ルナ・ワールド

ルナ・ワールド

さとるクン



智と電話を切った直後だった。彼とは中学と高校の途中まで一緒で、一回高校卒業間近の頃に、友達何人かと連れ立って、そばまで来たからと言って喫茶店で会いはしたが、その後は全く連絡が途絶えていて、大学はもう卒業したのか、就職したのか、今はどこに住んでいるのかなど、何もわからなかった。ところが、ひょんなことがきっかけで、彼もアメリカのサンフランシスコにいることを知ったのだった。

私は6歳から13歳までフランスのアメリカン・スクールに通っていて、大学では英文学専攻だったから英語の実力はかなりあった。しかし、この実力を本場で試してみたいと思い、大学卒業後、アメリカの大学に学士編入することにした。着いてすぐは誰も知り合いがいないし、土地勘がないし、かなり淋しい思いをしていた。新入生や留学生のための大学主催のパーティーなどもあったが、多くは大学院生ばかりで、大学を卒業したのに、また大学を途中からやり直すということの意義をわかってくれず、不思議そうな(人によっては蔑視するような)視線で見られるのが辛く、知り合いになる人がいても、最初は仕方がないのだけれども、どうしても表面的な関係にしかなれいのが物足りなかった。そんな時に、日本では出会い系サイトと呼ばれ、アメリカではインターネット・デートと呼ばれるものに手を伸ばしてみた。

プロフィールを載せるのはタダ。ただ、目当ての人にメールを送りたいと思った時には会費を払わなければならない。基本的に、女の子はプロフィールを載せるだけで、待ってれば、連絡は向こうからやってくる。それで知り合ったのが則夫くんだった。こういうものには必ず犯罪の臭いがつきまとうもので、完全に安心はできないものだが則夫くんはそういう猜疑心をあまり持ち合わせていないようだった。私のほうも何度もメールをやり取りしてる内にこの人は割と完璧主義者で、ちょっと気難しい所があるかも知れないけど、多分信用していい人だろうな、というぐらいの見当はついていた。私はどちらかと言えば気軽に、別に本当に付き合う相手を探していたわけじゃなくて、プロフィールを載せていただけなのだけれども、彼の方は私よりは真面目にとらえているようだった。会う前から、長く付き合える可能性は薄いと思っていたが、何回か一緒に出かけて友達関係には落ち着けるかな、という淡い期待を抱いていた。そんなのは微妙で難しいとも知っていながら。

初めてのデートは街中でも有名な超一流レストランだった。彼が家まで迎えに来てくれて、街中に向かう車の中でいろんな話をした(しようとした、の方が正しいかも)。その時、則夫くんが、「実は僕達、共通の知人がいるんだよ」と、切り出してきた。彼の行った大学はあまり大きくない所で、私の卒業した高校からも何人か行ってるので、共通の知り合いはいるだろうとは思っていたが、こんなに早く話題になるとは思ってなったし、誰であるかは全く予想できなかった。「へー、奇遇だね。誰?」と聞いたら、「サトル」と返してきた。「えー!」と、私はつい素っとん狂な声を出してしまった。智と言えば、お互い割と好印象を持ちつつも結局あまり話をすることもなく終わってしまった人だった。それに実は、「この人とはいつか何かあるはずなんだけど。」という根拠のない予感があったのに、結局何もないまま終わってしまった人で、あの感覚は一体なんだったのか、と思ったりもした相手だった。はっきり言って、今目の前にいる則夫くんのことよりも智のことが聞きたかった。でも、たとえ友達のことであっても初めて会う男の子に、しかもデートの最中に他の男のことを聞くのは違反だよな、と思ったので、二人がどうやって知り合ったのかとか、どれぐらい話すのかとか、なるべく二人の関係に絞って話を聞いた。実は、今付き合ってる人がいるのかどうかも知りたくてたまらなかったのに自分の下心に後ろめたさを感じて、聞けなかった。

