■*カレーには辣韭(ラッキョウ)がよし夏来る*梅雨寒むやワクチンの跡しかと見る*ワクチンが体内に入り夏来る*抗体を得て七月の風吹きぬ*七月やワクチン注射跡重し■2022年7月■梅雨*昨年もこうであったか梅雨寒し*我もまた自然の一部草いきれ*手に痛し胡瓜の棘に朝の露*水茄子の色さえざえと朝の膳*孫十九眉濃く丈の高き夏 そのあまりにも有名なキャッチコピー「NO MUSIC, NO LIFE?」"音楽があることで気持ちや生活が豊かになる"という事。で、私もNO俳句NOライフというタイトルを考えたけど、語呂が悪いので辞めた。2019年の2月から月一回、句会に参加しているがまとめておこう。■2019~2022年1月■■2019~2022年2月■■2019~2022年3月■■2019~2022年4月■■2019~2022年5月■■2019~2022年6月■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.29
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朝ドラ「らんまん」を見ていて、牧野万太郎と一緒に今野浩喜扮する大久保が出てくると「今野、そこに愛はあるんか?信じられる愛はあるんか?」と反射的に言ってしまう、天地はるなです((´∀`)) ちなみに好きなのは、■アイフル「現代文講師」篇テレビCM【公式】■なんでやねん!!((´∀`))ケラケラ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■大阪人の「うまいこと言う」技術■アンタの話は『新しい煙管(きせる)』やなあ。つまらんわ」ーー。笑いの都・大阪には、相手に「うまいこと言うなぁ」と思わず感心させ、場の空気を和ませるような会話表現がある。角(かど)が立たないように、言いたいことはしっかり言う。その技は、商談やお隣りさんとの日常会話、色街での駆け引きの中で息づいてきた。あからさまには言えないとき、窮地に陥ったときなど、ユーモア溢れるとっさの一言があれば、行き詰まる会話に風穴を開け、人間関係を円滑にできる!会話力を磨きたい人必読のオモシロ知的表現術。<本書に登場する「しゃれ言葉」>…◎うどん屋の釜/そのこころは*湯ぅだけ・・・ゆうだけ・・・言(ゆ)うだけ。しつこい人=うなぎの天ぷら/頼りない人=新米の寿司屋/お金にうるさい=京細工/◎春の夕暮れ*暮れそうで暮れん・・・くれそうでくれん■おしゃれ表現:こぉとな■■おすすめYouTube■■なにわの日(ひぃ):ネタ■■なにわの日(ひぃ):大阪的■■なにわの日(ひぃ):ツッコミ■■なにわの日(ひぃ):2017■■なにわの日(ひぃ):「草食系より大阪府警」■■なにわの日(ひぃ):どうなる「さすべえ」■■なにわの日(ひぃ):閉め切りですねん■■なにわの日(ひぃ):「人生の甘美なしたたり」■■なにわの日(ひぃ):ほかす■■なにわの日(ひぃ):なにわ野菜■■なにわの日(ひぃ):笑いの天才、紳助とさんま■■なにわの日(ひぃ):オカラさんと書いた人を推理する■■なにわの日(ひぃ)■■なにわの日(ひぃ):■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.28
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■THE FIRST SLAM DUNK■忘れるな、リョウータ。いつも余裕をかましながら頭脳的なプレート電光石火のスピードで相手を翻弄する湘北の切り込み隊長、ポイントガード・宮城リョータ。沖縄で生まれ育ったリョータには3つ上の兄がいた。幼い頃から地元で有名な選手だった兄の背中を追うようにリョータもバスケにのめりこむ。高校2年生になったリョータは、湘北高校バスケ部で、桜木、流川(るかわ)、赤井、三井たちとインターハイに出場。今、まさに王者、山王工業に挑もうとしていた。 高校バスケに打ち込む選手たちの成長を描いた井上雄彦による漫画「SLAM DUNK」を原作としたアニメーション映画。原作者の井上自らが監督と脚本を手掛けた作品。週刊少年ジャンプ(集英社)1990年42号から1996年27号まで連載された、井上雄彦による少年漫画。高校バスケを題材に選手たちの人間的成長を描き、国内におけるシリーズ累計発行部数は1億2000万部以上。その影響からバスケを始める少年少女が続出し、テレビアニメ(1993年10月~1996年3月)やゲームなども製作された。2006年、若いバスケットボール選手を支援するための「スラムダンク奨学金」が設立される。2018年、全カバーイラスト描き下ろし、物語の節目ごとに巻を区切り直した新装再編版(全20巻)刊行。2020年、イラスト集『PLUS / SLAM DUNK ILLUSTRATIONS 2』刊行、連載開始から30周年を迎えた。 昨年の12月3日に公開さらた映画は、今も上映されている。私は、漫画で読んだこともなかったし、高校生のバスケットチームの映画ということ以外知らなかったがよかった。主人公の不良少年桜木花道の挑戦と成長を軸にしたバスケットボール漫」ということだったけど、映画は宮城リョータの小学生から中学生が描かれていた。★湘北高校バスケットボール部★★7・宮城リョータ2年/PG/168cm小柄ながらスピードが持ち味の湘北の“切り込み隊長”。小柄だが、湘北バスケ部の次期キャプテンといわれる実力者。湘北バスケ部マネージャーの彩子に想いを寄せているが、相手にされていない。★10・桜木花道1年/PF/188cm高校からバスケを始めた素人。赤髪が特徴。流川(るかわ)を一方的にライバル視している。★11・流川(るかわ)楓1年/SF/187cm1年にして主力のスーパールーキー。無口でクール。★14・三井寿3年/SG/184cm中学時代はMVP。挫折して一時退部するも、復帰して3Pシューターとして活躍。★4・赤木剛憲(主将)3年/C/197cm「全国制覇」を目標にチームを引っ張る主将。桜木からは「ゴリ」、宮城からは「ダンナ」と呼ばれる。 キャラがすごい!!高校生という設定だけど、みんなこんなに筋肉があるのかとビックリ!こんだけ筋肉があったら食べても太らないだろうなと筋肉のない私は思った。( ;∀;)■スラムダンクとは■「バスケットボールで、ジャンプしてネットに上から強い力でボールを押し込むこと」なんですね。遠くからボールを投げるシュートではなく、ゴールの下まで行って高くジャンプして、ボールを上から押し込む迫力のあるシュートのことです。dunkだけでもほぼ同じ意味ですが、slam dunkはdunkのさらにパワフルなものを指します。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.27
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今から65年ほど前のこと。私は、岡山県の山奥の小学校に通っていた。その頃は、親が、子どもたちを連れて旅行をするという風習はなかった。山奥に育った子どもに海の経験をさせようということからか、4年生か5年生になると、「渋川の臨海学校」に行った。臨海学校に行く前に、歌を習った。 ♪オールそろえて えっさっさ 漕げよカッター 根かぎりよいしょよいしょと ひく網に かかる獲物は 何かしら魚もおどるよ 血もおどる たのしい海の 研修所♪何回も何回も歌っていると、臨海学校への思いがどんどん高まった。子ども達で「カッター」とよばれる小舟を漕いだこと。地引網を曳いたこと。とった魚での食事。学校の友だちと一緒の部屋で眠ること・・・。渋川の臨海学校の思い出は、今も鮮やかに残っている。そして、渋川の臨海学校は■岡山県渋川青年の家■という名前で今もあった。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.26
