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| 著者・編者 | SE編集部=著 |
|---|---|
| 出版情報 | 翔泳社 |
| 出版年月 | 1989年9月発行 |
20年後に出版される『僕らのパソコン30年史』(SE編集部,2010年5月)と重なる内容だが、こちらは1989年までの出来事であることと、当時の業界人の発言が興味深い。バブル経済全盛期、パソコンの歴史はたった10年しかなかった。マイクロソフト創業者ビル・ゲイツの表記が「ビル・ゲーツ」になっていたり、時代を感じさせる。
1975年に『マイクロコンピュータの使い方』を出版した 石田晴久 さん(2009年3月死去)は、PC-9800シリーズが頑なに守ってきた解像度640×400ドットという制約が足枷になると指摘し、MS-DOSがかなり複雑になってきていることから、「これからはパソコンを使いやすくする努力を一生懸命しないといけないでしょう」(32ページ)と語る。
ビジコンからインテルへ出向し、世界初のCPU「4004」の開発に携わった 嶋正利 さんは、その後、ザイログへ移籍しZ80を開発する。当時を振り返り、いまの32ビットCPUは8086を高速に実行するためだけに使われていると批判し、OS/2ではなくWindowsが普及するだろうと予言する。また、CPUの一社独占はよくないことと考え、VMテクノロジーの設立に関わった。パソコンはもっと単純化して、デスクトップではなく、使いたいときにいつでも取り出して使えるラップトップ型がいいという。
イーストの創業者で長年日本語変換ソフトに取り組んでいる[https://www.est.co.jp/ks/ks.htm:titl=下川和男]さんは、いまのワープロソフトは作り込みすぎており、たとえば「一太郎 Ver.4」でハードディスクとEMSがないとうまく動かないというのはユーザーが分からしたらありがたいことではなく、東芝のダイナブックのような軽い環境で動くといいと語る。また、DTPのための標準フォーマットETXを開発している。(AdobeがPDFバージョン1.0をリリースするのは、本書より後の1983年のこと。)
パソコン通信時代の初期のネットワークジャーナリストの知野明さんは、「新聞や雑誌などと違って誰でも自由に書きたいことが書ける『ネットワーク』というメディアには、実は一番『他人の立場を考える』という思いやりの心が必要である」(150ページ)と語る。これは、30年後のインターネット時代でも変わらない真実だ。
コラムニストの 小田嶋隆 さんは、「十年大昔」として、パソコン業界の移り変わりの速さを嘆く。
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