PR
カレンダー
キーワードサーチ
「いづれの御時にか。女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いと、やむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり」
源氏物語の有名な冒頭の、うつくしい文章です。
更衣という身分は女御に劣り、後宮では低い地位にありました。女御はいずれ立后可能な内親王や親王、摂関や大臣家出身という家柄の高い女性でなくてはなれず、更衣は納言、あるいはそれ以下の身分で入内した女性たちです。
しかも桐壷の更衣の父・按察使大納言はすでに故人であり、気丈な母だけが後ろ盾という、とても心細い境遇にありました。
その上帝には、お若いころに入内なさった弘徽殿女御との間に、すでに第一の男皇子がおありでしたから、そんな不安定な立場にある桐壷の更衣を溺愛なさるなど例外中の例外、あってはならぬ事でした。
それでも帝は、管弦の御遊び事など何かにつけお召しになり、ある時などは帝が更衣と寝過されて、そのまま御側に侍らせるというご寵愛ぶり。
後宮の女性たちからの妬みや嫉みはもちろんのこと、公卿や上達部までも、「ずいぶんなご寵愛ですね。唐土の、玄宗皇帝と楊貴妃の物語のようなことにならなければいいが。」などと、目を側めながら悪しき事と噂するのでした。