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■2023.5/24-1「いっぺん きんさいや 宇和島へ」と言われたので、愛媛県・宇和島市へ行ってきた。宇和島市の周りは、北宇和郡、南宇和郡、西宇和郡などの地名があるが、明治4年(1871年)7月14日、廃藩置県により宇和島藩は宇和島県となったというからこの辺りの中心的な町だったのだろう。観光案内所で「鹿踊り」の置き物を見てビックリ!!「鹿踊り」って岩手で見たけど、なぜここに?ガイドさんの案内で宇和島城へ。 伊達秀宗は戦国の世に「独眼龍」と称された仙台藩主伊達政宗の庶長子として育つ。後に正室に息子が生まれたので、正宗が徳川家に秀宗の身が成り立つように嘆願した。幕府は政宗の大坂冬の陣の戦功と秀宗の忠義に報いるとの理由で宇和島藩を与えた。そのため、「鹿踊り」という東北の文化が入ってきた。それで宇和島の伊達家の家紋は、竹に雀で仙台の伊達藩と同じ。ちなみに、向かい合う雀は、左:阿 右:吽の阿吽になっている。お城にも、仙台伊達家の使用している紋が使われている。上から「九曜」、「宇和島笹」、「竪三つ引」。一番上が●九曜紋(くようもん)●星といえば、★が一般的な現代だが、昔は●で表された。勝ち星などに通じるため武士の間によく使われた。竹に雀。「三つ引き両紋」。伊達家の1世である伊達朝宗が、藤原討伐の褒賞として源頼朝から下賜された家紋です。古来より「災い除け」として『古事記』などの譯(はなし)にも登場する桃の形の瓦。しかしこの天守閣、なにか変?天守の入り口には唐破風屋根で開放的な造りの玄関が用いられている。戦いのシンボル的な天守閣なのに、正面に玄関がある。敵を迎え入れてどうする!!壁には狭間や石落としなど戦いの備えが一切なく、窓には縦格子があるものの、五角形にして外を眺めやすくしている。使い勝手や装飾が重視されていることから無防備な太平の世の建築であるといわれるが、実際はすべての窓の下の腰壁には鉄砲掛けがあり、腰程の高さにあけられた窓から直接射撃を行う設計であったと考えられている。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆●天赦園(てんしゃえん)●宇和島藩第7代藩主である伊達宗紀が、隠居場所として建造した池泉廻遊式庭園。伊達家の家紋「竹に雀」に因み様々な種類の竹をはじめ、藤や花菖蒲などの四季折々の花が植栽されている。名の由来は、伊達政宗が隠居後詠んだ馬上に少年過ぎ 世は平にして白髪多し残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せんという漢詩から採ったもの。(藤の満開時はこうなる)園内には多くの藤棚があり、中でも池上にかかる太鼓橋式の藤棚にかかる白玉藤は、この園ならではの風景となっています。▲太鼓橋式の藤棚にかかる白玉藤。伊達氏の祖先が藤原鎌足で、その家紋は「藤」というところから。樹齢300年を超えるといわれる「野田藤」も。ノダフジ(野田藤)の名は、この種が植物学者の牧野富太郎により命名されるきっかけとなった、フジの名所であった大阪市福島区野田にちなんでいる。摂津(今の大阪)野田村は「吉野の桜、高尾(高雄)のもみじ、野田の藤」と言われるほどフジの名所であった。宇和島藩の参勤交代の帰り道、この美しい藤をもらい受け天赦園に移植した。いつからここにいたのだろうというくらいの松の老木が・・・。水と緑の庭園にいやされる・・・。■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■■5月21■高知県:カルスト公園・天空の道/屋根のある橋■■5月22-1■四万十川:沈下橋と遊覧船■■5月22-2■四万十市郷土博物館/安並水車/足摺岬■■5月23-1■足摺岬/ジョン万次郎■■5月23-2■見残し海岸/宿毛市・林邸■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.24
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■2023.5/23-2土佐清水市の地図の左の方<6>に「竜串海域公園」<7>に「見残し海岸」というのがある。「竜串」の地名の由来は、竜を串刺したような景観から名付けられた説やアイヌ語に因む説、竜山の竜臥(たつふし)が転訛した説、など諸説が立てられている。見残し海岸は竜串海域公園の千尋岬にあります。「見残し海岸」に行くために、チケットを買って、グラスボートに乗り込む。ボートの底に、カラフルな魚が泳いるのが見える。シコロサンゴも見える。見残し湾の、シコロサンゴ群体は国内最大のもので、高知県の天然記念物に指定されている。シコロサンゴのシコロとは、兜の部位の名称でガイドさんが兜の図で教えてくれた。「見残し海岸」の船着き場にグラスボートが着いた。グラスボートの着いた場所にある石。私たちを残してボートは帰ったので、迎えに来てくれる時間でこの辺りを散策する。人がひとりやっと通れるところを通りながら行く。そうそう、このガイドさん、足摺岬を案内してくれたガイドさんのご近所さんだそうだ。▲ガイドさんの下に見えるのは、「こけし岩」。言われればそう見える。▲右側の岩は獅子の頭のように見えるから「しし岩」。▲砂岩が波食や風食を受けて形成された岩が広がりる。▼歩いて行くにはあまりにも難所なため、弘法大師がこの地を見残したことから、「見残し海岸」と名前がついたと言われているが、なかなか見ごたえがあった。地震が来たら、ガイドさんが笛を吹くことが決まっているそうだ。ボートが迎えに来てくれて無事、港に帰れたが、地震が来たら、津波が来たらと思うと怖かった。▲観光案内所などあちこちに遍路さんが接待を受ける所がある。▼足摺サニーロードを通って次の目的地へ。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆宿毛(すくも)市は高知県の西の端の市。すぐ隣は愛媛県だ。その宿毛市にある「宿毛まちのえき林邸」に行った。■宿毛まちのえき林邸■林邸は林有造の邸宅として明治22年(1889年)に建設され、幡多地域における自由民権運動の本拠地として重要な役割を担いました。以来、130年以上に渡り、自由民権運動の系譜を連綿と引き継ぐ邸宅として親しまれてきました。親類の吉田茂(政治家)、竹内明太郎(小松製作所(現コマツ)創業者)らと共に近代日本の発展をリードした一家です。当時の政治家支援者の集いの場だった林邸には、連続する大きな座敷や、客座敷・客席のための「月見の間」の他にも、刺客に備える見張り番が控える正面玄関上の「見張り部屋」や、一階と二階をつなぐ隠し梯子など、独特の機能を多彩かつ優美に盛り込んだ建築となっています。▲二階の植物。▼▲古い道具に植物がおしゃれに♪▼▲「胴らん」という植物採集の時使う道具。高知県はここで最後、林邸の一部がカフェになっている。この後、いよいよ、伊予(宇和島)に入る。●6708歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■■5月21■高知県:カルスト公園・天空の道/屋根のある橋■■5月22-1■四万十川:沈下橋と遊覧船■■5月22-2■四万十市郷土博物館/安並水車/足摺岬■■5月23-1■足摺岬/ジョン万次郎■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.22