則夫くんとのデートはがんばっていろいろ計画してくれたのがよくわかって、好意は嬉しかったけど、私にとってははっきり言って気張りすぎ。初々しいがんばりがとてもかわいいし、人の好さもよくわかるのだけれども、彼の分まで私がリラックスしてあげなきゃ、と思っちゃう始末。そんなんじゃ、うまくいくわけないよねー。でも、まぁ、始めてあったわけだし、彼もすごく緊張してたんだろうから、もう一回ぐらいはデートしましょう、ぐらいには思ってた。

で、もう一回会った時、別れ際に「これからどうする?これで最後にしようか?それともまた一緒に出かけようか?」と、なんとも単刀直入に聞いてくるので、「うーん。私はこれから友達として付き合たいんだけど」と、やっぱり単刀直入に答えたら、そっちもあまり私に惹かれてなかったくせに結構ショックを受けてたのがわかった。で、建前上は私が振ったことになってしまったらしい。すごくいい人なんだから、誰かいい人がいたら紹介しよう、と思ってはいたが知ってる人の中では一人しか思い当たる人がいなかった。

則夫くんと最後に会ってから二週間ぐらいして、もういいよね、と思って智に連絡をつけたら、懐かしいじゃん、と言ってすぐ返事が来た。新しい土地で新しい人たちに囲まれている環境で、昔の私を知っている人がいるのはすごく嬉しかった。しかも、信用できそうな人、という昔のイメージが手伝っていた。電話番号を教えてくれたので、早速喜んで電話をかけたら7年ぶりのギャップを感じさせないどころかその頃以上に仲良く、えんえんと1時間も楽しく話せてしまった。あの時も電話を切った後、ほおが上気して顔が熱くなっていた。それで結局、一緒に晩ご飯食べようか、ということになったのである。

その日は、今晩、何かあるな、(あって欲しい、という願望だったかもしれないけど)とふんで、散らかりぎみの部屋をとりあえず一通り整理してみた。食事中、彼は落ち着きつつも、食べ物をさかんにこぼしては、「あっ、ごめん。」と謝っていた。私も私で緊張している時のクセでお腹が減らず、相手に神経を集中させすぎてしまう時にしてしまうクセで飲み物にちゃんと口をつけないで飲もうとするものだから、水やお茶をこぼしては恥ずかしい思いをしていた。

で、家まで送ってくれたから、お茶でも飲む?と、家に上がらせたら何気で私の部屋に行き着いてしまった。音楽を聴いてるうちに会話が途切れてしばらくしたら、なんか俺達セクシュアルテンションすごいんじゃない、と言ってきたから、そうだね、と答えたら、どうしたい、なんて聞いてくるから、気持ちの中では、どうしたいもこうしたいも、あなた、そりゃー、私も若いんですから、やりたいことやっちゃったいと思ってますよ、と思いつつも、つい、しおらしくもぶっきらぼうに、そんな、どうしたいなんて、わかんないよ、と答えてしまった。そしたら彼は彼で、今は誰とも付き合いたいと思ってないし、今ここで何かあって俺達の友情が壊れちゃうんだったら何もしないけどと言ってきたが、それはハッキリ言って、馬の目の前に角砂糖を突きつけてから、どうしたい、なんて聞くようなもので、ここまで来て何もしないなんてできるわけないじゃない、と思いながら、いや、それは全然平気でしょう、と答えている私がいた。

次に会ったのは二週間後の水曜日だった。出かけようか、と聞いたら、いいね、何がしたい、と聞かれた。正直に言ってしまえば、いやー、しっぽりとふけこみたいだけで、特別何をしたいというわけじゃないんですけどねー、と思っていたのだが、うーん、それじゃムードも何もなくてあまりにいやらしく思われるかなー、と思い、一番時間がかからず、でも一般的なところで、と思って、食事したい、と言った。どこで、というから、ニューヨークから帰ってきたばかりで都市の雰囲気が恋しくてたまらなかったので、サンフランシスコ内ならどこでもと言って、場所はそっちに任せるよ、と言った。ちょっと考えてから、一回しか行ったことがないんだけど、ちょっと変わったところで、アフリカ料理の店があるけど。と言うので、面白そうってことでそこになった。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: