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輪廻の蛇 航時機、正確にはUSFF総合時標変界装置の携帯セットで、1992年型モデルIIというやつである。(299ページ)著者・編者ロバート・A.ハインライン=著出版情報早川書房出版年月2015年1月発行『ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業』(The Unpleasant Profession of Jonathan Hoag,1942年)‥‥自分がどんな仕事に就いているかを尾行して調べてほしいというジョナサン・ホーグの奇妙な依頼を受けた私立探偵のエドワード・ランダルと妻シンシアは、次々に謎の出来事に巻き込まれてゆく。ホーグに近づくなと警告する医師、存在しないビルの13階、鏡の中の世界、鳥の御子と呼ばれる謎の集団――そして、ホーグが最後に明かしたこの世界の真実とは‥‥。『象を売る男』(The Man Who Traveled in Elephants,1957年)‥‥ジョンとマーサの夫婦はいつも一緒に旅をしていた。マーサはお祭りが大好きだった。マーサが亡くなり、年老いたジョンは一人で旅を続け、ある日、乗っていたバスが事故に遭うが、何とか目的の博覧会場に到着する。会場は盛況で、スタッフたちはジョンを歓迎する。そして、象のパレードに付いていったジョンは、彼女に出会う‥‥『輪廻の蛇』(?All You Zombies?,1959年)‥‥1970年11月7日、“私生児の母”と呼ばれる25歳の男がポップ酒場に入ってくるところから物語が始まる。男はバーテンに身の上話をはじめる。男は1945年、女として生まれ、孤児院で育った。そして、慰安婦となり宇宙飛行士を結婚することを目指したが、18歳の時、100ドル紙幣をもった紳士と夜を共にし、身ごもった。紳士は姿を消してしまった。医師は彼が両性具有であることを知り、出産の合併症により女性器を切除し、男性として生きることを選ばせる。男は、自分を妊娠させている紳士を探していると言うと、バーテンは会わせてやると応じる。男がバーテンに連れて行かれた場所は‥‥。2014年、SF映画『プリデスティネーション』(主演=イーサン・ホーク)となった。『かれら』(They,1941年)‥‥幽閉された男はチェスを指しながら、ヘイワード医師にこう言う「ぼくの周辺にあるような、こんな巨大な、こんな複雑な狂気は、計画されたものにちがいないんだ。ぼくはその計画を――つまり陰謀を発見したんだ!」。ヘイワード医師は逆に「あるいは、なにもかも陰謀かもしれない。だが、なぜきみは、自分だけが特別にその陰謀の対象にえらびだされたと思うんだ?」と問いかける。男は「ちがう! それこそ、いつもあなたたちがぼくに信じさせようとしていることなんだ。ぼくが、ほかのなん百万の連中とおなじ、その中の一人にすぎないと。そんなことはない」と主張する。だが、この男は精神病院に収容された患者ではなかった‥‥『わが美しき町』(Our Fair City,1948年)‥‥駐車場の管理人パピーには奇妙な友だちがいた。つむじ風のキトンだ。腐敗した市政を糾弾する記事を書いている新聞記者のピート・パーキンズは、キトンが古い新聞を抱え込んでいることに気づき、ろくに清掃もできない市長の弟よりつむじ風に任せた方が安く能率的だという記事を書く。市長は警察を動員してピートを逮捕するが‥‥。『歪んだ家』(And He Built a Crocked House,1941年)‥‥建築家クウィンタス・ティールは、過剰空間をもった住宅を思いついた。ホーマー・ベイリーに新居を作るための小切手を切らせ、カリフォルニアに四次元的超立方体の住宅を建てたティールは、ホーマーと夫人を案内する。だが、3人は建物から出られなくなってしまう。『ジョナサン・ホーグ氏の不愉快な職業』‥‥現代であればファンタジーに分類されるであろう本作品は、バッドエンドの物語である。ホーグの依頼を受けたランダル夫妻は、不幸としか言いようがない。ただ、こうした世界の不条理を描き、読者自身に考えさせることは、小説の大きな効用の1つだと思う。ハインラインがSFを小説に押し上げた功労者であることは、疑いが余地がない。なお、本作が刊行された1942年は、旧日本軍が真珠湾を攻撃した1941年12月の直後のことだ。当時のアメリカ社会の不安を連想させる。『象を売る男』‥‥お祭りが、この世とあの世を結ぶ懸け橋だという考え方はアジアの文化かと思っていたが、本作品がそれである。高橋留美子の漫画『境界のRINNE』の設定を連想させられた。『輪廻の蛇』‥‥タイムパラドックスものとして紹介されることが多いが、本作にはパラドックスは表れない。物語の最後にバーテンがしている指輪がウロボロスで、錬金術(魔法)でよく使われるアイコンだが、それがSFのプロットになっている。つまり、無限ループになっており、その意味では、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』に登場する「円環の理 (えんかんのことわり) 」が連想される。このアニメも、また、SFである。脚本を書いた虚淵玄さんは、同じはインラインのSF『宇宙の戦士』とプロットが似ているアニメ『翠星のガルガンティア』の脚本も担当しており、きっとハインライン・ファンですよね(笑)。『かれら』‥‥80年前の作品であるにも関わらず、反医療・反原発といった昨今の陰謀論者の心理をよく掴んでいる。そして、陰謀論者に満足がゆくエンディングだ。死してなお、時代を批判し続けるハインラインのおそろしさよ。『わが美しき町』‥‥社会風刺はハインラインの十八番。この作品が発刊された直後の1950年代、アメリカにマッカーシズムの嵐が吹き荒れる。『歪んだ家』‥‥地震が多いカリフォルニアの地の利を巧みに使った短編。
2021.12.19
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オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る プログラミング思考とは、解決すべき具体的な問題があるときに、まず問題を小さなステップに分解し、それぞれを既存のプログラムや機器を用いて解決できるようにするものです。(218ページ)著者・編者オードリー・タン=著出版情報プレジデント社出版年月2020年12月発行台湾でデジタル担当政務委員として新型コロナ対策に注力しているオードリー・タン(Audrey Tang 唐鳳)さんが、自らの言葉で、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIと社会・イノベーション、そして日本へのメッセージを綴ったもの。私より一回り以上若いオードリー・タンさんは小学生の頃からプログラムやインターネットに接しており、ゲームやアニメを通じて、わが国のこともよくご存じ。まるでオタクのような歩みに、とても親近感を覚えた。オードリー・タンさんは人と話すのは好きで、取材やインタビュー、イベントなどへの登壇に応じる際、唯一の条件として「インタビューやスピーチの内容をインターネットで公開すること」を提示しているという。もっともな条件だ。オードリー・タンさんの考え方、家族から受けた影響、課題解決への取り組み方、政治的信条など、とても共感できる部分が多い。ただ、本書を読んで理解するには、オードリー・タンさんが言う「素養」が必要であると感じた。もし内容が難解であれば、これをきっかけに「素養」を学んでみてはいかがだろか。あなたは、ネットを通じて大勢の仲間と繋がっているのだから――。台湾は、2003年に流行したSARSの苦い経験を活かし、新型コロナ・ウイルスの封じ込めに成功している。マスクを買う際、全民保険制度(わが国の健康保険に相当する皆保険制度)を利用し、購入者を管理。必要な人たちにマスクが届くようにした。オードリー・タンさんは、この仕組みを作るに当たって、「誰かが違反するだろう」という先入観を持たずに、「どのようにすればお互い協力できるのか」ということを考えたという(28ページ)。だから、高齢者を含め、すべての人がデジタル・ネイティブであることを強要するのでは無く、「誰もが使うことができる」ことが重要と説く(60ページ)。「誰も置き去りにしない」というinclusion(包含)は、真言宗が掲げる「包摂の原理」のようなものか。AIについても、「人間をどの方向へ連れていくか」をコントロールするものではなく、「私たちがどの方向へ行きたいのか」をリマインドするための存在だとしている(42ページ)。オードリー・タンさんがそう考えるようになったのは、家族の影響が大きいという。祖父母や父母のプロフィール、中学を中退したときに校長先生に助けられた話。そして、「プロジェクト・グーテンベルク」をはじめとするオープンソースの影響は、私も強く受けている。若い頃にゲームの大会で日本を訪れており、アニミズム的な考え方がある点で、日本と台湾はよく似ているという。いずれも、インクルージョンあるいは寛容の精神によって支えられているという。オードリー・タンさんは、「私の知識をシェアした人が、その知識を用いて私の望まないことを行わない」という信頼関係が必要(99ページ)というが、これこそまさに、オープンソースの永遠の命題である。オープンソースは、誰もがソースを検証できるという科学的アプローチによって、その信頼性を担保している。私は、知識のシェアも同じように再検証できるものであるべきと考える。オードリー・タンさんは、自身の政治信条について、無政府主義でも保守的でもなく、中国語の「持守」に近いと語る。「持守」には「自分の意志を堅持する、貫く」といった意味があるそうだ。台湾語の鶏婆(ジーボー)は、「母鶏のように、おせっかいでうるさい」という意味だが、オードリー・タンさんはこれを好意的に解釈し、自分に直接関係することではなくても能動的に貢献したいと思うことが民主主義の重要な要素だという(145ページ)。李登輝元総統が推進した民主化プロセスを評価し、デジタル民主主義の根幹は政府と国民が双方的に議論できるようにすることだという(128ページ)。大事なのは傾聴を実践することでで、みんながみんなの話を聞こうとする「傾聴の民主主義」が大切だと説く(137ページ)。オードリー・タンさんは、成長期における男性ホルモンの濃度は80歳の男性と同じレベルで、男性としての思春期は未発達な状態だった。24歳の時、トランスジェンダーであることを公表し、25歳のときに、名前を唐宗漢から唐風に変え、英語名をオードリー・タンにした。オードリー(Audrey)という英語名は男女どちらにも使えるからだったという(162ページ)。マイノリティ出身のオードリー・タンさんだからこそ、「傾聴」が身に染みついているのだろう。オードリー・タンさんは、AIは「Artificial Intelligence」の略ではなく、「Assistive Intelligence」(補助的知能)の略にしてはどうかと提案する。これは巧いと思った。教育に対しては、「必ずこうしなければいけない、これを勉強しなければいけない」と考えるのではなく、「いかに好奇心を持つか」を大切にしたいと説く(204ページ)。オードリー・タンさんは、プログラミング言語ではなくプログラミング思考を学ぶべきとして、それは、一つの問題をいくつかの小さなステップに分解し、多くの人たちが共同で解決する」プロセスを学ぶことだとしている(211ページ)。これは、基本的な問題解決方法であり、クリティカルシンキングの登竜門だ。オードリー・タンさんは、デジタル社会を生きるためには、「自発性」「相互理解」「共好(ガンホー、共同で仕事をする)」の3つが素養が必要と説く(219ページ)。こうした素養を身につけるには、多くの人が共通して関心を持つ特定のテーマを見つけ、そこにある問題をどうすれば解決できるかを一緒に考えてみることだという(222ページ)。SNSで会話することをきっかけにできそうだ。さらに、自分とは違う見方を広げる美意識や、頭の中にある概念を文字に変換できる文学的素養も大切だという。オードリー・タンさんは、最後に、「私も、近い将来、日本のみなさんと一緒に働く日が来ることを心より楽しみにしています」(249ページ)と、私たち日本人へのメッセージを書いている。本書は、オードリー・タンさんにとって初めての自著で、しかも台湾と日本をオンラインで結んでディスカッションしながら作り上げていった、まさにデジタル時代の作品だ。そう遠くない日、オードリー・タンさんが日本と仕事をするのではないかと感じるのであった。
2021.12.05
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日本史サイエンス 日本人が陥りがちな、枝葉のことにとらわれて全体を見失う、つまり目的と手段とが乖離してしまうという問題を克服するためには、本書で試みたように数字を手がかりに、リアルな感触を大切にしながら歴史を見なおすことは思考のレッスンとしても有効な気がしています。(235ページ)著者・編者播田安弘=著出版情報講談社出版年月2020年9月発行三井造船で艦船の設計を担当してきた播田安弘さんが、技術者の目で日本史の「通説」を読み直してみるというところに興味を惹かれ、読んでみた。本書では次の 3 つのテーマを扱う。+蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか+秀吉の大返しはなぜ成功したのか+戦艦大和は無用の長物だったのか具体的なデータと物理法則の組み合わせによるシミュレーションで、1274 年の文永の役、1582 年の秀吉の大返し、1945 年の戦艦大和の沈没の実像をリアルにシミュレーションしていく。そして、「終章 歴史は繰り返される」の中で、播田さんは現代日本の「リアリティの欠如、目的のために最適化されない手段という問題」(232 ページ)を取り上げる。核兵器、原子力発電、地球温暖化、医療問題、新型コロナウイルス‥‥21 世紀を生きる我々は、様々な社会問題に直面している。こうした問題に取り組むとき、問題に反対することが目的になっていやしないだろうか。問題を要素に分解し、その 1 つ 1 つに対して具体的データと論理的思考をもって対策を考えていかなければ、解決できるものも解決できなくなってしまう。問題解決に当たる心は熱く、頭は冷静にありたいものである。播田さんは、第1章で「蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか」という謎について、カレンダーから当時の気象条件や海流を想定しながら、蒙古船を設計。必要な材料や兵員、軍馬、兵糧の量をシミュレーション。通説とされているモンゴル軍の上陸地点を見直し、さらには撤退の謎を解く仮説を提示する。従来の歴史解説書にはない、データとシミュレーションに基づく播田仮説は説得力がある。もちろん、これは「仮説」であり、御本人が記しているように、歴史家の間で議論する新たな材料になればいいと思う。第2章は「秀吉の大返しはなぜ成功したのか」という謎解きだ。本能寺の変を聞いた秀吉が、明智光秀を討つため、岡山から京都までの約 220km を、2 万人の兵士を伴い、わずか 8 日間で取って返したという奇跡的な機動作戦のことだ。播田さんは、この謎についても、地形や距離、運搬すべき装備や兵糧。そして、兵士や馬が排泄する糞尿も計算に入れ、通説と異なり、秀吉の緻密な計略があったことを仮説として提示する。墨俣一夜城の逸話が伝わっているように、豊臣秀吉という武将は、たしかに戦術においては天才だったかもしれない。それでも当時の技術力には限界があるし、ましてや時間と距離という物理的に動かしがたい数字を前にして、できることには限りがある。播田さんが言うように、「リスク」という概念がなかった当時において、リスクマネジメントに優れた人物であったのだろう。当時も現代も、科学的に物事を考え、綿密なリスクマネジメントを行う者がリーダーの資質と言えそうだ。第3章は「戦艦大和は無用の長物だったのか」という通説を紐解く。まず、「大艦巨砲主義」は戦後に作られた間違った認識であることを指摘する。たとえば、太平洋戦争中、アメリカは戦艦を 12隻建造したが、日本は大和と武蔵の 2隻だけだった。遡り、1922 年、日本は世界に先駆けて空母「鳳翔」を完成させ、海軍航空隊を設立したこと。真珠湾とマレー沖海戦での勝利により、戦艦は航空機に勝てないことを証明してみせた。そして、戦艦大和の運用の失敗は軍の問題であること。大和の技術は、戦後の造船業・鉄鋼業の興隆、ニコンやキヤノンといった精密機器産業の発展に貢献したことなど、設計・製造技術に光を当てている。会社で、時々、昭和時代の手書きの設計書を「発掘」することがある。手書きだろうが CAD だろうがステートメントシートだろうが、そこから設計者の思想が読み取れるドキュメントは教育資料として保管する価値がある。モノ・サービスをつくる技術者は、常に目的を明確化し、それを達成する手段を具体化しうなければならない、と再認識した。
2021.11.19
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物理学者、SF映画にハマる 彼(スティーブン・ホーキング博士)は、タイムトラベラーがいるかということを怖かめるためのある斬新なパーティーを企画しました。(103ページ)著者・編者高水裕一=著出版情報光文社出版年月2021年10月発行タイトルに惹かれて買った――著者は、車椅子の天才科学者スティーヴン・ホーキング博士に師事した高水裕一さん。専門は宇宙論で、近年は機械学習を用いた医学物理学の研究にも取り組んでいるという。冒頭、「まず真っ向から『科学的に無理です』と言い切っても、何も生産性がないので―(中略)―その作品で扱われているテーマをきっかけとして、科学的にはどういう風に考えられているかとか、科学者の目線で好意的に作品を解釈するとどうなるかといったことを、個人的に論じていってみよう」(3 ページ)と始まる。ああ、なんて SF ラブな天文学者さんなんだろう?第1部はタイムトラベルの可能性と限界――社会現象にもなった映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を皮切りに、『タイムマシン』『TENET』『12 モンキーズ』『デジャヴ』『HEROES』、そして『ターミネーター』、アニメ『信長協奏曲』『ジョジョの奇妙な冒険』――あなたは、どれを見たことがあるか? 高水さんは『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ=著)にも触れている。ワームホールを使ったタイムトラベルでは、人体のようなマクロな物体は、いったん、素粒子レベルに分解、再構築されるのか。相対性理論を考えると、四次元時空の中で時間軸だけの移動ではなく、場所も移動してしまうのか。過去の改変はできるのか。因果律との折り合いはどう付けるのか――高水さんの思考実験に、思わず引き込まれてしまった。というのも、私は実はタイムトラベルにそれほど関心はないつもりでいたのだが‥‥結構、見ている。H ・ G ・ウェルズ原作の映画『タイムマシン』(1959 年)と、そのオマージュ作品『タイム・アフター・タイム』(1979 年)、そして 2002 年のリメイク版。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズはもちろん、本書で紹介されている『12 モンキーズ』『ターミネーター』シリーズ『TENET』も見たし、アニメだと『ドラえもん』『タイムボカン』から『魔法少女まどか☆マギカ』『未来日記』まで、数え切れないほどのタイムトラベル/タイムパラドックスものを見ているではないか!なかでも印象深いのが、映画『スター・トレック IV 故郷への長い道』(1986 年)だ。カーク船長以下、エンタープライズ号の乗組員が現代の地球へタイムトラベルする。タイムパラドックスは起きないようなシナリオになっているのだが、1箇所だけ、ドクター・マッコイが「言っとくが、あの式を残しておくと、未来が変わる」と警告する場面がある。技術者スコッティが即座に、「なぜ? 未来はもう確定してる」と答える。これで SF的にはクリア、というわけだ(笑)。私は、タイムトラベルはタイムパトロールによって監視されていると考えている。これは、アイザック・アシモフの SF『永遠の終り』や、山田ミネコの少女漫画『最終戦争』シリーズの影響――ここからが個人的な考えなのだが――「時間」は、すべての生命に“公平”に分配されている唯一のリソースだ。この公平性を担保するために因果律が乱れることがあってはいけない。そこで、タイムパトロールは、因果律を乱そうとするタイムトラベラーと 24 時間365 日戦うブラック職場。パトロールの規律を守らない隊員は粛正されるような、きわめて全体主義的な体制で運営されている。パトロールの頂点に君臨するのは、始皇帝も夢見た永遠の生命をもった独裁者に違いない。第2部は宇宙をめぐるというテーマで、地球周回軌道から太陽系内惑星への宇宙航行、そしてワープ航法や宇宙人とのコミュニケーションについて取り上げる。取り上げられている映画は、『スター・ウォーズ』『スター・トレック』シリーズをはじめ、『ゼロ・グラビティ』『ファースト・マン』『オデッセイ』『インターステラ』『メッセージ』『アバター』『第九地区』など。私は高水さんと逆に、『インターステラー』を見てから『オデッセイ』を見たので、マット・デイモン、格好ええなぁ、と感じた。(何だか分からない方は本書をお読みください)さて、私にとって印象深いのは『スター・ウォーズ エピソード 4』だ。それまでも特撮や SF 映画は見てきたが、当時、地元の映画館には洋画ロードショーが回ってこなかった。そこで、1 時間ほどかけて新宿の映画館まで遠征したのである。さらに『スター・トレック』では、有楽町マリオンまで足を運んだ。郊外と都心(都庁はまだ大手町にあった)の間では相対論的時間差が発生している、と一緒に映画を見に行った友人と嘆いたものである。映画より新しいメディアであるはずのテレビも、キー局は全部見ることができるはずなのだが、都心の超高層ビルの数が増えるにしたがい、電波が届かないという物理法則の制約を受けるようになった。その 6 年後、パソコン通信ができるようになるが、アクセスポイントが東京 03 局にしかなかったため、電話代がかかる、かかる。海外青年協力隊の船と衛星通信経由でチャットしたが、通信速度は数十 bps と、いまの光通信の 1000 万分の 1 以下。『オデッセイ』に出てくる画面にテキストが並んでゆくのが分かるようなスピードだった――火星ほど遠くないから、ほぼリアルタイムで返事は返ってくるのだが――距離と時間と金という制約が、物理法則のように立ち塞がってくる。間もなく、市内にアクセスポイントができ、テレホーダイがスタートした頃にインターネットに移行した。1999 年にホームページを開設し、2010 年には Twitter に入り、リアルタイムで月額固定で世界中の人たちと会話できるようになった。そして 2020 年、Zoom のおかげで映像・音声付きで、追加料金無しで世界中の人たちと繋がるようになった。そして、数百円出せば、自宅にいながらにして高画質の SF 映画を見ることができる。本書を読んで振り返ってみると、私は距離と時間と金という物理法則の制約から開放され、40 年前には想像できなかったような SF的な暮らしを送っていると感じる。私自身はもう宇宙飛行の訓練に付いていけるだけの体力は無いけれど、いずれ民間人が宇宙旅行に出掛けるようになったら、ぜひともチャットしたい?高水さんは最後に、早稲田大学で物理学の大槻義彦教授に学んだ思い出を記している。早稲田大学出身でオウム真理教の幹部になった上祐史浩氏に対し、大槻先生は「口をすっぱく、彼のようになってはいけないと、強く念を押していた」(206 ページ)という。テレビ番組「超常現象バトル」で熱く科学を語る大槻先生を思い出し、さもありなんと感じた。人間が携わる以上、科学に対する情熱をゼロにするわけにはいくまい。-『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ=著):ぱふぅ家のホームページ
2021.11.16
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宇宙人と出会う前に読む本 地球人全体ではどうかはわかりませんが、少なくとも日本人には、「太陽が1つ」であることは普通だと思っている人が多いように私は感じています。(61ページ)著者・編者高水裕一=著出版情報講談社出版年月2021年7月発行もし一定程度以上の知能を有する知的生命だけが訪問・滞在を許される宇宙ステーションがあり、あなたがそこに招かれたとする。見ず知らずの宇宙人から「あなたはどこから来ましたか?」という問いかけに、どう答えるか――そんな SF めいた設定で始まる本書は、歴とした科学啓蒙書である。著者は、車椅子の天才科学者スティーヴン・ホーキング博士に師事した高水裕一さん。専門は宇宙論で、近年は機械学習を用いた医学物理学の研究にも取り組んでいる。冒頭の質問だが、「地球という惑星から来ました」では答えにならない。高水さんは、「海外で初対面の相手にどこから来たのかを聞かれて、いきなり「○○県から来ました!」と答えるようなもの」(16 ページ)と指摘する。ごもっとも。地球の常識は宇宙の非常識かもしれない――こんな疑問を抱きつつ、要所要所に記されている「偏差値」というキーワードを頼りに、神話・宗教から、物理学、生物学、地学(天文学)の知識の棚卸しをすることができた。そして、子どもの頃から感じている疑問を思い出した――。自分が住んでいる惑星から見た星座の形を描くことができる立体星座カタログや、太陽が実は緑色であること(星のスペクトル分類図)、元素の周期表といった普遍的な原理をベースに宇宙人とコミュニケーションすることができるのではないか――。地球の常識は宇宙の非常識かもしれない――太陽が 1 つというのは、じつは珍しい。恒星の半分以上は、連星だからだ。月(衛星)が 1 つというのも、これも珍しい。太陽系の惑星を見渡してみれば、地球だけだ。太陽と月の運行をベースにした地球のカレンダーは、これも銀河系では珍しいものだろう。高水さんは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教は、「太陽が 1 つしかなかったことに起因しているのではないだろうか?」(92 ページ)と疑問を投げかける。『世界神話学入門』(後藤明=著,2017 年)で、世界中の神話はゴンドワナ型とローラシア型の 2 つに大別できると書いてあった。私はゴンドワナ型の神話は大地母神系=アニミズム系で多神教、天空に関心をもったローラシア型神話が一神教になったものだと考えている。『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ=著,2016 年)で紹介されているように、最初に“出アフリカ”したホモ・サピエンスがゴンドワナ型で、そのあと、7 万年前に再び“出アフリカ”したホモ・サピエンスがローラシア型だったのかもしれない。話は、4 つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)と量子重力理論から、ダークマターやダークエネルギーに入っていく。20 世紀後半になってから発見された知見を、できる限り数式を使わず、たとえ話を交えて解説してくれる。量子力学が多くの科学者の合作である一方、相対性理論はアインシュタインが単独で構築したという下りは、『宇宙は「もつれ」でできている』(ルイーザ・ギルダー,2016 年)が詳しい。ダークマターを宇宙の創造神、ダークエネルギーを破壊神にたとえてみたり、アインシュタイン方程式に含まれるΛ(ラムダ=宇宙項)は、万有引力の真反対の万有斥力であり、これがダークエネルギーによってもたらされていること。さらに、宇宙項などの宇宙定数がこの値であったから、偶然、46 億年前に誕生した地球に生命が誕生したと考えられていること。高水さんは「この宇宙はわれわれ知的生命が現れるのに都合よく設定されている、とする『人間原理』」(134 ページ)がナンセンスであると書いているが、私も同感で、しかしながら、それに反論ができない点も同じである。1964 年に発見された宇宙背景輻射は、英語で CMB(Cosmic Microwave Background)と略されることが書かれているが、これは私の勝手な推測だが、聖書に登場する東方の三博士(Casper、Melchior、Balthasar)に掛けているのではないだろうか。漫画『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』(加藤元浩,2005~2020 年)を思い出し、宇宙論というのは謎解きの要素が詰まっていると、あらためて感じた。第8章は生物進化の話題――高水さんは専門外とは言いつつ、回転対称のような形や、ウニやヒトデのように放射相称だった生物が、カンブリア紀の大爆発以降に前後ができ、左右対象となり、脊椎動物では感覚情報の入力の左右と、出力の左右とが交差するような神経系になっている経緯を、仮説を交えながら解説していく。また、地球上の動物は 5 本指であること(ウマ、イヌ、ネコでは一部退化、パンダの 6 本目の指は別物など)、ヒトもキリンも頸椎は 7 個しかないことなど、生物知識の棚卸しをしてくれる。さらに、スノーボールアース、大量絶滅、巨大な衛星など、地学知識も棚卸しできる。第9章は数学だ――数の単位、自然数、素数、単位元、逆元、ゼロ、整数、有理数、実数、複素数、群、環、体、完備化、代数閉包、四元数、八元数‥‥分からなければ、数学の参考書をひっくり返してみよう。ここで登場するヘンローズという、とある有名な数学者をもじったような学者がこう言う――「俺は、すぐれた数の概念をもつ宇宙人の数学は、自然数ではなく、素数をベースにしているのではないかと考えている」(226 ページ)。これは興味深い考えだ。巻末にある「あなたの宇宙偏差値をチェックしよう」は知識の棚卸しに役立つ。最後に高水さんはマックス・プランクの言葉を引用する――科学は自然の神秘を解き明かすことではない。なぜなら私たち自身が自然の一部であり、解き明かそうとする神秘の一部なのだから。(260 ページ)本書の冒頭で、宇宙人から「あなたはどこから来ましたか?」という問いかけがあったが、最後まで読んで、子どもの頃から感じている疑問を思い出した――私はどこから来たのだろう、そしてどこへ向かってゆくのだろう――。