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■2023.5.23-1ジョン万次郎の像の前で、8:50に、ガイドさんと合流。足摺岬は、四国の最南端。足摺灯台、金剛福寺など足摺岬の観光地を歩を歩いた。弘法大師の言い伝えのあるとことがあちこちにあって、ガイドさんの話が面白かった。足摺岬といえば、灯台で、灯台の真下にも行った。金剛福寺は、四国八十八か所・三十ハ番札所で、城主山内家のあつい庇護を受けていた。灯篭などあちこちに山内家の家紋、柏が。境内の池の蓮の花が美しい。前の三十七番札所から80余km、いまは車で約2時間余、歩いたら約30時間、3泊4日はかかり、四国霊場の札所間では最長距離で、まさに「修行の道場」である。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ジョン万次郎の生家に向かう。万次郎は、漁師だったので苗字はなかった。アメリカから帰国したさいに苗字を許され、中ノ浜村の万次郎から「中浜万次郎」と名乗った。足摺岬で見た万次郎の像は、ヘアー・ヘブンを見ている。ヘアー・ヘブンとは、万次郎をアメリカに連れて行った船長の家のある場所。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆日米の架け橋として活躍した万次郎の生涯を紹介している■ジョン万次郎資料館■へ行ってきた。高知県は坂本龍馬が一番有名だが、ここ土佐清水市では、ジョン万次郎、一択押し、市をあげて■「ジョン万次郎を大河ドラマに」■という運動をしている。万次郎達は足摺岬の南東15キロメートルほどの沖合で操業中、突然の強風に船ごと吹き流され、航行不能となって難破してしまう。5日半漂流した後、伊豆諸島にある無人島の一つである鳥島に漂着、この島でわずかな溜水と海藻や海鳥を口にしながら143日間を生き延びた。これは、青の点線で記される黒潮の流れが、その年に限って赤の軌道で流れたからだという話だった。この流れは10年に一度だそうだ。10年後、万次郎は帰国できたのであるが、何回も取り調べを受けた。その時担当した侍が絵心のある人で絵を描いていた。それが↑の絵。 鉄道、軍艦、金鉱、教育、選挙……これが西洋というものか! 幕末の志士に影響を与えたと言われる驚異の見聞記。見残し海岸を目指す。■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■■5月21■高知県:カルスト公園・天空の道/屋根のある橋■■5月22-1■四万十川:沈下橋と遊覧船■■5月22-2■四万十市郷土博物館/安並水車/足摺岬■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.21
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■2023.5/22-2四万十市にある■四万十市郷土博物館しろっと■に行ってきた。山内一豊の弟、康豊の居城であった中村城跡にある城の形をした博物館。館内には、四万十川や支流と紡いできた暮らしや歴史・文化を「川と共に生きるまち」として紹介。最上階は展望台となっており、四万十川、東山、市街地を一望することができます。▲「いしぐろ漁」石を積み上げたものを「いしぐろ」という。▼(私は子どもの頃、藁を積み上げたものを「わらぐろ」と言っていた。)▲昔の四万十川では、何か所かに「向い地蔵」があった。渡る前に、無事を祈り、無事に渡れたら、無事に感謝の祈りをささげた。四万十市郷土博物館の周りは、土塁が残っている。▲スマホを見るお遍路さんに遭遇。(-人-)津波の避難タワーを見ながら、次の目的地へ。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆四万十川の支流になる後川。この流れで美しき水車を見ることが出来ます。それが「安並水車の里」。遡ること藩政時代。土佐藩の家老であった野中兼山(元和元年(1615年)一寛文3年(1664年))が、四万十川の支流から潅漑用に水路を作ったのが始まりとされています。野中兼山の土木作業は土佐藩の第二代藩主・山内忠義(文禄元年(1592年)一寛文4年(1665年))から命じられたものです。水路はかつて「溝」と言われており、四つの村に利用されたことから四ケ村溝と呼ばれていました。現在は約15基となっていますが、明治の頃には約50基が回っていたのです。水車は現在、観光用となっています。安並水車の里を後に、四国の最南端、足摺岬に向かう。途中、野菜の無人販売があった。無人店舗のことを高知では「良心市」という。「出し売り」や「ダンマリ」といった名称を使用していた地域もあるそうだ。■良心市■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆足摺スカイラインを通って、四国最南端の地、足摺岬に到着。次の日、岬の最南端をガイドさんと歩くので、この日は、「万次郎の足湯」という建物に入った。中には、足湯があってガラス越しに白山洞門太平洋が眺められる。自然の力で岩場にできた神秘的な洞門と太平洋が見える。白山洞門は、高さ約16m、幅17m、奥行き15mと海食洞としては日本最大級。遊歩道から急な階段を下ってすぐ近くまで行くことができます。けど私は行かなかった。「万次郎の足湯」の近くには、「足摺亜熱帯植物園」があった。亜熱帯って、さすが南国土佐だ!●5717歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■■5月21■高知県:カルスト公園・天空の道/屋根のある橋■■5月22-1■四万十川:沈下橋と遊覧船■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.19
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■2023.5/22-1四万十川の沈下橋とは、増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋のこと。「造るのにお金がかからない、そして、増水時にはそのまま川に沈んでしまって壊れる可能性も少ない」のが沈下橋。地元の人にとって沈下橋は、生活のための橋。少し膨らんでいる所ですれ違う。緑の山々に青い四万十、そして沈下橋という風景は、もっとも四万十川らしい風景でしょう。河口からいちばん近い沈下橋は、佐田(今成)沈下橋で、橋を渡るときの気分はそう快です。他に、四万十川の本流域(四万十市内)だけでも、三里、高瀬、勝間、口屋内、岩間、長生、中半家、半家の沈下橋があり、いずれも四万十川らしい、川と人との関わりの感じられる風景が見られます。橋から飛び込んで泳いだら気持ちいいだろうなと思ったら、危険だそうだ。四万十川では、カヌーを体験できるところが何か所もある。四万十川は四国最長の196kmもある川で、そこにかけられている沈下橋は本流・支流を合わせると、実に47本にもなるのです。四万十川はその流域全体が文化庁の指定する『重要文化的景観』となっています。文化的景観とは、単なる景色や環境の良さではなく、例えば沈下橋・棚田・伝統漁法など、自然と調和し、川とともに発展してきた人々の暮らし、一種の原始的な文化が残っていることが、評価されていることの現れと言えるでしょう」■四万十川の沈下橋■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆沈下橋を何か所か見た後、屋形船に乗って、船の上から四万十川を体験することに。三里乗船場から船に乗る。大きなS字を描く航路からは民家や道路がほとんど見えないので、大自然の景色を思い切り満喫できる。三里沈下橋を潜って・・・。気持ちのいい川風を感じながら進む船。佐田沈下橋の手前でUターン。交差する屋形船の客はお互いに手を振り合って、挨拶する。観光バスも何台も見かけたが、「モネの庭」、「牧野植物園」そして四万十川は、必須の観光地だ。蛍にカヌーに屋形船・・・と楽しい四万十川は、暴れ川で、印をしている高さまで水かさがあったという。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ホテルの近くに幸徳秋水の墓があった。この地の生まれだそうだ。■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■■5月21■高知県:カルスト公園・天空の道/屋根のある橋■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.18
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■2023.5/21高知県と愛媛県の県をまたいで建っているホテルを出てカルスト公園の中の道を行く。■まるで絵画のような日本の絶景6選:4分頃■カルストというのは、数億年前はサンゴ礁の海だった地形が隆起して石灰岩などの水に溶解しやすい岩石が、雨水、地表水、土壌水、地下水などの浸食作用で出来た地形です。 昨日、ホテルのフロントに「らんまん」の写真を飾っていたので見ていると「『らんまん』ご覧になってますか?ここに撮影に来られましたよ」とホテルの人に言われた。次の日によく見ると、テーマ曲の場面でこの辺りの景色が使われていた。四国カルストは、愛媛県と高知県との県境にあり標高は約1200~1400m・東西の幅は約25kmのカルスト台地で、三大カルストでは圧倒的に標高が高いのが特徴です。カルスト台地は水はけが良いため樹木が育たず、多くが草原であるため乳牛の放牧地になっています。県道383号はカルスト台地を東西に横断する道路で「四国カルスト公園縦断線」と呼ばれ、日本百名道にも選定されています。360度のパノラマ風景や四季折々の絶景が楽しめるとあって、四国を代表するドライブ・ツーリングコースとなっています。景色の良い場所や展望所には駐車場が作ってあったり、路肩に駐車スペースもあるので自由に停めることが出来ます。白い岩がごろごろ転がっているのではなく、地肌が見えているのです。姫鶴平(めづるだいら)は牧草地五段高原の頂上から見えるなだらかな緩斜面に作られた牧草地帯。■四国カルスト■曲がりくねった道を下へ下へと下りてゆく。この日の泊は四万十市。最期の清流とうたわれた四万十川を見に行く。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆車で四万十市に向かっていると川沿いに、不思議な橋を発見。▲神幸(みゆき)橋という名前の橋で、川の向こうにある神社の参道だそうだ。早速、渡ってみる。▲橋の真ん中は、少し広くなっている。▼橋を渡ると、三嶋神社があった。三嶋神社は、高知県高岡郡梼原町にある神社だ。創建は919年で、津野経高(つのつねたか)が伊豆の三嶋大明神を勧進したのが始まりだそうだ。坂本龍馬が土佐藩から脱藩した時に通った道がここだそうだ。神社側から見た神幸(みゆき)橋。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆四万十町(四万十市にあらず)をガイドさんと歩いた。▲ここにも雨から壁を守る「水切瓦」が。▲この日もサルトリイバラの葉に包まれた餅を発見!!そうこうしているうちに、今日のホテルのある四万十市に着いた。●8410歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■■5月20■高知県と愛媛県にまたがるホテル■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.17
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■2023.5/20この日は、高知市から、高知県と愛媛県の境目にある、「星降るビレッジ TENGU」まで行く。横浪黒潮ラインは、高知県の土佐湾に東西に細長く伸びる横浪半島の南側断崖の尾根に沿って縦断する延長約19 kmの道路で、東端は浦ノ内湾口に架かる宇佐大橋から西へ向かい、西端の浦ノ内湾の最深部沿岸まで続く。リアス式海岸を持つ横浪半島の峰に沿って東西に走る爽快なドライブコース。竜埼、ツズラ崎、帷子崎(かたびらさき)、地の鼻、甲崎・・・と海沿いの地形の名前が面白い。沿道は複雑な形をしたリアス式海岸がみられ、眼下には雄大な太平洋を臨み、北には穏やかな浦ノ内湾や四国山地を見ることができます。横浪半島の19kmに渡って走る風光明媚なコースはわざわざここを目指して来るドライバーもいるほど。須ノ浦駐車場には、武市瑞山銅像が。雛菊「月様、雨が…」月形「春雨じゃ、濡れてまいろう」月型半平太は、武市半平太がモデル。武市半平太の銅像は昭和54年12月、坂本龍馬も中岡慎太郎も銅像になっているのに、リーダー武市半平太の銅像がないのはと募金によってここに建立されたものだ。その他、高知県の有名人の写真もあった。でも、吉田茂は、東京生まれですから~、残念~。▲足摺岬や桂浜のタイルがあった。▼◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆若葉風 県超え続く遍路道 はるな車は海沿いから山に入っていく。遍路さんが一人で歩いている。徳島県から遍路さんよく見るわぁ。どんどん山の中に入っていく。「道の駅 布施が坂」が近い。▲「道の駅 布施が坂」に車をとめて、持って行った弁当を食べた。▼▲この辺りは、茶畑が広がっている。▲「道の駅」で売っていた「かしわ餅」。四国は、柏の木がないという四国において、「かしわ餅」は、サルトリイバラの葉に包むというのは、ガイドさんに聞いたことがあるが、写真にうつしておこう。▲これは、北海道訓子府町より贈られたものだそうで、“訓子府町” とは姉妹町なのだそうです。▲過酷な地形で米が作れないので北海道に開拓に行ったのだと思っていたら、よく分からないとのこと。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆四国カルスト(しこくカルスト)は、愛媛県と高知県との県境にあるカルスト台地。標高は約1,400m、東西の幅は約25km。今夜は、愛媛県と高知県の境目にあるホテルに泊まる。▲敷地内にある県境ライン。▼ホテルの中にある県境ライン。まだ早かったのでホテルの近くのセラピーロードをちょっと散歩。▲セラピーロードには、ウッドチップが敷いてあって歩きやすい。▼●12175歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■■5月19-2■高知県:龍馬の生まれた町■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.15
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■キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)■なにがあっても、生きる。1939年1月、ウクライナのイバノフランコフスク(当時はポーランド領スタニスワヴフ)で偶然、ウクライナ、ユダヤ、ポーランドの3家族が同じ屋根の下で暮らすことになる。歌が得意なウクライナ人の娘ヤロスラワが歌う、ウクライナの民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」を通して互いに交流が始まるが、まもなく第2次大戦が開戦する。ナチス・ドイツの侵攻やソ連によって次々に占領され、ポーランド人とユダヤ人の両親たちは連行されてしまう。ウクライナ人の母であり歌の先生でもあるソフィアは、残されたポーランド人の娘テレサ、ユダヤ人の娘ディナを、自分の娘ヤロスラワと分け隔てなく守り通し、生き抜くことを誓う。 第2次世界大戦下、ソ連やドイツ・ナチスにより占領され続けたある地方で、同じアパートに住んでいたウクライナ人、ユダヤ人、ポーランド人の3家族の民族を超えた愛と、ウクライナの歌<キャロル・オブ・ザベル>に込められた希望を描くヒューマン・ドラマ。 クリスマスキャロルとして有名な<キャロル・オブ・ザ・ベル>は、ウクライナで古くから歌い継がれている民謡<シェドリック>を編曲したもので、映画「ホーム・アローン」(90)内で歌われて世界中で知られるようになった。この歌は「ウクライナ語、ウクライナ文化が存在している」という明確な証として今も歌い継がれている。現在もキーウに住み、子どもを持つ母親でもあるオレシア・モルグレッツ=イサイェンコ監督が、2022年のロシアのウクライナ侵攻より前に、本作を作り上げた。★歌が上手いウクライナ人の家の女の子を演じるポリナ・グロモヴァは、2011年、ウクライナ・キーウ生まれ。ロシアによるウクライナの本格的な侵略が始まって以来、ポーランド・ワルシャワへ避難している。最後はソ連の悪行が描かれるあたり、昨今の政情を反映しているのかと思ったが、既に2021年には撮り終えていたそうで、ロシアのウクライナ侵略を意識して撮ったとかではないそうだ。■ここに歌のシーンあり■映画の中で小さな女の子が歌うのは、少年合唱団が歌うのとちょっと違う。映画の方が、ウクライナ民謡的な内容だった。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.14