2021.10.24
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ザイログZ80伝説 その理由は、よくいわれるように見術な技術者が身につけた知識の更新を嫌ったからだけでなく、優秀な技術者がトランジスタを1万個近く集積したICの信頼性に疑いを持ち、様子見をしたからだと思われます。(58ページ)著者・編者鈴木哲哉=著出版情報ラトルズ出版年月2020年8月発行初めて買ったパソコン SHARP MZ-1500 には CPU として Z80 が搭載されていた。ハードウェア、ソフトウェアの両面に渡って Z80 を学び倒し、それは私の技術力の糧となった。そんな伝説の CPU を振り返ってみようと、本書を手にした。著者の鈴木哲哉さんは 10 歳年長だ。4 ビット CPU「4004」や 8 ビット CPU「8080」を設計したフェデリコ・ファジンは、ラルフ・アンガーマンとともにインテルを退職し、1975 年 5 月、石油企業のエクソンから 40 万ドルの出資を受けてザイログを設立した。そして、インテルから[嶋正利:wikipedia]が合流し、あらたな CPU「Z80」の設計は順調に進んだ。ザイログは自社で半導体生産できる設備を持っていなかったので、当初、シナーテックに委託製造させようとした。しかし、条件面で折り合わず、モステックに委託することになった。これが功を奏し、Z80 は順調に生産され、1976 年 7 月に発売。1 年後にはクロック数が 4MHz と 2 倍になった。Z80 の販売が始まると、エクソンは 500 万ドルの追加投資を行い、1976 年、ザイログはカリフォルニア州クパチーノに半導体工場を建設する。その 1 年後、すぐ近くにアップルの工場が建設される。1977 年、ファミリーチップ Z80 DMA、PIO、CTC の生産が始まり、やや遅れて SIO の生産が始まった。Z80 はハード/ソフトの両面において 8080 を上回っており、とくに SIO は当時の半導体チップにしては抜きん出た機能を備えていた。しかし、1977 年の売上個数は 18 万個で 8080 の 2 割以下だった。売上個数で 8080 や 6502 を超えたのは 1980 年になってからだ。1974 年、世界初のパソコン「アルテア 8800」は、インテル 8080 を搭載していた。1977 年には 6502 を搭載した Apple II と PET 2001 が発売される。1977 年 11 月、タンディはクリスマス商戦に向け、Z80 を搭載した初のパソコン [TRS-80:wikipedia]を投入する。キーボードやモニタを付けて 600 ドルと、Apple II の 3 分の 1 の価格に抑え、系列の家電販売店ラジオシャックで実演販売することで、大成功を収める。浮動小数演算可能な BASIC や、グラフィック描画機能を搭載していた。1979 年に入ると、世界各国で Z80 を搭載したパソコンの販売が始まり、出荷数が急速に延びる。国内では、1978 年 12 月に発売された SHARP MZ-80K(Z80 2MHz)を皮切りに、1979 年 5 月に NEC PC-8001(Z80 互換 4MHz)が発売された。1983 年 6 月、米マイクロソフトとアスキーが [MSX:wikipedia] 規格を発表する。1990 年代初頭に発表された MSX turboR まで、CPU として Z80 を搭載。500 万台生産された MSX パソコンの半分は海外に輸出され、Z80 の認知度を高めた。Z80 のファミリーチップ、とくに Z80 DMA は高価だった。Z80 CPU ・ CTC ・ DMA ・ SIO が揃って搭載されたパソコンは、1984 年 10 月に発売された SHARP X1 turbo が初めてだった。Z80 は 8080 と異なり、DRAM のためのリフレッシュ信号を備えていた。DRAM は SRAM に比べて安価に製造できることから、パソコンの主記憶に採用され、このことが Z80 の出荷数増加に繋がった。DRAM は IBM が発明し、1970 年、インテルが発売した 1K ビット DRAM 1103 が広く使われるようになった。以後、4K ビットは TI社が、16K ビットではモステックがトップサプライヤーとなった。1970 年代には、日本が国策として DRAM 製造に力を入れ、64K ビットでは日立製作所、256K ビットでは NEC、1M ビットでは東芝がトップサプライヤーとなった。日本企業のシェアは 1986 年には 80%にも達した。日本の MSX や DRAM が Z80 の出荷を牽引したとも言える。1976 年、デジタルリサーチは 8080 用OS「CP/M」を発売する。CP/M がパソコンの共通基盤となったことから、BASIC をはじめとするプログラミング言語はもちろん、ワープロソフト WordStar、表計算ソフト SuperCalc、データベースソフト dBASE II などが登場し、パソコンがビジネス業務にも利用できることを証明した。ついには、Apple II 用の Z80 カードも登場した。CP/M には 8080 用アセンブラ ASM が標準搭載されており、それまでミニコンでクロス開発していたソフトをセルフ開発できるようになった。このことが Z80 の販売数アップに繋がり、パソコンが普及するきっかけになった。デジタルリサーチは、PL/I、BASIC コンパイラ、Pascal コンパイラなどを発売し、ソフト開発をサポートした。創業間もないマイクロソフトも、M-BASIC(インタプリタ、コンパイラ)に加え、Z80 のアセンブルを可能とするマクロアセンブラ MACRO-80 を発売した。
2021.10.08
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図解!会社にお金が残らない本当の理由 戦略なきままの安売りをするぐらいならビジネス自体やめればいい。(94ページ)著者・編者岡本吏郎=著出版情報フォレスト出版(株出版年月2006年10月発行著者は、マーケティングコンサルタントで税理士の岡本吏郎さん。対象は中小企業の経営者だが、サラリーマンの私が読んでも「なるほど」と感じる解説が多い。たとえば、「決算書が分からない」(88 ページ)という経営者は、私も見たことがあるが、岡本さんによれば、「分からない理由は『自分が感じている数字と違う』」「その感覚は実は正しくて、分からない決算書が悪いという方が正しい可能件が高い」という。なぜなら、「決算書の『利益』はまったく実態を表さない『税金を払うための数字』」(86 ページ)であるからという。なぜそうなってしまったのかは、本書を読んでいただきたい。私は納得できる内容だった。というわけで、日頃、「経営者視点で仕事をしろ」と言われているサラリーマン諸氏も、ぜひご一読いただきたい。岡本さんによれば、ビジネスの基本ルールは「儲けること」(22 ページ)と、単純明快だ。「投資する資産をなるべく少なくして、利益はギリギリまで多く取る」(24 ページ)――この当たり前のことを、当たり前のこととして遂行できるかどうかが、会社の命運を分ける。中小企業は、大企業を上回る利益(利回り)がなければ生き残れない。「だいたい 1000 万円ぐらいの利益だとすると、300 万円ぐらいの内部留保はほしいところ」(36 ページ)と具体的だ。そのために、収入、支出、借入れ、税制、決算書、価格、リスクという 7 つのシステムに絞って、本書で解説していく。岡本さんは、「自分のフィールドだけで勝負を続けるのが勝つコツ」(96 ページ)という。「しかし、人のフィールドはよく映るものです。そして、本業が厳しいとどうしても浮気をしてみたくなります。これをリスクと言います」――多角経営に手を付け、バブル経済崩壊後に露と消えていった中小企業の多くがこのパターンであろう。岡本さんは、「役員報酬の最大の役目が税金を最小化すること」(125 ページ)という。なぜなら、会社の利益には大きな税金がかかるが、給与所得控除により、実際より所得が小さく見えるからだ。だから、社長の預金通帳に入っている金額は社長のものではなく、節税のための、悪く言えば裏金だという。その他、「最初の打ち手は失敗する」(152 ページ)、「問題を問題として認識できる者のみが、その問題を解決する方法を利用することができる」(160 ページ)など、現場で仕事をして、実際に経営者と相対している岡本さんならではの経験則だと感じた。面白い。
2021.08.12
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絵とき「超音波技術」基礎のきそ 超音波の利用技術でもっとも普及しているのが、医療分野かもしれません。(114ページ)著者・編者谷村康行=著出版情報日刊工業新聞社出版年月2007年11月発行著者は超音波探傷が専門の谷村康行さん。超音波の定義や性質、発生させる仕組みから実用例まで、幅広く、わかりやすく書かれている。「超音波の利用技術でもっとも普及しているのが、医療分野かもしれません」(114 ページ)というように、健診でレントゲン装置を使わずに内臓を診たり、妊婦さんのお腹の中にいる赤ちゃんの様子を診るのに超音波を利用している。1876 年、イギリス人のガルトンが、超音波を発生させる「ガルトン笛」を発明した。日本工業規格(JIS)では、可聴音の上限周波数(およそ 16kHz)を超える音や、周波数が 20kHz 以上の音波を「超音波」と定義している。英語では、Ultrasonic wave や Ultrasound と表記する。音速を決めるのは、音を伝える物質の弾性率と密度で、音の性質である周波数や波長には関係しない。通常環境では約 340m/秒である。私たち人間は、周波数の違いを音の高さとして、音圧の違いを音の大小として感じる。音の波長を短くしていくと、音は四方八方に音が広がるのではなく、次第に指向性が鋭くなっていく。この指向性により、超音波は様々な用途に使われるようになった。また、約 30 万 km/秒というレーザーに比べて伝搬速度が遅いため、回路の時間精度もそれほど高い必要がない。超音波を使った積雪計では、周波数を変えることで新雪の厚さを計測できる。超音波による風向風速計は機械的な可動部がなく耐久性が優れている上、3 次元の風向風速を計測できる。ただし、最大風速が 60m/秒という制約がある。ソーナー(SONAR)は Sound Navigation And Ranging の略で、音波によって物体を検知して航行する装置を意味する。水中に音波を発信して、離れた物体からの反射を受信するアクティブソーナーと、自らは音波を出さずに、対象物が発する音を受信する方法をパッシブソーナーがある。魚の浮き袋は、音響インピーダンスが桁違いに小さい空気が水中にあることから、ノイズとして捉えられていたが、1950 年代から、これを魚群探知に使うことができるようになった。超音波の利用技術が普及しているのが医療分野だ。放射線のような人体への影響を気にせず、身体内の検査ができるようになった。内臓脂肪や腫瘍、骨密度、血流、胎児の様子を画像にすることができる。また、固体の中に超音波を伝搬させることにとって、固体の中の様子を知ることができる。超音波探傷だ。20~50kHz の超音波を液中に伝搬させてキャビテーションという空洞を発生させ、その衝撃波によって汚れを除去することができる。MHz オーダーの超音波を使うと、キャビテーションを発生することなく、サブミクロンオーダーの汚れ除去ができるようになる。強力な超音波は、プラスチックの溶着やモーターとして実用化されている。小さな超音波振動子を並べたフェイズドアレイ技術は、体内の特定箇所に超音波のエネルギーを集めて病巣を破壊する治療法の研究が進められている。キャピテーションに伴う高温高圧や、超音波の高速振動によってこれまでにない化学反応が期待されてソノケミストリーという研究分野も生まれている。
2021.08.07
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人類はふたたび月を目指す 私はやはり、月へ、そして宇宙への進出は、国や民族の優位の象徴としてではなく、人類の可能性の拡大として実行すべきなのではないかと思っています。(210ページより)著者・編者春山純一=著出版情報光文社出版年月2020年12月発行著者は JAXA の宇宙科学研究所助教で、本書で詳しく紹介される「セレーネ(かぐや)計画」に参加し、地形カメラの開発リーダーも務めた春山純一さん。月に水はあるのが、溶岩チューブが月面基地になり得るのかといった、JAXA の現役科学者の語る内容は、とても興味深い。子どもの頃に読んだ絵本には、科学が争いのない世界を作るというバラ色の未来が描かれていた。私と同年齢の科学者により、科学の可能性を再認識した。私も、科学がもたらす明るい未来を信じ、発信していきたい。1969 年からはじまったアポロ計画では、12 人の宇宙飛行士が月に降り立ち、約 400kg の月の石を持ち帰った。しかし、有人探査であるがゆえに、探査できた月の領域はごく僅かだった。1970 年代に入ると、バイキングやパイオニア、ボイジャーといった無人探査機が太陽系の惑星を訪ね、神秘的なカラー写真を送ってきた。月へと向かう機運は急速に低下し、春山さんは、「月探査途絶の理由は、いろいろと語られますが、その一つは、太陽系の仲間たちである惑星や衛星が初めて人類に見せた画像と、その素顔があまりに魅力的だったからではないか」(60 ページ)と振り返る。NASA の木星探査機ガリレオは、1992 年、月のカラー写真を撮影した。これを契機に、ふたたび月探査に対する科学的な期待が高まることになった。たとえば、月の南極付近にあるシャックルトンクレーターの永久影には氷が存在するのか――太陽風由来の水素が凝集するという可能性だ。月探査の実力を付けた日本は、月探査を行うセレーネ計画(後に探査機を「かぐや」と命名するが、ここでは春山さんが書いているとおり「セレーネ」と記す)を立ち上げ、2007 年 9 月 14 日、探査機を打ち上げた。春山さんが開発リーダーを務めた地形カメラは、探査機の高度が 100 キロメートルのとき、10 メートルという分解能を備えていた。セレーネの目的は、月の起源と進化の解明、そして月の利用可能性の調査である。セレーネが最初の地形カメラデータを送信してきたのは 2007 年 11 月 3 日のことで、その様子が 111 ページに記されており、「これで怒られないで済む」(111 ページ)というのが正直な最初の感想だったという。春山さんがいかに緊張していたかがよく分かる。それから 1 ヶ月後、画像処理で、シャックルトンクレーターの内部が鮮明な映像になった。春山さんら研究チームは、直ちに記者会見を開くなどして発表をすることはせず、科学論文として世に出すことを優先する。「科学の世界では、歴史的な発見をしたら、まず論文にして国際的な科学論文雑誌に載せてもらうことが重要」(117 ページ)だ。水の存否については触れない形にして論文を書いたが、『ネイチャー』の査読ではそこを指摘され、掲載拒否となった。さらに研究を重ね、シャックルトンクレーターの永久影の水氷は、仮にあったとしても「a few(1~2)パーセント以下」と結論づけた。今世紀に入り、分析技術が向上して、「アポロ」が持ち帰った試料に水が合まれていた証拠が次々に見つかり始めた。もしかすると、月の火山活動によって内部から出てきた溶岩に水が含まれていたかもしれない。話題は、月の水から溶岩チューブへ移っていく。地球上で、溶岩が流れ出した後に溶岩チューブという空洞ができることがある。溶岩チューブができるかどうかは、溶岩の粘性に左右される。私もハワイのサーストン溶岩トンネルを見たことがある。月面でもかつて火山活動があり、溶岩チューブができた可能性がある。溶岩チューブの内部は温度変化が小さく、機密性も高いことから、月基地の有望な候補となる。春山さんらの研究チームは、セレーネが撮影した月面の映像から、地下にある溶岩チューブが崩れてできるであろう縦孔を探す作業に取りかかり、マリウス丘の縦孔、静の海の縦孔、賢者の海の縦孔の 3 つの縦孔を発見した。その後、アメリカの無人月探査機 LRO(ルナー・リコネサンス・オービター)の、1素子当たり 50 センチメートル級という高精細なカメラによって、合計10 個の縦孔が発見された。そして、月の重力場を調べたアメリカの無人月探査機「グレイル」の観測データにより溶岩ドーム内が空洞であることが明らかになり、セレーネのレーダデータによって地下構造も検知された。こうして、月に溶岩チューブがあることは、ほぼ確実視されている。最終章で春山さんは、「世界が月探査を進める理由として、あり得るのは、やはり『科学技術力の誇示』ではないでしょうか」(204 ページ)と語る。そして、「国や民族の優位の象徴としてではなく、人類の可能性の拡大として実行すべき」(210 ページ)ともいう。そして、人類の一大事業としての月探査・月開発を進めていくうちに、われわれは地球に国境など存在しないことに気づき、春山さんは、「人類は争いのない世界を築くという一つ進んだ進化の段階に入る」(214 ページ)ことを期待しているという。2020 年 7 月、JAXA は、月の縦孔・地下空洞を探査する「UZUME計画」をワーキンググループとして設立した。これが正式にプロジェクトとなり、UZUME 探査機が月へ向かうことを期待する。
2021.08.03
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医学のつばさ 進藤美智子「今の日本では本当のことが報道されず、なかったことにされてしまうのかもしれませんが、ひとりひとりの記憶までなかったことにはできません」(253ページ)著者・編者海堂尊=著出版情報KADOKAWA出版年月2021年6月発行桜宮中学 3 年の曾根崎薫(カオル)、平沼雄介(ヘラ沼)、三田村優一、進藤美智子と桜宮学園高等部を卒業し東城大学医学部の 4 年生に特別編入しいた佐々木アツシは、巨大未確認生物〈いのち〉の誕生に立ち会う。だが、〈いのち〉は「首相案件」として、「こころの移殖」を目論む赤木雄作により、アツシが管理する未来医学研究センターに囚われ、美智子も学校を休学してしまう。毎日カオルに届いていた父・伸一郎からのメールも届かなくなった。背後に「組織」と呼ばれる正体不明の敵がいた。1 学期の期末試験直前、美智子が復学する。そして、泣きながらカオルに「〈いのち〉ちゃんを助けてあげて」と言う。カオル、ヘラ沼、三田村が立ち上がる。東城大学医学部の田口公平教授(『チーム・バチスタの栄光』他の海堂ワールドに登場する愚痴外来の冴えない医師)と高階権太学長、そして、厚生労働省の〈火喰い鳥〉こと白鳥圭輔室長と、〈いのち〉を奪還する計画を立てる。マサチューセッツ医科大学の東堂文昭教授(『ケルベロスの肖像』)が、〈いのち〉を撮影できる超大型 MRI「フローティング・ガブリエル」を搭載した輸送戦艦「ポセイドン」に乗って桜宮に接岸する。未来医学研究センターから〈いのち〉を「ポセイドン」へ搬送し、奪還する計画だ。カオルらは、バー「どん底」(本当の店名は「ブラックドア」)へ向かい、4S エージェンシーの牧村瑞人(『ナイチンゲールの沈黙』『夢見る黄金地球儀』)、SAYO(浜田小夜;『ナイチンゲールの沈黙』)の協力を仰ぐ。牧村は、アツシの本心を確認することが必要だと言って、未来医学研究センターへ向かう。そこで見たのは、コールドスリープしたまま 3 年経っても眠りから覚めない日比野涼子(『モルフェウスの領域』)だった。アツシは日比野涼子を救うため、コンピュータ〈マザー〉を使ってメモリ内に漂う彼女の記憶の断片を回収し、赤木が研究している「こころの移殖」を行うことで彼女を目覚めさせようと考えていた。この記憶断片回収に、〈マザー〉は、忍の義理の兄・青井タクが開発したハッキングツール〈木馬〉を盗みだし、利用していた。青井タクの誤解は解け、アツシも自分の役割を再認識し、牧村に「了解であります」と敬礼したのであった。「ポセイドン」へ移送する途中、カオルたちは〈いのち〉を潜水艦「深海五千」に乗せて奪還に成功。〈いのち〉が孵化した洞窟に漂着する。捜索の手がそこまで迫っているというとき、〈いのち〉が、突然、姿を変えた――。〈いのち〉の運命は、カオルたちの罪は?そんな中、「桜宮事変の真実」というタイトルで写真が 1 枚ツイートされた。「『桜宮トンデモ中坊』が在日米軍関連の民間潜水艇を強奪したのは、政府がひた隠しにしていた巨大新種生物〈いのち〉を軍事的に悪用するのを止めさせ、逃がそうとしたためだ」というコメントがつき、これがバズった。さて、東城大学との因縁は解決したのだろうか。そして、白い顔をしたアイスマンの正体は――人生は、行き当たりばったりのでたとこ勝負。
2021.07.17
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医学のひよこ 白鳥圭輔「小原、お前はその年になってまだ役所の基本原則を理解してないようだな。名称が2つ重なったら、強いのは後出しジャンケンの方だ。つまり『大学・病院』と重なった名称なら、後にある『病院』の方が強いんだぞ」(193ページ)著者・編者海堂尊=著出版情報KADOKAWA出版年月2021年5月発行全国統一潜在能力試験で全国 1 位になり飛び級で東城大学医学部に入った曾根崎薫(カオル;世界的なゲーム理論学者・曾根崎伸一郎の息子)は桜宮中学 3 年生に進級した。学級委員の進藤美智子、ヘラ沼こと平沼雄介(『夢見る黄金地球儀』の主人公・平沼平介の息子)、父親の病院を継ぐために東城大学医学部を志望しているガリ勉の三田村優一の 4 人「チーム曾根崎」は、海岸近くにある洞窟の中で、高さ 1 メートル 50 センチもある大きな卵を発見した。4 人は卵に〈いのち〉と名付ける。東城大学医学部に報告して、論文にしようという話になった。そこで、桜宮学園高等部を卒業し東城大学医学部の 4 年生に特別編入しいた佐々木アツシに〈いのち〉のことを相談した――。桜宮中学 3 年生は修学旅行で東京へ向かった。原宿で、カオルと美智子は〈ニンフ〉と呼ばれる少女に出会う。彼女は、セント・マリアクリニックの曾根崎理恵医師(曾根崎伸一郎の妻;『ジーン・ワルツ』参照)の娘・忍だった。修学旅行から戻ってみると、卵が孵化しようとしていた。チーム曾根崎と佐々木アツシらが徹夜で見守る中、卵からオオサンショウウオのような未知の生物が誕生した。東城大学医学部付属病院の看護師・如月翔子(『ジェネラル・ルージュの凱旋』では「ICU の爆弾娘」の異名が与えられた)が駆けつけ、生まれたばかりの〈いのち〉をオレンジ棟 3階へ運び込む。何事もなく 1週間が過ぎたが、「こころ」の移植を目指しているカオルの指導教官・赤木雄作に見つかってしまう。赤木は〈いのち〉を研究材料にすべきだと主張する。チーム曾根崎には、田口公平教授(『チーム・バチスタの栄光』他の海堂ワールドに登場する愚痴外来の冴えない医師)と高階権太学長が味方する。だが、解剖学教室の藤田要教授は、文部科学省学術教育室特別学制企画室臨時室長・小原紅〈スカーレット〉を召還。これに対し、田口教授は、厚生労働省大臣官房秘書課付技官兼医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室室長・白鳥圭輔〈火喰い鳥〉で応戦。〈いのち〉の安全は確保されたかのように見えたが‥‥。タイトルから分かるとおり、2008 年 1 月の『医学のたまご』の続編だ。「たまご」では近未来のジュブナイル SF という設定だったが、本書の設定は 2023 年 4 月、再来年の話である。『ナイチンゲールの沈黙』『アクアマリンの神殿』に登場する佐々木アツシ、『ジーン・ワルツ』の曾根崎理恵、『夢見る黄金地球儀』の 4S エージェンシー。そして、『チーム・バチスタの栄光』から始まる海堂ワールドの不動の主人公であり愚痴外来の冴えない田口公平先生は、ついに教授にまで上り詰め、ファンタジー RPG よろしく、スマホをポチッと押して〈火喰い鳥〉白鳥圭輔を召還――海堂ワールドのオールスター大進撃である(笑)。最後にカオルは「世の中の大概のことは、こんな風に決着がつかないまま終わったりするものだ」(220 ページ)と独白するが、本書の後編となる『医学のつばさ』が翌月刊行された。いよっ!海堂先生の商売上手!!
2021.07.16
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ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第10巻 御門葩子「残念だけどあるのよ。卓の上に日輪の光をともす技が」著者・編者大和田秀樹=著出版情報竹書房出版年月2021年7月発行著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。シリーズ累計270 万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。御門葩子はデミトリア・ツェペシュに血液を吸われ、ゾンビに!? 日本代表はルーマニア代表トランシルヴェニア女学院に負けるのか?葩子を救ったのは比良坂菊理が本来持つ力――そして、決勝戦の相手は‥‥
2021.07.07
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翠星のガルガンティア~遥か、邂逅の天地~(下) リーマ「この世界は──何かおかしい」著者・編者谷村大四郎=著出版情報KADOKAWA出版年月2016年4月発行謎の生物「リヴ」は触腕をレドのこめかみに当てると、「あなたのことを知っている」と告げた――。レドの脳裏に、なぜ世界はこのように在るのか、自分は何者なのかという疑問が浮かぶ。レドは、ラッセルとその仲間たちに、旧文明の歴史、人類銀河同盟とヒディアーズの戦争を語った。4 年に一度、リベリスタンとアウグストニアの間で行われる武闘の儀が迫っていた。人型機動兵器による 1 対 1 の勝負で、勝者は、時の御柱からもたらされる膨大なエネルギーを独占することができる。そんなとき、爆破テロに巻き込まれたスカヤとイグナイトは、名を変えてリベリスタンに潜り込み、パウル大佐に認められて武闘の儀に出場することになった。ラッセルは、リベリスタンによる爆破テロでスカヤが死んだと思い込み、アウグストニアへ下り、リヴの能力で産業戦略大臣セオドライトに認められ、武闘の儀に出場することになった。2 人は山脈の頂上にある第三闘技場で死力を尽くして戦う。その行く末を見ようと山を登っていたレドの前に、とんでもない構造物が姿を現す。時の御柱と、彗星の群れが接近しようとするとき、レドの目の前に現れた人物は――。イグナイトが急速に能力を失っていった理由は。ラッセルとスカヤの運命は。すべての謎が解き明かされ、物語は大団円を迎える。下巻では、テレビシリーズ第1話で撒かれた最後のフラグが回収される。大海賊ラケージや、OVA のヒロイン、リーマも再登場し、要所要所を締めてくれる。終盤に登場する生命圏創発支援ネットワークシステムの正体はネタバレになるので控えるが、「公共の福祉=人類社会の幸福」を追求するロボット・ダニール・オリヴォー(アイザック・アシモフ『夜明けのロボット』、他)を彷彿とさせる。そして、物語そのものの時間軸の設定は、テレビシリーズを見ていて予想していたとおりだった。読んでいて安心できる嬉しい結末である。
2021.06.12
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翠星のガルガンティア~遥か、邂逅の天地~(上) エイミー「できれば、ご飯はおいしいといいな!」著者・編者谷村大四郎=著出版情報KADOKAWA出版年月2015年9月発行はるかな未来の地球は陸地のほとんどが水没し、多くの人々が海上生活を営んでいた――。陸地国家リベリスタンの外洋でクジライカを追う生活をしていた少年ラッセルは、深海で不思議な生物リヴに出会った。リヴは、人が乗り込む作業用ロボット「ユンボロ」の操縦性能を飛躍的に高める能力があった。ラッセルは、リヴの能力を使って陸地で身を立てていこうと決意する。一方、リベリスタンに国境を接しながら互いに敵対する陸地国家アウグストニアの技術将校スカヤは、発掘された謎の人型機械「イグナイト」にパイロットとして認められ、やがてラッセルに出会う。そんな中、リジットが率いるガルガンティア船団がオーバーホールのため、リベリスタンとアウグストニアの中間に位置する共同租界に入港する。かつて、空飛ぶユンボロ=マシンキャリバー「チェインバー」のパイロットだったレドはユンボロ操縦の腕を上げており、エイミーはメッセンジャーとしてカイトを飛ばしている。レドとエイミー、ラッセルとスカヤが出会い、陸地の運命が大きく変わる――。2013 年 4 月から 13話が放映された SF アニメ『翠星のガルガンティア』、そして 2014 年 11 月に公開された OVA 前後編から 2 年後の世界、一連の物語の完結編となる。テレビシリーズ第2 期がお蔵入りとなったため、小説として世に出る形になった。陸地国家や人型機動兵器「オーグメンテッドボディ」は OVA に登場したものだが、OVA で撒かれたフラグは本作で回収されてゆく。ガルガンティアのピニオンとベローズのコンビは相変わらずだし、サーヤは保母の仕事が板に付き、メルティは背が高くなり、ベベルは病気は治っていないものの発言機会が増えている。各巻の最後に幻となった設定資料が付属しており、それぞれのキャラクターの成長を見るのは感慨深いものがある。
2021.06.11
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鉄道と政治 戦後の利益誘導政策を完成した政治家の代表は田中角栄である。(141ページ)著者・編者佐藤信之=著出版情報中央公論新社出版年月2021年4月発行東海道新幹線の名古屋~京都駅間、上越新幹線の越後湯沢~新潟駅間など、わが家では「政治の力で鉄道は曲がる」と呼んできた。本書は、そのものズバリのタイトル。交通政策論が専門分野の佐藤信之さんの著作だ。明治以降の鉄道の歴史に始まり、政治と地方の動きを時系列に沿って詳細かつ具体的に分析している。さらに、21 世紀の潮流として、富山 LRT をはじめとする地方公共交通の発展について紹介し、東日本大震災や新型コロナ・ウイルス感染拡大の影響にも触れている。全体を通して、時の政治家と鉄道の関係がよく理解できた。第1部では、スーパー特急の採用でまとまったはずの長崎新幹線が、なぜフル規格に変更になり、なぜ佐賀県は反対しているのか。また、中央リニア新幹線工事について、一度は協議の席に着いた JR 東海と静岡県が、なぜ、互いに不信感を募らせるようになったのか。そのあたりの経緯を、時系列に並べて淡々と書かれている。そこには、鉄道会社と地元とのコミュニケーション不足はもちろんのことだが、それらの声を押さえ込んで計画を強引に進めようとする、昭和の時代の中央の剛腕政治家がいなくなったためではないだろうか。第2部では、明治維新にまで遡り、政治と鉄道の歴史について解説が始まる。富国強兵策をとった明治政府は、東京への中央集権化を進め、軍需物資や兵士の移動を行うために、輸送路としての鉄道を欲していた。しかし、予算は軍事優先で、鉄道に回すほどない。そこで、国が鉄道を建設・運営する手法を発案し、民間資金を活用する形で日本鉄道を設立させた。各地の代表者は東京に集まり「鉄道期成同盟会」を結成し、政党政治が後ろ盾となる形で、地方からの陳情を受けて国が動く公共事業の決定メカニズムが形づくられた。とくに立憲政友会は、党勢拡大のために地方での公共事業に力を入れ、これがのちの保守政党による利益誘導政策につながる。明治初期、三島通庸 (みしま みちつね) は、山形県や福島県の県令として赴任し、反対派を押し切り強力に鉄道建設を推し進め「鬼県令」の異名で呼ばれた。三島よりやや遅れて、千葉県、宮崎県、神奈川県、兵庫県の県知事を歴任した有吉忠一 (ありよし ちゅういち) は、大きな抵抗もなく鉄道建設を成功させた。三島の時代には自由民権運動が最高潮を迎えていたが、有吉の時代になると、帝国議会が開設され、政党政治が定着してきたというのが大きな違いであった。交通インフラは、地方では国の支援のもとで行政が中心になって整備されたケースが多かったが、東京や大阪といった大都市では民間の力が中心になっていた。寺社仏閣への参拝は都会の庶民のささやかな娯楽であり、参拝客は確実な需要であったことから、地域鉄道は神社仏閣を目的地に建設された。戦前の二大政党の立憲政友会は、利益誘導政策で地方の地主層の支持を獲得した。もう一方の立憲民政党は、都市の企業経営者の支持を受けていた。1920 年 5 月、鉄道行政は内閣直属の鉄道院から鉄道省に格上げされた。第1 次世界大戦の好景気を受け、全国から鉄道・軌道の出願が相次ぎ、行政組織の改革と体制の強化が必要になったためだった。鉄道計画は、政党にとって票獲得の重要な手段となったが、内閣が代わるごとに鉄道計画が変わる不安定な状況だった。ここで、「政治の力で鉄道は曲がる」事例として大船渡線が挙げられている。その曲がりくねった様子から鍋蔓 (なべつる) 線と呼ばれほどだが、営業的には成功を収めている。1919 年 8 月、地方鉄道法が施行された。この頃には幹線がほぼ完成しており、新線建設はローカル線へと移っていた。そこで、明治時代の私設鉄道法と軽便鉄道法を統合し、申請には国会の審議が必要となった。地方鉄道法は 1987 年まで生き続けることになる。戦前の立憲民政党の代議士のなかから代表的な鉄道経営者として、根津嘉一郎と堤康次郎の 2 人が挙げられている。2 人とも政治家になることを夢見て東京に出てきて、まず実業の世界で実績を上げ、その後に政治家として大成した。1930 年 7 月、鉄道担当官庁の諮問会議として 1892 年 6 月に発足した鉄道会議が体制を大きく変えた。この改正で、政治家による選挙地盤への利益誘導の道が広がった。戦時体制が色濃くなった 1938 年 4 月、陸上交通事業調整法が公布され、東京、大阪、福岡などの大都市圏の鉄道事業が統合化されることになる。東京では五島慶太が活躍し、まず、小田原急行鉄道、京浜電気鉄道を統合し、大東急を成立させる。公務員は全体の奉仕者であることから労働基本権が制約されていたが、戦後、ポツダム宣言の民主化要求のもとで、国鉄労組に争議権を認める方法が検討された。だが、アメリカの占領方針が反共に変化していくなかで、その方針も変わってゆき、下山事件(1949 年 7 月 5 日)、三鷹事件(7 月 5 日)、松川事件(8 月 17 日)などの奇妙な事件が頻発した。戦後の政治家も根津や堤のように、上京し、選挙戦を戦う資金を貯めるために事業を立ち上げたり、投資を行い、衆議院議員に立候補した。このため、衆議院議員に企業経営者が多く、鉄道経営者には国会議員が多かった。東京オリンピックを目指して東海道新幹線の建設工事が始まった。名古屋~米原間を最短ルートで建設するため、岐阜県の自民党の重鎮、大野伴睦副総裁が調整に入り、その功績をにより岐阜羽島駅の駅前に大野伴睦の銅像が立った。冒頭に述べたとおり、「政治の力で鉄道は曲がる」(この場合は「真っ直ぐになる」だが)。東海道新幹線の成功は、新幹線神話を創った。国会議員は、選挙に当選することが目的で新線建設の活動を支援した。1964 年 3 月、特殊法人日本建設鉄道公団が設立され、国鉄路線の建設を推し進めた。そして、戦後の利益誘導政策を完成した政治家、田中角栄が登場する。田中は中越自動車の取得を通じて東急に接近し、全国に工業地帯を開発し、人の移動に新幹線網、物の移動に高速道路網を建設する『日本列島改造論』をぶち上げ、ついに総理にまで上り詰めた。しかし不運なことに、第四次中東戦争からオイルショックが発生し、景気は大きく後退、総理在任 2 年 5 ヵ月で退陣することとなる。上越新幹線は新潟の田中角栄、東北新幹線は岩手の鈴木善幸、成田新幹線は千葉の川島正次郎の地盤を含んでおり、この 3路線が政治路線であることは明白である。国鉄は、東海道新幹線が開業した 1964 年に赤字に転落した。もともと帰還兵士への職を斡旋し、労働運動を認めるために正式な公務員ではなくし、さらに道路や空港と異なり特別会計が用意されなかった。それでも政治化は採算度外視で鉄道建設を進めた。国鉄の赤字が膨らむのは当然の結果であった。佐藤さんは「国鉄問題は、実は、労働問題であった」(186 ページ)と指摘する。国労や動労のゼネストに加え、サボタージュがあったことは私も記憶しており、通学で大いに迷惑を被った。1981 年に設置された第2 次臨調は、国鉄再建が目玉となった。結局、国鉄は分割・民営化され、1987 年 4 月、JR6社と日本貨物鉄道が発足した。JR ブームと、タイミング良く青函トンネルと本四架橋が完成し、好調な船出となった。新幹線の新規工事は凍結されていたが、長野オリンピックの開催に間に合わせるため、長野新幹線は先行して建設が進められ、1997 年に開業した。1996 年に発足した橋本内閣は、「小さな政府」を目指した行財政改革が進められた。利益誘導政策を進めてきた自民党の方針を変革しようとしたものだが、結果は裏目に出て、1998 年の参議院選挙で大敗を喫する。小渕内閣に交替するも国会運営の主導権を握ることができず、自由党や公明党との連立内閣となった。民主党の小沢一郎は、「子ども手当」を使った利益誘導政策を選挙対策として利用し、民主党政権を発足させる。わが国の民主政治には利益誘導が欠かせないのだろうか。民主党政権は、LRT 整備に積極的であったり、そうでなかったりと、地域によって方針が一定していなかった。また、高速道路料金を低価格化した結果、鉄道利用者が大きく減少する地域が出てしまった。第3部では、21 世紀の地方と中央の新たな流れを概観する。21 世紀に入り、国は、行政改革と規制緩和により小さな政府を目指し、地方への権限移譲を進めてきた。地方は、公共交通政策を進めるという負担が増した一方、創意工夫による特長を出すようになっていった。コンパクトシティを目指した富山 LRT の成功や、福井市の鉄道近代化が代表例である。佐藤さんは「交通は日常的な問題であり、アプローチは容易なものの、実は奥が深い、専門的知識が必要な分野」(295 ページ)と指摘したうえで、「単なる利害調整ではなく、本質的な議論を展開して、真に国民の幸福につながる交通政策を行ってくれる政治家が増えることに期待する」と結ぶ。
2021.06.05
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競走馬の科学 ディープインパクトの後肢の踏鉄は驚くほど磨耗が少ない。それは、柔らかな関節を巧みに使って路面をグリップする能力を証明しているのだろう。(15ページ)著者・編者JRA競走馬総合研究所=著出版情報講談社出版年月2006年4月発行「ウマ娘」がブームである。そこで、発刊が 2006 年とやや古いが、「競走馬の未来を切り拓く」JRA競走馬総合研究所が書き下ろした本書を読んでみることにした。競走馬の心肺能力の高さを具体的な数字で学ぶことができ、また、競走能力には遺伝だけなく環境要因も大きいことが分かった。JRA が研究対象にしている競走馬=サラブレットは、約 300 年前、ランニングホースとアラブウマの交配で誕生した。世界中のサラブレッドの父系をたどっていくと、すべて 3頭の馬に遡ることができる。競走馬の肢は後肢が推進力で、前肢が迷取の役割をになっている。動物は地上に上がって歩法を進化させた。競走馬は「七色の歩法」を身につけており、スタートからゴールまで歩法を変化させている。これは二足歩行のウマ娘と違う点だ。最速はギャロップだが、肉食動物のチーターと違い、草食動物の競走馬は大きな消化器官を支えるために背骨を曲げることができない。このことが逆に、背中に人間を乗せることを可能にしている。また、捕食者から逃げるため、馬は脚を伸ばし、中指一本で体重を支えるに至った。中指を守る部分が蹄である。しかし人間を乗せることで、蹄の摩耗が激しくなった。そこで人間は蹄鉄を開発し、馬の蹄を守っている。競走馬でよく使われる調教・競走兼用蹄鉄はアルミニウム製で、約 95 グラムと軽量ながら麻耗が少ない。地上最速のチーターは時速100 キロを超えるが、最大速度で走れるのはせいぜい 200 メートル。これに対し、競走馬は 1200~3200 メートルを時速64~59 キロメートルで走ることができる。競走馬が速く走れる秘密は、その循環器系にもある。まず心臓が大きい。心臓の重量と体重との比率をみると、人間は 0.4%、ウシは 0.35%、ゾウは 0.39%だが、サラブレットは 0.97%、トレーニングを積むと 1.1%にも達する。競走馬の安静時心拍数は 30 台だが、レース中には 220~240 に達する。また、血液量も他の動物に比べて多く、赤血球の数も多い。こうして、レース中に筋肉へ十分な酸素を供給できる。競走馬では、200 メートルあたり 13~14秒のスピードの時に有酸素性エネルギーの生成能力が最大に達し、それより速くなると無酸素性エネルギー(主にグリコーゲン)も動員される。加速が必要なスタート直後に無酸素性エネルギーを利用し、ゴール前の追い込みで再びグリコーゲンを利用できるかが勝負の鍵になる。馬は繊細な動物だ。レース後の疲労が回復しないと、次の出走を嫌がることがある。慢性疲労を避け、レース前に万全の状態に仕上げるため、競走馬の食事は栄養学的な観点から考えられている。発汗によって失われる水分や電解質を補給し、グリコーゲンを蓄積するために穀類を含む飼料を与える。競走馬は怪我と無縁でいられない。骨折率は出走延べ頭数の約 1.3 パーセントで、その 8 割が前肢で起きている。レースにおいては、前肢と後肢にかかる荷重が 6 対 4 と前肢の割合が大きく、1 本の肢で約 1 トン近い荷重を受けなければならないからだ。また、屈腱炎やソエといった炎症、コズミ(筋肉痛)にも注意が必要だ。JRA が運営する全国 10競馬場は、芝馬場とダート馬場の 2種類に分かれる。調教コースでは、衝撃を和らげ、競走馬の肢を守るウッドチップ馬場が使われる。1980 年代後半から、メジロマックイーン、オグリキャップ、トウカイテイオーの活躍が目立ったが、坂路コースがつくられ、そのトレーニング効果だとされている。競走馬には発情期があり、日本では 2 月中旬から 7 月中旬まで種付けが行われる。馬は人間と異なり、免役の胎盤移行がないため、子馬は免疫グロブリンが多く含まれる初乳を飲むことが生死を分ける。その年に生まれた馬は血統登録審査をおこなう。審査には血液型が用いられてきたが、2002 年から DNA 型検査が導入された。血統登録証明書が交付されたら、馬名登録する。競馬法では、馬名登録をした競走馬でないと出走できないことが定められている。馬齢は、誕生日に関係なく、生まれた年の 1 月 1 日から起算する。12 月 31 日に生まれた子馬は、翌日には 1 歳馬となる。競走馬の能力には多くの遺伝子が関与しており、環境の影響も受けると考えられている。データ分析の結果、とくに、1200 メートルから 2000 メートルの距離では遺伝的に競走能力に差がないことがわかっている。
2021.05.22
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データ立国論 テータが共有財として社会を駆動させることによって、人々の自由や平等が担保される新たな社会システムが生まれるのです。(58ページ)著者・編者宮田裕章=著出版情報PHP研究所出版年月2021年3月発行著者は、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の教授、宮田裕章さん。専門のデータサイエンスを駆使し、厚生労働省の「新型コロナ対策のための全国調査」の分析結果を発表するインパクトのあるファッションからスーパーサイヤ人とも――。宮田さんは、「データを使った社会変革」を軸にして活動しているという。つまり、これまでの社会が目指してきた「最大多数の最大幸福」ではなく、個別対応を可能にするデータ社会では、多様な価値を可能な限り把握し、一人ひとりに寄り添う「最大“多様”の最大幸福」が可能になると主張する。一人一人から様々なデータを供出してもらい、大きな社会変革の力として還元しつつ、その価値を共有してゆく――宮田さんは、元気玉を練り上げる孫悟空と、アムロ・レイのようなニュータイプが合体した“新しい”人類なのかもしれない。私は功利主義の立場にあるが、宮田さんが提唱する、データの利活用によって多元的な価値への対応を可能にする「データ共鳴社会」=「最大“多様”の最大幸福」に“共鳴”する。資本主義を回してきた貨幣――もう少し定義を広げて「資産」というならと、これらは独占できるものであり、それを独占使用することで財(人々の満足)を生み出してきた。ただ、使用することで目減りする。一方の「データ」は、共有できるものであり、目減りもせず、しかも、使えば使うほど、さらに効率的に満足を生み出すことができる。宮田さんは「テータが共有財として社会を駆動させることによって、人々の自由や平等が担保される新たな社会システムが生まれる」(58 ページ)という。ただし、「テータは使ってもなくなりませんが、信頼を失えばその価値を一気に失います」(93 ページ)ともいう。コロナ禍の世界で、ドイツのメルケル首相や台湾の蔡英文総統は、国民をリスペクトしながら、根拠に基づいたデータを明快な言葉で発信することで、感染拡大を抑え込もうとしている。宮田さんは医師ではないが、慶應義塾大学医学部の教授として、臨床現場と連携して手術症例を分析するデータベース「NCD」を開発、運営しており、解析結果を臨床現場へとフィードバックすることで、医療の質を底上げしようとしている。その経験から、「データと言うと『監視社会』とか『AI に支配される』といったネガティブな側面が想起されがちです。しかし、データを『人間』や『命』に関わる分野で活用した場合にも、こうしたポジティブな価値が生まれる」(98 ページ)という。医療分野では、金銭ではなく QOL(クオリティ・オブ・ライフ)が価値基準となりつつあることから、データ共鳴社会の実験場として適している。宮田さんは、データでつながる世界では、well-being のもう 1 歩先の世界観が必要という。それは、「自分 1 人が幸せなら OK」ではなく、「こうすればみんなが幸せだよね」という社会善的な価値観が重要になるからだ。宮田さんは、それを「Better Co-Beging(生きるをつなげる。生きるが輝く)」と定義する。この共有価値が次の世代へと引き継がれると、SDGs の先を行く「持続可能な共有価値」になる。まるで、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する「ニュータイプ」のようだ。宮田さんは最後に、格差問題を克服した資本主義大国アメリカ、社会信用スコアの評価基準をオープンした中国、多層型民主主義を成長させた日本――そのどれもが、新しい豊かさを生み出すことができる可能性があると結んでいる。そうだ。未来は、皆さん一人一人の手に委ねられているのだ。
2021.05.15
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三体問題 天才たちを悩ませた400年の未解決問題 結果として、「三体問題」は厳密な解を与える求積法だけでなく無限級数の形の方法さえも退けてしまったのです。これが、「三体問題は解けない」といわれる所以です。(157ページ)著者・編者浅田 秀樹=著出版情報講談社出版年月2021年3月発行著者の浅田秀樹さんは、一般相対性理論、重力理論、理論宇宙物理学を専門とする弘前大学大学院の教授だ。月は地球の周りを公転しており、その軌道は明らかにはなっているものの、ある時間における正確な位置を計算で求めることができない。これは、月の軌道に地球と太陽の重力が影響しているからである。月=地球=太陽のように、3 つの天体の運動を一般化することを「三体問題」と呼び、天文学・物理学・数学の未解決問題として、数世紀にわたって多くの学者の挑戦をはねのけてきた。20 世紀に入り、一般相対性理論が解法をさらに困難にする一方、コンピュータの急速な進化が新たな解法を提供する。同世代である浅田さんが、あとがきに「筆者が理学部学生だったときに講談社のブルーバックスを楽しく読み漁った人間として、今こうしてその 1 冊を自分で執筆できることにとても感激しています」(248 ページ)と書いた気持ちは、とてもよく理解できる。第1章・第2章では、解ける方程式と解けない方程式を紹介する。2 次方程式の解の公式は、中学の数学で習うのでご存じの通り。4 次方程式までは解の公式が存在する。ところが 5 次以上の方程式には解の公式が存在しない。解の入れ換えの組み合わせの数が大さすぎで、代数的に解くことが不可能になるためだ。1858 年、数学者のシャルル・エルミート、フランチェスコ・ブリオッシ、レオポルト・クロネッカーが、楕円関数を使った 5 次方程式の解法を発表した。この方法は「代数的に解くこと」ではない。第3章では、ケプラーの法則とニュートンの万有引力の法則を振り返る。ケプラーがティコ・ブラーエの観測記録から発見した法則は、万有引力の法則から導かれる運動方程式によって説明できる。太陽と惑星という「二体問題」の解が、ケプラーの第1 法則にある楕円軌道である。運動方程式は、質量と加速度からなる。質点の位置を微分すると速度になり、速度をさらに微分すると加速度になる。つまり、運動方程式は、物体の位置を表す関数に対する微分方程式となる。ドイツの数学者カール・フリードリッヒ・ガウスは、観測結果から天体の軌道を求める効果的な軌道計算法を編みだし、1801 年に発見され、いったん行方不明になった準惑星ケレスを再発見することに導いた。では、3 つの質量が関係する「三体問題」の解法はあるのか――第4章では、前提条件を置く制限三体問題として、オイラーが「直線解」を発見する。これは、各天体が全体の共通重心のまわりを円運動するものだ。ラグランジュは、太陽系において直線界が許される場所が複数あることを証明した。アニメ「機動戦士ガンダム」でお馴染みのラグランジュ点である。太陽に比べて非常に軽い惑星と、質量をほぼ無視できる天体(ガンダムでは植民コロニー)の制限三体問題では、ラグランジュポイントの 4番目L4 と 5番目L5 が安定する。時代は下り、1906 年、太陽と木星に対するラグランジュ点 L4 と L5 に小惑星群「トロヤ群」が発見された。第5章では、三体問題の一般解を追求する。ニュートンが発明し、ライピニッツやリーマンによって体系化された積分法は、微分方程式の解を求めることができる。つまり、ニュートンの運動方程式を時間に関して 2 回積分することができれば、三体問題を解くことができる。これを求積法と呼ぶ。しかし、三体問題を解くには、17 個の互いに独立な「運動の定数」を見つけ出さなければならない。このうち 12 個はオイラー、ラグランジュ、ヤコビによって発見された。しかし、まだ 5 個が残っている。そして 1887 年、ドイツの天文学者ハインリヒ・ブルンスによって、三体問題に関して互いに独立な「運動の定数」が存在しないことが証明されてしまった。こうして求積法による解法の道は閉ざされた。さらに 1889 年、スウェーデン国王兼ノルウェー国王のオスカル 2 世の 60 歳の誕生日を祝う懸賞論文として、N 体問題を級数展開する課題を提示した。ところが、論文締め切りの直前、フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、この課題設定が誤りであることを証明してしまう。求積法や級数展開以外の解法はないのか――7章では、20 世紀半ばに成長した電子計算機によって、数値演算による三体問題の解法を紹介する。私が電算機の世界に入った時代であり、プログラムで繰り返し計算させることで力任せに微分方程式の数値解が得られるようになった。こうして、3 つの天体が十字状の軌道を描くように見える十字解や、8 の字ループを描く 8 の字解が得られる。8 の字解は SF のようだが、現実に、銀河あたり 1 個は存在しているという。第8章では一般相対性理論を取り上げる。20 世紀に入り、天体観測の精度が上がると、水星の近日点が移動していることが明らかになった。この現象はニュートンの運動方程式では説明がつかず、未知の惑星の存在も疑われたが、アインシュタインの一般相対性理論によって決着が付いた。天体に働く重力は、ニュートンの運動方程式における力ではなく、時間と空間における幾何学(リーマン幾何学)の性質によるものであった。ケプラーの法則やニュートンの運動方程式は近似解であり、より厳密に二体問題を解こうとすると、アインシュタインらによる EIH 方程式を解かなければならない。ところが、EIH 方程式には、万有引力だけでなく、質量の 3 次に比例する逆3 乗則に従う力もあれば、さらに天体の速度に依存する項まで登場し、厳密に解くことは不可能なものであった。国立天文台が発表している天文暦は、EIH 方程式を加味しているとはいえ、あくまで近似的な解となっている。ここで、小惑星の軌道計算において急に軌道変化する「古在機構」を取り上げているが、『地球は特別な惑星か?』にあるように、太陽系の進化の過程で、木星や土星が太陽に近づいたり遠ざかったりする現象も、EIH 方程式によって解き明かされるかもしれない。近い将来、パソコンを使って太陽系進化の数値計算ができるようになるかもしれない。
2021.04.09
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聖☆おにいさん 第19巻 梵天「買った翌日には、こわれたり‥‥ちょっとしたことで印刷がはげるようにして、諸行無常を表現しています」著者・編者中村 光=著出版情報講談社出版年月2021年3月発行ブッダが連載している漫画『悟れ!アナンダ』が最終回を迎えるも、天部は続編を書かせようと画策。どうやらグッズの売り上げが目当てらしい。十二使徒で一番疑り深いトマスは、イエスのことを「虚言癖のヒゲ」と考えているのか? ナルキッソスが PR しているメンズ用化粧水をブッダが使ったら?情報伝達の大天使ガブリエルが YouTube ページを開設したところ、誹謗中傷のコメントが――IP アドレスを調べてみると‥‥。昇天中のロード画面(走馬灯)に PV を流そうという企画――出演を承諾した悪魔マーラの衣装は?イエスは立川からリモートワークで降臨? コワーキングスペースに人々の願いが集中した結果、コールセンターになってしまった。そこへ転職(堕天)を勧めるルシファーが乱入――旬なネタが一杯の第19 巻!
2021.04.02
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SF挿絵画家の時代 真鍋博「未来は、緑あふれる環境に人間が住んでいて、その中で絵を描くと緑の絵の具が真っ先になくなる、そんな世の中であってほしい。」(117ページ)著者・編者大橋博之=著出版情報本の雑誌社出版年月2012年9月発行小学生から中学生にかけて多くの SF 作品を読んだが、40 年以上を経た今でも、表紙や挿絵が記憶に焼き付いているものがある。今どきの CG や萌え絵とは違い、現代美術の影響を受けた挿絵画家さんたちが SF の表紙を彩っていた時代である。空想の世界が広がり、科学誌や音楽、果てはプラモデルまで、挿絵画家さんつながりで、子どもの頃の趣味の幅が広がっていった。中学生の頃に読んだ SF『銀河帝国の興亡』シリーズ(アイザック・アシモフ=著)の表紙・挿絵を担当した林巳沙夫さんの名前を見かけ、本書を手に取って読んでみた――。
2021.03.13
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出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」 ほかの誰でもない自分自身で決めること、すなわち自己決定は、原理的にその選択の正しさを保証するわけではもちろんありません。しかし間違いなく自分の生を生きることになる、それだけは保証してくれる。(241ページ)著者・編者室月淳=著出版情報集英社出版年月2020年2月発行著者は、宮城県立こども病院産科科長で東北大学大学院胎児医学分野教授の室月淳さん。胎児医学の専門家であるとともに臨床医として長年、妊婦さんやパートナーと接してきた経験が凝縮された 1 冊である。妊娠して不安を感じている方、とくに出生前診断という言葉に出会ったら、まず、本書を手に取って読んでみることをお勧めする。冒頭、新型出生前診断(NIPT)の対象となる 21 トリソミー(ダウン症候群)と 18 トリソミー、13 トリソミーの 3 つの疾患が胎児にもたらす症状(特性)や、発生確率と年齢の関係、陽性的中率、陰性的中率について説明がある。ここまでは、医学書やネットで手に入る情報だ。ここで、室月さんは「医療のなかで頻度とかリスクといった数字で説明するとき、患者と医療者のあいだ、あるいはクライエントとカウンセラーのあいだで、客観と主観がこっそり入れかわっている」(112 ページ)と語る。室月さんは妊婦さんに語りかける――「あなたが NIPT に関心をもったのは、なんらかの動機、すなわち心配や不安といったようなものがあったからだろうと思います」(69 ページ)。「もし妊娠中になんらかの『不安』を感じて NIPT をはじめとする出生前診断を受けようかと考えはじめたら、まず以下の 3 点をチェックしてみてください」(96 ページ)。+そもそもなにが不安なのか+それは誰の不安か+検査で不安が解消されるのかこれは妊娠・出産に限ったことではないだろう。健康や病気について不安を感じたとき、この 3 点をチェックするといいだろう。たとえば、現在、新型コロナ・ウイルス感染が拡大しているが、そもそもなにが不安なのだろう、それは誰の不安なのだろう(マスコミやネットに不安を煽られていやしないか)、PCR 検査で不安を解消できるのだろうか――。室月さんは最後に、「根拠があろうとなかろうと自分自身で決めることができれば、たとえそれがつらく苦しい状況をまねいても、おそらく後悔することは少ないでしょう」(241 ページ)と語る。同感である。室月さんは、「絶対的な『正しい選択』などと、もともと存在しない」(114 ページ)としたうえで、産むか産まないかは、「ほかの誰でもない自分自身の意志によって選択すること」(114 ページ)が大切だと力説する。もちろん、パートナーとの合意が前提となる。また、カップルが自分たちで決めた選択も、結果として社会的な通念や倫理的な規範にそったものであるよう、遺伝カウンセラーは対応する必要があるという。一方で室月さんは、遺伝カウンセリングの制約条件も明らかにしている。カウンセリングは「あくまで個人の内面における心理操作」(127 ページ)であり、染色体疾息の子に対して社会一般がもつ思いこみや偏見といった社会の矛盾には手を打てない。政治的な作用はもっていない。この制約条件を曖昧にしたり、それを踏み外しているようなカウンセリングは、正しい遺伝カウンセリングではないということだろう。このように遺伝カウンセリングには限界があるが、それでも妊婦さんとパートナーの自己決定を大切にすることは、私たちが「自由」と「民主主義」の理念を高くかかげて公正な社会を作り上げようとしていることにつながる。室月さんは「出生前診断の倫理的問題は、結局のところ、選択的中絶が許されるかどうかの一点にしほられるのではないか」(142 ページ)。つまり、選択的中絶を禁止することに根拠はないにもかかわらず、私たちは中絶の本質を胎児殺しだと感じている。室月さんは、自己決定を大切にするなら、「どちらを選択しても社会的不利益を受けないよう、国や社会は全力で支援する」(142 ページ)ことが必要だと力説する。室月さんは、「倫理的に深刻な問題が生じるのは、自分自身の倫理体系を固守せず、ご都合主義で両方から適当に道徳律を選ぶ、つまりふたつの道徳体系を一緒くたにする人間や組織が現れたとき」(155 ページ)と指摘する。健康保険の範疇外の私費診療において、「『おおやけの倫理』のなかでおこなわれるべき医療が、『わたくしの倫理』の道徳律を恣意的につまみ食いして営利の追求をおこないはじめると、医師が医療の道徳基盤そのものを掘りくずす」ことになると警鐘を鳴らす。無認可の NIPT やデザイナーベビー(エンハンスメント)の問題にも触れ、「平等という概念すら失わせることになってしまう」(228 ページ)と指摘する。戦時中のナチスや、戦後、わが国を含む先進諸国で行われた優生学の問題についても論じている。室月さんは、「羊水検査施行は完全な個人の意志に基づいておこなわれなければならない」(178 ページ)、「出生前検査のマススクリーニング化はけっして認められない」(180 ページ)と立場を明確にしている。一方で、遺伝カウンセリングは相談に来た妊婦さんやパートナーに対する個別対応であり、生命倫理や社会正義を実現する手段にはならないと、そこには制約があることを念押しする。最後に、「おそれはじめると思考が鐘り、決断ができなくなってしまいます。それならば後はなにも考えずに決めてしまえ。望むべき選択とは次のようなものかもしれません。『見るまえに産め』」(243 ページ)と締めくくる。
2021.02.28
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現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応 危機管理の鉄則は、ポイントを的確に押さえた正確な情報を、タイムリーに提供することである。(150ページ)著者・編者山浦雄一=著出版情報日経BP 日本経済新聞出版本部出版年月2020年12月発行2020 年 12 月、小惑星探査機「はやぶさ 2」が地球へ帰ってきた。宇宙開発はハイリスクなプロジェクトだが、将来の民生利用まで考えると、リターンは計り知れない。かつて、JAXA の奥村直樹理事長が「宇宙開発の意義は、その多様性にある。これほとど多様な価値を生み出す事業分野は他にない」と言ったそうである。ビジネスマンとして、『現場の判断、経営の決断』というタイトルに惹かれ、本書を手にした。著者の山浦雄一さんは、私より一回り上。高校の時にアポロの月着陸を見て、宇宙開発を志したそうだ。1978 年 4 月から 2017 年 3 月まで 39 年にわたり、宇宙開発事業団(NASDA)と後継の宇宙航空研究開発機構(JAXA)に在籍し、わが国の宇宙開発に貢献してきた。毛利衛宇宙飛行士からはじまるスペースシャトルへの宇宙飛行士の搭乗、ISS の開発といった国際協力による有人宇宙飛行計画。一方、N-I から H-II シリーズに至る国産宇宙ロケットの開発と、ISS補給機「こうのとり」の開発と運用。危機管理全体を統括する経営企画部長として望んだ小惑星探査機「はやぶさ」の運用。常にリスクと闘いながら、地道に対策を講じ、情報をオープンにすることで周囲の協力を得るという姿勢は、私たちのビジネスマンも参考になる。山浦さんが NASDA に入った 1978 年に発表された『宇宙開発政策大綱』には、「有人支援活動のような我が国の技術能力を超える活動が必要となった場合には、米国のスペースシャトル等を利用しながら、我が国の宇宙開発を国際的に高いレベルで推進することとする」と記されていた。日本初の人工衛星「おおすみ」が成功したのが 1970 年だから、わずか 8 年で有人宇宙飛行を目標に据えていたことが分かる。1981 年 4 月、スペースシャトルが初めて打ち上げられる様子を見た山浦さんは、「ホントに上がっちゃったよ。1 回目から人を乗せて」と叫んだという。それまでの有人ロケットは、まず人を乗せずに試験打上げをしたからだ。しかし、スペースシャトルは無人で打ち上げることができなかった。私は小学生の時に『UFO と宇宙』というオカルト雑誌でスペースシャトル計画を知り、中学生になって、ボイーイング 747 の背に乗って大気圏内試験飛行するスペースシャトル・エンタープライズのプラモデルを作ったものである。1984 年、目的も分からぬまま米ハンツビル駐在となった山浦さんは、アメリカの宇宙開発の父フォン・ブラウンの同僚や直系技術者と交流し、スペースシャトルに日本人宇宙飛行士を送り込むための実務をこなしていた。「国際プロジェクトでは夜に懇親の場を持って理解し合うことが不可欠であり、国際間共通」(31 ページ)というのは、当時も今も変わらない。1985 年 8 月、NASDA は最初の宇宙飛行士候補、毛利衛さん、内藤千秋さん、土井隆雄さんの 3 人を選出する。しかし、1986 年 1 月、スペースシャトル・チャレンジャー号事故が起きた。打ち上げの白煙の中から、チャレンジャー号の破片が飛び散る様は、いまでも鮮明に覚えている。SRB ・オーリングがチャレンジャー号事故の象徴のように扱われるが、それは直接原因にすぎない。事故究明委員会は、宇宙開発史上初めて公開の場で、NASA のマネージャ達がシャトルは実運用段階にあることを示そうと、年間飛行回数を厳守し、過密スケジュールを緩めることへの拒否するプレッシャーを明らかにした。これは、後に日米で起きた事故原因究明に影響を与えたという。ドイツからアメリカに渡りロケット開発に生涯を捧げたフォン・ブラウンは、技術力はもとより、人と組織を動かす力にあったという。彼が所長を務めた MSFC(マーシャル宇宙飛行センター)には、「マトリクス組織」という、「技術(工学)と科学(理学)の専門領域部門」と「プロジェクトのマネージメント部門」を明確に分けた組織体制がある。サポートコントラクターと呼ばれる契約企業がマトリクス組織を支えている。1992 年 9 月、毛利衛宇宙飛行したスペーシャトルに搭乗し、FMPT(ふわっと'92)第一次材料実験が成功裏に実施された。チャレンジャー事故のために 4 年半遅れた。山浦さんは、「どこから見ても 100 点満点のフルサクセス」(75 ページ)と評価する。ISS(国際宇宙ステーション)計画は、米日欧加が進めた宇宙基地計画と、ロシア(旧ソ連)のミール 2計画を連結したものだった。NASA のゴールディン長官は、ロシアのプライドを傷つけないよう、またコプチェフ長官がロシア国内で ISS計画を推進しやすくするよう、常に気配りをしていたという。旧ソ連時代から続くミール宇宙ステーションはプライドの象徴であり、ロシアの宇宙関係者は、「ロシア人が宇宙にいない日などあってはならない」と話すのを何回も聞いたことがあるほどだ。ISS の最初のモジュール FGB(ザーリャ)は、1998 年 11 月 20 日、バイコヌール宇宙基地からロシア・ソユーズロケットによって打ち上げられた。サービスモジュールの成功とロシア人の ISS長期滞在開始を見届けた後の 2000 年末、ロシア政府は 15 年間運用したミールを、2001 年に大気圏再突入させることを最終決定した。ミールが枚障して制御不能となって、落下地点が予測不能となるという最悪の事態を回避したのである。ISS 建設途上で、再びスペースシャトルの事故が起きる。2003 年 2 月 1 日、コロンビア号が大気圏に再突入した際、空中分解を起こし、7 名の宇宙飛行士が犠牲になった。山浦さんは、「事故時にまず重要なことは、初動対応」「記者会見では、迅速さと説明の透明性と分かりやすさがカギを握る」(115 ページ)と言う。2003 年 8 月、事故調査委員会の報告書が公表され、?トラブルへの慣れ、?マネージメント文化、?組織方針のプレッシャーを指摘している。「マネージメント文化」というのは聞き慣れないが、プロジェクトマネージャが「何故安全なのか」の理由を問わずに「何故危険なのか」の理由を、定量的な根拠を求め説明させたことを問題視している。これは、私たちの日々の業務リスク管理でも必要な視点だ。また、経営層が現場にスケジュール厳守を迫った事によるプレッシャーは、チャレンジャー号事故の時と同じだ。打ち上げ再開した 2005 年 7 月 26 日、野口聡一宇宙飛行士がディスカバリー号に乗って ISS へ向かった。山浦さんによれば、日本人飛行士への国際パートナーからの評価は高く、とくに 2014 年 3 月、日本人として初めて ISS船長に抜擢された若田光一宇宙飛行士の活躍は大変な偉業という。NASDA(日本)は、1970 年代から実験棟「きぼう」の研究開発を進め、1994 年から宇宙ステーション補給システム(HETV)「こうのとり」の研究を開始した。いずれも実現した。日本の液体ロケット開発は、N-I、N-II、H-I、H-II と続くシリーズの中で、打ち上げ能力を増やし国産化率を高め、順調に続いてきた。しかし、1999 年 11 月、H-II ロケット 8 号機の打ち上げが失敗し、2 回連続の失敗となった。失敗に対するメディアの批判は厳しかった。そのような湖囲が続く中で、科学技術庁と NASDA は記者説明の場を大事にした。NASDA は、失敗した LE-7 エンジンを海底から回収し、国の各機関およびメーカーが連携して原因究明にあたり、H-IIA ロケット開発の改善項目としてインプットされた。山浦さんはこの時のことを、「国内協働により基礎データと能力基盤を組織と人に蓄積・継承すべしという宇宙開発関係者への警鐘と教調であり、国産自主開発の本質の再認識」(195 ページ)と語る。2000 年 4 月、NASDA サーバがサイバー攻撃を受け、迷惑メールの踏み台にされた。2001 年 8 月 29 日、H-IIA ロケット試験機 1 号機の打ち上げに成功した。2003 年 10 月 1 日、日本の宇宙 3 機関が統合して宇宙航空研究開発機構(JAXA)が設立された。2009 年 9 月 11 日、H-IIB ロケット試験機(1 号機)が宇宙ステーション補給機「こうのとり」技術実証機を搭載して打上げに成功した。ISS は、高度約 400 キロメートルの円軌道を約 90 分で 1 周する。軌道上での速度は時速約 2 万 8000km。「こうのとり」(総重量最大 16.5 トン、積載荷物最大 6 トン)は、H-IIB ロケットにより高度約 200 キロ~300 キロメートルの軌道に投入され、そこから自力で徐々に高度を上げて ISS に接近する。ISS に積み荷を届け、廃棄物を積み込んだ「こうのとり」は、最終的には大気圏再突入して、荷物の ISS 不用品とともに融解する。仮に融解しない落下物があっても、安全な海域に落ちるようにコントロールされる。1990 年代に NASDA が、ISS のロボットアームを使って結合すると提案した「こうのとり」の方式は、NASA にとって「ありえない方法だったという。NASDA は、「こうのとり」の運用訓練にあたり、1 つに統合したいコンピュータープログラムを複数のコンピューターに分散して、ネットワーク接続して連係動作きせる分散シミュレーション技術を導入した。「こうのとり」技術実証機(初号機)の打上げまでに実施した訓練は、日米合同 53 回、国内 65 回、合計118 回であった。また、訓練を経て完成させた手順書は合計約 2000 件で、うち約 1900 件がトラブル対応時のものであった。こうした訓練の積み重ねによって、NASA の信頼を勝ち得てゆく。「こうのとり 6 号」(2016 年 12 月)~「こうのとり 9 号」(2020 年 5 月)により、ISS の 24 台すべてのバッテリーが GS ユアサ製リチウムイオン電池に置き換えられた。「こうのとり」は、 2009 年 9 月~2020 年 8 月の年間に 9 回のミッションを全て成功さた。シャトル退役後の ISS運用を支えた「こうのとり」の唯一無二の能力と完璧な信頼性は、傑出していた。「こうのとり」の ISS結合方式は、その後、小惑星探査機「はやぶさ」のタッチダウン運用に活用される。日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げ(1970 年)から僅か 5 年、ISAS は、日本初の宇宙探査機によりハレー彗星観測を行うミッションを立ち上げた。2009 年 4 月、山浦さんは JAXA の危機管理全体を統括する経営企画部長になった。このとき、小惑星探査機「はやぶさ」がトラブルに見舞われる。「はやぶさ」は擬人化されて「はやぶさ君」と呼ばれるようになり、社会の注目が日々高まっており、山浦さんは、「自分の部長任期中に大変なリスク管理、危機管理があろうことは肝に銘じていた」(285 ページ)という。「はやぶさ」で誤情報を流したら影響範囲が広い。だから危機管理では、情報の真偽確認と正確でタイムリーな情報伝達に特に留意した。全ての情報が特定の 1 人に入り、そこから発信されるよう担当者を決めた。やがて彼の頭には全てが収まり、危機管理部隊の「はやぶさ君」と呼ばれた。トラブルの発表、報道対応は、危機管理の重要部分だが、的川泰宜 SAS 教授と川口淳一郎プロジェクトマネージャが説明責任を果たしており、山浦さんは何の心配もなかったという。こうして、「はやぶさ」は何とか地球への帰還を果たした。次の「はやぶさ 2」は、出だしから難航したという。政府の事業仕分けにより予算が削減され、2010 年秋の第3 弾で、ようやく満額の 30 億円で開発着手が認められた。政府の事業仕分けは、第3 弾をもって終了した。2011 年 3 月 10 日夕方、JAXA で BCP が完成した。その翌日、東日本大震災に見舞われる。山浦さんは、2011 年 8 月、私は JAXA 執行役(理事補佐)となり、経営側で仕事をする立場になった。ISAS理学委員長の常田佐久国立天文台教授から相談を受け、「はやぶさ 2」の科学目標を「太陽系の誕生と進化を解明する」と明確にした。探査機や有人システムでは、「まず運用への要求事項を理解して運用計画を練り、そこから設計にフィードバックさきせる」(324 ページ)ことが基本だという。だから、打ち上げ前の運用シミュレーションが大切だ。難産だった「はやぶさ 2」は、しかし、目標を次々とこなし、2020 年 12 月、小惑星「リュウグウ」のサンプルをもたらす。
2021.02.14
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新型コロナからいのちを守れ! 「その中で皆が厳しい目を寄せながら進んできているので、これからもそれが続けば大きなをな心配はいらないと思っています。日本の流行対策の特徴は、国民が監視をする中で進んできたということなんですよね。」(284ページ)著者・編者川端裕人=著出版情報中央公論新社出版年月2020年12月発行本書は、新型コロナウイルス感染症の流行の終息がまだ見えない中、最前線で感染症制御に礎走して「第1 波」を乗り切った科学者が、その間、目の当たりにし、考え続けたことを読者と共有するために、「8 割おじさん」こと西浦博教授が専門家の立場から語り、西浦さんと付き合いの長い作家の川端裕人さんが話を整理、補足した形をとっている。私たちは、マスコミやネットを通じて外からの情報を受け取っているわけだが、そのとき、内側で何が起きているのか、オンタイムで進んでいる事象だけに、とてもインパクトがあり、また、「サイエンス・コミュニケーション」について考えさせられた。コロナ禍も悪いことばかりではない。本書を読むと分かるように、わが国で「サイエンス・コミュニケーション」が根付いた。専門家たちが使ったデータやプログラム、各種資料はネット配信で紹介され、いまも GitHub や note からダウンロードすることができるようになっている。画期的なことだ。そして、第1 波を乗り切った専門家たちは、各々の仕事に立ち戻り、次の専門家たちにバトンが渡された。私は、マスコミやネットを通じ、これからも専門家の声に耳を傾け、自分の頭を使ってサイエンス・コミュニケーションに参加し続けていきたい。新型コロナ・ウイルスが日本人へ感染したことが判明した後の 2 月 6 日、西浦さんは加藤勝信厚生労働大臣(当時)に挨拶し、そのまま厚労省のビルの中、ダイヤモンド・プリンセス部屋と呼ばれるエリアで分析をはじめることになった。こうして省内とのコミュニケーションを深めていった西浦さんは、2 月半ばのある日の深夜、知らない電話番号から着信を受けた。「加藤でございます」と言われて、「はい? どちらの加藤さまですか」と聞き返したところ、「厚生労働大臣の加藤でございます」と言われてはっとして居住まいを正したというエピソードが記されている。その後、厚労省の 2階にある講堂に長机を並べ、300 人ぐらいのスーツを着た職員がノートパソコンと向き合う体制で新型コロナウイルス感染症対策本部が発足した。新型コロナ対策では、福島第一原発事故の時のように専門家の間で意見の対立が起きることなく、互いに敬意を払い合い、団結しているようにも見える。これは、専門家会議でもクラスター対策でもない「有志の会」 https://note.stopcovid19.jp/ の中で専門家が意見を出し合ってきた成果だ。そして、西浦さんは自家薬籠中の手法としている空間的逆計算という数理モデルを駆使し、感染症の専門家をサポートし、専門的知識あるいはデータに基づくエビデンスを「科学的な根拠に基づいた政策決定」のために提供する流れができた。クラスター対策班がスタートして 3 日ほどたつと、2 次感染の経路が「換気の悪い密閉された空間」だということが明らかになってきた。これを鑑定の官僚に伝え、「三つの密」という言葉が誕生した。西浦さんは、「『密接』という言葉など、普通は考えつきません」(70 ページ)と感想を述べている。だが、3 月中旬に入ると、クラスター対策班に逆風が吹き始める。「韓国ではとてもたくさん PCR 検査をしているというのに、日本はどうだ」というマスコミの論調や、霞ヶ関では「西浦を止めろ」という声も出たが、専門家会議の尾身茂・副座長がクッション役を果たしたという。2020 年 3 月 9 日、専門家会議の記者会見はに今も、YouTube で公開されており、誰でも参照できる(https://www.youtube.com/watch?v=hH79Wv4ys0o)。西浦さんは、「専門家には決定権限はありません。リスク評価として『ここは守らなければ』という範囲を必死にやる。あとは政策判断側に委ねるしかないので、リスク評価結果が政策に反映されない時にはぐっと唇を噛んで耐えることが必要です」(106 ページ)と振り返る。これは、サラリーマン技術者と経営者の関係によく似ていると感じた。クラスター追跡ができないほど感染者が出始めていた東京都と大阪府に対し、厚労省は文書を送った。その結果、大阪では兵庫県との往来を止めようとして、両知事の間の関係が険悪なものとなった。逆に東京都は、都が感染経路不明と発表している人の中にもリンクがある人はたくさんいると情報提供してきた。専門家、中央省庁、自治体のコミュニケーションが深まってゆく。そうこうするうちに、3 月下旬、明らかに指数関数的な感染者数の増殖が認められるようになり、都内の接触者追跡が苦しくなってきた。3 月 24 日、西浦さんは小池百合子東京都知事と初めて面談する。都知事からの要請で西浦さんが発表することになったが、逆に、厚労相は「西浦さんの口からは言わないで」と釘を刺される。中央省庁と自治体の間の責任のなすりあいにも見える。3 月の後半には、緊急事態宣言が不可選であることが分かってきた。そこで、国立保健医療科学院の齋藤智也先生を中心に勉強会が開かれる。一方、LINE を使ったビッグデータを扱うために慶應義塾大学の宮田裕章先生がクラスター対策班に参画し、経団連の中西宏明会長とのチャネルを開く。西浦さんは宮田のことを「何者なんだ、このスーパーサイヤ人は」と記しているのが面白い。西浦さんはこの時のことを、「これは奇妙な経験でした。地ならしを専門家がとどんどんしていって、背後で国はあまりそんなことは知らない。厚労省はいっぱいいっぱいで、緊急事態宣言は厚労省の仕事じゃないので、そこに踏み込みたくないわけです。一方で、内閣官房も各省庁の寄せ集めで構成されているので、こういう話ができるかというと、難しいだろうと僕らも分かっていて、とにかく専門家が流行を混乱なく制御するんだぞという意気込みでコミットしていきました」(167 ページ)と振り返る。コロナ専門家有志の会は Twitter アカウントを開設するが、その名前を付けるのに苦労したという。結局、「新型コロナクラスター対策専門家」になったのだが、これは、厚労省の公式のチャンネルではなく、クラスター対策の専門家が勝手にやっている、という位置付けである。西浦さんが願っていた直接発信の場を持つことになる。安倍総理が「最低 7 割、極力 8 割」と発表したのは、尾身先生と安倍総理が会議場で手打ちをして合意形成をした結果という。政府側の書類には 7 割とあるのを、尾身先生はのらりくらりと、いやいや 8 割がやっぱり必要で、8 割を目標の数値に入れていないとおかしいんですよ、というような流れがあったそうだ。4 月 15 日には、かねてから語るべきだと思っていた被害想定として、「対策を全くとらなければ、国内で約 85 万人が重症化し、その半分が死亡する恐れがある」という発表を行った。西浦さんは政府と示し合わせて死亡数は明言していないのだが、マスコミは政府批判を展開する材料として「42 万人が死亡する」とし、「西浦の乱」「クーテター」と報じた。西浦さんによると、「こういった数字を公にしないのは先進国では相当に珍しい」(185 ページ)という。これは、わが国のサイエンス/コミュニケーションが、いま始まったばかりだからだろう。尾身先生は「励ましが足らない」として、ここで何人死ぬというようなメッセージは脅し・恫喝に近いニュアンスのように受け取られるリスクがあるから、専門家としては自粛することで桁が減っていくということをアピールすべきだったと反省している。5 月 12 日にはニコニコ生放送にて、日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)主催の「8 割おじさん西浦教授に聞く~新型コロナの『実効再生産数』のすべて」が配信され、ハードな内容だったにもかかわらず、リアルタイムで視聴した人数は 3 万 2000 人超に達した。事後に行われたアンケートでは 90.8 パーセントが「とても良かった」、6.2 パーセントが「まあまあ良かった」と回答し、「9 割おじさん、爆誕」との声があがったほど公表だった。また、説明で使われたスライド、データ、 コードは、GitHub(https://github.com/contactmodel/COVID19-Japan-Reff)に公開された。西浦さんは、5 月までの状況を振り返り、「経済対策を担当する大臣が感染症対策の大臣を兼ねているために問題が生じている」(217 ページ)と感じたという。たしかに、厚労相ではなく経産相が兼務しているのは奇妙な話だ。これは、政府が経済活動の維持を重要課題と挙げていると受け取り、国民として、今後の動向を監視していきたい。また、専門家に対するバッシングが酷くなった時期もあり、西浦さんには殺害予告まで届いたという。尾身先生は 1 人で自宅から外出することを、緊急事態宣言中から止められていたそうだ。西浦さんは、流行がいったん制御された時期に、新規感染者数が相当に落ち着いている中で、メディアやオピニオンリーダー的な識者が、ぶれ始めたことも覚えておいてほしいと語る。感染者が増えている時は「専門家がんばれ。医療従事者がんばれ」と言われ、ギリギリなんとか制御して一山すぎると面白いように「専門家がやりすぎた」と言われたという。第1 波が収まりつつあった 6 月 24 日、日本記者クラブでの記者会見に、「卒論」という形で専門家の私的な見解が発表された。この内容も「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について(記者会見発表内容)」 https://note.stopcovid19.jp/n/nc45d46870c25 としてネットに公開されている。これと同じ時間帯に、西村担当大臣より「専門家会議を廃止し、新たな会議体を設置する」とのアナウンスがあった。西浦さんは北海道へ帰り、その後、京都大学の教授に就任、研究活動を再開する。尾身先生は批判されるのが分かっている分科会の会長を引き受け、新しいメンバーで第2 波に対応していくことになる。西浦さんは、今後の研究課題として、+夜間の繁華街の制御だけで流行は止められるのか+予防接種の優先順位+一般社会での本格的な流行が起きた時にはどうなるか+ファクター X はあるのかの 4 つを挙げている。現在進行形でコロナ禍を生き抜かなければならない私たちは、これからも、専門家の声に耳を傾け、「サイエンス・コミュニケーション」に参加し続けたいものである。
2021.01.25
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ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング(9) 「ペスト以外にも、C型肝炎やエイズウイルス、天然痘など、さまざまな感染症でバンパイアは何度も絶滅の危機に瀕した」著者・編者大和田秀樹=著出版情報竹書房出版年月2020年12月発行著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。シリーズ累計270 万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。元ウクライナ首相で「ガスの魔女」の異名を持つユリア・ティモシェンコを退けた御門葩子チームは、準決勝に駒を進める。対戦相手は、優勝候補の中国代表を破ったルーマニア代表トランシルヴェニア女学院。試合開始が午前 0 時に変更。ビッグベンが深夜 0 時の鐘を鳴らす。現れたのは、デミトリア・ツェペシュとイゴール・シモン。ニンニクも十字架も効かず、ライフフォースを奪う新世代のバンパイアだ。ペストを皮切りに、C 型肝炎やエイズウイルス、天然痘など、さまざまな感染症でバンパイアは何度も絶滅の危機に瀕した。そこで、新世代バンパイアの始祖たちは吸血を封印し、死に物狂いで生きるための技を編み出したという――新型コロナ・ウイルスが世界中で猛威を振るう現代、バンパイアも不死でいられないのか!?
2020.12.28
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宇宙岩石入門 「はやぶさ」は,「工学ミッション」であり,S型小惑星への軟着陸に成功し,微粒子を回収し,地球へ戻ることができました.工学ミッションとしては大成功でした.この成功に基づき,「理学ミッション・はやぶき2」が計画されました.(130ページ)著者・編者牧嶋昭夫=著出版情報朝倉書店出版年月2020年7月発行著者は、岡山大学惑星物質研究所教授の牧嶋昭夫 (まきしま あきお) さん。小惑星探査機「はやぶさ 2」の帰還を前に、復習と最新の知見を求めて購入した。太陽系誕生から、鉱物学と地球化学の基礎、隕石と小惑星、探査機によるサンプルリターン、そして生命の可能性のある惑星・衛星と、構成は教科書的(網羅的)で、執筆時点の最新情報が盛り込まれている。Part 1 では、宇宙の誕生から太陽系惑星の形成を学ぶ。惑星形成の 2 つの謎のうち、メートルサイズの小石から惑星を誕生させる仕組みは、2007 年、シミュレーション計算によって明らかになった。しかし、もう 1 つ――メートルサイズの小石を作るには非弾性的な衝突過程――は、まだ解けていないという。月面へ隕石が集中した後期重爆撃期(LHB)は、地球の進化生命の進化においても重要な役割を果たしたと考えられている。本書の目指すところは、生命の可能性のある惑星・衛星を探すところにある。Part 2 では、鉱物学と地球化学について学ぶ。酸素数の違いによって、カンラン石、輝石、長石に分かれることは高校地学の復習だ。地球化学の父ゴールドシュミットは、金属鉄(核)に入りやすい元素を「親鉄元素」、硫化物に入りやすい元素を「親銅元素」、地殻 (マントル)に入りやすい元素を「親石元素」、気体の元素を「親気元素」と呼んで区別した。Part 3 では、隕石と小惑星について学ぶ。まず隕石の定義だが、宇宙空間に存在した固体物質が地球あるいは惑星表面に落下して大気を通過中の高熱などで蒸発せず残ったものが隕石である。この定義では、火星に落下した岩石は隕石だが、月に落下したものや小惑星上に落下したものは隕石いはならない。月や小惑星は惑星ではないからだ。隕石の命名が、最も大きな破片が落下した地点を受け持つ郵便局の名前がつけられることになっている。発見者名では争いが起こる場合があるからだ。一方、小惑星の命名は、は現在天体で唯一、発見者に命名提案権が与えられでいる。The meteorite market] というサイトでは、隕石を販売している。炭素質コンドライトのアエンデ限石は 1 グラムあたり 2,500 円。タギシュ・レイク限石は、1 グラムあたり 7 万円くらいと非常に高価だ。2006 年の国際天文学連合(IAU)総会での決議により,「小惑星と「彗星」は共に small solar system bodies (SSSB)のカテゴリーに分類された。これを受け、2007 年の日本学術会議で、日本ではどちらも「太陽系小天体」と分類することになった。小惑星と彗星は、「コマ」と尾の有無で区別する。小惑星の分類だが、スペクトルによって「トーレンの分類」「SMASS 分類」という 2種類に分類されるほか、類似した固有軌道要素を持つ小惑星の集団を「族」 (family)と読んで分類されている。Part 4 では、サンプルリターンの歴史と未来を学ぶ。まず、1959 年のソ連の探査機「ルナ」シリーズにはじまる月探査と、月のサンプリリターンを紹介。続いて、探査機スターダストによる彗星の、探査機ジェネシスによる太陽風のサンプルリターン。そして、2003 年に打ち上げられた日本の探査機はやぶさによる、S 型小惑星イトカワの三プリリターン。はやぶさ計画については、プロジェクト・リーダーの川口淳一郎さんが著した『はやぶさ、そうまでして君は』が詳しい。はやぶさは打ち上げと目的への到達を目的とした「工学ミッション」だったが、この技術を応用してサイエンスを推し進める「理学ミッション」として計画されたのが、2014 年に打ち上げられた小惑星探査機はやぶさ 2 だ。はやぶさ 2 の目的は、太陽系と生命誕生の謎に迫ることだ。NASA が 2016 年に打ち上げたオシリス・レックスは、B 型小惑星ベンヌからのサンプルリターンを目指している。今後、火星や衛星からのサンプルリターンも計画されている。とくに、土星の衛星エンケラドゥスには有機化合物と熱源、そして液体の水が存在しているために、地球外生命が存在する有力な候補地と考えられている。牧嶋さんは最後に、「日本は、MMX計画のはやぶさ 3(仮称)により火星の衛星の試料を手にいれることでしょう。はやぶさ 4,5‥‥により,太陽系のいろいろな試料を手に入れるかもしれません。さらに、世界に誇る南極隕石コレクションもあります。このように日本には宇宙物質科学を進めるための土壌がすでに揃っています。読者の方々が、本書をきっかけに,きまざまな知識を増やし、科学的リテラシー(能力)を向上させて、科学に対して温かく、かつ、批判的な目を持てれば最高だと思います」と締めくくる。さあ、未来へ向かって科学の翼を羽ばたかせよう!
2020.12.12
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ヒトの目、驚異の進化 私たちの視覚系は未来を予見して、その情報を利用して現在の知覚を生み出すが、予見した未来がやって来ないと錯視が起こるのだ。(202ページ)著者・編者マーク・チャンギージー=著出版情報早川書房出版年月2020年3月発行著者のマーク・チャンギージーさんは、認知と進化についての独創的な研究で世界的に知られる進化神経生物学者で、皮膚の色の変化を浮き彫りにするメガネを開発するなど起業家としての顔をもつ。『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ=著)を翻訳した柴田裕之さんが翻訳している。冒頭、人間が持つ 4 つの超人的な能力(色覚、両眼視、動体視力、物体認識)は、スーパーヒーローの用語でいえば、テレパシー、透視、未来予見、霊読(スピリット・リーディング)に当たるとしているが、もちろん、本書はトンデモ本ではない。視覚は人間の大脳の半分以上で計算を行っており、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のような技術を使えば、読心術のようにその動きを見ることができる。4 つの超人的な能力は、チャンギージーさんの仮説ではあるものの、その研究データを引用しており、たいへん説得力がある内容となっている。本書を読み終わって感じたことだが、いまは人工知能の主流がディープラーニングとなっているが、もう一度、画像処理(パターン認識)を見直すべきではないだろうか――。チャンギージーさんは、まず色覚を取り上げ、「もし色覚が個々の波長を識別するだけのものなら、錐状体は 3種類ではなく 2種類だけで足りる」(41 ページ)と指摘する。3 つの錐状体は、肌で起こるスペクトルの変化の違いを見分けるのにおあつらえ向きにできているのだ。血流の状態を感知し、健康状態や感情を察知することができる。人間の女性には色覚異常が少ないばかりか、錐状体を 4種類もっている人もいる。これは、赤ん坊を育てるのに大いに役立つ。また、人間は自分の皮膚の色を基準として、他人の皮膚の色の違いに非常に敏感である。これが悪い方向へ向かうと、皮膚の色の違いによる人種差別につながるのかもしれない。第2章では「透視する力」として両眼視を取り上げる。じつは、「両眼視できなくても奥行き知覚はたいして損なわれない」(122 ページ)というのは、目から鱗が落ちた。それよりも、両眼視によって、自分の鼻や、先に見えている障害物を「透視」することができるの方が重要で、たとえば格子窓から外を眺めたとき、格子が消えたように見えるのが両眼視の効果である。脳が Photoshop のように画像処理を行い、パノラマ合成で格子を消しているのである。第3章では「未来を予見する力」として錯視を取り上げる。視覚系が光を受けてそれを視知覚に転換するのに約 0.1秒かかるという。時速36 キロで飛んでくるボールは、0.1秒後、1 メートル離れた位置にある。脳は、その差を埋めるために、0.1秒後(またはそれより先の未来)の映像を予見するというのが、チャンギージーさんの仮説だ。古典的な幾何学的錯視の図にはほとんどの場合、斜めのスポーク線が含まれるが、脳がこの斜線を前進運動から生じた運動の軌跡だと認識して未来予見をした結果、錯視が起きるという。3D CG を作ったことがある方ならご承知の通り、自分が運動することによって流れてゆく風景の網膜投影映像を計算するには球面三角法を用いる。つまり、運動に伴う予見映像には歪みが発生する。実に面白い仮説だ。これまで錯視について系統だった研究成果は見たことがなかったが、チャンギージーさんの仮説を受け入れるなら、ほとんどすべての錯視の説明がつく。第4章では「霊読」として文字を処理する仕組みを取り上げる。「子供の絵はシンボルを使って物語を伝えようとする試み」(269 ページ)に始まり、表意文字の漢字はもちろん、表音文字アルファベットも、じつはものを表す視覚的記号だというのがチャンギージーさんの仮説だ。表意文字に慣れ親しんでいる私たちにとって、突拍子もない仮説であるが、チャンギージーさんは研究データを提示しながら、丁寧に解説してくれる。巻末の解説にあるとおり、この普遍分布仮説は、文字理解にとって革命的なインパクトをもたらした。それまでバラバラに存在していると考えられてきた世界の文字が、じつはまったく同じ要素から成り立ち同じひとつの原理に従っていることが分かってきたのである。20 世紀の言語学では、ノーム・チョムスキーが多種多様な世界の言語はじつは同じひとつの生得的な普遍文法に従っているという生成文法を提唱したが、チャンギージーさんらの研究によって、文字についても普遍的な生成原理が見えてきたのだ。
2020.11.15
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銀河帝国興亡史7 ファウンデーションの誕生(下) 銀河紀元1万2069年(ファウンデーション紀元元年)に、ストリーリング大学の研究室の机に突っ伏して死んでいるのが発見された。明らかにセルダンは最期の瞬間まで心理歴史学方程式の研究に取り組んでいたのだった。その手は作動させたプライム・レイディアントをしっかりとつかんでいた。(342ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1998年6月発行皇帝クレオン 1 世の殺害について、首相だったハリ・セルダンの責任は問われなかった。彼は首相の任を解かれ、ストリ-リング大学に戻り、心理歴史学の研究を続けた。衰退に向かっていた銀河帝国を救うために――。60 歳の誕生日を迎えたセルダンを、妻ドース・ヴェナビリ、養子のレイチと、その妻マネルラ、そして、共同研究者のユーゴ・アマリルをはじめとする大学の多くの職員・学生がセルダンの誕生日を祝った。そんな中、孫娘のウォンダは、セルダンが死ぬ夢を見たという。レモネード・デスがキーワードだった。クレオン亡き後の銀河帝国は、ドゥーガル・テナール将軍が率いる軍事政権によって支配されていた。ヘンダー・リン大佐はテナール将軍に、セルダンを排除し、心理歴史学を手に入れるべきだと進言する。テナール将軍はセルダンと会談するが、それより前にドースが皇居に入り込んでリン大佐を脅迫し、セルダンを解放させた。心理歴史学の膨大な方程式はプライム・レイディアントと呼ばれるキューブに収められていた。2 個あるプライム・レイディアントは、セルダンとアマリルだけが使うことができた。そして、これを使うには、若い数学者タムワイル・エラーが設計し、技術者シンダ・モネイが開発した電子浄化器が必要だった。ドースは、セルダンとアマリルが目に見えて衰えているのは、電子浄化器のせいだと考え、エラーに詰め寄った。だが、電子浄化器が本当に悪影響を及ぼす胃のは人間ではなく‥‥ドースはエラーを殺したが、自らも重傷を負い、セルダンの前で絶命する――。セルダンは 70 歳になり、銀河図書館にオフィスを構え、心理歴史学の研究を続けていた。その数年前、ウォンダはアマリルの研究室を訪れ、プライム・レイディアントを見て心理歴史学に目覚める。アマリルは他界するが、ウォンダがその後を継いだ。軍事政権はセルダンの示唆によって瓦解し、セルダンは皇帝エイジス 14 世と友好関係にあった。だが、トランターは荒廃し、治安が悪化していた。レイチ、マリレナ夫婦と次女のベイスは惑星サンタンニへ旅立った。ウォンダは残り、精神感応力を使ってセルダンを守るといった。その頃、アマリルがプランを立てていた 2 つのファウンデーションのうちの 1 つを設置するのに適当な惑星ターミナスを、図書館長ラス・ゼノウから紹介される。セルダンはゼノウに、銀河百科事典(エンレイクロペディアギャラクティカ)編纂プロジェクトのために場所が必要だとして、ゼノウに協力を依頼していたのだ。一方、ウォンダの精神感能力をもってしても、セルダン何度か暴漢に襲われた。そんなとき、ステッティン・パルヴァーという青年が心理歴史学の研究に加わり、セルダンを守る。ステッティンもまた、精神感応者だった。2 人は、暴漢たちから逆訴訟されたセルダンの裁判を有利に運び、枯渇していたプロジェクト資金を確保し、銀河図書館にオフィスを確保した。銀河紀元 12069 年、ボー・アルリンやガール・ドーニックたちはターミナスへ移民し、ウォンダとステッティンは星海の果て(スターズ・エンド)へ旅立った。ハリ・セルダンがストリーリング大学の研究室に突っ伏して死んでいるのが見つかった。その手は、作動させたプライム・レイディアントをしっかりと握っていた。セルダンの葬儀にエト・デマーゼルの姿があったが、リンジ・チェンが率いる公安委員会はその行方をつかむことができなかった――。作者のアイザック・アシモフは 1992 年 4 月 6 日に 72 歳で他界した。本作品はその死後に刊行された。アシモフ最後の長編小説で、これが遺作となった。心理歴史学を研究していたセルダンとアマリルは、組織のメンバ同士の摩擦を減少させようとすると、別のメンバの間で摩擦が増える「人的問題保存の法則」を発見したという。また、セルダンが「愚かなことをいう習慣がつくと、だれか他人の面前で、いつ、うっかり口を滑らせるかわからない――それも、喜んで告げ口するやつの前でね」(42 ページ)と言う――これらは、アシモフによる人間観察の成果であろう。本書のエピローグは、シリーズ第1 巻『ファウンデーション』に繋がり、登場人物の関係が再構築され、壮大なファウンデーション・シリーズの円環は閉じる――。あとがきは、小説『銀河英雄伝説』シリーズの作者、田中芳樹さん。田中芳樹さんもまた、アシモフに影響を受けた作家の 1 人だ。リアルタイムで読んだときは 20 代だった私も、首相を辞めて大学に戻ったハリ・セルダンの年齢である。こうして読み返してみると、もしかすると自分はセルダンの人生を追体験しているのではないかという気にさせられる。『銀河帝国の興亡』で初めてハリ・セルダンに出会ってから、40 年以上の歳月が流れた。人類が地球から発祥したことは分かった――では、この先どこへ行くのか。それは、私たち“次の世代”に託された課題ではないか。心理歴史学は、終わりのない壮大な人類プロジェクトである。
2020.09.10
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銀河帝国興亡史7 ファウンデーションの誕生(上) (セルダン)「しかし、いいかい、命を賭けろとはいわない。ヒロイズムや蛮勇はいらない。おまえにもしものことがあったら、わたしは母さんに顔向けできない。ただ、できるだけ探ってくれればいいんだ」(221ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1998年6月発行40 歳になった数学者ハリ・セルダンは、衰退に向かっていた銀河帝国を救うべく、ストリーリング大学でユーゴ・アマリルとともに心理歴史学(サイコヒストリー)の完成を目指して研究を続けていた。だが、彼らを支援する帝国宰相エト・デマーゼルを失脚させようと画策する勢力があった。その勢力を率いるラスキン・ジョラナムもまた、心理歴史学の手に入れようとしていた。セルダンとドース・ヴェナビリの養子となったレイチは、ジョラナム主義に魅了された。彼が、差別を受けていたダールの出身だったからだ。ジョラナムは、デマーゼルがロボットであるというビラをばら撒いた。デマーゼルへの信頼を失墜させる狙いがあったが、何よりも、彼がロボットと因縁のあるマイコゲンの出身だったからだ。セルダンは、ジョラナムのやり口を逆手にとり、デマーゼルがロボットでないことを人々に信じさせ、マイコゲンにジョラナムの処分を委ねた。結局、ジョラナムはニシェヤへ流刑となり、そこで最期を遂げる。皇帝クレオン 1 世はセルダンを高く評価し、デマーゼルの後任の首相に任命した。50 歳になったセルダンは、首相の業務を遂行しながら、皇帝からの支援を受けて心理歴史学の研究に没頭していた。セルダンが首相として皇居に入って間もなく、暗殺されそうになった。そのとき、園丁マンデル・グルーバーは、熊手を持ってセルダンを助けようとした。ジョラナムの側近だったギャンボル・ディーン・ナマーティはワイ市に逃れ、グレブ・アンドリンの支援を受け、ジョラナム主義者の首領となっていた。歴代のワイ市長は帝位簒奪を狙っており、その一族であるアンドリンもまた、皇帝暗殺を目論んでいた。一方、ナマーティはセルダンの暗殺を企んでいた。ひょんなことからグルーバーが園丁長に任命され、新しい園丁が採用されることになった。ナマーティに説得され園丁の一団に潜り込んだアンドリンは、もう一歩のところでセルダンに手が届かず、公安警官と近衛兵によって殺される。セルダンは無事だったが、しかし、皇帝クレオン 1 世は意外な人物によって殺されてしまった――。
2020.09.09
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銀河帝国興亡史6 ファウンデーションへの序曲(下) (リター母さん)「地球を助けた人造人間がいた。それはダ・ニーで、バーリーの友達だった。かれは決して死なずに、どこかに生きていて、復帰の時を待っている。その時がいつくるか、だれも知らない。だが、いつかはかれは戻ってきて、偉大な昔の日々を回復し、あらゆる残酷、不正、悲惨を取り除く。それが約束だ」(368ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1997年11月発行トランターで開催される数学者大会で心理歴史学(サイコヒストリー)について発表したハリ・セルダンは皇帝クレオン 1 世に謁見するが、宰相エト・デマーゼルの追跡を受けることになる。ジャーナリストのチェッター・ヒューミンと歴史学者ドース・ヴェナビリの支援を受け、セルダンはトランター各地を逃げ回る――。マイコゲンのサクラトリウムで、セルダンとドースは動かなくなった金属製のロボットを発見した。そこへサンマスター 14 が現れセルダンを脅迫するが、間一髪でヒューミンに救出される。次に、セルダンとドースは、トランター内部のマグマをエネルギーに転換しているダール地区へ向かう。そこで働く人々は、背が低く、皮膚の色が濃く、縮れた髪と髭のために、他の地域から差別されているという。熱溜め(ヒートシンク)を見学したセルダンらは、セルダンのことを知っているというユーゴ・アマリルと出会う。アマリルには数学の才能があったが、周囲から迫害されており、セルダンはヘリコンの大学で学ぶことを勧める。セルダンとドースは、ビリボトンと呼ばれるスラム街へ、リッター母さんと呼ばれる老婆を訪ね、地球を助けた人造人間ダ・ニーと、その友だちバ・リーの伝承を聞く。ダ・ニーは生きており、復帰の時を待っているという。ビリボトンから戻ったセルダンは、レイチという少年の案内でダヴァンという男に会う。ダヴァンは心理歴史学を利用して革命を起こそうとしていた。だが、セルダンはダヴァンには与せず、エマー・サルス軍曹とともに、トランターの南極にあるワイ市へ向かった。正当な帝位継承権を主張するワイ市市長マニックス 4 世の娘ラシェルが、セルダン、ドース、レイチを迎えた。彼女も心理歴史学を利用しようとしていた。ラシェルはクーデターを企てていたが、帝国軍がその機先を制し、ワイ市を制圧した。ラシェルはセルダンを殺害しようとするが、危機一髪のところでヒューミンが救出に現れる。「上」での危機をはじめ、セルダンに追っ手をかけていたのは、じつはラシェルだった。そして、ラシェルはヒューミンの正体を曝く。こうしてセルダンの逃避行は一件落着するが、セルダンはヒューミンの真の正体に気づいていた――それは、ヒューミン、セルダンとドースの 3 人だけの秘密となった。セルダンとドースは、何度かエアジェットに乗るが、その加速や着陸の描写は、飛行機嫌いのアシモフならでは。
2020.09.08
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銀河帝国興亡史6 ファウンデーションへの序曲(上) (セルダン)「わたくしは未来に関する確率の理論的査定を心理歴史学と呼んでおります」(30ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1997年11月発行銀河紀元 12020 年、惑星ヘリコンから銀河帝国の首都惑星トランターへ、32 歳の数学者ハリ・セルダンがやってきた。トランターで 10 年ごとに開催される数学者大会で、セルダンは、心理歴史学(サイコヒストリー)を応用することにより人類の未来を予言できるという理論について発表――若き日のセルダンの冒険が始まる。この情報を聞きつけた、セルダンと同年齢のクレオン 1 世は、宰相エト・デマーゼルに命じ、セルダンを呼び出した。クレオン 1 世は、心理歴史学を使って自らの暗殺を避ける方法をたずねる。しかしセルダンは、そうしたミクロな事象を扱うことはできないと断言する。落胆した皇帝は、セルダンをヘリコンへ帰すようデマーゼルに命じる。デマーゼルは、ゴロツキを雇ってセルダンを襲わせる。そこへジャーナリストを名乗るチェッター・ヒューミンが現れ、セルダンを救出。自治権が認められているストリーリング大学へと逃がす。大学では歴史学者ドース・ヴェナビリがセルダンの面倒を見ることになる。心理歴史学感染のヒントを得るため、歴史研究に勤しむセルダン。だがある日、歴史と同じくらい予測が難しい気象現象について関心をもち、気象学者とジェナール・レッゲンの観測に同行し、トランターの「上」に向かう――惑星トランターは無数の巨大なドームに覆われており、人々はドームの内側、実際には惑星の地表面下で快適な暮らしを送っていた。だが、ドームの上は分厚い雲に覆われ、冷たく、荒涼とした世界が広がっていた。そこでセルダンは、空を飛ぶジェットダウンに追われ、凍死しそうになる。ドースが機転をきかせ、なんとかセルダンを救出した。セルダンは、有限時間内に心理歴史学の階を得るには、扱う世界を小さくすればいいのではないかと考えた。セルダンとドースは、トランターの中で農耕を営み他地域との交流を避けているマイコゲンへ向かった。マイコゲンでは男女とも頭髪や眉毛を脱毛しており、男女間の格差があった。セルダンは、失われた「宗教」という文化について考える。マイコンゲンにはフィルムではなく印刷された「本」があり、そこに 2 万年前の人類の歴史が記されていた。彼らは数百年の寿命を誇ったオーロラと呼ばれる世界の子孫であり、寺院には 2 万年前のロボットがあると書かれていた。セルダンとドースは、寺院“サクラトリウム”へ向かった――。惑星トランターは全体がドームで覆われ、人々はその中で籠もって暮らしており、エキスプレスウェイでで移動する――これは、同じアシモフの作品『鋼鉄都市』の地球と同じである。銀河帝国では宗教という概念が失われているが、セルダンはこれを「超自然的」と表現する。つまり、「自然の法則から独立した存在があるという信念。たとえば、エネルギー保存の法則とか、作用の恒常性の存在とかに束縛されないものがあるという信念」(205 ページ)だという。心理歴史学は超自然的事象を扱わない――これが、本書から続編の『ファウンデーションの誕生』へ繋がる重要な伏線となる。トランター世界には、人種差別、男女格差、宗教問題があり、これは、来るべき 21 世紀の社会問題をアシモフが予言しているかのようだ。
2020.09.07
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カレイドスコープの箱庭 牛崎「人口の減少に伴いあらゆる社会領域が収縮している現代では、これまでと同じ制度は維持できないと諦めるしかありません」(279ページ)著者・編者海堂尊=著出版情報宝島社出版年月2015年7月発行准教授に昇格した東城大学医学部附属病院・不定愁訴外来(愚痴外来)の田口公平医師に、高階権太院長が無理難題を吹きかける。今回の依頼は、誤診疑惑の調査――電子カルテ導入委員長として、病院内の関連部署に聴取して回る。気管支鏡検査室で見た気管支鏡の映像は、まるでカレイドスコープ(万華鏡)のようだった――。そして、田口は後輩の病理医・彦根新吾を呼び寄せ、病理検査室の菊村教授と牛崎講師の 3 人で、問題の病理標本を再度診断する。診断の正確さで定評のある牛崎講師の誤診だった――。高階院長に報告書案を提出した田口は、Ai 標準化国際会議を準備するため、ボストンへ飛び、マサチューセッツ医科大学の東堂文昭を訪ねる。300 人の聴衆を前に Ai の講義をする羽目になり、 世界的なゲーム理論学者・曾根崎伸一郎と対峙する。帰国すると、不定愁訴外来に厚生労働省の白鳥圭輔技官がやって来て、田口の院内調査を再調査すると言い出す。カレイドスコープを電極に使ったウソ発見器を携えた白鳥と田口は、再び病理検査室を訪れる。手術検体が行方不明となっていることが明らかになった。そうこうしているうちに、Ai 標準化国際会議の開催が迫る――不定愁訴外来に、『ジェネラル・ルージュの凱旋』の救急医・速水晃一、『チーム・バチスタの栄光』の心臓外科医・桐生恭一、『イノセント・ゲリラの祝祭』の病理医・彦根新吾が集まり、田口や白鳥とともに祝杯を挙げる。国際会議が終わると、田口と白鳥が調査を再開。誤診疑惑の真実が明らかになる。白鳥が持ち込んだカレイドスコープは、じつは‥‥。病理検査室は解散し、あらたな組織として再スタートを切ることになった。そのトップとなった牛崎医師は田口の問いかけに、「人口の減少に伴いあらゆる社会領域が縮小している現代では、これまでと同じ制度は維持できないと諦めるしかありません」と答える。田口・白鳥コンビの最後の事件において、海堂先生の諦観を言葉にしたものではないだろうか――。巻末に「作品相関図」「桜宮市年表」が付いており、海堂ワールドの羅針盤となろう。また、「放言日記」は『ジェネラル・ルージュの伝説』巻末の書き足し。2010 年以降の海堂先生の活躍が分かる。
2020.09.01
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銀河帝国興亡史5 ファウンデーションと地球(下) 「わたしが現在の状況で最善をつくしてあなたさまをここにお連れしたのは、もっとずっとせっばつまった事情のためです。わたしは死にかけております」(361ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1997年8月発行ソラリア人サートン・バンダーは、〈スペーサー〉の歴史を語った。ソラリア人は遺伝子を調整し、ひとつの身体に男性と女性の両方の本質を組み込んで全人になったという。そして、熱をエネルギー変換器官を介して機械的エネルギーに変換したり、精神力変換作用によってロボットを使役しているという。バンダーはゴラン・トレヴィズ一行を殺そうとするが、ブリスの能力で生き延びた。一行はソラリア人の子供ファロムを連れ、ソラリアを出発した。3番目に訪れた惑星メルポメニアは死の惑星だった。廃墟から残り 47 の〈スペーサー〉の座標を発見した。次に一行が訪れたのはアルファ・ケンタウリだった。広大な海原の真ん中に〈新しい地球〉と呼ばれる島があった。そして、ついに地球に辿り着いた。地球は放射能に覆われており、細菌もウイルスも死滅していた。ファースター号が地球の周りをめぐる巨大な衛星〈月〉へ降下していくと、流暢な銀河標準語を話す男性が一行を歓迎した。「友情をもって、皆さんにご挨拶します」――彼は 2 万年もの間、稼働しているロボットだった――。本書は、アシモフの銀河帝国興亡史の最も遠い未来を描いた作品である。アシモフのロボット・シリーズの登場人物の名前を“2 万年”ぶりに目にし、懐かしさで涙腺が緩んでしまった。このあとに続く『ファウンデーションの誕生』『ファウンデーションへの序曲』は、第1 作より前の時代を描いている。アシモフは、この先の未来史を描くことなく、1992 年に他界する。本書のタイトルから、竹宮惠子の漫画『地球 (テラ) へ…』を思い出した。こちらは 1977 年の作品。人類は、環境破壊された地球を離れ、マザーコンピュータによる完全な管理の下、銀河へ植民してゆく。そんな中、超能力を備えた新人類ミュウの一団が地球へ帰還しようとする――『地球へ…』のマザーコンピュータや、銀河帝国のロボットには悪意がない。悪意はないけれど、私たち人類の選択を狭めている。だからこそ、人類は故郷に戻り、自分たちの立ち位置を確認し、そこで正しい選択を行わなければならない――。さて、前作『ファウンデーションの彼方へ』の最後で「ガラクシア」を選んだ主人公トレヴィズの決断について、初めて読んだ 34 年前も今も、私には釈然としないものがある。うまく言葉にできないのだが、「ガイア理論」を受け入れがたいという気持ちがある。ただ、21 世紀に入ってもなお、私たちの生活、考え方はアシモフの死者の手の上で踊らされているというのも、また事実である。ガラクシアという概念も、もしかしたら‥‥〈スペーサー〉ファロムから目を逸らした主人公トレヴィズが、銀河系外宇宙に目を向けたことに、いまの私は得心がいった――。
2020.08.31
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銀河帝国興亡史5 ファウンデーションと地球(上) トレヴィズ「銀河系の人々が地球に関心を抱いて以来、いまではもう何千年もたぶん2万年くらい――たっているとしても、一人残らず自分の発祥の惑星を忘れてしまうなんてことが、いったいありうるだろうか?」(21ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1997年8月発行第二ファウンデーション探索の命令を受けたターミナス議員ゴラン・トレヴィズは、惑星全体がひとつの精神を共有する超有機体ガイアに滞在していた。トレヴィズは、ガイアにも記録が残っていない人類発祥の惑星「地球」を探さなければならないと考えていた。トレヴィズは歴史学者ジャノヴ・ペロラットと、ガイアの女性ブリスとともに、ファースター号に乗って地球探索の旅へ出発した――。一行は惑星コンポレロンに上陸した。トレヴィズはミッザ・リザラー大臣と一夜を共にしたが、地球を話題にした途端、リザラーは人差し指と中指を交差させて、両手を挙げた。コンポレロンでは地球を〈最古の世界〉と呼び、その研究をしているヴァジル・デニアドールを紹介された。デニアドールは地球の位置を知らなかったが、地球を出発した宇宙植民者の最初のグループ〈スペーサー〉、それに続くグループ〈セツラー〉が建設した〈ベイリ・ワールド〉がコンポレロンだという古文書があるという。デニアドールは、〈スペーサー〉世界の宇宙座標の幾つかを教えてくれた。一行が上陸した最初の惑星はオーロラといった。居住可能な惑星だったが、人間はいなかった。ペロラットは、ロボットとみられる物体を発見した。それは一瞬だが、機能した。次に上陸した惑星はソラリアといった。そこには多くのロボットが働いており、銀河語を話せるソラリア人サートン・バンダーが現れた。バンダーは、あっという間に一行を無力化した。
2020.08.29
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銀河帝国興亡史4 ファウンデーションの彼方へ(下) ペロラット「人間は自分たちが隣人より優れていると、頭からきめてかかる傾向がある。自分たちの文化は他の世界のものよりも古くて卓越していると。他の世界のよいものは、自分たちの所から借りていったものであり、一方、悪いものは借用に際して歪んだか堕落したものであり、でなければ、よそで発明されたものだと。そして、質の優越性の優越性を同一視する傾向がある」(60ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1996年7月発行シリウス星区に祖先をもつマン・リ・コンパーは、地球全体は放射能を帯びており生命が存在しないという物語をゴラン・トレヴィズとジャノヴ・ペロラットに語った。コンパーの正体は、第二ファウンデーションの「観測者」だった。トレヴィズが不十分と思われるデータから正しい結論に到達する神秘的な能力があると考えたコンパーは、そのことを若き発言者ストー・ジェンディバルに報告した。第二ファウンデーションを離れたジェンディバルはスーラ・ノヴィをともない、3 人がいるセイシェルへ向かっていた。トレヴィズとペロラットは、セイシェル大学古代史学部のソテイン・クィンテゼッツ・アブトに会い、地球人がロボットを考案したことを知る。地球人はロボットの力を借りて、セイシェルへ植民したという。そして、ミュールですらガイアに手出しをしなかったと告げる。ファースター号はガイアへ向かった。彼らの動向を知ったハーラ・ブラノ市長は、公安部のリオノ・コデルをともないガイアへ出発した。ファースター号はガイアをめぐる宇宙ステーションに補足され、ブリスという女性に案内され、ドムと呼ばれる老人に会合する。ドムはロボット工学の三原則について語り、あるとき、ロボットたちはテレパシー能力を身につけたという。そして、ロボットが〈永遠人〉になったという。また、ミュールがガイアの 1 人であったことを告げ、ガイアがトレヴィズを呼び寄せたのだという。トレヴィズとペロラット、ジェンディバルとノヴィ、ブラノとリオノがガイアに集結した。ノヴィが本来の姿を現し、トレヴィズの決断を待った。第二帝国は、ターミナスが握るか、第二ファウンデーションが握るか、それともガイアが握るのか。トレヴィズはコンピュータに触れ、決断を下した――銀河系の運命のかかる決断を。そして、トレヴィズの手には未解決の問題が残った――。銀河帝国興亡史 3部作から 30 年ぶりに書かれた続編。同じアシモフの SF であるロボット・シリーズはもちろん、『宇宙の小石』『暗黒星雲のかなたに』『宇宙気流』『永遠の終り』のエピソードがちりばめられており、ファンとしては嬉しい限り。そんなファンの声に支えられて、本書はアシモフ 263 冊目の著作にして、はじめてのベストセラーとなった。ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リストに 25週にわたって載り続けたことは、『ファウンデーションと地球』の前書きにあるとおりだ。早川書房から翻訳版が出版されたのが 1984 年で、初めてリアルタイムに銀河帝国興亡史を読むことになった。後半に登場する惑星ガイアは、1960 年代に登場したガイア理論の産物だが、本書と同じ年にジェームズ・ラヴロックの『地球生命圏 - ガイアの科学』が翻訳されており、1990 年に入るとゲーム「シムアース」が登場するなど、認知度を高めている。コンピュータの役割も強調されており、ちょうどプログラミングを始めた私にとって、記憶に残る作品となった。ペロラットが地球の伝説について語る――「人類学ではそれを“地球中華思想”(グロポセントリズム)と呼ぶ。人間は自分たちが隣人より優れていると、頭からきめてかかる傾向がある。自分たちの文化は他の世界のものよりも古くて卓越していると。他の世界のよいものは、自分たちの所から借りていったものであり、一方、悪いものは借用に際して歪んだか堕落したものであり、でなければ、よそで発明されたものだと。そして、質の優越性の優越性を同一視する傾向がある」(57 ペ-ジ)、「地球の表面でかね? そんなことはありえない。戦の武器として核爆発を使うほど愚かな社会など、銀河系の歴史には記録されていない。そんなことがあったとしたら、われわれは決して生き延びていないだろう」(60 ページ)――アシモフの死語28 年を経てもなお、私たちは死者の手のひらの上で踊らされているようだ。36 年ぶりに読み返してみると、私はペロラットの年齢を通り越してしまった。これまで、いろいろな経験をさせてもらったが、技術が人類の未来を切り開くという“願い”だけは当時と変わっていないことを確認できた。