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■小説家の映画■小説家と女優、彼女たちの第二章。長らく執筆から遠ざかっている作家のジュニは、ソウルから離れた町でひっそりと書店を営む後輩のもとを訪ねる。近況を話し合い書店を後にしたところ、この町の名物タワーの展望台で旧知の映画監督夫妻と再会。春の到来を予感させるうららかな陽気に誘われ公園に繰り出すと、今度はかつて映画界で名声を得ながらも今は引退同然の生活を送る女優のギルスと偶然出会う。二人は初対面とは思えないほど互いに親しみを覚え、ジュニはギルスを主演にして映画を撮りたいと提案。共に人知れず迷いを抱えた二人は、思いがけず新たな可能性に飛び込んでいき……。 私は知らないが、監督はホン・サンスという有名な人らしい。それにしても、どうしてこんなダラダラと長い会話劇を映画にしようとしたものだと思う。 まず、書けない小説家が作れる映画ってどんなの???引退同然な女優が出る映画って魅力があるの???ダラダラと椅子に座ったままで、進行する映画。私だったら、こんな風にした。★もう脚本はほとんど決まってる。★だから、二人でロケハンに行く。そこで魅力的な女性にあって、物語をふくらませる。★舞台になる古い屋敷の老姉妹の話が素敵過ぎてそれも映画に使う・・・。などなど動きのある作品にするわ。モノクロで出演者にも話の内容にもいいとこなしでガッカリだった。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.13
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■2023.5/19-2高知城の後、行ったのは、「高知市立 龍馬の生まれたまち記念館」。龍馬の少年時代を中心とした映像や模型の展示、当時の町の様子や歴史が分かりやすく展示されています。ここから、ガイドさんの案内で、館内や市内を案内してもらった。坂本家の離れをイメージした部屋には、龍馬と龍馬の姉・乙女の蝋人形が設置されています。▲庭にも、腕組みする「乙女ねーやん」のそばに龍馬が・・・。亀山社中のメンバー・近藤長次郎(右)も座っている、ここは写真スポット。▲外を歩くと、龍馬の足跡があちこちに。▼▲この碑の筆跡は、吉田茂元総理大臣。吉田茂も高知県人だからとガイドさんの説明。▲雨の多い高知では、水害対策を沢山見た。▲これもその一つで、「水丁場の標柱」。鏡川の川べりにこの標柱が立てられ、出水時には武士、町人が協力して川から町を守った。(ガイドさん)■高知歴史散歩■▲この辺りは鏡川に近く水害を考えて石の塀で囲い、家の高さを高くしている。▲「高知市立 龍馬の生まれたまち記念館」の前の小さな水路は、江戸時代からのもの。道路が狭いのに埋め立てられなかったのかと聞くと「高知は雨が多いから小さな水路でも埋めてしまうと大変なことになるんです」とガイドさん。▲泊まったホテルの前にも同じような水路が残っていた。▲高知市には、古い町割りが残っている。この水路も江戸時代からのもので下水として活用されたそうだ。歩いていると、柏の木発見!!「四国には、柏の木をあまり見ないから、柏餅はサルトリイバラの葉に包む」と手羽島(てばじま)を案内してくれた時、お茶とサルトリイバラの「柏餅」をくれたガイドさんの話を思い出す。土佐藩、藩主・山内家の紋所は柏。柏紋は、柏の葉を模した家紋です。古来、柏は神木とされ、その葉は神事用の食器として用いられていました。また柏の古い葉は、次の春に新しい芽が出てくるまで落ちない。 家系が絶えない子孫繁栄の縁起物とされた。 ▲レトロな市電。♪土佐の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見たよさこい、よさこい~で有名な播磨屋橋は、4か所あるというけれど、これもかな??▲(車で通っていた時に発見)◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆桂浜に行った。坂本龍馬が太平洋に向かって立っていて、観光客が写真を撮っている。▲坂本龍馬と同じ目線になれるという特別展望台が龍馬像の隣にあって、▲夫が早速登った。▼♪月の浜辺で焚火を囲みしばしの娯楽の一時をわたしも自慢の声張り上げて歌うよ土佐のよさこい節をみませ見せましょ浦戸をあけて月の名所は桂浜と「南国土佐を後にして」にうたわれた「桂浜」。桂浜には、長曾我部氏時代には、城があったという。▲桂浜の地名は、勝浦からと言われる。▲龍王岬から見た桂浜。●12050歩▲翌日、土佐市で見つけた桂浜のタイル絵。■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■■5月19-1■高知県:高知城■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.12
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■2023.5/19(金)-1 佐藩初代藩主・山内一豊(やまうちかつとよ)により創建されて以来、約400年余りの歴史を持つ「高知城」は、“南海道随一の名城”と謳われる優美な姿を今に残す高知市のシンボル。日本国内で江戸時代から天守が現存している12城のひとつであり、天守や追手門など15棟が重要文化財に指定されています明治時代に発布された廃城令や太平洋戦争、南海地震など、様々な危機を乗り越えたうえに、15棟もの建造物が現存している貴重なお城であることから、日本100名城に選定されています。また、追手門と天守を1枚の写真に納めることのできる、全国でも珍しいお城としても有名です。▲手前にある門が追手門、奥に見えるのが天守。追手門と天守の両方が現存しているのは全国で3ヵ所(写真提供:高知県教育委員会)▲土佐藩初代藩主・山内一豊の像高知城は、慶長6(1601)年、山内一豊によって着工され、息子・忠義が土佐藩主を務めていた慶長 16(1611)年に、ほぼ全ての建物が完成しました。敷地内には「高知城観光案内所」があり、本丸までの無料ガイド(所要時間約50分)と、天守までの無料定時ガイド(9時30分~、13時30分~の2回、所要時間約90分)を実施。「土佐観光ガイドボランティア協会」のガイドさんが高知城の魅力をたっぷり教えてくれます。矢狭間塀の石垣の中には、ケ・シ・エ・ウという字が刻まれた石があります。「これは、どの石をどこに積むか分かるように掘ったのではないか、などと言われていますが、詳細は不明なんですよ。」と、ガイドさん。また、石垣の至る所に石樋(いしどい)という排水設備があります。これは、全国有数の多雨地域である高知県の城ならではなんだとか。(▲雨水を集める水路)雨水が城内に設けられた水路を流れて石樋から排水される際、石垣内部に排水が入って目詰まりがおきないよう、石垣から突出した造りになっているそうです。▲石樋を突出させることで、石垣に直接排水が当たらないようにしている。これらの石垣は、安土桃山時代に近江(おうみ)を中心に日本中で活躍した石工集団・穴太衆(あのうしゅう)により、自然石をそのまま積み上げる野面積みという方法で造られています。▲二ノ間と三ノ間の間に設けられた、うちわけ波の欄間。二ノ間と三ノ間の間には、名工・武市高明が黒潮の波をモチーフにして作りあげたと伝えられている、うちわけ波の欄間が配されています。シンプルですが、江戸時代に作られたとは思えないモダンなデザインが素敵!このデザインは、土産物屋の紙袋にも使われていた。▲山内家の家紋。一豊の父が戦の途中で指物(戦の間、鎧の背にさして目印にした小旗や飾り物のこと)が失われたため、代わりに近くにあった柏の枝をさして戦ったところ、勝利したという伝承に由来。三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎は、この家紋と岩崎家の家紋を統合させて、会社のロゴを作成したんだそうだ。▲天守1階に展示されている築城の様子を再現した模型。高知城の木材は、同国内から石垣は浦戸城のものも流用し、瓦は上方に発注した、とされている。その他専門の職人は大坂から雇用し、人足には山内家家臣団も利用された。子供も工夫として参加させ、賃金も支払われた。一日の参加人数は1200人を超えたと伝わる。冬の寒い時期は粥などの炊き出しを行い、月の明るい夜は夜通しの工事も行われた。窓からは、青銅製の鯱(しゃちほこ)を間近に見ることができます。高知城の鯱は雄雌一対で、阿吽の相を表しているそう。青銅製の鯱は珍しいそうです。建物が火事の際には水を噴き出して火を消すという鬼瓦同様守り神とされた。▲あちこちに、ハートの形をした「猪目(いのめ)」が。▼ハートの形をした日本古来の文様。 火伏の魔除け、魔除けの装飾として神社などの建築物に設けられる。■高知城■高知県高知市丸ノ内1-2-1[開館時間] 9:00~17:00 ※最終入館16:30まで、公園内は入園自由■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■■5月18-2■高知県:弁天座・絵金・牧野植物園■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.11
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■2023.5/18-2高知県・香南市にある弁天座に行った。■弁天座■明治33年ごろ、赤岡町の旦那衆がお金を出し合い、芝居小屋を造ったのが「弁天座」のはじまりです。昭和3年、一度火災で焼けましたが、すぐに再建しました。当時は毎日のように大衆演劇や映画などが興業され、芝居がはねた後は、人の波が絶えませんでした。弁天座周辺は地元は問わず、若い人の遊び場でした。しかし、時代の流れには逆らえず、しだいに客足は遠のき、惜しまれながら閉館。当時、娯楽の発信源だった「弁天座」。その頃の想いを込め、ふたたび平成の世に、装いも新たに誕生しました。多目的なスペースも兼ね備えた「弁天座」は、今後もまちの活性化と、芸能文化の向上を図っていきたいと思います。弁天座・所在地 〒781-5310 高知県香南市赤岡町795番地「弁天座」の前にあった、「絵金蔵(えきんぐら)」へ。絵師金蔵、略して絵金。 もとは土佐藩家老桐間家の御用を勤める狩野派の絵師でしたが 贋作事件に巻き込まれ、城下追放となります。野に下った絵金はおばを頼りに この赤岡の町に住み、酒蔵をアトリエに絵を描きました 。 「絵金蔵」では、町内に残された23枚の屏風絵を収蔵しています。 これらの芝居絵屏風は全て夏の祭礼の夜に飾るために描かれたものです。その後、朝の連続テレビ小説「らんまん」のモデル牧野富太郎の名前を冠した「高知県立牧野植物園」へ。■高知県立牧野植物園■は、高知県出身の世界的な植物学者・牧野富太郎(まきのとみたろう)博士の業績を顕彰するため開園した「高知県立牧野植物園」。園内には、牧野博士ゆかりの植物や、高知県特有の草花など3,000種類以上が咲き誇ります。JR高知駅から車で南東へ約20分。高知市街地を望む標高146mの五台山(ごだいさん)に「高知県立牧野植物園」(以下、牧野植物園)があります。この五台山は、牧野博士が青年期のころに訪れていた山で、植物園建設計画の際、牧野博士が「植物園を造るなら五台山がいい」と言ったことから、四国霊場第三十一番札所「五台山 竹林寺(ちくりんじ)」(以下、竹林寺)より土地を譲り受けて造られました。▲「土佐の植物生態園」には小さな滝や小川もあって涼しげな雰囲気▲「牧野富太郎記念館」本館から展示館へと続く回廊。▲トビカズラは常緑つる性植物。なんだか神秘的な姿「カンナ&ローズ園」のすぐ近くには、トビカズラという珍しい植物が根をおろしていました。トビカズラは、日本国内で果実をつけたという事例が多くはないそうですが、「牧野植物園」では、毎年、花と果実の両方が楽しめるそう!▲牧野富太郎像。右手には、カラカサタケというキノコを持っている▲散策ロードには、小川や池も園内でも人気が高い温室へ。熱帯さながらの室内では、国内外から集めた貴重な植物や色鮮やかな熱帯花木、熱帯果樹などを一年中楽しめます。▲オオオニバス。丸くて大きな葉が印象的大きいもので1枚の葉が直径1.5mから2mにもなるそうです。■牧野植物園HP■▲ガンゼキラン▼▲ガンゼキラン▼▲公園のあちらこちらに遍路道がある。すぐそばに、四国霊場第三十一番札所「五台山 竹林寺(ちくりんじ)」があるのだ。♪土佐の高知の播磨屋橋で坊さんかんざし買うを見た・・・。という歌にうたわれた坊さんはこの寺の坊さんだ。●13382歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■■5月18-1■高知県:安芸市のシンボル野良時計等■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.10
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■2023.5/18-1「野良時計」で有名な高知県・安芸市(あきし)をガイドさんの案内で廻った。●安芸市のシンボル「野良時計」●家ごとに時計のなかった明治20年頃、この地の地主だった畠中源馬氏が、10歳の頃に父に買ってもらったアメリカ製の八角時計を分解しては組み立て、構造を理解し、すべての部品から手作りで作りあげた。以来、120年にわたって時を刻み続ました。古くから周辺で農作業をしていても遠くから時間を知ることができ、「野良時計」として現在も多くの人々に親しまれています。●弘田龍太郎(1892~1952)●大正・昭和期の作曲家弘田龍太郎は、明治25(1892)年6月30日安芸郡土居村西木戸(現在の安芸市土居)に生まれる。3歳の時に父の転任により千葉へ。その後、三重の中学校を卒業し、東京音楽学校(現東京芸術大学)に入学する。卒業と同時に、同校の助手を勤めますが、大正6(1917)年、作曲部の新設にあわせて再入学。その後、講師を経て、助教授となる。(▲イラストは、高知県出身の漫画家・はらたいら)本格的な作曲活動は大正6(1917)年頃から。童謡「浜千鳥」「雀の学校」「春よ来い」などの名曲を次々と発表し、童謡・歌曲作家としての地位を確立。●土居廓中(どいかちゅう)の街並み●土居廓中は、330年くらい前に5代目五藤正範が整地し、家臣の役分に応じた屋敷が成立しました。土地300坪、建物30坪が平均で、与力百石高の武士はこれ以上の土地をもらい野菜を作ったそうです。この一廓は、もとは武士だけが住むところで、農民や商人は、頬被りやはちまきは外し、木履をはいて通るのは遠慮されたといいます。特徴的なのは、ウバメガシ、土用竹の生垣や(▲土用ための生垣の手入れ)瓦と玉石を使った塀。土用竹の生垣は、夏の暑さ、冬の寒さ、強風を防ぐ役割がありますが、ここでは、いざという時、弓矢として使うために植えられたと言われています。ウバメ樫や土用竹の生垣は、土佐では武家のみにゆるされていたといわれている。また、割れ瓦を積み重ねた練り塀は瓦の産地ならではの、安芸地域ではよく見られる塀で、多くは幕末から近代中期にかけて造られました。安芸城の跡に行った。安芸市立書道美術館◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆伊尾木洞(いおきどう)へ行った。国道からわずか数十m入ったところに突如あらわれる空間。足元を浸すほどに水が流れるうす暗い洞内を進むと、急に空が開け、シダの群生と木漏れ日が美しい、幻想的な景色が広がります。シダの生い茂るこの天然の洞穴は、周辺が海だった頃、波が浸食することにより出来た天然のもの。洞の壁には貝の化石が見られるところもあり、高さは約5m、幅約3m、延長は約100mに及びます。この洞周辺の壁面と、その先の渓の岸には熱帯性シダ類を中心に、確認されているだけでも約40種類ほどのシダが自生しています。1ヶ所に多くの種類のシダが共生しているのは、とても珍しいとされており、シダ群落すべてが国の天然記念物に指定されています。▲マムシグサを沢山見た。伊尾木洞(いおきどう)を後にして車で移動していたら、津波の避難タワーが。地震がおきませんように・・・。■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■■5月17-3■高知県:モネの庭■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.08