2020.08.28
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銀河帝国興亡史4 ファウンデーションの彼方へ(上) ジェンディバル「第一発言者、〈セルダン・プラン〉は無意味です!」(143ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1996年7月発行1 万 2 千年続いた銀河帝国は崩壊しつつあった。このことに気づいたハリ・セルダンは、心理歴史学を応用し、帝国崩壊後の 3 万年間の暗黒時代を 1 千年に短縮すべく、2 つのファウンデーションを設立した。銀河系の辺縁にある惑星ターミナスに設置された第一ファウンデーションは経済を発展させ、心理歴史学が予見できなかった突然変異体ミュールを退けた。さらに、第二帝国を指導する心理学者集団、第二ファウンデーションをも打ち破ったかのように見えたが――。ファウンデーション設立から 498 年――セルダン・ホールにハリ・セルダンのホログラフ映像が現れた。〈セルダン・プラン〉は順調に進んでいるようだった。だが、ターミナスの若い議員ゴラン・トレヴィズは、ミュールによって変更されたはずのプランが完全に一致するはずはなく、第二帝国の支配者となるために第二ファウンデーションがわれわれを操作し続けていると主張した。ハーラ・ブラノ市長はトレヴィズを捕らえ、第二ファウンデーションを見つけるまでターミナスに帰ってくるなと命じた。彼女は、トレヴィズに最新型宇宙船ファースター号(豪商ホバー・マロウのクルーザーにちなんで)を与え、同行者として 52 歳の歴史学者ジャノヴ・ペロラットを指名した。ペロラットは、忘れられた人類発祥の惑星、地球を探すという。ブラノはトレヴィズの同僚マン・リ・コンパー議員を呼び出し、トレヴィズを密かに追跡することを命じる。トレヴィズは、第二ファウンデーションがあるという「星界の果て」とは、銀河系で最も新しい世界であるターミナスの反対、つまり最も古い世界である地球を意味していると考えた。ファースター号はセイシェル連合を目指した。第二ファウンデーションの 25 代目の第一発言者クィンダー・シャンデスは、12 人の発言者の中で最も若いストー・ジェンディバルと対面した。ジェンディバルは、〈セルダン・プラン〉には欠陥がないことが致命的な欠陥だと指摘する。そして、ミュールの出現で起きたプランからの逸脱は、第二ファウンデーションの努力にも関わらず補正できなかったことを証明した。ジェンディバルは、個々の人間の反応を予言できるほど進歩した心理歴史学的方法「微小心理歴史学」が存在しており、それが〈セルダン・プラン〉を完璧なものにしているという仮説を述べた。そして、発言者会議にいる敵対者をあぶり出すために徹底的な精神分析を行い、トレヴィズを追跡する必要があると提言する。だが、発言者デローラ・デラミーはジェンディバルを弾劾した。トレヴィズが地球探索に出掛けたことを知ったジェンディバルは、弾劾裁判の場で、銀河図書館に地球に関する資料がまったくないことを紹介し、それは第二ファウンデーションの誰かによって行われたと主張した。ジェンディバルは、農婦のスーラ・ノヴィを召還した。彼女は、発言者会議の誰もが為しえないほど微細な精神調整を施されていたのだ。発言者会議は、この未知の勢力を「アンチ・ミュール」と呼ぶことにした。トレヴィズとペロラットはセイシェルに上陸した。そこで彼らを待っていたのは、コンパーだった。
2020.08.27
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銀河帝国興亡史3 第二ファウンデーション 第一発言者「〈セルダン・プラン〉は完全でもないし、正確でもない。そうではなくて、その時になしえた最善のものにすぎない」(163ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1984年12月発行1 万 2 千年続いた銀河帝国は崩壊しつつあった。このことに気づいたハリ・セルダンは、心理歴史学を応用し、帝国崩壊後の 3 万年間の暗黒時代を 1 千年に短縮すべく、2 つのファウンデーションを設立した。その一方は、銀河系の辺縁にある惑星ターミナスに置かれ、人々は銀河百科事典の編纂者として働いた。ファウンデーションは経済を発展させ、ついに帝国軍を退けるほどに成長した。だが、ファウンデーション設立から 300 年後、心理歴史学が予見できなかった突然変異体ミュールが現れ、第一ファウンデーションは敗れ去った。ミュールは、銀河征服の障害となる第二ファウンデーション探索に乗り出す――。カルガンを本拠地にしたミュールは、ハン・ブリッチャー将軍に第二ファウンデーション探索を命じた。ミュールの精神操作を受けていないベイル・チャニスが同行することになった。2 人は、まず農業惑星ロッセムへ向かった。チャニスは、ロッセムを支配しているタゼンタが第二ファウンデーションだと考えていた。ミュールが 2 人の前に現れ、チャニスが第二ファウンデーション員であると指摘する。ミュールの艦隊はタゼンタを攻撃し、廃墟にしていた。そこへ第二ファウンデーションの第一発言者が現れる。第一発言者は、第二ファウンデーションがミュールと同じように精神操作能力をもつ集団であること、そしてカルガンを支配下に収めたことをミュールに告げる。敗北を悟ったミュールは心を開き、第一発言者は彼の心を修正した。ミュールは精神作用力とその帝国を保持するが、平和愛好家に転向し、あと数年の寿命を全うすることになるだろうと、第一発言者は告げた。そして、第一発言者とチャニスは第二ファウンデーションへ帰還する。ファウンデーション設立から 376 年が過ぎた。第二ファウンデーションでは、12 代目の第一発言者が学生を教えていた。心理歴史学は精神科学の発達したものであること、セルダン・プランが完全ではないこと、来るべき第二帝国は心理学者のグループによって指導されるものであること。そして、それまで第二ファウンデーションの存在を隠し続けなければならないこと。14 歳の少女アーカディア・ダレルは、惑星ターミナスで小説家を目指していた。彼女の父トラン・ダレル博士はベイタ・ダレルの息子で、第二ファウンデーションが第二帝国の支配層になることを危惧していた。彼の協力者で電気神経学を学ぶ学生ペアレス・アンソーアは、電子脳写を使って第二ファウンデーションによる精神操作の痕跡を突き止めた。ダレル博士は、第二ファウンデーション探索のため、図書館員ホマー・マンを惑星カルガンへ派遣する。マンが乗った宇宙船にはアーカディアが密航していた。2 人は、ミュール亡き後の惑星カルガン君主で第一市民を名乗るステッティン卿に囚われる。アーカディアは、ステッティン卿の愛人レヴ・メイルスの手引きで宮殿を脱出し、宇宙空港へ向かった。彼女はトランター農協の貿易代表プリーム・パルヴァーに助けられ、生まれ故郷のトランターへ向かう。かつての首都惑星は、表面を覆っていた金属の殻を売って穀物の楯や家畜を買い、いまは農業惑星となっていた。そんな中、カルガンとファウンデーションの間で戦争が始まった。敗戦続きだったファウンデーションだが、クォリストンの戦いに勝利し、ついにカルガンを退ける。パルヴァーはターミナスを訪れ、ファウンデーションと農業協定を結ぶとともに、アーカディアのメッセージをダレル博士に届けた。ステッティン卿から解放されたマンもターミナスへ帰還した。マンは「第二ファウンデーションは存在しないのですよ!」と主張したが、電子脳写によって彼が操作を受けていることがわかった。ダレル博士はアーカディアから「円には端がない」というメッセージを受け取っており、第二ファウンデーションがターミナスにあることを確信した。そして、第二ファウンデーションの力を封じる精神空電装置を開発し、彼らを逮捕した。ファウンデーションは第二ファウンデーションに勝利したのだ。だが、それも第二ファウンデーションによる巧妙な隠蔽工作だった。位置不明の世界の、位置不明の部屋で、第一発言者は巨大な銀河を見上げながら学生に語る――ハリ・セルダンが〈星界の果て〉と呼んだのは詩的でいいじゃないか――。銀河帝国興亡史の第1 巻は大河小説、第2 巻はミステリー小説、そして第3 巻はアニメ原作ノベルである――精神操作能力をもつ異能力バトルに介入した 14 歳の少女が銀河の運命を握る――(笑)。ちなみに、第2 巻までは株式会社サイドランチによってコミカライズされている。時間を 40 年余り遡る。私は、銀河帝国興亡史 3部作を読み終わってしばらく後、ローマ・クラブの『成長の限界』(1972 年)を読んだ。当時の統計データをもとに、システムダイナミクスの手法を使って未来予測したもので、人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100 年以内に地球上の成長は限界に達すると結論づけている。だが、『成長の限界』は技術的なブレークスルーを考慮していない。これはセルダン・プランも同じで、第2部に登場する電子脳写は銀河帝国時代になかった技術である。銀河帝国興亡史は、純粋理系の私に歴史を学ぶことの楽しさを教えてくれた。そして、『成長の限界』に述べられているシステムダイナミクスをパソコン上でプログラミングしたところから、IT 技術者としての道を歩み始めた。今日の私を構成している知識・経験は、銀河帝国興亡史に触発されて積み上げてきたものと言える。幼い頃は、原子力飛行機や原子力ロケットが飛び回る絵本を読んだ。その後、原子力船「むつ」の放射線漏れ事故やスリーマイル島原子力発電所事故があった。それでも私は、人類の技術力を信じ続けた。幼い頃に読んだ絵本のようなバラ色の未来は、たぶん来ないだろう。それでも、生活を豊かにしてくれる技術開発に貢献したい――それが、終生変わらぬ私の“願い”である。そして、近い将来、心理歴史学を生み出すであろう数学の忠実な僕であり続けるだろう。
2020.08.26
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銀河帝国興亡史2 ファウンデーション対帝国 エブリング・ミス「ミュールはまだ勝ってはいない――」(335ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1984年8月発行1 万 2 千年続いた銀河帝国は崩壊しつつあった。このことに気づいたハリ・セルダンは、心理歴史学を応用し、帝国崩壊後の 3 万年間の暗黒時代を 1 千年に短縮すべく、2 つのファウンデーションを設立した。その一方は、銀河系の辺縁にある惑星ターミナスに置かれ、人々は銀河百科事典の編纂者として働いた。ファウンデーションは貿易経済を発展させ、その設立から 200 年後には、銀河系で最も強力な国家となっていた。ファウンデーションと帝国が衝突するのは歴史的必然であった――。帝国の将軍ベル・リオーズはシウェナの貴族ドゥーセム・バーを訪ねた。彼は、かつて豪商ホバー・マロウが会合したオナム・バーの息子だった。バーはファウンデーションの存在と心理歴史学の概要をリオーズに語って聞かせた。リオーズはファンデーションへの侵攻を開始した。途中、ファウンデーションのセネット・フォレルが派遣した貿易承認ラサン・デヴァーズを捕らえた。デヴァーズはドゥーセム・バーがオナム・バーの息子であることを確認すると、リオーズを倒す画策をはじめる。一方、皇帝クレオン 2 世は内務秘書官ブロドリッグをリオーズに元に派遣し、デヴァーズとバーは窮地に立たされる。辛くもリオーズの艦隊を脱出し、リオーズとブロドリッグの間で交わされた書簡をもって 2 人はトランターへ向かった。リオーズとブロドリッグが謀反を企んでいると皇帝に信じ込ませるためだ。2 人は賄賂を使って皇帝に謁見しようとするが、リオーズとブロドリッグが逮捕されたというニュースが届いた。2 人は何もしていないのに、帝国とファウンデーションの戦いは終戦を迎えた。バーはシウェナ使節団を率いてファウンデーションを訪れた。バーはフォレルとデヴァーズに語る――リオーズとブロドリッグが失脚し、ファウンデーションが勝利するのは心理歴史学的必然だったことを。ファウンデーション設立から 300 年後――惑星ヘイブンの貿易商人トランは、ベイタ・ダレルと結婚した。2 人はファウンデーションを脅かす存在と噂されるザ・ミュールを探すため、新婚旅行を装い、惑星カルガンを訪れた。一方、ファウンデーション内部は腐敗が進んでおり、市長は世襲制となった。3 代目のインドバー市長は秘密情報部のハン・ブリッチャー大尉を呼び寄せ、ヘイブンの独立貿易商人たちの調査を命じた。カルガンに着いたベイタとトランは、四肢の長い痩せた道化師マグニフィコ・ギガンティクスを助けた。彼はミュールのもとから逃げてきたという。そして、2 人はブリッチャーの訪問を受ける。ベイタはマグニフィコを伴い、ミスを訪れた。そこでマグニフィコはヴィジ・ソナーを演奏する。ベイタとミスは不思議な感覚に襲われた。心理学者エブリング・ミスは、インドバー市長にセルダン危機が迫っていることを告げる。ミスの予測通り、セルダンの時間霊廟は開いた。セルダンの映像は、ファンデーションの内乱について述べるばかりで、ミュールのことにはひと言も触れなかった。すべての原子力が止まり、ミュールの艦隊がターミナスを制圧した。ベイタとマグニフィコは惑星ヘイヴンへ逃れた。独立貿易商人たちは抵抗を続けていたが、それも風前の灯火だった。トラン、ベイタ、ミス、マグニフィコの 4 人は、この危機を乗り切るべく第二ファウンデーションの捜索に出発した。40 年前、帝国の首都惑星トランターは大略奪に遭い、廃墟と化していた。皇帝ダゴバード 9 世はネオトランターに逃れた。ベイタら一行は、ファウンデーション市長の住宅にも及ばない質素な暮らしを送るダゴバード 9 世に謁見する。ダゴバード 9 世の発言は支離滅裂だったが、首尾よく通行許可証を手に入れた一行は、トランターへ向かう。トランター大学が無傷で残っており、ミスは図書館に籠もって第二ファウンデーションを探した。そこへブリッチャーが現れ、ミュールは突然変異体(ミュータント)であり、人間の感情バランスを調節する能力をもっており、ミュールへの完全な忠誠心を植えつけることができると伝える。ミスは、ついに第二ファウンデーションの所在を捕らえた。それを伝えようとした刹那、ベイタは原子銃で彼を撃った。ミスの腰から上が吹き飛んだ。ベイタとトランの前にミュールが姿を現す。彼の正体は――。銀河帝国興亡史の第1 巻は大河小説風であったが、第2 巻はアシモフお得意のミステリー仕立てとなっている。とくに第2部のザ・ミュールでは、ミュールと第二ファウンデーションの正体が謎解きで、先に正体を現したミュールが負けたことになる。第二ファウンデーションの謎解きは第3 巻へ持ち越しとなる。第2部で大活躍したベイタ(夫のトランは妻の引き立て役に過ぎない)であるが、土星の衛星タイタンに「ベイタ海峡」という名を残している。ミュールの感情操作力が、現代の天文学者にも及んでいる!?
2020.08.25
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ファウンデーション リマー・ポニェッツ「おれはこれを金儲けのためにやっている。世界を救うためにやっているんじゃない」(235ページ)著者・編者アイザック・アシモフ=著出版情報早川書房出版年月1984年4月発行数学者ガール・ドーニックは、セルダン計画に参加するため、銀河帝国の首都惑星トランターへやって来た。観光を終えてホテルに戻ると、ハリ・セルダンが待っていた。セルダンは、心理歴史学を使って 5 世紀後のトランターの姿を見せた。ガールは信じられないようにいった。「完全な滅亡です! しかし――しかし、そんなことはありえません。トランターはいまだかつて決して――」。ガールは公安委員会に拘束され、セルダンの裁判を傍聴する。セルダンは、1 万 2 千年続いた銀河帝国が消滅し、3 万年の暗黒時代が続くことを予言する。そして、セルダン計画によって、その期間が 1 千年に短縮できると主張する。公安委員長リンジ・チェンは、セルダンとその計画に従事するメンバを銀河系の辺縁にある惑星ターミナスへ追放すると告げた。惑星ターミナスに百科事典財団(ファウンデーション)が設立されてから 50 年が経過した。アナクレオン太守は王を僭称し、副太守アンセルム・オー・ロドリックを特別使節としてターミナスに派遣した。アナクレオンはターミナスに軍事基地を作ろうとしていたのだが、原子力経済をもっていなかった。そんな中、帝国の貴族ドーウィン卿がターミナスを訪問し、人類の起源問題について語る。ドーウィン卿は実地調査せず、大昔に書かれた考古学書を読むことが科学だと主張する。ターミナス市長サルヴァー・ハーディンは、ドーウィン卿のいう「科学」も「百科事典」も、科学技術の後退だと指摘する。ターミナス設立50 周年の日、ハリ・セルダンの時間霊廟が開いた。車椅子に座ったハリ・セルダンの映像が現れ、「百科事典財団というのは、欺瞞である」と告げる。そして、ターミナスを襲う危機が、正しいコースをたどらせることになるという。30 年後、若手の市会議員セフ・サーマックは 62 歳になったハーディンを訪問し、四王国に対するターミナスの政策に対する不満を述べる。ターミナスは司祭を通じて原子力技術を提供しており、宗教的に四王国を支配していた。アナクレオンは帝国宇宙軍が遺棄した巡洋戦艦を手に入れ、摂政ウェニスはターミナスへの侵攻を計画していた。司祭ポリー・ヴェリソフはハーディンに事の次第を報告。ハーディンはアナクレオンへ向かった。レオポルドの即位式典。原子力が止まり、宮殿は真っ暗になり松明を灯す有様。頼みの巡洋戦艦も動力を停止してしまった。ウェニスはハーディンに向かって原子銃を放つが、フォース・フィールドによって中和されてしまう。こうして、ファウンデーションは再び危機を乗り越えた。時間霊廟が開き、ハリ・セルダンの映像は「80 年前、もうひとつのファウンデーションが設立されたことを、けっして忘れてはならない」と告げる。貿易商人リマー・ポニェッツは、仲間のエスケル・ゴロヴを救出するため、アスコーンへ向かう。アスコーンは、ファウンデーションの宗教や原子力を受け入れようとしない王国だった。ポニェッツは大君主の前で、鉄を黄金に変成して見せた。ポニェッツは大君主の側近の 1 人、ファールに取り入り、取引を持ちかける。釈放されたゴロヴに、ポニェッツはこう言う――「おれはこれを金儲けのためにやっている。世界を救うためにやっているんじゃない」。四王国の 1 つ、スミルノ出身の貿易商ホバー・マロウは、ジェイムズ・トゥワーとともにコレル共和国を訪れ、アスパー・アーゴ主席と会合した。マロウはスミルノに、帝国の紋章が付いた武器があるのを見た。マロウは帝国貴族オナム・バーの手引きで、シウェナの原子力発電所を見て回った。ターミナスに戻ったマロウは裁判にかけられるが、自分に掛けられた嫌疑を晴らし、市長になった。コレルは帝国の巨大な宇宙船を手に入れ、ファウンデーションへの侵攻を開始した。だが、マロウは何もしなかった。そして、コレルの人民は繁栄を求めて蜂起し、コレル共和国はファウンデーションに無条件降伏した。ファウンデーション設立から 150 年の歳月が流れた――。はじめて銀河帝国興亡シリーズを読んだのは中学 1 年の時――それから 40 年以上の年月が流れたが、いま読んでも、あらたに考えさせられることが多い。本作品は、アシモフがエドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』に着想を得て書いたというのは有名な話。マンガ『超人ロック』、映画『スター・ウォーズ』、小説『銀河英雄伝説』は、少なからず本作品の影響を受けているのであろう。ファウンデーションは銀河系の辺境にあり、少ない資源ながら、その技術力で製品の小型化に成功し、周辺諸国を経済的に併呑してゆく――あたかも戦後日本が歩んできた経済大国への道のりのようだが、本作品の初出は 1942 年――太平洋戦争は始まったばかり。アメリカ、恐るべし。作品中では原子力が大きな位置を占めているが、戦後に出版された『宇宙の小石』では原子力に対するアシモフの考え方が大きく変わっている。そして、同じアシモフのロボット・シリーズとの橋渡しとなる『ロボットと帝国』では、さらに‥‥福島第一原発事故を経験してから、これらの作品を読むと、また違った感想を抱く。銀河帝国興亡シリーズを通じて「心理歴史学(サイコヒストリー)」という、統計学が進化したような仮想の数学が大きな役割を担っている。もしかするとディープラーニングの行き着く先は、「人工知能」ではなく「心理歴史学」なのではないだろうか。さて、中学生の時に読んだのは創元推理文庫版で、『銀河帝国の興亡』という重厚なタイトル。残念ながら絶版となっているが、「ターミナス」が「テルミナス」になっていたりと、訳文もかなり違う。そして、林巳沙夫さんの挿絵が前衛的で、とても印象的だ。
2020.08.24
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氷獄 「正義」とは、できるだけ小さく使う方がよい。大きく使おうとすればするほど、か弱き人々を傷つける。(284ページ)著者・編者海堂尊=著出版情報KADOKAWA出版年月2019年7月発行新人弁護士・日高正義が初めて担当する事件は、2 年前、手術室での連続殺人として世を震撼させた「バチスタ・スキャンダル」だった。表題の「氷獄」は、『チーム・バチスタの栄光』で投獄された麻酔医・氷室貢一郎の獄中生活を主軸に、『ジェネラル・ルージュの凱旋』『イノセント・ゲリラの祝祭』『アリアドネの弾丸』のエピソードが加わり、東日本大震災やスプリング 8 が折り込まれた中編。この他、『螺鈿迷宮』に絡んだ「双生」、『ナイチンゲールの沈黙』の後日談「星宿」「黎明」の、計4 作品が収録されている。患者に寄り添う医療とは何か、終末期医療とは、そして司法の正義とは――答えの出ない社会問題に、医師で作家の海堂尊さんが斬り込む――。「双生」1994 年春、東城大学医学部附属病院の医師・田口公平のもとで、碧翠院桜宮病院の双子姉妹すみれ・小百合が研修していた。外来患者の片平清美は認知症だった。だが、その夫の異変に気づいたすみれは、ある斬新な治療法を提案する。田口は「すみれ先生は正しい。でも残念ながら大学病院はユートピアではない。自由闊達な議論なんて、存在しないんだよ」(27 ページ)と指摘する。「星宿」2007 年冬、看護師の如月翔子は、手術を拒否し続ける少年・村本亮の「十字星を見たい」という願いを叶えるため、便利屋・城崎を呼び出した。オレンジ新棟の 2階・小児科病棟の上には、使われたことのない 3階があり、古いプラネタリウムが放置されていた。だが、そのプラネタリウムを動かすためには莫大な電力が必要だ。そこで、田口が考えた奇策は――「黎明」2012 年春、末期の膵臓がんと診断された黒沼千草は、愚痴外来の医師・田口公平の診察を受け、「ドア・トゥ・ヘブン」を改装してできたホスピス病棟「黎明」へ入所する。黎明を仕切る黒沼師長は、末期癌患者にむやみに希望を与えない方針だ。だが、子宮がんで 1 年以上入所している山岡と黒沼は、驚くべきことを目論んでいた。「氷獄」2019 年春、弁護士・日高正義は、駆け出しだった 2008 年春に手掛けた「バチスタ・スキャンダ」「青葉川芋煮会集団食中毒事件」を振り返る。獄中の麻酔医・氷室貢一郎は弁護を拒否し黙秘を続けていたが、4 人目の国選弁護士となった日高と接見を続ける。氷室は「「弁護士や検事の仕事は人工的な世界でのやり取りだから本質はテレビゲームと変わらない。その意味では科学や医学は相手が自然だからもっと深いんです。だから法曹関係者は傲慢になり、科学者や医者は謙虚にならざるをえないわけです」(168 ページ)と語る。氷室の紹介で、日高は、東城大学病院の田口医師、厚生労働省の白鳥技官、病理医の彦根医師と会話する。いつも通り、相手の名前の由来を聞いた田口は、「日高さんは、お父さんから大切な意志を受け取っています。でも理解しながらもそれに従うのをためらっておられる。それはあなたご自身が、正義という言葉に懐疑的になっているからです。その迷いは正しいと思います。正義という言葉ほど難しい概念はないからです」(185 ページ)と語る。白鳥は、「まったく、法ってヤツはどこまでいってもロクデナシや出来損ないの味方で、正義なんてどうやっても実現できっこないし、誰ひとり本気で実現するつもりもありゃしないのさ」(202 ページ)と司法批判を展開。彦根は「僕が目指す理想の地は、医療と司法の完全分離が達成された社会です」(219 ページ)と持論を述べる。そして日高は、東京地検特捜部の福本検事正に、「被疑者がこの犯罪に手を染めたことはスプリング 8 の微量元素解析で、麻酔医しか入手できない毒物成分を検出できれば証明できます。その物証で殺人罪に問えます」(211 ページ)と取引を持ちかける。だが、氷室は 3 件の殺人で立件され、死刑が宣告される。そして、青葉川芋煮会集団食中毒事件の冤罪も晴らせなかった。氷室が日高に託した手記には、「これは恐ろしい検察独裁です。日本の刑事裁判は有罪率が 99.9 パーセントを誇っています。でもよく考えてみてください。不確定性に満ちている、危うげな『人間』がやること、しかも犯罪を犯すような『人間』とそうでない『人間』が入り乱れている混沌としたこの世界、人間がウソをつくのが必然の世界で、なぜ日本の検察はかくも高い有罪率を誇り得るのでしょうか」(262 ページ)と記されており、別宮葉子の手で時風新報から出版された。氷室は仙台拘置支所へ移送され死刑執行が近いとみられていたが、東日本大震災が発生。拘置所は停電になり、氷室は脱走を果たす。それから 8 年が過ぎたが、日高のもとへ氷室の情報が入ってくることはなかった。
2020.08.11
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コロナ黙示録 田口「シンコロの恐ろしさは人のつながりを破壊するところです。接触を断たなければ感染が拡大するなんて、これまでの人類の友愛の基本を叩き壊すようなものです。それは人類が初めて直面したジレンマでしたが、新しいつながりが生まれました。その一つがSNSです。」(360ページ)著者・編者海堂尊=著出版情報宝島社出版年月2020年7月発行東城大学医学部附属病院・不定愁訴外来主任の田口公平先生が『イケメン内科医の健康万歳』を Web連載、ついに作家になる?――高階権太学長と厚生労働省大臣官房秘書課付技官の白鳥圭輔による無理難題が始まる。元浪速府知事の村雨弘毅が率いる政策集団・梁山泊に、ヤメ検弁護士の鎌形雅史やフリーの病理医・彦根新吾が加わり、安保宰三政権の隙をうかがう。そんな中、雪まつりが始まろうとしている北海道の雪見市救命救急センターでは、速水晃一センター長が見守る中、未知の感染症により一人の老人が命を落とす。中国では、新型コロナ・ウイルスに 7 千人以上が感染したという情報が入ってきた。同じ頃、横浜港に入港していたクルーズ船「ダイヤモンド・ダスト」で PCR 検査を行ったところ、大量の陽性者がいることが分かった。蝦夷大学感染症研究所の名村茫教授は、ダイヤモンド・ダスト号に乗り込み、厚生労働省の防疫体制の杜撰さをネット動画で告発する。お友だちを優遇する安保政権の対策は、初心者のそれであり、名村と彦根が痛烈に批判する。一方、彦根は名村の右腕である、「8 割パパ」こと喜国忠義准教授と合流し、新型コロナの感染予測を行うデータを集めるために雪見市救命救急センターへ向かう。喜国は、雪見市救命救急センターで感染者が出ていることから、病棟閉鎖を進言。速水は断腸の思いで、ICU と内科を閉鎖することを決断する。内科の患者は、世良雅志が院長を務める極北市民病院へ回されることになった。白鳥は、ダイヤモンド・ダスト号の感染者を東城大学医学部附属病院に収容する段取りを整え、田口を新型コロナウイルス対策本部長に担ぎ上げる。田口は、ホスピス患者が入っている旧病棟を感染病棟に、閉鎖されたオレンジ棟を重症病棟として指定。名村が合流し、感染対策のレクチャを行う。一方、雪見市救命救急センターでは、研修医の大曽根富雄が感染し、隔離。彼と一緒にいた速水も隔離された。速水は PCR 検査陰性で無症状だったが、O2 サチュレーションの値が低下しており、間質性肺炎の画像所見が出ていた。大曽根の症状はさらに深刻で、ECMO に頼るしかなかったが、道内の ECMO はすでに満杯だった。そこで速水はドクタージェットを飛ばし、母校の東城大に救援要請した。だが、東城大にある ECMO は、ダイヤモンド・ダスト号から搬送されてきた、速水の部下である保阪美貴看護師の祖母に使用される予定だった。無職高齢者の救命か、現役医師の救命か、田口と速水に「いのちの選択」が突きつけられる。北海道では、世良からの提言を受け、益村秀人知事が緊急事態宣言を発出する。梁山泊は、自殺した財務局職員・赤星哲夫の妻による告訴を引き出すという当初の目的を達成し、解散する。田口は、高階や藤原とイチゴを頬張りながら、「シンコロの恐ろしさは人のつながりを破壊するところです。接触を断たなければ感染が拡大するなんて、これまでの人類の友愛の基本を叩き壊すようなものです。それは人類が初めて直面したジレンマでしたが、新しいつながりが生まれました。その一つが SNS です」と語る。東城大学医学部・黎明棟は、感染患者111 名余りを受け入れながら院内感染ゼロを実現した「奇跡の病院」と称賛されることになる。巻末に、「この物語はフィクションです。作中に同一の名称があった場合でも、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。」との注意書きがあるが、本作で新たに登場した人物は、どう読んでも、実在の人物に 1 対 1 対応する。そして、どう読んでも、「森友学園」「桜を見る会」「検事長の定年延長」「自殺した財務局職員」を取り上げて政権批判をしているようにしか読めないが(笑)。さて、主人公の田口先生や、ジェネラルこと速水先生は私と同期なので、その活躍っぷりは無理筋では、と感じつつも、海堂ファミリーの同窓会として、最後まで楽しませてもらった。海堂ワールドで度々取り上げられる「いのちの選別」は、今回は「ECMO」という現実味を帯びた話題で再び取り上げられる。小説では田口先生の幸運で乗り切るが、リアル世界では、私たち一人一人が、是々非々で答えを導き出さなければならない。だから、本作品は、海堂バイブルの最後に連なる「黙示録」ということなのかもしれない。
2020.08.03
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ムダヅモ無き改革 プリンセスオブジパング 第8巻 御門葩子「何か言い残す事は?」 ティモシェンコ「是非にも及ばず」著者・編者大和田秀樹=著出版情報竹書房出版年月2020年7月発行著者は『機動戦士ガンダムさん』『大魔法峠』でお馴染みの大和田秀樹さん。シリーズ累計250 万部を突破した政治+麻雀アクション漫画の新章は、麻雀高校女子ワールドカップだ。元ウクライナ首相、「ガスの魔女」の異名を持つユリア・ティモシェンコは、ウクライナ南部、黒海に面する腐海の腐臭を闘牌気に練り込んだ牌毒を吐いて御門葩子を襲う。腐る配牌。葩子は建御雷神の?霊剣を呼び出し、牌毒を退ける――ラグナロク級の闘牌の行方は!?にしても、?霊剣がサンダーブレードだったとは、世代がバレますなw
2020.07.27
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地磁気逆転と「チバニアン」 一般には知られていませんが、過去200年ほどの間、地磁気の強さは低下し続けています。この傾向がさらに続けば、地磁気逆転に向かう可能性もあるのです。(6ページ)著者・編者菅沼悠介=著出版情報講談社出版年月2020年3月発行著者は、国立極地研究所で地質年代「チバニアン」の誕生を推進した研究グループの中心メンバー、菅沼悠介さん。地磁気逆転は地学の未解決問題だが、一線の研究者が著した内容だけあって、とても分かりやすく、最新の知見を知ることができる。地磁気逆転は、現代のスーパーコンピュータを持ってしても完全シミュレーション不可能な地球ダイナモ理論やマントル対流によって起こることや、数学者ガウスが地磁気計測を始めてから 200 年間、地磁気が次第に弱まっていること。そして、地磁気逆転と隕石衝突イベントや、地磁気と気候変動や生物の絶滅・進化との関係を研究するプロジェクトが誕生し、現在進行形で研究が進んでいることなど、今後もチバニアンから目が離せない。方位磁石の登場は、中国・北宋(960~1127 年)の時代まで遡ることができる。これがどういう経緯でヨーロッパに伝わったかは不明だが、12 世紀には神学者のアレクサンダー・ネッカムが航海用のナビゲーションツールとして方位磁石を紹介しており、その後の大航海時代の重要アイテムとなる。16 世紀、コペルニクスの地動説を支持しやイギリスのウィリアム・ギルバートは磁石の研究を行い、「地球は一つの大きな磁石である」という言葉を遺し、「磁気学の父」と呼ばれた。磁極は地軸の北極/南極から外れており、方位磁針に偏角や伏角としてあらわれる。そして、地磁気の形や強さ自体も時間と共に変化する「地磁気永年変化」があることが分かった。伊能忠敬の日本地図が正確だったのは、たまたまこの時代、日本列島の偏角はとても小さく、とくに江戸では 0 度に近い値であったためだった。1830 年代、数学者のガウスが地磁気の起源についての研究に取り組む。ガウスは地磁気の観測も行い、以来 200 年間、地磁気の強さは低下し続けていることが分かっている。これが一時的なものなのか、地磁気逆転に向かうかはわからない。20 世紀に入ると、ベノー・グーテンベルクが地震波からグーテンベルク不連続面を発見し、地球中心核の存在をあきらかにした。1946 年、エルサッサーは、地球の流体外核の対流によって誘導される電流によって地磁気が作られていることを示す「地球ダイナモ理論」を提唱する。1995 年、核融合科学研究所などが、スーパーコンピュータを使って地球ダイナモのシミュレーションに成功した。だが、現実の地球ダイナモの再現はあまりに膨大な計算量を必要とするため、今日のスーパーコンピュータを用いても、すべての要素を忠実に含んだ地球ダイナモの再現は不可能である。1906 年、ベルナール・ブリュンヌが現在の地磁気の向きとは逆向きに磁化された岩石を発見する。国内外で調査を行いった京都帝国大学の松山基範は、1929 年、地磁気逆転の可能性を示す論文を発表した。それは常識に反する考え方だったため、評判はよくなかった。1970 年、ノーベル物理学賞を受賞したフランスのルイ・ネールによって、岩石が残留磁化を持つしくみも明らかになった。1950 年前後に、イギリスのジャン・ホスパースは、地磁気極は長い時間の平均をとれば、自転軸の位置(北極)と一致するという「地心軸双極子仮説」を提唱した。古地磁気学の基本原理の一つである。1950 年代、7 億年前に遡る残留磁化の解析が行われ、磁極が大きく移動したような結果が得られた。イギリスのケイス・ランコーンの研究グループは、これを極移動ではなく、大陸の移動を示す結果と考え、1912 年、アルフレッド・ウェゲナーが提唱した大陸移動説が検証されることになった。地磁気逆転の残留磁化記録と海洋底拡大によって海底の地磁気異常を説明するこの画期的なモデルは、今日、「バイン-マシューズ-モーリー仮説」と呼ばれ、地球科学発展の歴史の重要な 1 ページとして記憶されている。現在、溶岩や海底堆積物、そして海底の地磁気異常から、少なくとも約 1 億 6000 万年前までの地磁気極性年代表が作られている。それによると、過去 80 万年間には地磁気逆転は一度(松山-ブルン境界)しか起きていないが、過去 250 万年間では 11 回以上、おおよそ 100 万年に 5 回程度のペースで地磁気逆転が起きていることがわかった。さらに時間をさかのぼった白亜紀には、4000 万年ほどの間、地磁気逆転が一度も起きず、正磁極の状態がずっと続いた時代がありました。これを地磁気スーパークロンと呼ぶ。地球システムを支配しているマントル対流に約 2 億年のリズムがあり、その影響で、2 億年弱に 1 度の頻度でスーパークロンが起きると考えられている。また、地磁気強度も変動しており、過去 80 万年間を見ると、平均値を 100%とすると、大局的には 120%から 20%ぐらいの幅で変動しており、とくに約 7 万年前の地磁気逆転(松山-ブルン境界)には、現在の 3~5%ぐらいまで落ち込んでいるようだ。また、地磁気逆転に至らずとも、磁極が大きく北極または南極から外れるイベントが起きており、これを地磁気エクスカーションと呼ぶ。2019 年、アメリカ・フロリダ大学のジェイムズ・チャネルらは、ラシャン・エクスカーションとネアンデルタール人の絶滅が関係していたという仮説を発表した。数千年から数十万年というスケールの地球の気候変動において、繰り返し訪れる氷期と間氷期の原因が、地球の軌道や自転の特性にあるという仮説「ミランコビッチ理論」が注目された。その頃、放射年代測定の技術革新によって溶岩の年代測定精度が向上し、松山-ブルン境界などの地磁気逆転年代も以前より正確に決定されるようになった。その結果、地磁気逆転を基準とした海底堆積物の年代決定精度も向上し、ミランコビッチ理論が予測したとおりに気候変動が起きていることが明らかになった。地磁気逆転は基本的には世界中で同時に起きる現象であるため、地磁気逆転が起きるタイミングはどこで観測しても一致していなくてはならない。ところが、この両者のタイミングが一致しないことが分かり、海底堆積物の古地磁気の記録が、堆積直後ではなく、やや遅れて(地層の少し深くで)獲得されていることがシメされた。2010 年、菅沼さんらは論文にまとめ、松山-ブルン境界の年代が約 78 万年前ではなく約 77 万年前となる可能性が高いことを示した。実際にそれを示す地層の探索に着手した菅沼さんは、学部生時代の指導教員だった岡田誠教授に教えられ、房総半島の白尾火山灰を目指した。ここで採取した火山灰の放射年代を 2 年間かけて分析し、77 万 2700 年前という数字をはじき出した。その結果、松山-ブルン境界の地磁気逆転は 2 千年の間に起きたことが分かった。地磁気極がもっとも早く動いているときには、約 400 年間に 60 度以上も移動した。これを現在の地磁気の状態に当てはめてみると、地磁気逆転プロセスの中にいるとしても、かなり初期の段階にあることがわかる。もし仮にこのまま地磁気逆転に向かうとしても、地磁気逆転が始まるまでにはまだ最短でも数百年以上はあると考えられる。最近注目されるのが地磁気と気候変動の関係だ。地磁気強度低下にともなって寒冷化したとの研究報告もある。最終章では、チバニアン誕生までのプロセスが紹介される。このチャレンジは、30 年にわたり続いていた。2013 年、茨城大学の岡田教授をリーダーとした千葉セクションの GSSP申請タスクチームが結成された。当初チバニアン申請に協力的だった「団体」が、一転して反対に回った。しかし、市原市の協力もあり、2020 年 1 月 7 日、ついに「チバニアン」が誕生する。チバニアンは命名されるだけで終わったわけではない。隕石衝突イベントや、地磁気と気候変動や生物の絶滅・進化との関係を研究するプロジェクトが誕生し、現在進行形で研究が進んでいる。
2020.07.06
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人は科学が苦手 自分はただ事実を押し付けるだけになっていないか。(231ページ)著者・編者三井誠=著出版情報光文社出版年月2019年5月発行著者は、読売新聞の米ワシントン特派員として大統領選挙や科学コミュニケーション、NASA の宇宙開発などを取材した三井誠さん。トランプ大統領当選とアメリカの科学離れを取材し、その背景を探ろうとしている。本書は、人は科学的に考えるのがもともと苦手なのではないか。現代人には石器時代の心が宿っているのではないか、という疑問から始まる。三井さんはトランプ政権には批判的だ。進化論や地球温暖化会議派が力を付けてきたのはトランプ大統領の影響とし、オバマ前大統領の民主党政権と比較する。ただ、ここで紹介している進化論や地球温暖化に関わる論点が、やや「非科学的」と感じた。たとえば進化論を否定する創造説には、少なくとも 2 つの論点がある――世界誕生を 6 千年前としていること、それと進化説の否定である。前者については、地球上に 37~38 億年前の生物の化石が発見されている。放射年代測定という絶対測定法だから、これを否定するのは容易ではない。一方、後者の進化説は仮説であり、まだ進化のメカニズムは明らかになっていない。ここに他の仮説を提示する「科学的余地」はある。地球温暖化については、世界の平均気温が上昇しているのは事実であるし、二酸化炭素濃度が上昇しているのも事実である。だがしかし、人類の活動によって二酸化炭素濃度が増えているという確証がない。そして、今回の温暖化はミランコビッチ・サイクルと関係ないという確証はあるだろうか。ユヴァル・ノア・ハラリ氏は『サピエンス全史』において、7 万年前にアフリカ大陸を再出発したホモ・サピエンスは「認知革命」を起こし、チンパンジーなどの「群れ」とは比較にならない大規模な組織を統率できるようになったと書いている。これは、『世界神話学入門』で後藤明さんが紹介する「ローラシア型神話」にも通じる部分がある。すべての人類に石器時代の心が宿っているわけではなく、認知革命を達成する以前の種と、達成した後の種の混血しているのではないだろうか。終盤に、科学者のコミュニケーション能力を高める必要性が説かれている。この点には同意する。本書でも紹介のあったカール・セーガン氏が来日した際、高校生だった私はその講演を聞きにいった。あれから 40 年、科学技術の道を進んでくることができたのは、そうしたコミュニケーションのおかげである。今度は、私から後輩へバトンを渡さねばなるまい。三井さんは冒頭で、トランプ大統領誕生の瞬間を「地球温暖化を否定する大統領の誕生は、想像を超える出来事でした」(4 ページ)と語る。三井さんは「取材を繰り返すうちに、人は科学的に考えることがもともと苦手なのではないか」(10 ページ)と考えるようになったという。人類が進化の末に獲得した「生きる知恵」と、科学が発達した現代社会に求められる「生きる知恵」には、根本的なずれがあるのではないか、というのだ。カハン教授(カナダの数学者で計算機科学者。カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授)は、知識が増えれば増えるほどわかり合えなくなる状況を「汚染された科学コミュニケーション環境(polluted science communication environment)」と呼ぶ。確証バイアスや、インターネットなど外部の情報による「フィルター・バブル(Filter Bubble)」がその好例だ。「賢い愚か者」効果の名付け親、クリス・ムーニー氏は、科学的に考えることができない心の動きを、「自分の子どもがいじめに加担していることや、結婚生活が終わりを迎えつつあることを認めたがらない心の動きと同じだ」と指摘した。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校のジョン・トゥービー教授は、人類の心を「現代に生きる私たちに、石器時代の心が宿っている」と表現する。英国の人類学者ロビン・ダンバー博士が 1990 年代、人類がうまく人間関係を維持していける集団の人数は 150 人とする研究成果を発表したが、現代人が扱える人間集団の数はそのままだという。ジャーナリストのリック・シェンクマン氏は、石器時代、小さな集団で暮らした野生の生活では、「恐れ」と「怒り」が重要な役割を果たしていたと指摘する。大統領選で、トランプ陣営は「恐れ」と「怒り」を効果的に利用した。地球が平らだと信じる人たちは、他人よりも「自分は論理的だ」と考える傾向が強く、政府や公的機関への不信感も強く、疑り深い性格だという。自分は公式見解にだまされるほど、愚かではないといった感じで、政府などが共謀して事実を一般市民から隠しているという「陰謀論」を信じやすい特徴もある。ハーバード大学のナオミ・オレスケス教授(科学史)は、米国の民主主義の源流には、欧州の貴族主義への反発がある。だから、私たちは国王を持たない。歴史的にエリートや専門家に懐疑的になるという感情が米国にはある。一方、権威への反発は容易に、知性への反発に転がり落ちてしまう」(87 ページ)と指摘する。国際UFO 博物館のジム・ヒル事務局長(66)は、UFO 人気について「アメリカ人はもともと政府への不信感が強い。だから、いくら政府が UFO の存在を否定しても、UFO 人気は衰えない。事件の情報を伝えるのが我々の役目だ」と語る。自分の考えと対立する話を聞いた時に、考えを変えるのではなくムキになって反論してさらに自分の思いを強くすることを、心理学では「バックファイア効果」と呼ぶ。アメリカ人はバックファイア効果が強いのではないだろうか。ミシガン州立大学のアロン・マクライト教授は、1990 年代以降、共和党が環境政策を受け容れなくなったのは、冷戦終結により、保守系メディアやシンクタンクがそれまでの「赤の恐怖」の代わりに「緑の恐怖」を主張するようになったことと、国際社会からの環境問題に対する要請そのものに反発が起きたからだと指摘する。地球温暖化問題は、もはや科学の問題ではなくなった。2010 年の予備選で落選したイングリスさんは、「地球温暖化を認めたことで、私は共和党という部族(tribe)のなかで異端の存在になってしまった」と言う。炭鉱経営者のジョンソンさんは「結局はどちらの側に付くかという問題だ」と、敵か味方かという構図で地球温暖化問題をとらえている。科学への不信を募らせる人たちに共通する特徴は、保守的な政治信条のほかに、教会に行く頻度が多いことが挙げられる。全米科学財団は 2016 年、「私たちは科学に頼りすぎていて信仰が十分ではない」との考えに同意するかどうかを聞いた国際調査の結果を発表した。米国では 50.4%とほぼ半数が同意し、ほかの先進国と比べて信仰に重きを置く傾向がある。日本は 3.9%だった。ギャラップ社の世論調査(2017 年 5 月)によると、「神が過去 1 万年のある時に人類を創造した」との考え(創造論)を支持する回答が 38%に上ったという。子どもたちに決めさせるというのは一見、選択の自由を提供して民主的な感じがする。しかし、創造論と進化論を同じレベルに扱って「お好きなほうをどうぞ」というのは、生物学の授業では問題だろう。最高裁で憲法違反とされた創造論教育は、ID説、創造科学と名を変え、今も、米国の公立学校に広く浸透している。日本では、国(文部科学省)が教科書を一言一句まで厳密に調べて、画一的な教育の質の確保を目指しているが、そうした発想は米国にはない。多くの研究者はコミュニケーションに消極的なだけでなく、コミュニケーションに熱心な研究者を低く評価する傾向も指摘されている。そんな傾向は「セーガン効果」と呼ばれる。名前は、1980 年に放送されたテレビ番組『コスモス』などで知られるカール・セーガン氏に由来するが、セーガン氏は学術界での評価が必ずしも高くなかった。第二次世界大戦後、国からの資金で大規模な科学研究が勧められるようになると、科学者は大学や政府ばかりに気を配り、人々に科学を伝える動機がなくなり、逆に避けるようになったという。科学者の間に特権意識が生まれ、一般人は、そこに陰謀があるのではないかという誤解の種を植え付けることになった。連邦議員のスタッフを長年勤めてきたマーク・バイヤー氏は古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉を引用して、情報を伝える上で重要なことを紹介する。つまり、+ロゴス(Logos=論理)‥‥論理的であり、事実であること。+エトス(Ethos=信頼)‥‥聞き手と話し手の信頼関係。+パトス(Pathos=共感)テキサス工科大学のキャサリン・ヘイホー教授は、地球温暖化懐疑派の主張を「本当の意図を隠す煙幕だ」と指摘する。「規制が嫌いだから」という本心を隠す煙幕だというのだ。だから、彼らを「反科学(anti-science)」と呼ぶと、状況は絶望的になる。俳優のアラン・アルダさんは、「人の話を聞く時には、自分の考え方をすすんで変えるような姿勢で聞かなければならない。そうでなければ、本当の意味で『聞く』ということにならない」とアドバイスする。三井さんは本書をこう締めくくる――(231 ページ)反対している人たちは何を心配しているのか。自分はただ事実を押し付けるだけになっていないか。お互いの心を結び付ける何かを見つけ出せないか。科学を巡るコミュニケーションでも、気持ちを大事にすることで誤解を解きほぐす道が開けるのかもしれない。
2020.06.27
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地球は特別な惑星か? 地球外生命に迫る系外惑星の科学 太陽系は惑星系の標準ではない(157ページ)著者・編者成田憲保=著出版情報講談社出版年月2020年3月発行著者は、国立天文台研究員、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻助教などを経て、2019 年よりアストロバイオロジーセンター特任准教授にある成田憲保さん。系外惑星研究の前線で活躍している研究者の言葉には、科学心を揺さぶられる。1995 年に最初の系外惑星が発見され、発見者のマイヨールとケローには 2019 年度のノーベル物理学賞が授与された。2020 年現在、NASA Exoplanet Archive https://exoplanetarchive.ipac.caltech.edu/ には 4 千を超える系外惑星のデータが収められており、無償利用できる。これらを分析すると、ホット・ジュピター、エキセントリック・プラネット、スーパー・アースなど太陽系にない惑星が多く、太陽系は惑星系の標準ではないということが言える。水が液体として存在しうるハビタブルプラネットの割合は、太陽型星だと約 2 割、太陽より温度が低い赤色矮星では約 5 割だという。では、ハビタブルプラネットに生命はいるだろうか――これから打ち上げられる宇宙望遠鏡や、口径 30 メートル級の大型地上望遠鏡によって系外惑星の大気が観測されるようになり、こうした疑問が 1 つ 1 つ解き明かされていくことだろう。これからの研究によって、私たちが思いも寄らなかった宇宙の姿が明らかにされるかもしれない。太陽系の 8 つの惑星は、岩石惑星(水星、金星、地球、火星)、巨大ガス惑星(木星、土星)、巨大氷惑星(天王星、海王星)に分類でき、これらの惑星は京都モデルによって形成されたと考えられてきた。ところが、この常識は系外惑星の発見によって完全に覆された。系外惑星の探索の歴史は古く、1938 年から 1962 年にかけ、ファンデカンプがバーナード星の位置データを解析し、木星の約 1.6 倍の質量をもつ巨大惑星があると発表した。しかし、1970 年代に入り、望遠鏡のレンズの誤差によるモノだと判明した。1995 年 10 月、イタリア・フィレンツェで開催された国際会議Cool Stars 9 で、スイスの天文学者ミシェル・マイヨールが当時大学院生だったディディエ・ケローとともに、太陽型星であるペガスス座 51番星を公転する木星の半分程度の質量の惑星を発見した、と報告した。これが初めての系外惑星と確認され、マイヨールとケローには 2019 年度のノーベル物理学賞が授与された。2008 年、宇宙望遠鏡ケプラー(口径 1.4 メートル)が打ち上げられると、4000 以上もの惑星候補が発見された。そして 2018 年までに、2000 以上の惑星候補が本物の惑星だと確認されている。ケプラーの観測結果から、ハビタブルゾーンに地球くらいの大きさの惑星(ハビタブルプラネット)がある割合は、太陽型星だとだいたい 2 割(誤差は 1 割)程度、太陽より温度が低い赤色矮星では 5 割(誤差は 3 割)程度だということがわかった。系外惑星の探索方法として、現在、4 つの観測方式がある。1)視線測度法‥‥光のドップラー効果を利用し、主星の視線方向への運動速度変化を観測する。主星のそばにある重い惑星ほど発見しやすく、惑星の公転周期、軌道、そして質量の下限値がわかる。2)トランジット法‥‥惑星が主星の前を通り過ぎることによって生じる明るさの変化を観測する。惑星の半径を測定できる唯一の方法で、ほかの方法より公転周期を正確に決められる。3)マイクロレンズ法‥‥重力レンズ効果を利用した観測方法で、スノーライン付近にある惑星を発見しやすい。4)直接撮像法‥‥補償光学とコロナグラフを使って、惑星からの光を直接とらえる。現在の技術では、若い恒星のまわりで公転距離の大きなところを公転する巨大惑星が発見できる。2020 年現在、4000 を超える系外惑星が発見されている。そのなかには、主星に近いところを公転している巨大惑星「ホット・ジュピター」や、軌道離心率が大きい「エキセントリック・プラネット」、岩石惑星だが地球より大きな「スーパー・アース」など、太陽系とは異なる様相の惑星が多く含まされている。太陽系には無い逆行惑星も 10 個以上発見された。これらの観測事実から、太陽系は惑星系の標準ではないということが言える。私が天文少年時代に学んだ太陽系生成理論「京都モデル」を修正する必要が出てきている。代替理論の中には、京都モデルと同時代の「古在機構」を系外惑星に適用するというものもある。さらには、2 つ以上の巨大惑星がお互いを弾き飛ばすという「惑星散乱」が起きることも、コンピュータ・シミュレーションでわかってきた。これは、トンデモ本の古典『衝突する宇宙』や J ・ P ・ホーガンの SF『星を継ぐもの』のプロットに似ている。惑星の表面に液体の水が保持されうる「ハビタブル・プラネット」も、宇宙で比較的ありふれた存在のようだ。2 割程度の太陽型星と 5 割程度の赤色矮星がハビタブルゾーン付近に地球の 2 倍以下の半径の惑星をもつといわれている。かつて地球がスノーボールアースだったことを考えると、ほとんど凍りついているような系外惑星でも、一部に氷が溶けた部分があって、そこに生命がいる可能性は否定できない。今後の系外惑星探査の大きな流れとして、なるべく太陽系の近くにある惑星系の小さな惑星、とくに生命の痕跡まで探すことが可能なハビタブルプラネットたちを発見するという目標が掲げられている。恒星の 70%強は赤色矮星で、太陽系に近い恒星もほとんどは赤色矮星だ。これらの観測にも力が注がれている。もしかすると地球外生命体の視覚は、われわれとは異なる光の波長に反応するのかもしれない。2018 年 4 月に打ち上げられたトランジット系外惑星探索衛星「TESS」は、ケプラーより格段に広い視野をもち、全天を観測する。ただし、本物(惑星)と偽物(食連星)を判別する発見確認のための追加観測が不可欠になることから、成田さんらの研究チームは、多色同時撮像カメラの開発に取り組んだ。その 1 号機は、岡山の名産にちなんで MuSCAT と名付けられ、旧岡山天体物理観測所の 188cm 望遠鏡に取り付け、観測成果を上げている。海外に 2 号機が設置され、3 号機も間もなく稼動を始める。今後、生命の徴候を見つけるために、系外惑星の大気に観測が集まるという。NASA が 2021 年に打ち上げを計画しているジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(口径 6.5 メートル)、ロシアが 2020 年代半ばの打ち上げを検討している WSO-UV(口径 1.7 メートル)。そして、2020 年代半ば以降に登場する大型地上望遠鏡GMT(24.5 メートル)、E-ELT(口径 39 メートル)、TMT(口径 30 メートル)を使えば、系外惑星の酸素分子の検出が実現できるかもしれない。もし系外のハビタブルプラネットの大気中に酸素が発見されたら、それが非生物由来である可能性を検討しなくてはならない。クロロフィルという色素を使う酸素発生型光合成生物が示す反射特性「レッドエッジ」を調べる必要も出てくるだろう。成田さんは、「これからはじまる生命惑星探査の前に、さまざまな分野の知識を総動員して何が生命の兆候として観測可能か、そして非生物由来の偽物の兆候との判別方法を考えることが重要」(273 ページ)と締めくくる。最後に成田さんは、DNA とは異なる遺伝物質をもつ生命や、SF に登場するような岩石や金属の体をもつ生命などが存在する可能性を本書で取り扱わなかった背景について、「地球の生命の仕組みとかけ離れた生命を仮定すると、科学的な議論がしにくくなって」(278 ページ)しまうことを記している。科学者としての真摯な態度に感銘を受けた。
2020.06.05
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聖☆おにいさん 第18巻 ブッダ「ゼウスさん‥‥また浮気現場を星座にされちゃいますよ‥‥」著者・編者中村 光=著出版情報講談社出版年月2020年5月発行賽の河原の鬼は、仕事が辛すぎて胃に穴が開くほどだ。アナンダのお中元が、彼らを救う!? 一方、イエスへのお中元は‥‥松田ハイツに野良猫が迷い込んだ!? エジプトの女神バステトさんかと思いきや、その正体は‥‥ブッダが R2000 に連載中の『悟れ!アナンダ』が、ついに最終回を迎える!! だが、梵天さんは‥‥カンタカ、スレイプニル、グルファクシ、パガサス‥‥インスタに「神馬会」があるらしい。ブッダとイエスが初詣。そこで恵比寿さんと言霊談義に花が咲く。松山ケンイチ×染谷将太のドラマ『聖☆おにいさん 第III紀』は Netflix にて独占配信中。
2020.05.27
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天文の世界史 「宇宙」が時間も含む概念であることは、昔の宇宙観や世界観を知る上でも重要なポイントとなります。(216ページ)著者・編者廣瀬匠=著出版情報集英社インターナショナル出版年月2017年12月発行著者は天文学史家の廣瀬匠さん。「古代インドの宇宙観」として「丸い大地が象に支えられ、それが亀に支えられ、それがさらに蛇に支えられている」という図版があるが、インドの文献にこのような宇宙観の描写は存在しないということ。曜日の概念は、古代メソポタミア、古代エジプト、古代ギリシアの天文学や北欧神話が混ざってできたものであることなど、西洋を中心とした天文学史とは異なった視点から世界史を紐解いてゆく。21 世紀の今日、天体観測だけでなく、各方面で国際共同プロジェクトが勧められている。未来へ向けて一丸となって進むには、歴史の多様性を理解し合うことも大切だと感じる。まず、暦の歴史から見てゆく――古代の中国、インド、ヨーロッパでは、日時計の影が一番短くなる「冬至」が重要だった。クリスマス(キリストの誕生)の起源も冬至だったと考えられている。農業暦や、日食・月食の予報のために、国家は暦を管理した。カエサルが定めた太陽暦ユリウス暦は、1600 年もの間、ヨーロッパで使われ続けた。だが、累積する誤差から祝日のズレが問題となっていた。そこで、ローマ教皇グレゴリウス 13 世が改暦を命じ、1582 年からグレゴリオ暦へ移行した。ただし、プロテスタント派はこれに抵抗を示し、イギリスがグレゴリオ暦を導入したのは、1 世紀以上経った 1752 年のことである。わが国は、奈良時代から江戸時代まで中国から輸入した暦法を利用していた。1685 年になってはじめて、グレゴリオ暦を参考とした太陰太陽暦である貞享暦(旧暦)が作成される。明治維新後、西洋にならって月給制にしたところ、明治 6 年には閏月が挿入されるため給料を 13 回払わなければならず、財政難の中、大隈重信がグレゴリオ暦へ移行することで給料の支払いを減らした。イスラム教圏のヒジュラ暦は太陰暦で、コーランの教えに基づき閏月を入れない。イスラム教徒にとっては古代と同じように月の満ち欠けが重要で、多くが国旗に三日月を描いている。曜日の並びは、古代メソポタミア、古代エジプト、古代ギリシアの天文学(占星術)が合わさって、中世ヨーロッパで定まった。かつて、1週間は土曜日から始まり、金曜日で終わっていた。その後、太陽信仰が加わり、1週間の始まりが日曜日にシフトした。曜日は、真言密教とともに『宿曜経』(すくようきょう)として空海が日本へ持ち帰った。平安時代は陰陽師とともに使われていたが、鎌倉時代以降は衰退し、ふたたび使われるようになるのは明治維新後である。古代メソポタミア人は、黄道に 12 個の星座を設け、惑星の位置などを記録する目印としました。12 個なのは、おそらく 1 年が 12 ヵ月であることと対応させたのだと考えられている。紀元前 500 年ごろ、「黄道12 宮」という概念が発明された。黄道を機械的に 12等分したものだが、これにより、春分点が黄道の中を徐々に移動する「歳差」と呼ばれる現象が発見された。プロレマイオスは『アルマゲスト』に 48 個の星座と 1022 個の恒星を一覧として掲げている。これがイスラム文化圏に入ると、星座に絵が描かれるようになる。ペルシアの天文学者アッ=スーフィー(903~986)は『アルマゲスト』の表をさらに詳しくした『星座の書』を著した。星座の境界線が決まったのは 20 世紀に入ってからで、1928 年の国際天文学連合(IAU)総会の場であった。このとき、88 個の星座が定められた。彗星の研究で知られるエドモンド・ハレーは、いくつかの恒星が、歳差とは別に「固有運動」をしていることを発見した。恒星の名前は、つい最近まで定められていなかった。2015 年、IAU が系外惑星と恒星の名前を募集したところ、シリウスのようによく知られた名前が非公認だというのは変な話ということになり、翌年、代表的な恒星の固有名が定められた。西洋では、天空における予報可能な現象が天体現象であるとして、彗星や流星などの突発的な天文現象は気象現象だと、長い間考えられていた。1577 年、ティコ・ブラーエは、自ら発見した彗星の観測を続け、それが月より遠いところにあること、惑星の軌道を横切っていることを突き止めた。その後、彗星の研究は進み、それが天体であることが認められた。1910 年にハレー彗星が回帰したときは、尾の中を地球が通過するほどまでに接近した。フランスの天文普及家カミーユ・フラマリオンは、「尾に含まれる有毒ガスによって地上の生物が死滅する」という説を発表し、世の中はパニックに陥る。いわゆる“有識者”が世間の関心を呼ぼうとメディアを通じてセンセーショナルな発表を行うのは、いまも昔も変わらない。古代エジプトでは、天の川を牛乳と見なし、牛の女神と関連づけて崇拝していた。アリストテレスは、天の川は天体でなく、月より下にある大気の一部だと考えた。イギリス人のトーマス・ライトは、恒星はどこまでも同じように散らばっているのではなく、全体としては円盤のように集まっているのではないかと主張した。ウィリアム・ハーシェルは、「明るい星ほど地球に近く、暗い星ほど遠い所にある」と仮定して観測を続け、1785 年、恒星の分布を立体的にとらえた「宇宙の地図」を描いた。こうして天の川銀河の姿が明らかになってきた。1912 年、リーヴィットはケフェイド型変光星には変光周期が長い星ほど明るいという関係があることを突き止め、遠くの恒星までの距離を算出できるようになった。1932 年、銀河系内の恒星を丹念に調べていたオールトは、その動きを説明するには見えている恒星およびガスや塵からの重力だけでは足りないことに気づき、これが暗黒物質(ダークマター)と呼ばれるようになる。世界創造神話の典型的なパターンは、巨大な人間そのものが世界を形作るというものだ。古代中国の盤古や、古代インドのプルシャ、古代エジプトのヌートやゲブという神々がそれだ。古代ギリシアのタレスは、神話を使わずに世界の成り立ちと形を説明しようとしたが、アリストテレスは宇宙の始まりというものを想定しなかった。9 世紀ごろから『アルマゲスト』を受容したイスラム文化圏では、宇宙の構造を解明しようとする姿勢が目立つようになってきた。一方、『アルマゲスト』とは別に古代ギリシアの影響を受けたインドでは、惑星までの距離や世界が創造されたときについて具体的な数値を記述したり、計算に使ったりしていた。それでいながら、「究極の真実」は天文学では知覚しようがないとして、ヒンドゥー教との間に対立が起きないようにしてきた。17 世紀に入ると、アイルランドのアッシャー大司教が天地創造は紀元前 4004 年だと計算した。ビュフォンの計算では、地球の年齢は約 7 万 5OO0 歳となった。さらに 20 世紀にはハッブル定数が計算され、宇宙の年齢が 140 億年前後という気の遠くなるような過去であることが分かってきている。さて、「古代インドの宇宙観」として「丸い大地が象に支えられ、それが亀に支えられ、それがさらに蛇に支えられている」という図版があるが、じつはインドの文献にこのような宇宙観の描写は存在しない。西洋科学文明主義に感化された我々は、他の文明を不当に低く評価しているかもしれない。21 世紀の今日、国際連携による観測プロジェクトが増えてきている。未来へ向けて一丸となって進むには、そうした過去の多様性を理解し合うことも大切になることだろう。
2020.04.08
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「みんなの意見」は案外正しい この日、市場が賢い判断を下せたのは、賢い集団の特徴である4つの要件が満たされていたからだ。(34ページ)著者・編者ジェームズ・スロウィッキー=著出版情報KADOKAWA出版年月2009年11月発行「みんなの意見」は案外正しい――本書は、集合知の「正しさ」を、さまざまな事例を取り上げて解説する。ここで注意しなければならないのは、集合知が成立する前提条件として、「意見の多様性(それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、独立性(他者の考えに左右されない)、分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、集約性(個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムの存在)」(31 ページ)の 4 つが必要だということだ。科学、企業、市場は、時にはバブルのような暴走を生じはするものの、おおむね、みんなの意見にしたがって最善手を選択する。民主主義は、専門家の手に委ねることを求める声が大きくなることはあるけれど、それでも、多様な考えが見られる集団に意思決定を託すことによって、一義的に決められる独善的な正義を排除しようとするのは、集団の知恵であり叡智である。安っぽい反骨精神や確証に乏しいスクープ記事に惑わされることなく、私たちひとりひとりが、自身で正しいと考えたことを、正しいと感じたときに実行することで、多様性を維持し、社会を正しい方向へ導けるだろう。スロウィッキーさんは、「適切な状況下では、集団はきわめて優れた知力を発揮するし、それは往々にして集団の中でいちばん優秀な個人の知力よりも優れている」(10 ページ)という。1986 年のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故の直後、サイオコール社の株が暴落した。同社が製造していた固体燃料ブースターが事故原因と確定したのは、事故から半年後のこと。当時は個人のネット取引も無かったし、多様性のある投資家たちが正答に辿り着いた教科書的事例となっている。当時の投資家集団には前述の 4 つの前提条件が揃っていた。一方で、「暴動や株式バブルを考えてみればすぐわかると思うが、個人の判断を積み重ねることではまったく合理性のない意見がつくられることがある」(17 ページ)と指摘し、「集団が賢くあるために欠かせない多様性と独立性という条件がないと生じる事態を端的に示す」としている。資金調達先が多様であればあるほど、ものすごく過激で、ありえなさそうなアイディアに賭ける人が出てくる蓋然性は高く、事業が成功する可能性が高まる。似た者同士の集団だと、それぞれが持ち込む新しい情報がどんどん減ってしまい、お互いから学べることが少なくなる。組織に新しいメンバーを入れることは、その人に経験も能力も欠けていても、より優れた集団を生み出す力になるという。専門家は集合知より正しいか――スロウィッキーさんは、「専門知識とは『驚くほど狭隘』」(58 ページ)と指摘し、「専門家はまた、自分の見解がどれくらい正しいか推し測るのが、驚くほど下手だ。彼らも素人と同じように自分の正しさを過大評価する傾向にあることがわかっている」(60 ページ)と厳しい。本書に何度も登場する心理学者ミルグラムの有名な実験で、閉鎖的な状況では集団は権威者の指示に従うことが確認された。権力者や専門家の意見に左右されるような状況では、いくら集団が大きかろうとも集合知は形成されない。SNS でも留意しておきたい。スロウィッキーさんは、「多様性には、集団に新しい視点を加えるだけでなく、集団のメンバーが自分の本当の考えを言いやすくするメリットもある」(67 ページ)と指摘する。一方で、均質な集団は多様な集団よりもまとまりが強く、メンバーの集団への依存度が増し、外部の意見から隔絶されてしまう。その結果、集団の意見は正しいに違いないと思い込むようになるとも指摘する。スロウィッキーさんは、「独立性は合理性や中立性とは違う」(70 ページ)という点を強調する。どんなに偏っていて非合理的でも、その意見が独立していれば集団は愚かにならないという。みんなの意見が正しくなる鍵は、人々に周りの意見に耳を貸さないよう説得できるかにある。次に、Linux を例に、分散性を考える。Windows はマイクロソフトという会社が集中開発している OS だが、Linux はソースコードを開示して多くの技術者が開発に参加している。スロウィッキーさんは、「利己的で、独立した人々が同じ課題に対し分散したアプローチを採ると、トップダウン式のアプローチよりも集合的なソリューションが優れている確率が高い」(99 ページ)としている。分散性がすばらしいのは、独立性と専門性を奨励する一方で、人々が自らの活動を調整し、難しい課題を解決する余地も与えてくれる点にある。逆に分散性が抱える決定的な問題は、システムの一部が発見した貴重な情報が、必ずしもシステム全体に伝わらない点にある。貴重な情報がまったく伝わらず、有効に活用されない危険性がある。選択肢が一見無限にあるようでも、人々はお互いの違いを調整し、ある比率に意見が収斂する。これを「シェリングポイント(暗黙の調整)」と呼ぶ。シェリングポイントの存在は、中央権力からの指示はもちろん、お互いの意思疎通すらなくても、人々が集合的なメリットのある結論に到達できる可能性を示している。また、人々が生きている日常世界、個人が体感しているリアリティは驚くほど似通っていて、それゆえに調整が成功しやすいと考えられる。第2部では、さまざまな事例を通じて、集合知が成果を収める場合と、そうでない場合についてケーススタディしてゆく。まず「渋滞」について――高速道路では、ドライバーという群集がいくら賢くても、渋滞は避けられない。これはドライバーの多様性に起因する。多様性が調整の問題を解決しにくくしているのだ。次に「科学」について――ロウィッキーさんは、「一般人の想像の中では、科学というのは孤独な天才が 1 人で研究をしている世界だが、今日の科学的研究はいろいろな意味できわめて集合的な営み」(205 ページ)と断ったうえで、科学者は論文発表などを通じて情報共有することで、あらたな問題を解決していっているという。しかし、「ほとんどの科学論文は誰にも読まれず、ごくごく少数の論文だけが多くの人に読まれる」(218 ページ)ため、課題解決に失敗することも多い。「企業」はどうだろうか――「市場が調整機能を充分に果たせれば、世界中のヒトやモノの動きを調整する大きな企業の存在意義はなくなる」(249 ページ)。しかし現実には、企業は必要である。フリードリッヒ・ハイエクは暗黙知経験からしか生まれない知識が市場の効率性に必要不可欠だと喝破した。暗黙知は組織の効率性にも同じくらい必要不可欠だ。成功が絶対に保証されている意思決定システムなどない。そして、不確実な未来を考えるとき、経営陣みんなの意見のほうがいちばん賢い経営者個人の判断を打ち負かす。ロウィッキーさんは「市場」の分析も行う――「株式市場の成功は、株価の上昇によって測られるのではない。適正な株価であるかどうかで測られる」(281 ページ)と前置きした上で、市場の失敗であるバブルの発生と崩壊を考察する。バブルの発生も崩壊もみんなの意見が間違った事例としては典型的だ。バブルの場合、集団を賢くする条件である自立性、多様性、独自の判断がすべてなくなる。それは、暴徒の行動と非常に似ているという。つまり、群集心理を生み出すまでいかなくても、情報量の多さは必ずしもよい結果に結びつかないのだ。最後に「民主主義」について考える――政治的判断が「正しい」か「誤っている」か判断する基準がないため、結果を論じるのは難しい。民主主義が機能不全に陥っている証拠が見つかると、必ず少数のエリートからなる専門家集団が意思決定をするほうがよい、という主張が出てくる。しかし、専門家全員が一つのソリューションに同意することはないのだ。訳者あとがきで、小高尚子さんは「私たちが現実の政治で見る民主主義は完璧とは程遠い仕組みではあるけれど、多様な考えが見られる集団に意思決定を託すことによって、一義的に決められる独善的な“正義”を排除しようとするのは、やはり集団の知恵、叡智なんだと思う」(324 ページ)と記している。
2020.04.01
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今日から使えるフーリエ変換 普及版 実はフーリエ変換はある関数とcos(あるいはsin)関数との相関の程度を示す相関関数そのものなのである。(207ページ)著者・編者三谷政昭=著出版情報講談社出版年月2019年4月発行本書は、2004 年 12 月に発刊された『今日から使えるフーリエ変換』の普及版である。ディジタル信号処理工学と教育工学がご専門の三谷政昭の著作で、冒頭で、「AI がどんなに進化しようとも、フーリエ変換の重要性は 14 年前からまったく下がっていない」「ますます増大している」(4 ページ)と述べているとおり、ディープラーニングの流行で、フーリエ変換のニーズが増えていることは実感する。技術者ならご存じの通り、フーリエ変換とは「あるひとつの複雑な波を、わかりやすいいくつかの単純な波に分解すること」(6 ページ)だ。もう少し数学的に言えば、ある信号 x(t)を cos 波と sin 波の重ね合わせとして考えるものである。変換式自体は単純で美しく、その応用範囲はとても広い――。本書では、まず、ブレンドしたワインを例に、フーリエ変換の概念を説明する。続いて、フーリエ変換および逆変換の積分関数を、整数に置き換えて、四則演算だけで説明する。これは目から鱗であった。デジタル信号も扱えるのだから、整数だけで式の説明ができてしまう。フーリエ変換は、複数の信号値を 1 個の周波数スペクトルのデータに置き換えるわけだから、データの圧縮にも使える。実際、静止画の JPEG、動画の MPEG、音声の MP3 といった圧縮方式は、フーリエ変換を利用している。ここから、複素平面(ガウス平面)を使ったフーリエ変換の解説に入っていくわけだが、まずは、フーリエ変換の積分値が四則演算だけで求められることを紹介する。このことから、簡単な電子回路を使って積分計算の肩代わりをさせるデジタル・フーリエ変換が実装できることが分かる。実際、多くの IoT 機器にデジタル・フーリエ変換回路が実装されている。グラフィック・イコライザやスマホのノイズフィルターもフーリエ変換の応用だ。また、フーリエ変換が、ある関数と cos(あるいは sin)関数との相関の程度を示す相関関数だということを紹介している。統計・検定の世界でもフーリエ変換が活躍する。そのほか、機械的振動や電気信号などの物理系信号の解析、ロボット制御、経済予測なども、フーリエ変換を使うことで問題解決への糸口が見つかる可能性がある。非線形とは、アナログ信号を扱う中で音などの信号波形がもとの信号波形と等しくない状態をいい、オーディオでは波形の形状がくずれて再現されるため、音質が変わってしまうなどの劣化要因となる。インパルス応答出力を知ることで、システム解析が可能となる。これは私たちが日常よく用いているシステム解析法でもある。たとえば、茶碗の縁をコツンと叩くと聞こえる音(いわば、茶碗のインパルス応答)から、それが割れていないかどうかを調べたり、医者が聴診器で音を聞きながら患者の胸をトントンと叩いて診察するのも、胸部のインパルス応答を見ているわけである。線形システムの周波数特性すなわちシステム関数を調べたいときは大きく 3 つの方法が考えられる。(1)インパルス応答を測定しそれをフーリエ変換する方法(2)正弦波を入力信号とする方法(3)白色雑音を用いる方法
2020.03.24
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事実はなぜ人の意見を変えられないのか 私の頭の中には、ツイッターは「インターネットの扁桃体」ではないかという考えが前々からあった。メッセージの短さ、伝わる速さや範囲の広さなど、扁桃体の役割を果たすのに必要な材料がすべて揃っているからだ。(61ページ)著者・編者ターリ・シャーロット=著出版情報白揚社出版年月2019年8月発行2015 年 9 月、テレビで共和党候補者ベン・カーソンとドナルド・トランプの討論会を見ていた著者ターリ・シャーロットさんは、カーソンが小児神経外科医という専門家の立場から子どものワクチン接種と自閉症の関連性はないと説明するのに対し、不動産王トランプは聴衆の本能的な不安を煽って両者に関係があることを強調した。神経科学者であるシャーロットさんも、思わず、トランプの主張になびいてしまうほどだったという。その後、トランプ氏は大統領の座へ駆け上ってゆく。カーソンは事実を述べたにも関わらず、なぜ人の意見を変えられなかったのか――。他人を変えようとする試みは、脳の働きを決定づける中心的要素と一致していなければ成功しない(250 ページ)――本書は、さまざまな調査や実験を紹介しながら、「事実」を与えた際の「脳の働き」を分かりやすく説いている。事実を論理的に説明しているのになぜ納得してくれないのか?――そう感じたら、本書を読むことをおすすめする。シャーロットさんは、「言い争いや議論になると、『私が正しくてあなたが間違っている』ことを示す攻撃材料を突きつけたくなるのが、人間の本能」(19 ページ)と指摘する。自分の意見を否定するような情報を提供されると、私たちはまったく新しい反論を思いつき、さらに頑なになることもある。これを「ブーメラン効果」という。インターネットから大量の情報を受け取れるようになったのは最近20 年ほどのことであり、脳は、必ずしもそれを有効活用できているとは限らない。シャーロットさんによれば、「情報や論理を優先したアプローチは、意欲、恐怖、希望、欲望など、私たち人間の中核にあるものを蔑ろにしている」(21 ページ)という。自分の意見を裏づけるデータばかり求めてしまう傾向は、「確証バイアス」と呼ばれている。人間がもつバイアスのなかで、これより強いものはあまりない。そして、推論能力に長けていて数量に関するデータの扱いを得意とする分析的な思考の持ち主ほど、情報を積極的に歪めやすいことが判明しているという。たとえば、予防接種と自閉症を結びつけたウェイクフィールドの研究は多くの研究者によって否定されたにも関わらず、多くの人はいまだに副作用の疑惑を恐れ、わが子の MMR ワクチン接種を拒んでいる。アメリカにおける 2014 年の麻疹患者報告数は 644 例で、2013 年の 3 倍に増えている。新しいデータが、すでに確立した信念とかけ離れるほど、そのデータの信頼性は低く見積もられるのだ。この問題を解決するため、カリフォルニア大学ロサンゼルス高とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の心理学者たちは、MMR ワクチンは自閉症を引き起こさないと説得する代わりに、同ワクチンが死に至る可能性のある病気を防ぐという事実を強調することにした。両親にとっても医者にとっても、優先すべきは子供の健康だ。その結果、接種率が向上した。反対意見をもつ人々は頭から拒絶するか、必死になって反証を探そうとするだろう。変化をうまく導くには、ゆえに共通の動機を見出せばいい。人間の脳の大部分は、感情を喚起する出来事を処理し、何かしらの反応をすべく設計されている。感情に訴えるようなことが起きると、扁桃体(興奮の伝達に重要な脳の領域)の働きが活発になる。扁桃体は脳の他の部分に「警告シグナル」を送り、そのとき行っていた活動をすぐさま変化させるという。さらに、感情は聞き手と話し手の生理的状態をも結びつける。だからこそ聞き手は、入ってくる情報を処理するとき、話し手と同じような捉え方をしがちなのだという。私たちの脳が感情を素早く伝達し合うようにできているのは、周囲の環境に関する重要な情報を、感情が知らせてくれることがあるからだ。シャーロットさんによれば、「ツイッターを利用することは、日常生活において最も感情を刺激する行為の一つ」(61 ページ)という。単にウェブを閲覧しているときに比べて、ツイートやリツイートをする行為は、感情の高まりを示す脳活動を 75%上昇させるという。シャーロットさんは、ツイッターが「インターネットの扁桃体」ではないかと指摘する。人間同士の脳の構造や機能が似ている大きな利点は、意見の伝達がスムーズになることで、そのおかげで私たちはたった 1 人で世間を渡る必要がなくなる。アイデアを伝える最も効果的な方法の一つは、気持ちを共有することだ。感情はとりわけ伝染しやすいため、自分の気持ちを表現することによって他人の心の状態を変容させ、それによって目の前にいる人の視点を自分の視点に近づけやすくする。ニューヨーク州の研究チームは、病院の集中治療室(ICU)での手洗いの順守率を向上させるために、手を洗うたび電子掲示板の数値が上がり、「よくできました!」など好意的なコメントが個別に表示されるようにしたところ、なんと 40%弱から 90%にまで向上したという。スタンフォード大学の研究チームは、クラウドファンディングを分析したところ、ネガティブな写真よりも、ポジティブな感情を喚起する写真が依頼文に添えられている方が資金提供を受けやすいことがわかった。私たちは自分のプラスになると信じる人間、もの、出来事に接近し、マイナスになると信じる人間、もの、出来事を回避する「接近と回避の法則」が知られている。誰かにすぐさま行動してほしいと望むなら、罰を与えると脅して苦痛を案じさせるよりも、すぐに手に入るようなご褒美を約束して喜びを予期させる方がうまくいくようだ。映画監督のマックGは、飛行機による死亡事故が交通事故よりはるかに少ない事実を知っていながら、どうしてもシドニーへ向かうプライベートジェットに乗ることができなかった。恐怖は感情であり、感情は事実によって簡単に手なずけられるものではないのだ。マックGは、この時の経験を回想し、自分が運転する自動車と違って、飛行機はコントロールができないから怖いと語った。皮肉に感じるかもしれないが、他人の行動を変えたければ、コントロール感を与えるべきだ。主体性を奪われたら、人は怒り、失望し、抵抗するだろう。社会に影響を与えることができるという感覚が、意欲や順守率を高めるのだ。自分で銘柄を選び、頻繁に株取引をする投資家は、損をする可能性が平均して高いという調査結果が山のようにある。しかし、結果がどうあれ、人間は選択を好む。シャーロットさんは、「少しばかりの責任を与え、選択肢があることを思い出させるだけで、人の幸福度は高まる」(121 ページ)と指摘する。かりに失敗する可能性があるとしても、子どもや部下に選択権を与えようではないか。人は、勝つ確率が高いほど人は結果を知りたくなるが、負ける確率が高いほど知りたがらなかった。また、市場が上昇すると人々はひっきりなしに証券サイトにログインし、下降すると株価チェックを避ける。他のすべての条件が同じならば、人は希望をもたらす情報を求め、失意を招く情報を回避する傾向をもつ。予期せぬ報酬が手に入ったとき、脳内でドーパミンを放出するニューロンがあるが、情報が得られそうなときや、思いがけない情報が得られたときにも放出されることもわかった。ストレス下ではリラックスしているときよりずっと、ネガティブな情報を取り入れる傾向が強いということがわかった。つまり、ストレスが強いほど、予期せぬ悪い知らせを聞いて自分の見解を変える傾向が強まったのだ(良い知らせが人の信念を変える傾向は、ストレス下でも変わらなかった)。人間の脳は、社会との関わりから知識を獲得するように設計されている。最も価値ある商品の見分け方から、ミカンの皮の剥き方に至るまで、ほぼすべての事柄を他人の行動を観察することによって学んでいるという。(185 ページ)ある調査によれば、レストランや書籍に対し、ネット上で「最初に高評価のレビューを掲載すると、それに続く好意的なレビューの数は通常より 32%多くなり、実験終了時の総合評価はなんと 25%も上昇した」(196 ページ)という。また、実験から、「ほかの人たちの回答を知らされると、参加者の扁桃体が活性化することが判明」(199 ページ)した。活性化した扁桃体は、すぐ隣の領域で記憶形成に重要な役割を果たしている海馬を刺激し、記憶にも変化が生じたという。このように、人間の脳は常に他人から学ぶよう設定されている。シャーロットさんは、「他人の選択や行動を自らの手引きにしようとするときは、注意が必要」「変化をもたらすにはたった 1 人の人間で事足りる」(207 ページ)と指摘する。これらのことから、ビッグデータへの疑問が出てくる。「群衆は賢い」という認識が普及したのは、ジェームズ・スロウィッキーの著書『「みんなの意見」は案外正しい』(小高尚子訳 KADOKAWA)が注目された近年である。本書では、「群衆は賢い」ためには、群衆を構成する個人が独立して思考していることを前提としている。つまり、他社の影響を受けているような集団では、「最適ではない選択、おかしな信念、好機の逸失につながっていく」(228 ページ)がある。ビッグデータを利用するときは、こうした前提条件の確認が必須だ。シャーロットさんは、「人々の意見が相互依存やバイアスに侵されている可能性を見積もり、それに従ってどこに重きを置くかを考えることが必要」(234 ページ)と説く。最後まで読んで、ただ事実を論理的に説明するだけでは他人(他人の脳)が納得しないことが理解できた。じつは、本書自体が調査家実験の結果という「事実」だけでなく、マックGのような有名人や、Twitter のような有名ツールを引き合いに、読者の扁桃体を刺激する構成になっている。本書の真似をすれば、もう少し説得力のあるプレゼンができるかもしれない。巻末で、白揚社編集部は、「事実で人の考えを変えられないということは、裏を返せば、事実でないもので人をコントロールできることでもあります。近年の世界的な傾向として、本来であれば社会を良い方向に導くべき各分野の権力者たちが、こぞって不都合な事実を隠蔽する一方で、マスメディアやインターネットを利用して大衆の感情をうまく誘導しようと画策している印象を強く受けます。そして私たちの多くは、まんまとその戦略に乗せられてしまっているようです」(262 ページ)と警鐘を鳴らす。
2020.03.02
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時間は存在しない わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。(170ページ)著者・編者カルロ・ロヴェッリ=著出版情報NHK出版出版年月2019年8月発行『時間は存在しない』というのは衝撃的なタイトルだ。本書はトンデモ本ではなく、相対性理論と量子力学の融合を試みる「ループ量子重力理論」の提唱者の一人で、イタリアの理論物理学者のカルロ・ロヴェッリさんが、一般読者向けにわかりやすく書き下ろした「時間」の概念を説いた啓蒙書である。高速で運動すると時間が遅れるという特殊相対性理論、強い重力場では時間が遅れるという一般相対性理論、そして、量子論において時間の最小単位となるプランク時間――これまでの物理学で見えてきた「時間」という存在を振り返りつつ、時間の流れが過去から未来へ一方通行であるのはエントロピーが増大するためだと強調する。ロヴェッリさんは、ループ量子重力理論を考える中で、エントロピーが増大して見えるのは、私たち自身と私たちが構築してきた物理学が、たまたまそういう宇宙の“一部”を見ているからだと主張する――これは新しい知見だ。過去の痕跡があるのに未来の痕跡が存在しないのは、過去はエントロピーが低かったために起きる。エネルギーが熱へ変換するときに痕跡を残すのだという。こうした外的な痕跡を、わたしたちの脳が処理するときに「時間」として感じる。記憶と予測の過程が組み合わさったとき、わたしたちは時間を時間と感じ、自分を自分だと感じるという。そして、時間は、わたしたちの苦しみの元となり、死の恐怖を生み出す。アニメ『トップをねらえ!』最終回で、「もう同じ時は過ごせないのよ!」と叫ぶシーンがある。大人になり親から独立すると、もう親とは同じ時間を過ごせなくなる。ネットワークを介して離れたところの時計は同じ時間を刻み、歴史的な痕跡も映像で共有できるというのに、時間は共有できなくなる。そして、自分の子供もいずれ‥‥。難解で冗長な部分もあるが、巻末の「日本語版解説」を読んで振り返ることで、ロヴェッリさんが言わんとしていることが整理されると思う。『時間は存在しない』というタイトルは、「この世界の時間構造がわたしたちの素朴なイメージとは異なるということ」(195 ページ)を意味している。天文学や物理学は、現象が「時間の順序に従って」どのように起きるのかを理解しようとしてきた。しかし、相対性理論の結論として、観測系によって時間の進み方が変わることが予言され、その効果が観測されるようになった。時間とは何であろうか――ロヴェッリさんは、クラウジウスが発表したエントロピーの法則を引き合いに、「過去のエントロピーのほうが低い」ということが、一方通行にしか進まない時間の特性だという。そして、ボルツマンの研究により、「過去と未来が違うのは、ひとえにこの世界を見ているわたしたち自身の視界が曖昧だから」(40 ページ)ということを提示する。たとえば、地球から約 4 光年離れた惑星プロキシマ・ケンタウリ b で何をしているかを問うのは「意味がない」という。ちょうど、ヴェネツィアにいながら、「ここ、北京には何がありますか」と尋ねるようなもので、そんな問いにはまったく意味がないのだ。ロヴェッリさんは、「わたしたちの『現在』は、宇宙全体には広がらない。『現在』は、自分たちを囲む泡のようなもの」(49 ページ)と指摘する。時間の誤差を人間が識別できる 10 分の 1秒くらいにすると、この泡の大きさは、せいぜい地球の大きさに過ぎない。そして、ロヴェッリさんは、「何らかの形態の宇宙が『今』存在していて、時間の経過とともに変化しているという見方自体が破綻している」(60 ページ)という事実を突きつける。次に量子力学へ目を向ける――。「量子」とは基本的な粒のことであって、あらゆる現象に「最小の規模」が存在することを意味している。時間には最小幅が存在し、それは「プランク時間」と呼ばれている。つまり、プランク時間より小さいところでは、時間の概念は存在しない。もっとも基本的な意味での「時」すら存在しないのだ。こうして、「時間」はひとつのものでなく、方向もなく、事物と切っても切り離せず、「今」もなく、連続でもないものとなった。ここでロヴェッリさんは、事物は存在せず「起きる」ものだと説く。つまり、世界は不変のものではなく、変化している――「の世界は物ではなく、出来事の集まりなのである」(98 ページ)と主張する。出来事同士の関係には時間的な構造があって、それらの出来事は断じて幻ではない。そこに「時間」を持ち込む必要はなく、互いに対してどのように変化するのかがわかりさえすればよい――これが、ロヴェッリさんが研究している「ループ量子重力理論」である。この理論には時間という変数がない。そして、物質や量子、重力場などを全て同じレベルで記述する。世界を首尾一貫した形で表そうというのではなく、あくまで、相互の関係を記述するのが目的だという。エネルギーと時間には密接なつながり(共役)がある。宇宙はエントロピーが低いところから高いところへ向かっており、これが時間として認識される。ロヴェッリさんは、宇宙のエントロピーが最初は低く、そのため時間の矢が存在するのは、おそらく宇宙そのものに原因があってのことではなく、わたしたちや、わたしたちが構築した物理学に原因があると主張する。「わたしたちはさまざまな宇宙の性質のなかのきわめて特殊な部分集合を識別するようにできていて、そのせいで時間が方向づけられているのだ」(146 ページ)。過去の痕跡があるのに未来の痕跡が存在しないのは、過去はエントロピーが低かったために起きる。エネルギーが熱へ変換するときに痕跡を残すのだ。ロヴェッリさんは、わたしたちが感じる「時間」は、自分の内部にある感覚だという。「記憶と呼ばれるこの広がりとわたしたちの連続的な予測の過程が組み合わさったとき、わたしたちは時間を時間と感じ、自分を自分だと感じる」(184 ページ)。アウグスティヌスやカント、フッサール、ハイデッガーが、それについて述べている事例を紹介する。そして、時間は、わたしたちの苦しみの元となり、死の恐怖を生み出す。「わたしたちは過去や未来に苦しむのではなく、今この場所で、記憶のなかで、予測のなかで苦しむ。時さえなかったなら、と心から思い、時間の経過に耐える」(185 ページ)。だが、ロヴェッリさんは前向きだ。この苦痛を感じることで、人間を人間たらしめている。
2020.01.20
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