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■2023.5/17-3“光の画家”モネが描いた理想の庭「モネの庭」を再現した庭が高知県・北川村にあるので見てきた。この庭は、モネがこよなく愛したフランス・ジヴェルニーの庭をモデルに創られています。色とりどりの睡蓮とゆらめく水面、太鼓橋や藤棚、バラのアーチ、混ざり合う光と花の色…庭を散策すると、彼が描いていた風景をかいまみることができます。水鏡に映る木々や草花の美しい様子は、北川村のまぶしい光と青い山海を背景に四季折々の自然模様を描きだし、草木の成長とともにその姿を変えていきます。“光の画家”モネが描いた理想の庭印象派の巨匠クロード・モネは、列車の窓から見たジヴェルニーの景色の美しさに心奪われ、43歳でフランス北部にあるジヴェルニーに移り住みました。そして、セーヌ渓谷の肥沃な土地に、理想の家と庭を作りあげました。太鼓橋や藤棚・柳に竹、浮世絵の影響を受けたモネの日本を感じる庭は晩年彼をひきつけて止まないものでした。ジヴェルニーの庭は彼の創造の源泉となり、「睡蓮」などの多くの名作を生み出す舞台となりました。 北川村「モネの庭」マルモッタンは、この庭と家をクロード・モネ財団の指導を仰ぎながら、彼の精神と共に再現したものです。ジヴェルニーの庭は“光の画家”モネの創造の源泉とも言える存在でした。モネは自ら草花や木の種類を選んで庭に植えていました。それはまさに自分のキャンバスの上に絵を創作するのと全く同じで、後に「まるでパレットのような庭」「生きた美術館」と評されました。 彼はこの庭に3つの温室を建て、6人もの庭師を雇い、世界中から(もちろん日本からも)珍しい植物を集めるなど、大変な情熱を傾けました。実は多くの名作を生んだこの庭こそ、モネの最高傑作だったといえるのかもしれません。道楽や目の保養のためばかりでなく絵の題材として庭を作りたい。クロード・モネ池で作業している職員がいた。自然に見えて、ものすごく人の手が入っているのを感じた。雑草・イタドリがカッコよかった。あえて残しているのかな・・・?●フローラルホール●2011年にオープンした多目的ホールです。▲庭の中心部にあるギャラリー・ショップは、ジヴェルニーのモネのアトリエと家をモチーフにデザインされています。北川村「モネの庭」 マルモッタン高知県安芸郡北川村野友甲1100番地●10106歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■■5月17-2■高知県・室戸市:重伝建:雨風から家をまもる■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.07
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■君は放課後インソムニア■ひとりじゃない石川県七尾市の高校生、中見丸太は不眠症に悩まされていた。ある日、丸太は学校の古い天文台で、同じく不眠症に悩むクラスメイトの曲伊咲と出会う。ほとんど話したことがなかった2人は、誰にも打ち明けられなかった秘密を共有したことでしだいに親しくなっていく。しかし、天文台を無断で使用していたことがバレて立入禁止の危機に。寂しそうな伊咲を見た丸太は、彼女との居場所を守るため天文部を復活させる決意する。 不眠症に悩む2人の高校生を主人公にしたオジロマコトによる同名青春マンガを実写映画化。不眠症の女子高生、曲伊咲を『天気の子』の森七菜、同じく不眠症の男子高校生、中見丸太を『MOTHER マザー』の奥平大兼が演じる。ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の池田千尋がメガホンをとり、映画「東京リベンジャーズ」シリーズの高橋泉と共に脚本を手掛けた。 一瞬のきらめきのような思春期を描ききったオジロマコト最新作は、能登を舞台に描かれる“眠れない”高校生の思春期の夜。不眠で悩む男子高校生・ガンタは同じ悩みを抱えるイサキと出合い、放課後に学校の今は物置になっている天文台で、つかのまの眠りと、秘密を共有するという不思議な関係が始まる……。読めば明るく笑えて、そして彼らと一緒に心地よい眠りに誘われます。そしてまっすぐに、男の子と女の子の、友達から恋愛への初々しさを描きます。<あなたの眠れない夜にも、きっと意味がある>日本人の4人に1人は睡眠障害を抱え、10代の不眠症も急増していると言われる現代、くたびれているのに眠れない、つらくながい夜に「もうひとりぼっちじゃない」と言ってくれる作品です。※インソムニア=不眠症 私も眠れないで悩んでいる。医者で、導眠剤ももらっていて、でももらったら、もらったで薬に頼る弊害があるのでは、と飲まず、明け方まで眠られないこともしばしば。でも、旅行中は、朝早く起きて、歩き回って疲れるからすぐ眠ることができる。家では、ついつい遅くまでネットをしていて、頭がオフにならないから眠れないのだそうだ。 お医者さんに相談したら、朝早く起きて太陽を浴びて体内時計を朝にすること。早寝早起きではなく、早起き早寝にすることといわれた。早寝しようと布団に入っても眠れないから、まず早起きすることが大事だといわれた。有難いことに、最近は眠れるようになったけど。不眠症はどの年齢でも起きるが、女性と高齢者ではより一般的であり、特に顕著なのは高齢者である。日本では60歳以上では約3人に一人が睡眠問題で悩んでいる。★丸太と伊咲の不眠症になった原因が切ない・・・。★伊咲が眠れないというと、一緒におきていて、ずーっと話をしてあげるという丸太。どうやるの?と思っていたが、スマホで「ラジオ」という機能を使って放送できるらしい。私は、スマホを持っていないし、70代やし、わからん(〃艸〃)★男子でただ一人天文部に入った、 受川太鳳(うけがわ・たお)役の上村海成クンの顔が好き♪・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.06
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■大名倒産■節約は、戦でござります!越後にある丹生山藩の鮭役人の息子である松平小四郎は、皆に愛されながら平和に暮らしていた。そんなある日、小四郎は父親の作兵衛から、自らが丹生山藩の後継ぎであることを告げられる。さらに、実の父親である一狐斎は国を小四郎に任せ、さっさと隠居してしまう。殿になったはいいものの、藩には25万両(現在における約100億円)の借金があることが発覚。困り果てる小四郎に一狐斎は、返済日に藩の倒産を宣言する「大名倒産」を命じる。 一国の殿になったかと思いきや、多額の借金を背負わされてしまった“巻き込まれ系プリンス”を描いた浅田次郎の同名時代小説を実写映画化。災難に巻き込まれる主人公の松平小四郎を『君の名は。』の神木隆之介が演じ、小四郎の兄、新次郎を『デスノート』の松山ケンイチ、小四郎の幼なじみであるさよを『湯を沸かすほどの熱い愛』の杉咲花が演じる。メガホンをとったのは『そして、バトンは渡された」の前田哲。 丹生山(にぶやま)藩は、息子が4人いた。長男は死に次男は、うつけ者で、農業に夢中。3男は病弱。そこで四男の小四郎が藩主に選ばれるが、借りた金を返せなければ、小四郎は切腹で藩はとり潰される。なんとかお金を作ろうと四苦八苦する小四郎。★普段使用しない武具や家財は売る。江戸時代は、着物などほとんどがリサイクル品だったので、これは納得。今、流行りの言葉でいえば、断捨離。★体の弱い次男、うつけ者で、常に鼻水を垂らしている農業大好き三男、それに小四郎もそれぞれが家を持っているが、贅沢なのでそれぞれの家を売り、一緒に住む。シェアハウス!!★参勤交代は、野営。一番お金がかかるのが、参勤交代。そのため宿に泊まらず、野営。今はやりのキャンプ!!、絶体絶命のピンチから奇跡の大逆転なるか?? 浅田次郎の原作だそうだ。・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.04
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■2023.5/17-2国の重要伝統的建造物群保存地区、吉良川の町並みを見た。高知市から国道55号を車でおよそ1時間40分。「台風銀座」と言われたこの地域独特の土佐漆喰や、いしぐろが彩り豊かな「吉良川の町並み」をガイドさんの案内で歩いた。 ガイドさんは、「これ食べて」と言って枇杷を持って来てくれた。さすが南国土佐、枇杷がもう熟れていた。ホテルで食べたが、甘くて大きくて美味しい枇杷だった。 このまちは、備長炭で栄えた。このまちを通りかかった和歌山から来た遍路が、ウバメガシが沢山あるのを見て、炭を作ることをすすめたのが、このまちの繁栄の始まり。吉良川の民家の壁面には、土佐漆喰が多く使用されています。土佐漆喰の大きな特徴として、のりを使用せず、不純物を取り除いた消石灰に発酵した藁(ネズサ)を混ぜ、火災や雨に強く丈夫にしているという点があります。通常の漆喰の三倍も厚く塗り、一週間乾かして塗る、という工程を3~4回も繰り返し、職人技で仕上げます。最初クリーム色だった壁面は、一年間日に当たると藁の色素が抜け、輝くような艶が出て、鏡のような見事な白になるのです。土佐漆喰は、現存天守で重要文化財に指定されている高知城にも使われているんですよ!土佐漆喰に加え、吉良川の家屋を風雨から守るのは、壁面に3~5段で水平に突出す「水切瓦」です。室戸地方は「雨は横から降る!」と形容される程、暴風が吹き荒れる地域。そんな厳しい自然環境から壁面を守る工夫が、この水切瓦なんです。漆喰壁に絶え間なく吹き付け、流れ落ちる海水を含んだ雨水は、土佐漆喰にとっては天敵と言えるでしょう。水切瓦は、流れる雨水を瓦に伝わせることによって、庇から直接地面へ落ちるように考えられたもので、漆喰の雨水被害を最小限に止める役割を果たします。水切瓦によって、外壁は100年もの耐久力を発揮するのです。●「左桟(ひだりさん)」の瓦屋根。この家の場合、強い雨が左から右に吹き付けるように降る。だから、屋根瓦をこのような形=左桟にふいている。室戸地方は「雨は横から降る!」と形容される程、暴風が吹き荒れる地域。これも、そんな厳しい自然環境から壁面を守る工夫。丘地区に見られる防風石垣・いしぐろは、近隣の浜石や河原石を用い、半割にして、「ハンダ」と呼ばれる赤土と漆喰を練り合わせた接着剤で整然と積み上げた練り積みや、丸石の空積みなど、家々で積み方が違い、町並みに微妙な変化を与えています。●いしぐろ●石垣の高さも計算されつくしています。高ければ暑苦しく光が入らず、低ければ暴風を受けてしまう。絶妙な高さに築かれた石垣は、吹き付ける風を上に逃がして、光や手頃な風は入るようになっているのです。●「イシグロ」の「グロ」という言葉。「イシグロ」という言葉を聞いて、ぴんと来たのが、「ワラグロ」という言葉。子どもの頃、岡山で脱穀した藁を積み上げていたが、その積みあげた藁を「ワラグロ」と言っていた。■四国の宇和島でも「ワラグロ」という。■ 稲積の名称や形状は,各地で少しずつ異なっており,ニオのほかニゴ,ミゴ,ニュウ,ニョー,ツブラ,グロ,スズミ,ススキ,ホヅミ,イナムラ,イナコヅミなどと呼ばれ・・・。イシグロは、石を積み上げたという意味だろう。高知県は陸路が険しく船での往来が発達した関係上、古くから上方、京都、近世は江戸からの影響も強く、政治・文化的な中央への意識が高いとも言われている。近年は高速道路網の発達により、四国内指向が強まっている。<吉良川の町並み(まちなみ館)の基本情報>住所:高知県室戸市吉良川町甲2200-1電話番号:0887-25-3670アクセス:高知市内から車で約1時間40分(国道沿いに無料駐車場有)開館時間:9:00~16:00(火曜定休)●10106歩■四国へ■2023.514~5月28■5月14-1■フェリーで四国へ/人形浄瑠璃■■5月14-2■徳島城公園と蜂須賀家■■5月15■徳島市・眉山/藍の館他■■5月16■徳島県:重伝建の島・出羽島(てばしま)■■5月17-1■高知県:室戸岬/ジオパーク/弘法大師伝説■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.03
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うさぎ小屋とは、日本人の狭い住居を形容した語。うさぎ小屋の語源・由来うさぎ小屋は、昭和54年(1979年)にEC(ヨーロッパ共同体)が出した非公式報告書『対日経済戦略報告書』の中で、日本人の住居が「rabbit hutch(うさぎ小屋)」と形容されたことから、日本では自嘲をこめた流行語となった。■それでも、世界では真似ができない、日本ならではの素晴らしいところがあります。■それが、お風呂とトイレ。「新しいお家に遊びに行ったときに、家庭用のお風呂なのにミストサウナやTVがついていて驚いたよ!あと、トイレに入ると、蓋が自動で開くし、ウォシュレットがついていて先進的だと思ったね」日本のウォッシュレットトイレは、世界的に見てもかなり先進的。便座が温かなトイレも、海外で見かけることはほとんどありません。「NEVER TOO SMALL」というYouTubeチャンネルが好きで見ている。世界中の小さな部屋、しかも魅力的な部屋が紹介されていて、とても興味深い。■NEVER TOO SMALL: DIY Plant-filled Waterfront Loft, Amsterdam -■☝アムステルダムの水辺の小さなアパート。☟日本の小さな部屋も紹介されている。■NEVER TOO SMALL: Modern Compact Japanese Family Home, Osaka - 57sqm/613sqft■大阪:■NEVER TOO SMALL: Iconic Tokyo Architect’s Tiny House - 19sqm/194sqft■☝東京☟■NEVER TOO SMALL: Tokyo Architect’s Tranquil Small Apartment 46sqm/495sqf■ 中でも一番好きなのが■この回■小さな部屋だけれど二人のセンスが光っている。彼らの■YouTube「ヒゲとわたし」■は毎回楽しみ。こんなセンスのいい部屋でも「うさぎ小屋」っていうのかな・・・。■キオク的サンサク■のこの回の部屋も大好き♪■卯は跳ねる■■雪ウサギ■■うさぎ神社■■三月ウサギ■■イースターはなぜうさぎ?■■「兎と亀」の続編「負け兎」■■しろいうさぎとくろいうさぎ■・・・・・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2023.07.01
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